プロローグ
――空一面に広がる星々。
木々が生い茂る森の中で一か所だけ開けた空間。
そこには、一組の男女が佇んでいた。
男のほうは、Tシャツとジーパンに身を包んだ黒髪黒眼の少年。
女の方は、一国のお姫様のようなドレスに身を包んだ金髪碧眼の少女。
この二人がいる空間にのみ差し込む月の光が幻想的で、何人にも侵してはならないように思える。
「ふふ、あなたのその服装を見るのは初めて会った時以来ね」
「会った、か。俺からすれば会わされたというのが的確なんだがな」
少女の言った言葉のあやをとった少年。
そのやり取りを二人はおかしそうに笑いあった。
だが、その笑みはどこか無理をしているように見える。
「本当に帰ってしまうの?」
「ああ、向こうには俺を待っている人がいるからな」
「あら、彼女かしら?」
「俺に彼女がいないのは知ってるだろ」
「そういえばそうね。ごめんなさい」
深く頭を下げる少女。だが、顔は笑っている。
「そんな謝罪要らねえよ!!」
そう言いながら、少年は何かを思い出したように少女に聞く。
「それにしても、本当にこいつを貰って行っていいのか?」
そういう少年が手にしているのは、一振りの剣。
「ええ、魔王がいなくなった今、その剣は必要ないもの」
「向こうではこれを持っているだけで捕まるんだけどな……」
「あら、あなたなら捕まらないで、逆に捕まえに来た人たちを皆殺しにできるでしょ?」
「物騒な事を言うな!」
「冗談よ」
「……たく」
少年は苦笑いしながらため息をつく。
「もっとも、この世界の事も、あなたがここで手に入れた力も封印するわよ」
「ああ、その方が助かる。この剣は異空間にでもしまっておくよ」
「さらりと言うけど、それは十分凄いことなのよ」
当たり前のように言い放った少年の言動を、呆れ顔で指摘する少女。
「この封印は、あなたが再び誰かを守るために必要になった時、解放されるわ」
「おいおい、向こうにいる限りそんな事は起きないぞ」
「あら、分からないわよ?再び異世界に召喚されるかもしれないわ」
「さすがに二回もそんな目に合うのはごめんだ!」
おどけながらそう言った少女に、顔を引き攣らせながら答えた。
「まあ、例えそうなったとしても俺は何もしねえけどな」
「どうかしら。案外、また魔王を倒すかもしれないわよ」
「俺がこの世界で魔王を倒したのは、元の世界に帰る為だ。帰り方はこの世界で覚えた。次に異世界に召喚されても俺は何もせずにさっさと帰るさ」
「あなたは自分で思っているよりも、優しいのよ」
「俺が?そんなわけないだろ」
「いいえ、あなたは……」
少年の足元に魔法陣が浮かぶ。
「あなたは、いつ、どこでも、そこに住まう人々のためにその剣を振るうと思うわ」
「んぐっ」
反論しようとした少年の唇が温かいもので塞がれる。
「おい、何を!」
「封印よ。これであなたは向こうの世界に帰ったらこの世界のことを忘れるわ」
悲しげな表情でそう言った少女。
少年の体が光に包まれ始める。
「本当にありがとう、ソータ」
「……ああ、じゃあな、エミリー」
全身が光に包まれ意識が朦朧とする中、少年は見た。
少女が最後に何かを言ったのを。
だが、それは耳に届かず意識を失った。
――――「今の、私のファーストキスなのよ」