【友葉学園】子どもが苦手な幼稚園児
自分は高校生のとき、事故で亡くなった。
人間は死んだら黄泉に逝くとか、キリストと会うとか、心臓を天秤で量られるとか人によって様々だけど、俺は実際に死んで最初は何もない部屋に閉じ込められるのだと知った。
死んだと自覚はしていたし、残念だけど成仏まではすぐだろうと思っていると突然頭に声が響いた。
《貴方には転生の資格があります。どうなさいますか》
転生……人間は皆、新たに生まれ変わると聞くが、それはどうやら部分的にしか合っていなかったらしい。
俺にはどうせ自分の名前も住所も忘れてしまった。
せっかくの機会なので、その指示に従ってみることにした。
*****
そして、あれから数年経つのだが……
「ター君、じゃあ幼稚園いこっか!」
……異世界とか期待していた俺が悪かったのか。なんというか。
フツーに人生やり直している……中身だけ残して。
(中身は)同世代の親と名付けられた名は、鶴ヶ谷 天使……あくまでもタカシである。
テンシとかアンジュとかそう言う名前でないのは有り難いけど、それでも若干キラキラなのが気になるけど、まあ名前は諦めよう。 しかし、気が向いたら役所で改名でもさせてもらう。
しかし、幼稚園……参ったなぁ。
というのも前世から子どもを相手にするのは苦手なのである。 あいつら何考えてるか分からないし。
例のおつかいの番組も正直イライラしながら見てたからな。血も涙もねぇ。
しかし、諦めよう。 共働きの親のためだ。
*****
入園式を終えて、俺は友葉学園付属幼稚園の年少、さくら組に入った。
しかし、なんで幼稚園は組に花の名前を付けるのだろう。
椿組とか櫻組とか、なんだか極道みたいじゃないか。
……
そして、早速孤立した。
まあ予想はしていたさ。中身が高校生のせいで教育番組を親と見るのも恥ずかしいし見てなかったうえ、絵本の代わりに親の趣味のラノベを隠れて読んでたような幼稚園児。
ちょいとそこらの園児とはわけが違うぜ、お陰様で。
「みんなー、聞いてーねぇ聞いてー」
この組の先生。彼女も俺と同世代のようだ。あと胸が大きい。やはり母性本能があると膨らむのだろうか
「……ねぇ……聞いてぇ……」
……可哀想である。どうやら初めて自分の組を持ったらしい。
「せんせー、だいじょーぶ?」
「ないてるのー? なんでー?」
「だれのおかーさん?」
よかったよかった。先生が微笑んだ。
「だ、大丈夫! 先生はね、みんなのお世話をするイチリ先生です! よろしくお願いします」
名札を見ると大きなひらがなの名前の上に佐世保 一里と書いてあった。ヒトリさんと呼ばないように気をつけよう。
「ねーねー、タカシくんいっしょにあそぼ」
「っ!?」
園児としての態度を考えていると、ついに難関ミッションが始まった。
ここから、俺はなるべく園児らしく変にならないようにしよう。
さもないと、夜9時の連載ドラマのようにママ同士ドロドロの展開になってしまう。
「うん、なにする?」
よし、自然!
「おままごと!」
会話が必須となる遊びうわああああああ!!!
……考えてみたらこの年の女の子の遊びって室内遊びが多いよなぁ。
「いーよ、おままごとしよー」
こうして俺は戦地へ足を運んだ。
*****
「『おとーさんおかえりなさい』」
「『ただいま』」
「『ごはんできてるわよ』」
「『おいしそうだねー』」
「『じゃあ食べようかしら。もぐもぐおいしい!』」
いただきますは言わないスタイルね。
「『じゃあ僕ももぐもぐおいしーー』」
「『こら! いただきますは?』」
えーっ!?
「『……い、いただきます』」
「『おとうさんいいこですねー』」
なかなか強烈な家庭のようですな奥さん。
そして、そんなやりとりも時間はどうにも止まらないノンストップ。
「タカシくん、たのしかったね!」
「そうだね」
俺はペース合わせるのに疲れたよ。
そういえば名前を知らないな。名札にはなんと書いてあるだろうか。
……やまぎし あい。山岸 愛か。なかなかにいい名前。
これでラブとかハートとかいう名前なら嘸かし大変な目になってたろう。
*****
昼になり、給食を食べたあとは自由時間である。というかいつも自由時間ではあるが、この時間だけ園庭に出られるのである。
っていうか給食美味しかった。 今なら文句なんて言えないな。
組の子どもたちは皆外に遊びに行ったらしく、教室は遠くから聞こえる子どもの残響だけしか聞こえなかった。
……なんであんなしんどい遊びするんだろう。
あんなに叫んで、疲れるよ君達。
俺はもう午前で疲れたので、教室の日当たりの良い窓側を確保。 寝ることにする。
居眠りも十分に園児らしいだろう。
……
…………
〜♪
ん、鼻歌かな。
なんか聞いたことある曲。
目を覚ますと、毛布が掛けられており少し汗を掻いてしまっていた。
子どもとキュウリは90%水だから仕方ない。
歌の主は、オルガンの椅子に座って名簿を眺めていた。
「次に向かえば大丈夫〜明日が待ってるさ〜♪」
ついには普通に歌い出した。 それ、俺が子どもの時にやってたアニメのオープニング曲か。やっと思い出した。
「月と太陽のラプソディ〜僕もみんな見守っている〜♪」
懐かしいな。というか、まあ今の園児たちには分からないだろうけど。
「不安は全て吐き出して〜「無理に笑って突き進め〜♪」」
一緒に歌ってみる。バレてない。
「「名前の知らない冒険が〜……なんだっけ?」僕らを待ち受けるのさ〜♪」
「え?」
しまった。
「あ、タカシくん起きちゃったか。 よく知ってたね、この曲」
そりゃ見てましたからな。
「……合わせて歌ってただけです」
「えー? でも最後の方とか」
「……」
「わかったわかった! 後に着いて歌ったんだねタカシくん?」
なんというかチョロい。
「……名前覚えてるんですか?」
「え? うん。 まだ皆は無理だけどね」
それはまあ初日だから仕方ないだろう。
「……新任なのに偉いですね。先生は」
「えっ?」
「なんでもない」
まあ新任だから張り切ってるのもあるだろう。
「ところでタカシくん」
「なんですか?」
「お友達と遊ばなくていいの?」
ぐふっ
突然痛いところつかれた。
とはいえ、先生としてはハブられていないか気になるところだろう。
実際、ハブられて……はないと思う。さっきの女の子も声かけてくれたし。
「……タカシくん?」
「えっ? あ、はい。大丈夫です」
「……タカシくんは大人びてるから、他の子と話合わせるの大変かもしれないけど、友だちは大事だよ?」
……そうは言っても、転生者だからなぁ。
それまで生きていた高校までは食う寝る繰り返すだけでも人並みに人生を送れる自信はある。
ーーだから、
「……今は眠いのでいいです」
「そっか……」
無理して子どもの相手をしなくてもいいだろう。
*****
翌日から午前中は自由時間ではなく、先生の考えたカリキュラムを行うことになった。
まずは、イスを並べて円を作る。
これで、フルーツバスケットか椅子取りゲームの2択となったけど、椅子が外向きということは後者なのだろう。
予想は当たったらしく、先生が少し古いラジカセを持ってきた。
「じゃあ椅子取りゲームしまーす! ルール知らない人ー?」
元気よく一斉に手を挙げる児童たち。そんなハイハイ声上げなくても、当てられるわけじゃないんだから。
「じゃあ説明するよー。音楽が鳴ってる間は椅子の周りを回ってください。それで座れなかったから抜けていくゲームです!」
でも、このゲームって最初にする遊びにしては、あまり向いていないのではなかろうか。
ーー数分後、予想は的中した。
さっき遊んだ山岸という女の子と性格の悪そうな男の子がケンカを始めたのである。
「わたしのほうがはやかったもん!」
「なんでいすとるんだよー!」
「わたしのー!」
「二人とも、ケンカはダメだって! 仲良く、仲良くね?」
あーあ、ほら。早く先生止めないと大変なことに。
ポカッ
「うええええええええん!!」
ほらみそ。 この年頃はワガママで思う通りにならないと力任せになる子が多い。
「ほら! しゅーたくん!ゴメンって言いなさい」
「やだよ! わるいのこいつだもん!」
「こいつとか言わないの!」
命令は反抗するから、言いなさいはダメだろ。 しかし……
本当に子どものケンカが一番嫌いだ。
しょうもない理由なのに、その程度の原因で友情が失われる。
そもそも多分この殴られた女の子も謝られた程度で泣き止むほど成長はしていないだろう。
あと普通に声がイライラする。泣く声も罵る声も、全てを含めて。
「うええええええええん!!」
「なんであいつがわるいんじゃん!」
……イラッ
「せんせぇ……っ!」
「っ!? な、なにかな、タカシくん?」
「……俺ちょっとズルしたので抜けます。二人は両方とも続けさせてあげてください」
これでいいだろ。 文句は聞かない。
俺はそう言うと列を外れて、少し離れたところに椅子を運んで座った。
*****
「……タカシくん、聞いたよ? ズルなんてしてなかったんだよね?」
遊びが終わって、昼になり俺は呼び出された。
「……こうでもしないと、二人ともケンカしたままなので」
「そう……かもね。気を遣わせてごめん」
「謝らないでください。 自分も、ちょっと雰囲気悪くしちゃったところもあるので」
「タカシくんは本当に大人だね」
というか同い年なんだけどな。
せっかくだし提案してみるか
「……あの先生。3才児に集団遊びはやっぱ早いと思います」
「え?」
「幼稚園が集団での行動を教育させるところというのは分かりますけど、それは年長になってからでもいいのでは? 今はまだ、一人一人の考えを養うような……粘土とか工作とか知育遊びみたいのでいいと思います」
……あ。
しまったこれはさすがに
「……ねえ、タカシくんって本当は何歳?」
やってしまった。 調子に乗ってしまった。
……いや? まあ無理しなくてもいいか。 別にタブーでもなんでもないんだ。
信じてもらえなくても、それはそれで良い結果だし。
「年齢は3才です。 でも、前世の分を合わせると年齢は先生と同い年ですよ」
「ぜ、前世の分?」
「……なんというか、前世の記憶がまだちょっとだけ残ってるんです。 ……名前までは忘れたんですけど、確か高校生で……細かい経緯までは分からないけど、交差点かなんかの交通事故で死にました。 前世の分は……まあ生活の基本程度なら覚えてます」
「……そういえば、確か数年前に隣町の高校生が事故になったってニュースになってたような……」
ニュースになるほどだったのか、俺の事故。
「……まあ理解に苦しむのであれば、忘れてください。子どもによくある虚言みたいなものかと思っていただけたらいいので」
「いや、信じる……信じます」
「……今は3才児なので敬語はやめてください。いつも通りでいいです」
「……そう。うん、わかった」
*****
少しスッキリした気持ちで教諭室を出ると、そこにはさっきの女の子がいた。
えーっと……そう、山岸だったか。
「どうしたの愛ちゃん?」
「あのね、わたしタカシくんのことすきになったの」
「……」
それは告白なのか、それとも以前は嫌いだったということを間接的に言ってるのかどっちだろう。
「……そっかぁ」
「……タカシくんはわたしのこと好き?」
子どもは嫌いだけど……んなこと言ったら、精神的にきそうだな。
「うん好きだよ」
「ホント!? うれしーっ! わたしおおきくなったらタカシくんのおよめさんになるね!」
……告白の方だったか。
彼女はそういうと嬉しそうにトテトテと走っていった。
多分言いふらすんだろうな。
「……こういうのが中高生になって黒歴史になるんだろうな」
「……いいじゃない、子どもらしく純朴で」
独り言を聞いていたらしい先生が、ガラガラと扉を開けてきた。
「先生見てたんですか」
「3才児に《純朴》は難しかったかな?」
「難しすぎますよ。 ……まったく、子どもは苦手なんだけどなぁ」
「その割には、組のこと気にかけてくれてるんだね」
「そんなことないです。 全部自分のためですから」
そうじゃなかったら、俺は無視してる。
「イケメンだね〜。 先生も惚れちゃいそう」
「3才児に惚れないでください。 保育士がショタコンかロリコンだったら流石にひきます」
「冷たいしドライだなぁ。 誰も子ども嫌いで保育士になんてならないよ」
「子どもが苦手で幼稚園に入ったヤツもいますけどね」