四話
――知らない天井だ。
いや、知ってるよ。保健室の天井だよ!
一日に二回も気絶して保健室に運ばれたよ、俺。
もしかしたらギネスにのるかな?いや、のりたくねえけど……。
「やっと起きたの?」
傍らから声がかけられる。保健室の先生だ。
……ものすごくデジャブを感じる。
「お疲れ様です」
その流れにのり、そう言っておく。
「本当に疲れるわよ、あなたみたいな生徒がいると……」
あれ?そこは「はいはい、ばかなこと言ってないで……」の流れじゃないの?
信じてたのに!
「一日に二回も気絶してここに運ばれてくる生徒なんて初めてよ」
「うっ……」
心に刺さる。他人に改めて再認識させられると……。
いや、俺は悪くないよな!
「ほら、早く帰らないと日が暮れるわよ」
「えっ?」
窓から外を見ると夕焼けがきれいな、そんな時間帯だった。
「えーと、じゃあ失礼します」
「はいはい、もうこないでよー」
「え、それってふりですか?いや嘘ですごめんなさい、ここに来ないように善処します!」
今日一日で俺が学んだこと
女性って、怖い。
荷物を取りに教室に戻っている途中、ふと思う。
これって、流れ通りならば教室に入った瞬間結衣が声をかけてくるって流れでは?
そんなことを考えながら教室に入る。
「あ、お兄ちゃん大丈夫?」
「結衣!お前なら俺の期待に応えてくれると信じてたぞ!!」
「えっ、何?何の話?」
「いや、こっちの話だ」
「……?」
怪訝な顔をする結衣。
「んっ、美咲と遥も待っててくれたのか」
「はい!」
「……おなかすいた」
美咲が満面の笑みでそう言う。
そして遥さん、それはつまり、俺を待っていておなかがすいたので何かおごれ……そう遠回しに言っているのか?
いや、考えすぎか。考えすぎだよな、うん!
ふと見ると、美咲の後ろに誰かいることに気付く。
「面と向かって話をするのは初めてですね、望月君」
ゆっくりと、しかしはっきりとした声で俺に声をかけてきた。
彼女は確か剣道女子全国大会優勝の……
「風音詩織です。よろしくお願いします」
身長は結衣より少し高い、おしりあたりまである長い黒髪をポニーテールでまとめていて、胸は控えめだがひきしまった、けれど女性特有の柔らかさがしそうな体に整った顔立ち。
クールな感じがして、女子にもてる女子の見本のような感じだ。
……それにしてもこの学校、男子には全国大会準優勝者、女子には全国大会優勝者って……剣道強すぎるだろ!
頭の中でそんなことを考えていると、彼女にじっーと見られていることに気付く。
「あ、知ってると思うけど、俺は望月颯太。こちらこそよろしく」
慌てて名乗る。
「それで、風音さんはどうしてここに?」
「望月君を待っていたんです」
「俺を?」
何か心当たりはないかと、必死に脳内で検索する。
そして、一つの仮説にたどり着く。
「もしかして、一目惚れしたから告白をしたい、とか?」
「違います」
ですよねー、知ってましたよ……はあ。
「それで何の用?悪いが心当たりはないんだが」
「先ほどの体育の授業での松下君との試合……」
「あ!そうそう、お兄ちゃん強かったよね!」
結衣が突然話に入ってくる。
「そうですよ、颯太さん!いつの間に剣道の練習を?」
「うん、颯太、かっこよかった……」
俺は剣道の練習なんかしてないんだけどな……。
そして遥、うれしいことを言ってくれてありがとう!
……ただ、頬を赤く染めてくれたらもっとよかったんだけどな……。
「まあ、あれはよけるのに精一杯だっただけだ」
「ご謙遜を」
くすくす……と、上品に微笑みながら風音が言ってくる。
「素人が彼の剣をよけきれること自体、すごいことですよ。それに、よけるのに精いっぱいといった割には、望月君は反撃をしていたじゃないですか」
「いやー、それはまぐれっていうか……」
「本当は体力があれば勝てたのではないのですか?」
「体力があれば……ね。俺は松下に負けた、それが結果だ。そういう負け惜しみのようなことを言うのはあまり好きじゃないし、なにより勝者に失礼だろ」
そういうと、風音は一瞬驚いたような顔をして、そしてすぐにほほ笑んだ。
「それは失礼しました」
「別にいいよ」
そんなに綺麗に頭を下げられると、どう返したらいいかわからなくなる。
どうせ謝るなら、もっと物理的なものが…………、おいそこ!何を想像した!!
「望月君、一つだけ聞かせてもらってもいいですか?」
「なんだ?」
「松下君の攻撃、見えてましたよね?」
「……」
どう答えたものかと迷う。
隠すほどのことでもないと思うが、自分から言うことでもないだろう。
「いや、まったく見えてなかったよ」
「そうですか」
そういうと、落胆したそぶりも見せず、荷物を取ろうとする。
「それでは失礼します」
結衣たちが「じゃあね」と返していた。
「――っ!」
突如、風音が竹刀を手に取り俺の頭部に向けて振り下ろしてきた。
だがそれすらもゆっくりと見える俺は、剣先付近を両手の指でつかむ……白刃取りをする。
「危ないな!」
「大丈夫ですよ、寸前で止めるつもりでしたし……」
「だからってな!」
「それに、見えていたでしょ?」
「――っ!」
「ふふ、またね望月君」
本当に、女性は怖い。
いや、彼女はその限度を超えている……。