五話
「……君、起きてください、望月君!」
「んっ……」
いつもと同じようで少し違う起こし方に、かすかな違和感を覚えながらゆっくりと目を開ける。
いつもなら結衣が頬をふくらまして立っているであろうベッドの脇を見ると、結衣ではなく……風音詩織が制服を着て立っていた。
俺が起きたことに気づいたのか、柔らかな笑みを浮かべ言ってきた。
「やっと起きたんですね、望月君」
同級生の女子、それも美少女に起こされるという思春期の男子ならだれもが夢見るこの状況。
寝起きで完全には回らない頭を必死に回転し、俺はある結論にたどり着く。
「あー、夢か……」
夢ならばもう一度寝ても問題ない、そう考え再び目を閉じ、ベッドに身をゆだねる。
……ありがとう、神様。幸せな夢だったよ。
「――――っ!」
殺気を感じ、ベッドから飛び上がる。
「ふふ、殺気を感じることもできるみたいですね」
「こええよ、その笑み!!」
もう少し反応が遅かったら頭怪我してたぞ!……と、竹刀でペチャンコにされた俺のまくらを見て、そう思った……。
「大丈夫です、寸前で止めるつもりでしたので」
「……ていうか、なんで俺の部屋にいるんだよ?」
「お迎えに来たんです」
「お迎え?」
「はい、あなたに興味がわいたので」
「それは、愛の告白……と受け取っていいのか?」
「違います」
「うん、知ってた」
即答しなくてもいいだろ……と、朝から軽くへこんでいると、部屋のドアが開けられる。
「あ、詩織。お兄ちゃんを起こしといてくれてありがとう」
「いえ」
「んっ?お前ら仲良いのか?」
「そうだよ。よく家に来てご飯を食べたりしてたもん」
「へえー」
へこんでしまった枕をたたいて元に戻しながら返事をする。
うん、これで明日からも安眠できるな。
「にしても、朝から疲れるんだけど」
昨日は夜遅くまで学校の勉強をしていて眠い。
どうよ、俺のこの涙ぐましい努力。
えっ、何で机の上に教科書ではなく漫画が載ってるのか、だって?
はははー、見間違いじゃないかなー?
あ、あれだ。美術の勉強だ、うん。
いつも通り制服に着替え、朝食をとる。
いや、食卓に同級生の女子がいる時点ですでにいつも通りではないんだけど……。
今日は時間に余裕をもって登校する。
風音と結衣……二人の美少女と一緒に登校している俺に、色々な目が向けられる。
それは、教室に入っても同じだった。
「おはようございます!」
「……おはよう」
さも当然のように、美咲と遥が挨拶をしてくる。
それに返しながらしばらく談笑する。
意外だったのが、美咲と遥も風音と仲がいいことだ。
「よお、望月。昨日は無様だったな!」
声をかけられ振り返ると、昨日と同じような笑みを浮かべながらこっちを見て立っている松下がいた。
「松下、か……」
「昨日は全く手ごたえがなかったぜ!」
「ああ、俺の完敗だ」
「そうかそうか!ところで結衣さんに美咲さんに遥さん。週末に他校との剣道の交流試合がこの学校であるんだけど、良かったら応援に来てくれないかな?」
俺の反応に満足したのか、結衣たちのほうを見て、俺の時とは全く違う口調でそう言った松下。
「う……うん、私たちも詩織の応援に行く予定だけど……」
結衣が代表してそう言う。
「じゃあ俺のも見ていくといいよ」
満足気な表情を浮かべ、自分の席に戻っていった松下。
「ところで望月君、君も私の応援に来てくれませんか?」
唐突に、風音が俺に言ってくる。
「剣道の?悪いが、見てもよくわからないと思うが」
「大丈夫です。それに、高校生になって剣道部に入る前に、一度剣道の試合というものを見ておいた方がいいと思いますし」
「ちょっと待て!俺が高校で剣道をやるのは決定事項なのか?」
「あれほどの実力があって入らないほうがおかしいですよ」
「いやいや、あれはまぐれだから!」
「試してみますか?」
「あれー、なんで竹刀持ってるの?やめろー!!」
教室の扉を開け、廊下に逃げようとする。
「んっ?あれ?」
扉がびくともしない。
「どうかしたんですか?」
俺の異変に気付いたのか、風音が竹刀をおろし、聞いてくる。
「いや、扉があかねえんだ」
「本当に?」
怪訝な顔をしながら結衣が扉を開けようとする。
「う――――――――、あかない」
「うわ――、何だこれ!?」
教室の奥、窓の外を見ると紫の、結界のようなものに覆われている。
よく見ると、教室全体もそれに覆われていた。
「なんだよこれ!?」
「どうなってんだ!!」
この異常な状況に、教室にいた生徒たちが叫び声を出す。
「みんな落ち着け!冷静になるんだ!」
クラスのイケメン、橋本光がそう呼びかける。
……が、彼の声にも焦りがあり、逆効果となる。
突如、床が紫に鈍く光ったと思うと、幾何学的模様……魔法陣のようなものが浮かび上がる。
「お、お兄ちゃん……」
弱弱しい、何かにおびえるような声で俺を呼びながら、結衣が服の袖を握ってくる。
よく見ると、美咲と遥も俺の服のどこかを握っていた。
……なにこれ、すっげえ幸せ。
などと場違いな事を考えていると、自分の……この場にいる全員の体が魔法陣から放出された黒い光に包まれ始める。
そしてそれが全身を包むと、その光は霧散し、魔法陣へと吸い込まれる。
あとに残されたのは、人一人いない、空っぽな教室だけだった。
――――――今日この時、この世界から……いや、この時間から数十名の生徒が消えた。