表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

異世界で就職した件

✳︎


【先日オープンしたばかりの、真新しい綺麗な店舗で働いてみませんか?コンビニで働くのが未経験の方でも大歓迎!貴方の好きな時間、好きな日にシフトが組めます!】



全くもって聞いた事のない会社。ただでさえ飽和状態のコンビニ業界に殴り込もうだなんて、きっとすぐに店を畳んでしまうに違いない。だが時給に限って言うならば、どの王手コンビニよりも高い。って言うか、真面目に働いたら大卒の初任給並みになるんじゃないだろうか?


怪しい。怪し過ぎる。これ絶対コンビニ店員求めてないだろう。絶対なんたら詐欺の金銭受け渡し役とか、なんたらハーブの販売員とか、世間様に顔向け出来ない仕事!じゃなきゃ、コンビニ店員にあるまじきこんなに給料が良くなる筈がない。



「……あ、もしもし?日曜日の求人チラシを見て電話を……」



はっ!丁度、先日コンビニの事業縮小による店舗閉店で解雇された可哀想な俺の右手が携帯を持ち、ただバイトしてるんだったら田舎に帰って父ちゃんの農家の手伝いでもしなさいと母ちゃんに釘を刺された左手がボタンを押してしまった!


農家の手伝いは暫くしたくない俺はペラペラと聞かれてもいない事まで喋り、今日、出来るだけ早くと言った面接の予約をしてしまう。因みに電話口に出た人は物凄く声の綺麗な女性で、清廉な声音に俺の淀み切った心が浄化され……てはいない。


どうにでもなぁれ、の精神を心に秘めている俺は慌てふためきながら準備を始める。服はコンビニ面接じゃ

スーツとか当たり前、じゃないから適当に綺麗なのを。携帯、財布、アパートの鍵、おおっと記入済の履歴書は携帯と財布より大事だ。封筒に入る俺の嬉し恥ずかし赤裸々な全てが書かれた履歴書を丁寧に持ち、急げ急げと求人チラシに書かれている住所へと駆け出した。



✳︎ ✳︎ ✳︎



「……マジでヤバイかも」



求人チラシに書かれた住所通りな筈なのに、俺は最近出来たばかりだと噂の億ションを見上げながら呟く。普通なら新しく出来たばかり、とセールスするコンビニの従業員室で面接するんじゃない?気づかない俺も大概だが、時給に惹かれまくっているので気にせず行こう。


警備員や綺麗な姉ちゃんが受付にいるけど、何していいか分からん!そんな時は求人チラシだ!えー……着いたらロビーの受付に自分の名前を言って、取り次いで貰って面接します。……あああぁぁあぁ、金に目が眩みすぎた!頭を抱えだす俺に、心底訝しむ警備員のおっちゃんと受付の姉ちゃん。追い出さないだけ優しいよ。俺なら不審者は即通報だ。警察に頼む。だって怖いもん。


俺はあらん限りの勇気を振り絞り履歴書が入った封筒を握り締め、受付にいる綺麗な姉ちゃんへ問いかけた。付き合ってる人は……いや、俺はバイトの面接に来たんですけど。冷ややかな目以外は完璧な姉ちゃんに取り次いで貰い、次に出て来たのはイケメン爆発しろこの野郎。


柔和な微笑みを浮かべながら、イケメンは俺をエレベーターにエスコートして最上階のボタンを押す。最上階ってなんだよ、と問いたかったがまるで淑女のような扱いをされて物凄く居心地が悪く、俺は口を噤み死んだ魚のような目をしていた。俺、どう見たって男。もう少し雑な扱いをしてくれても良いのよ。でも某配送屋よりは優しく扱ってくれ。


明らかにコンビニ面接ではなく、多少の疑心はあるがブラックな働き所でもなさそうだ。イケメン兄ちゃんに案内されているが、俺はどうなってしまうのか。至極上品なチンッ、と言う音と共にエレベーターの扉がゆっくり開く。そこは少しの廊下とすぐ扉があり、イケメンが「コンビニはそこですよ」と爆弾発言をかまして下さいやがりました。



「……すごっ」



一足498円の靴で踏んではいけないようなふっかふか絨毯が敷かれた廊下は俺が大股で5、6歩って所か。鉄製の頑丈そうな扉にはカードキー、数字入力、指紋認証、角膜、声紋、顔認証なんてついていた。え?なに?VIP専門店かなにか?いやいやいやいやいや、それはないだろ。


今回は特別に通行が許可されているので、私のあとに続いて下さい……とかいよいよ腹を括らなくてはいけないようだ。父ちゃん、母ちゃん、やっぱり素直に農家を手伝った方が良かったんでしょうか?天国で俺を見守っ……て、どっちも死んでねぇし。元気だし。落ち着け俺。


エレベーターはイケメンが持っている鍵を使わなくちゃ動かないっぽいから、窓から飛び降りる事も視野に入れておこう。俺の身体がどうなるかは推して知るべし。物々しい扉をくぐるとそこは雪国な訳なく、壁恐怖症なんじゃないか?って心配する程のだだっ広い空間と、部屋の真ん中に一つの豪華な扉。



「こちらからコンビニに行き、野花さんには面接を受けて頂きます」



にこやかなイケメンにそう言われても、色々とツッコミが多くて間に合わない。間に合わなさ過ぎる。取り敢えず大事な事は、野花やはなは俺の名字だと言う事だ。多分違う。俺は新聞に求人チラシを入れるようなブルジョワジーな人達に、ビックリでも仕掛けられてんのか?


面白い反応出来なくて申し訳ない。俺に出来る事は、最後まで付き合ってあげる事だけだな。俺の気を知ってか知らずか、にこにこにこにこ笑っているイケメンに内心鼻フックしながら無駄に豪華な装飾がされた扉の取っ手を掴む。開けたってどうせ部屋が広がってるだけ……。



「……」


「一名様ご案内です!」



ガチャリコン、と些か面白い音をたてながら開いた扉には、無駄に広い部屋ではなく中世の石造りをした城がデンッと眼前に広がっていた。俺は目の前のインド人もビックリな出来事に言葉をなくす。イケメンよ、物凄く楽しそうな掛け声はいいけどそれじゃホストの掛け声みたいだ!



「は、はぁぁああぁ?!」



訳わかめ!訳わかめだよ!思わず死語を言ってしまう程、俺は困惑しながら眼前の城を凝視した。そしてイケメンは覚悟も何も出来ていなかった俺の背中を押し、イケメン自身も扉の中へと入り扉を閉める。……って、何してくれちゃってんの!



「少し歩きます。大体5分程度ですが、すぐに着きます。さぁ野花さん、こちらです。着いて来て下さい」



あっちを向いてキョロキョロ、こっちを向いてキョロキョロ。よく読む携帯小説で言う、異世界トリップをしたみたいだ。と言うか、した?重そうな西洋甲冑を着込み滑らかな動作で辺りを巡回する騎士っぽい人、多分木で作られた洗濯籠いっぱいに白い洗濯物を詰めて足早に歩くクラシカルなメイド。生のメイドさん。大事な事は2回言う。


そんな姿の俺に小さく笑いを漏らしながらも、イケメンは最初からクライマックスな態度を貫き通し歩き出してしまったので、仕方なく俺は急ぎ足でイケメンのあとを追う。俺の足が短いから、急ぎ足じゃないと歩き出したイケメンに追いつけないんじゃない。決して違う。違う。



「な、あの、イケメ……ええと」



無言で歩くのは精神的にも結構キツイので、ちょっとした些細な事を質問してみようとするが、実を言えばイケメンの名前を知らなかった事に気付く。ってか、素でイケメンと言おうとしてた。押しとどまった自分グッジョブ!余りとどまってない気もするけど、気にするな!



「私の名前はジルグベルド・壱零いお・クロイツェンです。長々しいのでジーク、と呼んで下さい」


「了解。俺は知っての通り野花やはな恭介きょうすけ、です。呼び方は何とでも。えっと俺の心の安寧の為に、質問を二つ程」



簡単に纏めるなら一つ、俺は五体満足精神良好で帰る事が出来るのか。イケメン、もといジークの答えは帰れる。面接に受かったり落ちたりで多少は感情が揺れるだろうけど、無事家に帰れる事は保証する……だと。信憑性やら何やらは俺が判断するしかないが、言質げんちがあると無いのとでは段違いだ。


そして二つ、ここは何処か。5分程度の時間で説明出来たら凄いよな。と思ったらイケメンは無茶振りしてもイケメンらしく、簡潔に纏めて話してくれた。この世界はラ・エミエールと言い、エミエールと言うそれはそれは美しい女神が創り上げたらしい。んでここはクロイツェン国の首都ソルシエールで、城の名前は長ったらしくて覚えられなかった。


……お気付きになっただろうか?ジークの名前の中に、クロイツェンが入っていた事を!兵士やメイドがやたらとペコペコ頭下げるから貴族なのかなー?偉いのかなー?とは思ったよ。まさか王族とは……。気付いてしまった事は見なかった事にした。だって着いちゃったし。



「うん、どこからどう見ても紛うことなきコンビニだ」



石造りで立派な城の正門らしき場所を潜れば、それはそれはこれまた大層立派な城内。城の中なんてゲームでしか見た事ないし、どう表現すれば良いのかさっぱり分からん。入り口に立っていた2人の騎士っぽい人がジークにしこたま頭を下げているけど気にせず、お上りさんの如くキョロキョロ辺りを見渡していたら中世の城には似合わない代物。


どこからどう見ても駅構内にあるコンビニエンスストアです。本当にありがとうございます。看板には蚯蚓が張って歩いたような字が書いてあり、出入り口付近にも蚯蚓が張って歩いたような貼り紙が貼ってある。一応店内は普通に明るいが、店内には人っ子一人いない様子。



「さぁ、こちらです」



ぼんやりし過ぎたらしく、ジークからお呼びが掛かった。彼は貼り紙が貼ってあるコンビニの入り口に立っており、俺は急いで着いて行く。入り口に立つとさも当たり前のように自動で開き、イケメンは中に入って行く。その後に続いた俺はコンビニ店内を見渡す。



「中世の城の中にコンビニとかビックリだけど、本格的だな」


「野花さんの雇い主になるかも知れないお方が、内装に凄く拘ってまして……。面接の際に言って貰えると凄く喜ぶと思います」



コピー機は無いけど陳列棚には満タン入れられた商品、壁の冷蔵庫には飲料や生鮮食品とコンビニ弁当。窓辺には雑誌コーナーがあり、ちゃんとあっはんうっふんな雑誌もある。思わず漏らしてしまった俺の言葉にジークはイケメンスマイルを炸裂させつつ、レジカウンターの中に入り俺を呼んで奥にある扉を開く。


お邪魔します、と中に入ったそこは会議用のテーブルが一つとパイプ椅子が三つ。パイプ椅子の一つに座り、テーブルに肘をつき顎を乗せながら微笑むドレスを着た美しい女性が一人。ど、どちら様?ジークに助けを求めてしまいそうになるも、彼は入り口の扉を閉めると少し離れた場所にあるパイプ椅子に座った。



「どうぞお掛けになって?」


「アッハイ」



近代的な建物にドレスは似合いませんね、あははははは。そんな事を困り果てた思考で考えていると、彼女は唯一空いている自身と対面するパイプ椅子を指差した。それに気力で返事し、ヨレヨレのシワシワになってしまった封筒から履歴書を取り出しテーブルに置き、俺の戦いが始まる。次回の作品にご期待下さい。



「わたくし、ルディアナ・零弐れに・クロイツェンと申します。ジークお兄様と共同出資し、ここのコンビニを建てましたの。わたくし多層世界では地球、それも日本がこの世界の次に好きなのです。そしてつい先日、コンビニエンスストアを初体験致しましたわ。日本の美徳であるきめ細やかな接客に、買ってもすぐ補充される陳列棚。常時冷たく冷やされた飲み物に作りたての唐揚げ!コンビニエンスストアをこの世界にも浸透させ、ゆくゆくは全国に!」



一言で言うなら、即決で決まった。週休2日の朝9時から夕方5時まで。休憩は2時間あるから6時間勤務だな。細かい事は端折るけど、ジーク曰く「妹が飽きるまで付き合ってくれると嬉しい。勿論、君が辞めたいって言うまでコンビニは続けるよ」だと。


✳︎

✳︎


暇つぶしになったでしょうか?少しでも楽しんで頂けたら幸いです。評判次第でまた何か書くかも知れませぬ。


✳︎

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 導入部として物凄く心引かれる作りですねぇ~ 一発屋(笑)なのが残念に思えるくらい 尤もお兄さん達を暖かく見守る会・・・じゃなかったLATORIに入りたい(笑)私としては 向こうを書いて欲し…
[一言] これからが楽しみな作品ですね。続きが気になるので連載版をお願いします。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ