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旧:元勇者のフューチャーコール  作者: 戸津 秋太
二章 邂逅の二人
9/25

八話

 広々とした豪華な部屋。

 その中でも特に目をつくのが、部屋の中央の天井からぶら下がっているシャンデリアだろう。

 その真下におかれているやけに細長い机には、真っ白なテーブルクロスが敷かれており、机の中央には高価に見えるが、決して自己主張の強すぎない花瓶に色鮮やかな花が挿されている。


 この部屋に一つしかない扉の脇には、二人の護衛と思しき兵士が剣を腰にさして立っている。


 机の奥には金髪碧眼の美少女が真っ白なドレスを着て整然と座っており、その脇では給仕らしき者が食事の支度をしていた。

 そこから少し離れたところに黒髪黒眼の少年が座っていて、同じように給仕に食事の支度をしている。


 この二者に差があるとすれば、少年のほうが明らかに場慣れしていない……という点だろう。

 少女は静かに食事の支度が整うのを待っている中、少年は室内に置かれている物を物珍しそうに見渡している。


 しばらくして、食事の支度が終わったのを確認した少女が給仕の者を手の仕草だけで下がらせ、彼らが部屋を出ていったのを確認した少女がようやく口を開く。


「勇者さま、先ほど申し上げましたが、私はアーネル王国第一王女、エミリー=アーネルです」

「んっ……ああ、俺は望月颯太……いや、ここが異世界ならソータ=モチヅキのほうがいいのか」


 室内を物色していた少年が、少女に声をかけられ慌てて名乗り返す。


「では勇者さま、あなたにはこのあと王に謁見をしていただきます。その前に今から軽く食事をおとりになり、その後正装に着替えていただきます」

「んー、その勇者さまっていうの、やめてくれないか?」

「……では、ソータ様……と」

「あとその口調。普通に素の口調でいいぞ」

「なぜ私の"これ"が素ではないと?」

「いや、なんとなく」

「そうですか……。では、ソータと呼び捨てでもいいかしら?」

「その方が俺としても気が楽だ。何せ、俺は敬語を使うのが得意ではないからな!」

「自慢されても困るのだけれど……」


 呆れたような声色でも顔は笑っている。

 その笑顔の美しさに目を奪われていた少年だが、すぐに顔をそらし料理へと目を向ける。


「なあ、もう食べてもいいか?」

「そうね。それではいただきましょうか」


 待ってました、と言わんばかりにテーブルに置かれているナイフとフォークを手に取り、頬張り始める。





「ソータ、あなたはもう少しテーブルマナーというものを学んだ方がいいのではないかしら?」


 少年の食べ方を見ていた少女がそう、口にする。


「しょうがないだろ。こんなもの、向こうではめったに食べないしな」

「……謁見後、テーブルマナーについてお勉強をしましょうか」

「いやいやいや、ちょっと待て!それ、勇者の仕事に関係あるのか!?」

「これくらいの事が出来るのは常識です」

「いや――――!」


 少年の絶叫が、木霊した。






 ソファに座って前を見ていると、扉の開く音がして後ろへ振り替えると、先頭にきちんとネクタイを締め、スーツを着た推定するに五十代の男性が室内に入ってきた。

 後ろにはエミリーと長谷川さんもついてきていた。


 室内に入ったかれは俺たち一人一人を確認するように見渡す。

 ふと、その視線を俺で止める。

 数秒……いや、数十秒お互いを見つめあう。

 そして、軽く微笑むと目をそらし、部屋の奥の床が一段高くなっているところへと足を運び始めた。


……いや、おっさんと見つめあっても何も嬉しくないんだけど……。





「さて、まずは自己紹介からしようかな」


 重厚なつくりの椅子に座り、両肘を机におき、両手をあごの前でくみ、鋭い双眼でこちらを見てくる。


「私は反逆者トレイター討伐部隊日本支部支部長、川村 圭吾だ。ソルジャーの諸君からは支部長と呼ばれている」


 反逆者が何なのかすら説明されていない俺たちは、"支部長"という肩書を聞いて、なんとなく偉い人なんだな……と、そう認識するしかなかった。


「ふむ、そういえば何一つ説明をしていなかったな。長谷川くん……」

「はっ!」


 彼の傍らで静かに佇んでいた長谷川さんがボタンのようなものを取り出し、押したと思うと、突如川村の前にホログラムのようなものが現れる。

 そこには、教室にいたはずの俺たちが光に包まれた後、意識を取り戻した際にいた場所。

 焼け焦げた大地……何か、想像もできない惨状があの場で起きた……そんな印象を俺に与えた場所。


「これは、先ほどの反逆者との戦闘後の映像だ」


 そう言いながら川村は長谷川さんに目を向ける。

 分かりました……と、うなずく長谷川」


「な……なんだよこれ!!」


 悲鳴と恐怖の入り混じった声がクラスメートの間で広がる。

 ほぼ全員が体を恐怖に震わし、友達同士で肩を寄せ合っていた。

 それも当然の事だろう……。

 なぜなら、この映像に移っているのは、この世に生ける生物"ならざる者"なのだから。


「これが反逆者。我々の戦う相手だ」


 川村の呟きもクラスメートには届かない。


 ホログラムに映し出されたもの、それはまさしく反逆者。

 世界に仇なす者……この世に存在してはいけない者、世界の敵そのもの。


 それだけの印象を、たった数分足らずの映像で感じた。


 ホログラムの中で蠢く、その黒き生物を見たがゆえに……。


 映像が終わる。誰一人として口を開かない。

 否、一人だけ開くものがいた。


「それで、この映像と今俺たちが置かれている状況……どう関係があるんだ?」

「お兄ちゃん……?」


 睨みつけるようにそう言った颯太の様子に、戸惑いを覚える結衣。


「ほう……今の映像を見て冷静に自分の疑問をぶつける事が出来るのか」

「ああ、確かにあれは反逆者だよ……」

「ふむ……その前に、君たちは今が西暦何年だと思っている」

「……?2014年だろ?」

「ほう、つまりは200年前の世界からというわけか」


 何かに納得したようにうなずきながらそう呟き支部長。


「どういう意味だ?」

「信じられないかもしれないが……君たちは200年後の世界に来てしまったわけだ」

「200年後……だと?」


「どういうことだ!」

「説明しろ!」


 俺が話していることで余裕を取り戻したのか、口々に説明を求める声を出すクラスメート。

 それを聞き、目を閉じたと思うと一瞬の間をおいて言い放った。


「ここは2214年……つまり、君たちの住んでいた地球の200年後の地球というわけだ」


 この一言は、全員を黙らせるのに十分すぎる程に、衝撃的なものだった。





「……もし本当にここが200年後だとして、なぜ俺たちはそんな時代に来た?そもそも反逆者ってのは何だ?」

「ふむ、まだ平静を保っているか……。まあいい、まずは反逆者から説明しよう。反逆者は100年ほど前に突如としてこの世界に現れ、人々に厄災をもたらす存在だ。奴らの出現条件はいまだ判明しておらず、分かることといえば、どこかの空間からワープするかのように現れる……ということだけだ」

「どこかの空間……か」

「そして君たちがこの世界に来た理由だが、小説のように勇者として召喚されてわけではない。すべては世界の意思」

「世界の意思?」

「反逆者を倒すと、その空間に膨大な魔力が飛び散る。君たちも見ただろ?」

「……!あの黒い光か……」

「さよう。そのときに発生する魔力が時空に穴をあけ、今回の場合はその穴の先が君たちのいる場所だった……ということだ」

「よくわからないが、俺たちがこの時代に来たのは反逆者を倒した際の余波のようなものか?」

「そうだ。我々はこの現象を《災害》と呼んでいる」


 なんとなく分かったが、なんとなくしか分からない。

 今は簡単に説明をしているだけだろうが、今後詳しく説明してくれるだろう。


 だが、それよりも気になるのが……


「あの、私たちは帰れるんですよね?」


 結衣が不安そうに聞く。

 その疑問は全員がここは未来であると言われたときに抱いた疑問なのだろう。

 みんな支部長を見てその答えを待っている。


 先ほどよりもはるかに長い時間目をつむり、そして重々しく口を開いた。


「帰ることはできない……」


 非常なまでのその一言に一瞬場が静まり、すぐさま怒声が飛び交う。


「どういうことだよ、それ!」

「俺たちを帰せ!!」

「お母さん……」


 絶望とあきらめの入り混じった声が室内を支配する。

 その中で俺は疑問に思っていたことを口に出す。


「なあ……」

「何かな?」


 俺が話すのを待っていたとでも言わんばかりに即座に返事をされる。

 その真意は分からないが、続けることにする。


「前に《災害》によって召喚された人はどうなったんだ?」

「ほう……」


 感心するようなそぶりを見せながらも、そういうのを待っていたかのような……そんな印象を支部長から受けた。


「なぜ、過去に召喚された人間がいると思ったのかな?」

「簡単なことだ。反逆者を倒した際に人が別の場所から召喚される現象。このことに《災害》という名前が付けられていると言う事は、その現象が過去に起きたことがあると言う事だ」


 続けたまえ……と、首の動作で俺にそう促す。


「古今東西、あらゆる事象や現象に名がつくのは、その事象や現象が起きてからだ。当然だ、起きたことがないことに名前の付けようがないからな」


 得意げに言い切る。

……格好良くね?誰か俺に惚れねえかなー、はあ……。


「驚いたな。未来に来て帰れないと言われた状況でもなお、そこまで冷静に頭を回せるとは……」

「冷静に見せてるだけだ。内心はまたか……って思ってるよ」

「またか……とは?」

「あれ?俺何言ってんだ……」


 以前にもどこかに召喚されたことがあるような口振りに、自分で言ったにもかかわらず疑問を抱く。


「まあいい、質問に答えよう。過去に二度、《災害》によって召喚された者は、確かに存在している」

「それで、その人はどうなったんだ?」

「一人目は七十年ほど前に召喚され、三十年ほど前に静かに息を引き取られたそうだ」

「……」

「そして二人目が、そこにいるエミリーくんだ」

「なっ!!」


 全員が驚いたように目を見開き、エミリー=アーネルを見る。


「彼女は一か月ほど前の《災害》でこちらに召喚された。だが、彼女は一回目の召喚と君たちの召喚とは少し事情が異なる」

「……どういう意味だ?」

「君たちは過去の"地球"から未来へ召喚された。が、彼女は過去から来たのか、それとも同じ時間から来たのか知る事が出来ない。なぜなら彼女は、地球とは違う、"別の世界"からきたのだから」


 ざわめきが俺たちの中で波のように広がる。


「それは、異世界から来た……ということですか?」


 今まで黙っていた金髪イケメンの橋本光が手を挙げたのち、立ち上がって質問する。


「その通りだ。彼女は現在みらいの地球同様、魔法のある世界から来た。彼女はこの世界の魔法には存在しない、回復魔法を唯一使う事が出来るSランクソルジャーだ。ソルジャーたちの間では、"癒し姫"や"聖女"と呼ばれている」


 二つ名を言われ照れるような仕草を見せ、頬をかすかに赤く染める。

 それを見た男子のほとんどが、「可愛いな……」と呟いていた。


 俺?俺は全然思わなかったよ。なにせ俺には世界一可愛い妹がいるしな!

……うん、全然可愛いなんて思ってないから俺を睨むのをやめてくれ、世界一可愛い妹よ。


「唯一の救いは、彼女が日本語を話せたことだ」

「日本語を……?」


 違う世界の人間がなぜ日本語を話せるのか……その疑問はすぐにこたえられる。


「彼女は地球から召喚された勇者に日本語を教えてもらったそうだ」

「勇者……ですか?」


 橋本が戸惑いながら聞く。


「そうだ。彼女の世界には魔王が存在していたそうだ。それらから人々や国を守るために勇者を召喚した。……そして、魔王を倒した勇者を地球に戻す儀式をした際、勇者が地球へと転送された直後に《災害》に巻き込まれたというわけだ」


「勇者とか魔王って、小説かよ……」


 誰からともなくそんな声が聞こえる。

……が、誰一人、この話を否定しようとする者はいなかった。

 この異常な状況に置かれている今、同じように異常なことも当然のように受け入れられる。


「勇者を元に戻す事が出来たなら、俺たちも元の世界に帰れねえのかよ!」


 松下が叫ぶように聞く。


「彼女の勇者のときとはわけが違う。簡単にいうと、過去にあるものが未来にあっても不思議ではないが、未来でできたものが過去にあると言うことはありえない……つまり、未来へはいくことが出来ても、時間を戻り過去にいくことはできないということだ」

「なんだよ、それ!」


 やけになったように叫ぶ。


「俺たちはこれからどうすればいいんですか?」


 半ば縋るように、橋本が聞く。

 この状況では、俺たちにはどこにも行く場所がない。

 俺たちにとってこの質問の答えは重要な意味を持つ。


「もちろん、君たちを放置するなどという非情な事はしない。君たちは我々が保護するつもりだ。そして願わくば、君たちには四月から学園に入学してほしいと思っている。無論、強制はしないが……」

「学園……ですか?」


 橋本が復唱するように聞く。


「そうだ。学校と考えてもらって構わない。高校……という形になるかな?違うことがあるとすれば、勉強よりも魔法の訓練などが重視されていることだ」

「魔法ですか?」

「そうだ。そこでは反逆者と戦うソルジャーの育成もなされている」

「俺たちも戦う……ということですか」

「強制はしない。学園に入っても戦いたくなければ事務関係に専念するもよし」


 もはや何度目となるか分からない沈黙が室内を支配する。

 誰もがこの状況に思うことがあるのだろう。

 俯いて、何かを考えるようにしている。


「今すぐとは言わない。とりあえず、食事でもとるとしようか。疲れているだろう、一晩じっくりと考えてくれ」


 いつの間にか夕食の時間になっていたようだ。

 俺たちは促されるままに従うしかなかった。





「何か、嬉しいことでもあったのかな?」


 川村がエミリーに聞く。


「どうしてそう思われるのですか?」

「なーに、ただの勘だよ」

「……嬉しくもあり、恥ずかしいことでもあります」

「……?」


 エミリーの言葉の意味が分からず、首をかしげる川村。

 エミリーは颯太を地球へ帰す際、最後にしたことを思い出しながら颯太が出ていった扉を見ていた。

 ……彼女の頬が赤く染まっていたことに、川村と長谷川は気付かなかった。





「……お兄ちゃん、どうしてそんなに行儀よく食べられるの?」

「んっ……?」

「本当ですよ颯太さん。手つきが慣れている感じがします」

「……このお肉、おいしい」


 目の前にはローストビーフが置かれており、ほかの生徒たちが慣れないナイフとフォークで扱いに手間取っている中、颯太だけは慣れた手つきで肉を切り取り、口に運んでいる。


「まあ、俺は行儀がいい奴だからな」

「……食事中にスマホをいじるやつが何を言うか!」


 おいしそうに肉を頬張りつづける颯太を、エミリーがほほ笑みながら見ていた。

 

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