一話
「お兄ちゃん、起きてよ!」
俺の朝の安眠を妨げる声が脳内に響く。
よくネットとかで『妹欲しい』や『妹に朝起こしてほしい』といった発言がよくあるが、実際はうるさいだけだ。
俺は目を半開きにしながら、ベッドの近くに置いてあるスマホを手に取り、電源を入れ時刻を確認する。
「まだ、七時か……」
「もう七時なの!」
ふくれっ面をしながら布団をひっぺがしてくる。
今は秋で学校の制服も冬服に移行しつつある。
昼は太陽の日差しなどでそれなりに暖かいが、朝は寒い。
それはつまり、布団を奪われると気持ちよく寝ることができない、ということだ。
「早く起きないと学校遅れるよ!」
朝からうるさく言ってくるのは俺の妹、望月結衣だ。
妹といっても結衣は養子で血のつながりはない。
身長は161cm、体重は前に聞いたら殴られた。
……女というものはよく分からんものだよ。
俺と同じ黒髪黒眼で、兄の俺から見ても美少女だ。
布団を俺からはがそうとするたび、腰あたりまである長い黒髪が揺れ、女の子特有の甘い、シャンプーのようなにおいが俺の鼻孔をくすぐる。
色白で細長い腕がちらちら見え、大きすぎず、かといって小さくもない丁度いい大きさの胸が俺の頭近くで軽く揺れる。
だが、義理とはいえ妹。
一才の頃に結衣が引き取られてから今までずっと一緒に暮らしているので女としてみることはない。
「妹よ、算数のお勉強が足りないんじゃないか?この家から学校までは徒歩で15分、走れば10分ほどで着く。最終登校時間は8時ちょうど。ゆえに、7時50分までは寝てても大丈夫なんだよ!」
ふ、どうだ妹よ。小学校の算数の時間によくやらされた100ます計算を解くたびに先生に、「颯太君、はやさだけならだれにも負けないわね」と言われた俺の計算力!
「勉強が足りてないのはお兄ちゃんだよ。支度したり、朝食とったりする時間が抜けてるよ……」
「あっ……」
「早く顔を洗ってきてね」
「……了解しました」
……そうだ、俺がだれにも負けなかったのは速さだけで、正答率は最下位だった……。
妹に残念な子を見るような目で見られ、俺は何も言い返せず妹の言うとおりにする。
顔を洗い終わり、ついでなので制服に着替えておく。
「お、今日は洋食か」
「うん、紅茶が飲みたくなったから」
「ふーん」
気のない返事をしながらイチゴジャムが塗ってあるトーストを手に取り、かじりながらスマホで今日の天気を確認する。
「お兄ちゃん、行儀悪いよ!」
「行儀はモラルのあるやつがすることだ。俺にはそんなモラルはない!」
「いや、そんなことを自慢げに言われても……」
ふと、紅茶に手を伸ばし口もとにカップを近付けると、中に緑色をした玉が数個入っているのに気付く。
「なんだ、これ?」
「ああ、それはメロンだよ」
「メロン?」
「お兄ちゃんが入院してる時にもらったお見舞いのメロン、型でくりぬいてメロンティーにしたの」
そう、俺は2週間前まで入院していた。
どうやら俺は1年ほど行方不明で、3週間前に家の前の道路で倒れていたのを結衣に発見され、病院に運ばれたらしい。
らしい……というのは、俺には一年間の記憶がなく、何をしていたのか、なぜ家の前に倒れていたのか覚えていない。
1週間の入院ののち退院し、3日前から学校に通っている。
俺を発見した当時、結衣も両親もすごく泣いていた。
父に至っては、俺が見つかったと聞いて病院へ駆けつけ、俺の病室に入るやいなや、「親より先に死ぬ子供があるか、この親不孝者!」と叫びながら泣いていた。
……いや、俺死んでないんだけど。
とまあそんなことがあり、ようやく元の生活に慣れてきた。
メロンティーを一口すする。
「んっ、これ結構うまいな」
「でしょ!」
口当たりがマイルドでメロン独特の甘い香りとコクのある味わいが……。
……ありだな。
「俺の主食、今日からこれな!」
「紅茶が主食!?」
……いいだろ別に、うまいんだし。
結局、メロンティーについて話していると遅刻しそうになったので、走って登校する。
……妹よ、雑談という時間を入れるのを忘れていたな。
そういえば、小学生のころ登校するのが面倒になった時期があり、瞬間移動をする方法を幼いながらに考えてノートに書いたりしてた。
なんだよ、右手に魔力を集め、その魔力を放出し空間に穴をあけるって……。
恥ずかしい!
全力で走り、何とか学校には間に合った。
入院してたためあまり運動をしていなかったので、もう俺の体力は0だ。
はあ……魔法とか使えたらな……はっ、いかんいかん!!
「俺、明日から毎朝ジョギングするわ」
「お兄ちゃん、1年前も同じようなことを言って、結局1日もしなかったんだけど」
「え、まじ?」
「まじだよ!」
全力で走ったため暑いので、ネクタイを緩め手で風を送りながら教室に向かう。
ちなみに制服は、赤いネクタイ、紺色のブレザーに灰色のズボン……と、いたって普通だ。
女子はズボンがチェックのスカートに、ネクタイは丸みを帯び、可愛らしい形になった、といったくらいだ。
教室につくとほとんんどの生徒が登校していた。
一年間行方不明になっていた俺に近付きずらいのか、だれも話しかけてこない。
いや、例外がいた。
「おはよう……颯太、結衣」
「おはようございます!颯太さん、結衣」
俺が1年の時のクラスメート、水野遥と相川美咲だ。
遥は黒というより灰色に近い髪が肩あたりまで伸びていて、所々はねている。
身長は155cmと、少し小柄だ。
美咲は茶色っぽい髪色で、ツインテールだ。
よくラノベとかに出てくる、これ絶対歩いているとき踏んでるだろ!というほど長いツインテールではなく、肩より少し下くらいの長さだ。
ちなみに、なぜ美咲が俺のことをさん付けなのかというと、昔俺と結衣を名字で呼んでいたころ、差をつけるために俺のことを望月さんと呼んでいて、それが名前になっても残っている……というだけだ。
「おはよう、二人とも」
俺と結衣は二人に挨拶を返す。
見ると、二人がどこかほっとしたような顔をしていた。
「どうしたんだ?安心したような顔をして」
「颯太さんが見つかったのが夢だったらどうしようって、不安だったんです!」
「うん……」
「おいおい、もう3日目だぞ。いい加減慣れろよ」
「お兄ちゃん、無理言わないの!1年も行方不明になってたんだから……」
「そんなこと言われても覚えてねえんだよ。なんかいきなり1年も年取ったって感覚だわ」
ためいきをつきながら席に着く。
いや、まじで、一瞬で一歳年取った感じがするんだって!
すげー違和感。