彼が目指したもの
この作品は『二人の再会』の二年後のお話となっております。そちらを読まなくても大丈夫なようにはしておりますが、宜しければ『二人の再会』の方もお読みください(ただし、書き方は変えておりますので読みにくい可能性もございます、ご了承下さい)。
これは学校の部活で書いたものの転載ですので、無いとは思いますがひょっとしたら読んだことがあるかもしれません。パクリではございませんので、ご安心ください。
ではごゆるりと。
桜が風に乗って優雅に舞い、学園へと迎えられる生徒を祝福するその日、メガネをかけた一人の男子入学生は演台の前に立った金髪の上級生に目を奪われていた。
『彼が目指したもの』
入学式の数週間後、そのメガネくんは学校の生徒会と並ぶ組織が使っている会議室を探していた。
この学校のシステムは少し特殊である。生徒会が生徒側の意見を反映するのなら、その組織は教師側の意見を代弁し、あくまで生徒達が学園を動かしていく方針だ。その組織は《Jack》と呼ばれていて、そのメンバーに選ばれたメガネくん、栢山柊は不思議そうに渡された紙を見る。
「まさか自分が選ばれるとは……」
その紙は正式に《Jack》に選ばれたことを通知し、提出することでメンバーとして認められるものだった。
《Jack》は確かに教師側に立つ組織だが、メンバーを選ぶのは生徒と教師の立場を平等に扱うため、生徒達が特別枠で入ってきている生徒から推薦で選ぶ。所謂、お金持ち枠で入ってきた柊は何故かメンバーに選ばれていた。何故だ、と考えれば本人に的確な答えは出ないが、それなりに人気のあるしっかりした者を選ぶのが普通だから、大方、まだ学園に入って日も浅い生徒としてはその条件に当てはまった柊が選びやすかったというのが理由だろう。
「ここが《Jack》の会議室か……」
考え事をしていたらいつのまにか目的の場所についていたらしい。中から少し話し声が聞こえてくる。今日は下校時間が早かったから残っているのは《Jack》のメンバーと教師だけ。おそらくここで間違いない、そう思った。
その扉に手をかけて、彼は一瞬、開けるのを躊躇った。理由は自分が入学式の時に見た、《Jack》のメンバーの一人、メンバーをまとめる役割を持つ【King】と【Queen】のうちの【King】の方だった。彼がこの扉の向こう側にいる。あの時目を奪われた彼が。そう考えたら躊躇ってしまうのも仕方がなかった。なんせ彼は【King】に会うためにこの学園に来たのだから。
そうして一向に動く気配がない柊を見かねたのか、鞄を肩から背中に流すようにして持っていた生徒が彼に声をかけた。
「あけねぇの?」
声をかけられると思っていなかった柊は振り向いてその声の主を見る。明らかに上級生だ。それも確か、【King】のお気に入りと言われた……、
「慎也、さん?」
「ん? 俺の名前知ってんの?」
「有名ですからね、貴方は」
「あいつが側にいるからだろー、本当迷惑」
言葉とは裏腹に照れ臭そうにいう、慎也と呼ばれた彼は、柊が先ほど開けるのを躊躇した扉をあっさりと開いた。
そこから勢いよく慎也に飛びついてきたのはこの学園の【King】であり、柊が目を奪われた張本人だった。
「何からしてもらうべきかねー、やっぱ自己紹介?」
「それしかねぇだろ。【King】、しっかりしろ」
「ごめんごめん、なにぶん一年生から《Jack》メンバーが選ばれるとは思ってなかったから」
「いやいや、お前も一年で選ばれてただろ。そのくせ迷惑なのにしつこく俺についてきてたの誰だよ」
「俺らは例外ってやつなんじゃねぇのー?」
「知らねぇわ」
まるで柊がいないかのように【King】と慎也の会話が続けられる。口を挟まなくてもそのうち止まるだろうと提出するための紙を持って待っている柊は、二人の会話が止まらないことに腹を立てている女子生徒の事を心配そうに見ていた。その女子生徒が今にもきれそうだったからだ。
「貴方達いい加減にしなさい? いちゃいちゃするのもいいけど、新入生が待ってくれてるのよ?」
「あ、悪い。【King】、さっさと進めてくれ」
柊には少しいちゃいちゃという単語が引っかかったが、あえてスルーしておくことにした。彼にそこまで深く追求する気はない。追求すれば面倒臭くなることは分かりきっている。
「なんで慎也は名前で呼んでくれねぇかなー、まぁいいけど。俺は三年の九条悠斗。知ってると思うけど《Jack》の【King】をさせてもらってます。……で、こっちの女子生徒が」
「同じく三年の近衛凜那。私はここで【Queen】をさせてもらってるわ」
その後も5人ほどメンバーの自己紹介が続く。そして最後に《Jack》メンバーではない彼が口を開いた。
「俺は三年の近衛慎也。メンバーではねぇけど、よく呼び出されて手伝いに来てるからよろしくな」
主に呼び出してるのは悠斗だけど、と続けて言う慎也に対して笑う悠斗を見ていると、本当に二人の仲がいいことを伺える。
一通り自己紹介が終わったところで、自分の番だと気付いた柊は悠斗の目を見て言った。
「一年の栢山柊です。今年の《Jack》のメンバーとして選ばれました。よろしくお願いします」
「ん、よろしく」
「よろしくね」
「はい。……ところで、一年生は俺以外にいないんですか?」
「そうなんだよなー。さっきも言ったけど、基本一年生から選ばれることはねぇから、今年はちょっとびっくりした」
柊が素直に疑問に思ったことを口にして、慎也がそれに答える。
「そう、なんですか」
「俺らが一年の時はなんか知んないけど一年生から【King】と【Queen】が選ばれたもんだから、例外だって言われてたな」
悠斗は自分のことだというのにまるで他人事のように笑って言う。
「三年と二年は選ぶ人数が決まってるから絶対選ばなきゃなんねぇけど、一年は上限は決まってても絶対選ばなきゃいけないことはなかったからな」
「まぁ今年は同学年が一人でやりにくいかもしれないけど、頑張りましょう?」
あまり柊は気にしていなかったが、一人なことを周りは気にしてくれているらしい。この分ならやりにくいということはないだろう。
柊は慎也の言葉に納得した後、凜那の言葉に頷いて書類を渡して、《Jack》が何をするのか、自分が知らない説明を聞いていた。
次の日、早速昨日聞いたことの実践をする羽目になった柊。はぁとため息をつきながら右手首に《Jack》の証であるブレスレットを着け、【Queen】に呼び出された場所に向かう。
場所は体育館。どうやら生徒が喧嘩をしたらしい。本来ならそれを見つけた《Jack》メンバーか報告を受けたメンバーが喧嘩の対処、仲介人をするのだが、今回は柊が初めてということもあって見た方が分かりやすいからと呼び出されたのだった。百聞は一見に如かず、である。
《Jack》は教師側の意見を通したりするための話し合いのための組織だが、日常的に言えば学園内のいざこざを解決する風紀委員の役目も担っている。その為この学園には風紀委員がなかったりする。
「あら、来たわね」
少し遅れて来た柊に待ってました、と言わんばかりに凜那が振り向いて言った。柊は私立のため大きく広い学園内をまだ把握しきれておらず、少し迷ってしまったのだ。
「解決したんですか?」
「まだよ。なんかしつこくて……」
内容を聞けば彼女を取られたどうのこうので取られた側が呼び出して結果喧嘩になったらしい。
柊は話を聞いてため息をついた後、あからさまに怒っている喧嘩をふっかけた方に言った。
「明らかに貴方が悪いじゃないですか」
「取ったのはあいつだろ!?」
「取ったかどうかは別にして、それを選んだのは貴方の元カノだと思いますが。貴方よりそっちの人のほうがよかった、そういうことでしょう?」
「っ!」
「もう認めたらどうですか。自分が負けたと。取られて悔しいことも寂しいこともわかりますが……」
人というのは結果をはい、そうですか、とは簡単に受け入れられない。それが大切な人に関係してるならなおさらだ。だからこそ喧嘩をした彼が言うこともわからなくはない。だが、それは喧嘩を認める理由にはならない。
「……許したわけじゃねぇからな」
喧嘩を仕掛けた彼は喧嘩相手にアニメや漫画ならお馴染みの捨て台詞を残し、一瞬だけ柊を睨んだ後、体育館を出て行ってしまった。
その様子を見ていた喧嘩をふっかけられた方は、掴まれて乱れたのだろう制服の襟を元の位置に戻して柊と凜那の方に向き合った。
「ありがと。あのまま殴り合いにでもなったらどうしようかと思ってた」
「いえ」
「親友だからさ、まさかこんなことになると思ってなかったんだよな……」
「そうだったんですか? なら、なぜ?」
「彼女を取ったかってやつ? 俺、別に取ってないからさ」
「え?」
「なんか勘違いされちゃってんだよな……あいつの彼女、ちゃんとあいつのこと好きだし。おれはあいつのことで相談に乗ってただけ。どうやったらもっと見てくれるかなってな」
「それは伝えたんですか?」
「伝えても聞く耳持たないからなぁ。早く誤解が解ければいいんだけど」
と、少しだけ愚痴って頭を掻きながら彼も同じように体育館を出て行った。
【Queen】がしつこいといった割には、二人ともあっさり引いたような気がするが、まぁ気にすることないのだろう。
「お見事。私は彼女さんを取ってないってことを論点に話しちゃったから引いてくれなかったみたいね」
「あぁ、なるほど。今の話はあくまで喧嘩の話でしたから、ついストレートに言ってしまいました」
「そうね、ストレートすぎて悠斗みたいだったわ。ただし澄ました顔をしてる貴方と違ってあいつは終始にこやかだけど。嫌味なくらいにね」
にこやかというのが彼らしい。人に好かれるが、どこか食えない性格なのが【King】だ。
凜那は悠斗と柊は似ていると言った。柊に自覚はなかったが、言われてみればそんな感じがする。
だが似ていてもおかしくないのだ。柊は自分という存在が揺れ動いていた時、悠斗の側にいて彼をお手本にしていたのだから。仏頂面はどうやっても治らなかったみたいだが。
「そうですね。あの人は、俺の恩人ですからいつのまにか似ていたのかもしれません」
きっと、そうだ。だからこそ、色々と楽しみにしてこの学園に来た。
ただ正直、不思議な存在もいる。悠斗がべったりな慎也のことだ。別に嫌いなわけではないがなんだか彼の存在が腑に落ちない。慎也とはタイプの違う悠斗であるのに、二人とも仲がいい。彼は慎也の前だけは気を許したような顔をする。けれど悠斗があそこまで気を許す理由が慎也に見当たらない。《Jack》に入る前から柊は悠斗の近くにいる慎也を観察していたが、積極型ではなく我、関せず、な人だし、話に聞けば中学の頃はよく喧嘩もしていたそう。いつも輪の中にいる悠斗とは違い、一人でいることが好きそうなタイプだ。だから悠斗が懐く理由が思い当たらない。いや、むしろタイプが似てないから惹かれるのか? 柊にはさっぱりわからない。
「……腑に落ちない? 慎也が悠斗の側にいる理由」
考えてるうちに顔に出ていたのかもしれない。思いっきり凜那に当てられて柊は少し動揺した。
「直にわかるんじゃないかしら。あんな感じだけど、あいつはやるときはやるから」
そうなのだろうか。
いや、そうなのかもしれない。まだ見えてない何かが、自分にはあるのかもしれない。そう思って追求するのは止めた。やはり自分が追求するのは似合わない。それに例え慎也に何かがあったとしても、柊の憧れは悠斗であることに変わりはないのだから。
喧嘩騒動の一週間後、柊が初めて《Jack》のメンバーと顔合わせした時と同じく、《Jack》メンバーと教師しかいないはずの放課後のこと。柊が《Jack》の話し合いが始まる前に本を返そうと図書室に来たところ、開いているはずの図書室が閉まっていた。ここに来る前に彼は職員室に鍵を借りに行ったが無かったので、てっきり慎也がいつものように図書室を占領しているものだと思っていた。だが開いていないとなると誰かが鍵を持っているのか、と考えて扉を開けるのを諦めた時、中からガチャリと鍵の開く音がして扉が開く。やっぱり慎也が中にいたのかと思った柊は『閉めないでくださいよ』と言うために口を開きかけたが、それを声に出すことは叶わなかった。何故なら中から伸びてきた手に引っ張られ、無理やり引き込まれたから。
「な、何するんですか……!」
「……お前か」
「! 貴方は、」
中にいたのは予想と反した人物だった。中にいたのは一週間前に喧嘩をしていた、彼女を取られた彼だったのだ。だがその様子はこの前の時より覇気がなく、目は虚ろで、大きな変化に柊は驚いた顔を見せる。
「どうしたんですか、こんな時間に。今日は俺達と先生以外、学園内に残ることは許されてませんが」
「……知ってるさ」
「ならなぜ」
「答える必要はないな。……いや、どうせならお前に目撃者になってもらおう」
言う気はないようだが、目撃者になれと言う彼。よく分からない彼に首を傾げた柊ではあったが、普通ではない彼の様子に不安を覚え、言葉を続けた。
「何を、する気ですか」
「まぁ見とけよ。すぐ分かるさ」
「何か馬鹿なことを考えていませんよね」
「さてなぁ。これを使うくらいだよ」
そう言って彼が右手に持って出してきたのは、どこにでもあるカッターナイフ。彼が刃が見えるように刃先を出すと、柊はよく切れそうな刃だと思った。実際その通りである。生徒は今からすることのためにわざわざ刃先を折って切れやすいようにしていたのだから。
ここまでくるとすることは絞られてくる。そして彼が一人でいたということは周りを傷つけることが目的ではない。となると、やることは一つだ。
「自殺でもしようと?」
「……まぁな」
「馬鹿ですね」
「ストレートだな、お前」
「よく言われます」
普通なら苦笑いでもして言ってくるだろう言葉を二人とも真顔で言うものだから、おかしいことこのうえない。だが、カッターナイフを持っている彼は何もかもどうでもいいという顔の顔で、柊の方が止めなければという表情である以上、ふざけた状況でないことは見て取れた。
「……俺にとって『あいつ』は全てなんだ。そのあいつに否定された俺はもう必要ない」
「それだけのために死ぬんですか?」
「それだけ? 俺にとってはそれで十分だ。あいつは俺の光なんだよ。お前にはそういうやつがいないのか?」
「……それは」
「いるならわかるだろ、その人を無くした時の心の空虚感が」
分からない、といえば嘘だった。一度だけ柊にもあったのだ。大きな存在が消えてどうしようもなくなったことが。
けれど、わかるからこそ、
「たとえそれが分かったとしても、みすみす自殺しようとしてる人を見過ごすわけにはいきませんよ」
そう言った柊の顔はこの学園に入って初めて見せた微笑みだった。全てを包み込むようなその笑みに一瞬、たった一瞬だったが、彼も目を見開く。それと同時に悟った。こいつは、それを乗り越えてきた奴だと。
「……バカバカしいってか。好きな女に捨てられただけのことだってか」
「俺はそう思いますね。けど、貴方にはそれは凄く大きなことだったんでしょう。自殺しようとするくらいですから」
「そうだ。あいつは幼馴染で、孤児だった俺の側にずっといてくれた、唯一の光だ」
「奇遇ですね。俺も孤児です」
「……は?」
それは満面の笑みでいう言葉ではない、とつい、柊に突っ込みたくなった彼だったが、その言葉は一文字で表された。
「だから、俺も孤児、」
「聞いたわ、今」
「じゃあなんですか」
「その先はないのか」
「ありますよ。だから俺にもわかるんです。光を見つけた時の気持ちも、失った時の気持ちも」
「……失った時のも、か」
「はい」
柊にとっての光、それは両親とこの学園の【King】に他ならない。小学校の時に親二人を亡くした柊は酷く動揺し、混乱し、生きる意味を無くし、今にも消えてなくなってしまうのではないかと思えるくらいだった。けれど中学に上がった時、喧嘩に強く、自分の芯を持っていた悠斗に出会った。どんな苦境に立たされてもめげずに明るく振舞う彼に柊は惹かれた。そんな風にありたいと彼は思った。
彼は失って、そしてまた見つけたのだ。
――――自分の光を。
「……俺にはそんなに強くなれない。立ち直るなんざ、無理だ」
『そりゃまだ無理だろうよ、まだ受け入れることすらできてねぇんだから』
不意に聞こえた、柊でもカッターナイフを持った彼でもない、第三者の声。どうやら閉められた扉の外、廊下から聞こえたものらしい。
「誰だ」
『俺? 俺は自分の至福の時を過ごしに来ただけの読書好きだけど?』
柊は思った。この声は間違いない、ここにいつも入り浸っているあの人の声だと。
「……慎也さん、今までの話、聞いてたんですか」
『聞いてた聞いてた。俺にはよくわかんねぇ話ばっかだったけど』
「盗み聞きは悪趣味です」
『悪いって。ま、とりあえず開けてくんねぇかな』
ちょっと話もしたいし。そういった慎也は扉を軽くノックして開けるように促す。
右手に持ったカッターナイフで一向に目的が達成できていない彼が、はぁとため息をつき、一人増えたところで同じだ、と扉を開けた。
そして入ってきた慎也は、ご丁寧に扉を閉めて二人と向き合う。
凄くマイペースというか、あまりにも慎也が普通に対応してることに、自分がやってのけたのにも関わらず少し驚きを示した柊。そんな柊をよそに慎也は口を開いた。
「今までの話、聞いてたけどさ。正直俺は栢山みたいに優しくねぇから止めるなんてことはしねぇよ。けど、まだ何もしないうちからそういう結論に辿りつくのは、ちょいともったいねぇと思うんだよな」
「どういう意味だ」
「喧嘩をふっかけたのは知ってるし、彼女さんとも話した結果がそれなんだろうけどさ、何も納得してないのが現状だろ」
「だからなんなんだよ」
「誰かにそれをぶつけてみたのかよってことだ。今のままじゃ、勝手に自己完結して終わらせようとしてるだけじゃねぇか」
柊は慎也が話してるのを見聞きして、少し違和感を感じていた。こういう状況でぶれずに真っ直ぐ彼を見つめて話すところもそうだが、自分の納得のいかないことを真正面から相手に伝える慎也。今の状況なら面倒事だから出てこない方が絶対良かったはずなのに、わざわざ声をかけて自分の考えを伝えている。
徐々に相手が怒ってきているのが分かるが、微動だにせず話を続けているところといい、少しだが誰かと重なって見える。
自分はこんな人を知っている。だが、慎也ではない。
あんなにしっかりして前を見据えることができるのは、自分が憧れてこの学園に追いかけてきたあの人……。
「(あぁ、そうか)」
悠斗だ。人と真正面から向き合うことを恐れない、そんなところが凄く悠斗に似ているのだ。めんどくさいと、自分と向き合おうとせず避けて来た人はいくらでもいた。けれど、こうして向き合ってくれる人も確かにいた。それが柊にとっては悠斗だった。だからこそ自分も今、間違った選択をしようとしている彼を止めたいと思った。そして慎也も同じように、自分なりの方法で止めようとしている。
なら慎也が悠斗に似ているのだろうか。いや、恐らくは逆だ。なんとなく、なんとなくだが、そう思う。悠斗が慎也に似ているだと。だから悠斗は慎也に懐き、慕っている。
柊が目指したもの、それは『彼ら』だった。
「だから、もうちょっと早まるのは待てよ。何も解決してねぇんだから」
「……また話したところで何も変わらない」
「変わらない時はお前の自由にすればいい。その時は今みたいに止めねぇよ」
慎也のことについて考えていたら、いつのまにかもう一度彼女さんと話すということに話が落ち着いていたらしい。柊はいいところを取られた気がしなくはなかったが、とりあえず止められたのならいいと彼に近づき、静かに右手からカッターナイフを奪う。
それと同時くらいだっただろうか。図書室の扉が音を立てて思いっきり開き、瞳に涙を浮かべた女子生徒が現れた。何事だと驚いて扉の方を見た柊だったが、その時には女子生徒はさっきまでカッターナイフを持っていた彼に抱きついていた。
状況が把握できていない柊は慎也のいい笑顔と深い頷き見て、理解することができた。慎也は廊下で話を聞いていた時、彼の彼女に連絡をして学園に戻るように言っていたのだ。話し合えばちゃんと誤解も解けるだろう。
喧嘩をふっかけられた彼の親友が廊下から苦笑いをしつつ、泣いている元カノにおろおろする彼と抱きつく彼女を見ていた。
翌日の昼休み、学園の中庭で柊と悠斗と慎也が昨日のことを話していた。
木陰ができる木に凭れて慎也が言う。
「結局昨日のあいつらは仲直りしたんだろ?」
「そうらしいねー。色々勘違いだったらしい」
「ちゃんと話し合えばいいのに、お互いに変な勘違いをして話をこじらせたようです」
中庭に設置されているベンチに座って悠斗と柊が慎也の言葉に答えた。
「普通、理由が理由だったとしても自殺とかするかねー、俺ならありえねぇな」
「俺もありえねぇや」
「……そうですね」
ありえない、本来ならそうなんだろう。なぜ自殺なんて結論に至るのか、分からない人には分からないことだ。
だが、柊には少なからず理解できるところもあって。それが声に表れて少しトーンが低くなってしまった。
それに気づいた悠斗が柊を横目で見る。
「そっか。柊は考えたことあったんだっけ」
「……はい、まぁ」
「あれ、お前ら知り合い?」
「慎也に言ってなかったっけ? 俺中学の時に転校したじゃん。その先の中学の後輩なんだよ、柊は」
「へぇ、そういうことか」
わざと深いところに触れず、話をする慎也に感謝した柊はあることに気づく。
ということは、だ。悠斗は転校する前に慎也と面識があったことになる。それなら色々と納得がいった。昨日の慎也の強さや悠斗の慎也への懐き様。それなりに付き合いがあれば十分考えられることで、おかしいことはなにもない。
「……もしかして、慎也さんって中学の時不良でした?」
「なんでいきなりそういう話になるんだよ」
「いえ、悠斗くんが喧嘩に強いので、もしかしたらと」
「まぁ不良ってか、喧嘩はよくしてたけど」
「やっぱり。……本当にそっくりなんですね」
よく分からんと言いたげな慎也を気にせず、遠慮なしにふっと笑い出した柊。
喧嘩に強くなりたいわけではないが、この二人の強さは他の誰にも勝てないものがある。だから自分も憧れた。そして近づきたい。その気持ちは今も変わらない。
目指したものはここにある。これからは二人を目指して歩いていこう。
柊はこの学園に来て、改めて良かったと感じた。
だって自分の道標が、二つも目の前にあるのだから。