三話
今俺は剣道場に来ている。
剣道は学校の授業でしかしたことがないのであまり詳しくは知らないし、うまくもない。
この学校の剣道場は二組が同時に試合ができるようになっているので、それなりの広さなのではないかと思う。
男女別れて半分ずつ使うらしい。
先生に渡された竹刀を手に取る。
「……軽いな」
実際は重く感じていて、持つのもそれなりにしんどいのに、無意識にそう呟いてしまった。
まるでこれよりも重い、本物の剣や刀を持ったことがあるような……そんな感じが俺の体中で沸き起こる。
「ああー、今から素振りの練習をしてもらう。そのあとは軽く打ち合ってもらうからな!」
ざわざわしていたこの場が先生の声によって静められる。
手本をするかのように先生が竹刀を「たっー、やっー!」といった掛け声とともに振り始める。
それに倣うように周りの生徒たちも竹刀を振り始めた。
俺も同じように振り始めた……が、
「し、しんどい……」
体力がないのは分かっていたが、まさか竹刀を数回振っただけで息が上がるとは予想外だった。
体が痛い、もう動きたくない。
……これ、もう休んでもいいよな?なっ?
「あの、先生」
「んっ、どうした望月」
素振りを中断して、先生に話しかける。
「あの、頭が痛むん……いえ、何でもありません!」
「……?そうか」
結衣さん、そんなに冷たい目で俺を見ないでくれますか?
ほら、まだ続けますから!
授業も半分ほど終わり、ルールや竹刀の扱い方などをやり、軽く試合のようなものをすることになった。
が、俺は瀕死状態、これ以上の運動は命にかかわる事態になるような気がする。
というわけで俺は女子の試合を観戦中。
え、なんで男子の試合じゃないのかって?はははー、だれが好き好んで男の暑苦しい勝負を見るんだよ。
「お兄ちゃん、だらだらしないの!」
「あーなんだ結衣か。何してんだ?」
「試合が終わって暇だからお兄ちゃんのところに来たんだよ。ほら、みんな自由行動してるし」
……なるほど、見ればカップルたちが一緒に試合を見たり、彼氏彼女の試合を応援している奴らがいるな……くそ、リア充共め!
ぼーっと、前方で行われている男子の試合を見る。
え、なんで女子の試合を見ないのかって?もう全員終わったんだよ、女子は……。
気合半分、おふざけ半分の竹刀の打ち合いを見る。
「遅いな……」
竹刀の動きが手に取るように見える。
が、見続けていると疲れるので目をつむり、横になる。
「こらお兄ちゃん、授業中に寝ない!」
「頼む、察してくれ!体中が痛むんだ!」
「言い訳しない。ほら、しゃきっとして!」
「ぐほっ!」
背中をたたかれむせ返る。
……この鬼め。
「颯太さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……?」
美咲と遥が声をかけてくる。
「いや、無理っぽいわ……。生まれ変わるなら、鳥になりたい」
「あ、大丈夫そうですね」
「うん……」
えっ、何で!?俺今結構変なこと言ったよね?
「全員試合はやったか?」
先生が生徒たちに聞く。
このままいけばごまかせるかも……。
「先生、望月君がまだです」
クラスのリーダー的存在、金髪イケメン君の橋本光が手を挙げてそう言った。
くそっ、面倒なことを。
「んっ、そうか……じゃあ誰か望月とやってくれないか?」
「俺がやります!」
一人の男子生徒が手を挙げた。
あれ、あいつって確か剣道で全国大会準優勝の松下大輔……じゃなかったっけ?
「おお松下、やってくれるか」
「はい!」
「それじゃあ望月、準備をしてくれ」
「あのー、少し頭痛が……」
「お兄ちゃんー」
妹がこぶしを握って俺に声をかけてくる。
「はい、やります!やらせてください!」
妹に一言いい残すことがあれば、ダメ、脅迫よくない……だろう。
竹刀をもって中央に向かう。
防具はつけないらしい、怪我したらどうするんだよ!
見よう見まねで竹刀を構える。
松下を見ると、にやにやと笑みを浮かべていた。
「なんだ?」
「いや、なんでもねえよ」
「……?」
「よし、はじめ!」
先生がそう言った瞬間、ものすごい速さで俺に向かって竹刀が振り下ろされる。
「くっ――!」
俺は片手で竹刀を持ち、かすめるようにしていなす。
「おい、今のあたってたらケガじゃすまないぞ!さっきの試合でこんなに力入れてなかっただろ!」
さっきの……とは、松下がほかの生徒と試合をしていた時のことだ。
「そりゃあ本気を出したらけがをさせるかもしれないだろ?防具もつけてねえし」
「俺は怪我をしてもいいってのか?」
「お前にはうらみがあるから……な!」
そういいながら俺に向かって突きを放ってくる。
おいおい、確か中学の授業で突きを放つのは危ないから禁止じゃなかったっけ?
ものすごい速さ、さすがは剣道の全国準優勝者の突き。
だが、俺にはその突きが腹部に向かって伸びているのが、見える。
「この――!」
いくら見えていようが、よけようとしても体が動かない。
何とか体を引きながら松下の左側に回り込み、その間に左に持ち替えていた竹刀で松下の頭部へ向けて振り下ろす。
「なっ――!」
だが、それはいとも容易く受けられる。
「意外だぜ、望月。お前がここまでやれるとはな」
「……ああ、俺自身も意外だ」
「だが、お前にだけは負けるわけにはいかねえ!!」
そして松下はそのまま俺の攻撃を受け流しながら流れるように俺に打ってきた。
だが、早いはずのその攻撃も、俺には見える。
それをよけることなど朝飯前だった。
……体力があれば……。
数度の打ち合いですでに限界が来ていた俺の脚はがくがくで、よけようと足を引くと盛大に転んだ。
そして、そこに先ほどの松下の打撃が加わる。
「ぐはっ――――!」
もうやだ、最近こんなのばっか。先生、早く止めてくれよな……。
そんな颯太を、一人の女子生徒が興味ありげに見ていた。