王都への道 1
(1)
翌日の昼すぎ、スタラ・ザゴラの街についた。
途中、丘陵地帯や森林地帯とわずかばかり危険な地域もあったが、街道沿いは王国の警備も行き届いている。【魔力探査】でも調べていたが、街道近くにまでは魔物や野生の危険動物も出てこようとはしない。何事もなく到着したのだ。
はじめて来た街だが、エディルネ王国 北部最大の街だけあってよく栄えている。【計量測定】をかけて人口を測ってみたら、3万人を超えていた。
ギルドで金を受け取り、護衛チームとも分かれ、目的地に進むこととした。
初めての土地なので探索してもいいが、やらねばいけないことがある。先に進むべきだ。
シプカ峠では1人での峠越えを怪しまれてはいけないと思い、ギルドの仕事を請け負ったが、失敗だった。護衛の仕事は移動速度が遅いし、自由も利かない。隠したい能力も結局は他人に片鱗を見せることになる。やはり独りがいい。
適当に屋台で食料を調達し、目的地 王都エディルネを目指す。
街道沿いなので、宿場町はほぼ10マイルごとにある。こちらの1マイルは1530mなので、転生前の知識とはちょっとずれる。ま、15kmごとにあるということだ。
今の俺なら急がずとも3時間。今日中に2つ先の町までは行けるだろう。王都エディルネまでは直線距離で110km、実際の道のりだと130kmある。
歩いていると人々の暮らしを感じる。
転生して6年間、北にあるモエシア王国の辺鄙な田舎で育ち、両親、祖母、妹を殺された。その後6年間、森林や樹海の中で、逃げ、隠れ、殺されそうになりながら暮らした。
去年の冬になる前にようやく人里に下りては来たが、それからも樹海で魔物を狩るために半分以上の時間を過ごした。
この異世界に来てからはじめて多くの人々の中に自分も居るのだ。
歩きながら周りを見渡すと、のどかな田園地帯で、見渡す限りに畑が広がる。
元の世界の日本にこのような広がりを見たことは無い。北海道に行ったときの経験でも考えられない広さだ。逆に言えば、日本が特殊すぎるのかも。
住民の家々や服装を見ても、質素ではあるが貧しいとまでは感じない。
情報社会に安っぽい欲望を惑わされない分だけ、元の世界より幸せな部分もある。こちらのありかたの方が正しいと思えるのはなぜなんだろう。
いろいろなことを考えつつ歩いていたが、ある意味やばい状態であると気付いた。
【魔力探査】を寝ている時間以外かけ続ける習慣があるが、有力な街道だけあって、人通りも住人も多い。今の状態は、魔物が察知できないかもしれないのだ。
どういうことかといえば、すべての生き物はマナを持つ。
魔物、動物、昆虫、植物、生きているものは生命エネルギーがあるからこそ生きているわけで、それはマナを持つ事と同義であるのだ。
昆虫や植物は小さいマナである。大きさや、運動エネルギーに関係しているのかもしれない。
動物はどうやら強い奴ほど多くのマナを持つと思われる。
ヒグマはウサギより遥かに大きいマナを持つし、図体の大きさの問題だけでないのは、狼は牛よりも高いMPを示すことでわかる。
マナ=MPとして考えると、生き抜く意思や精神力の高さもMPに現れる。攻撃されたときの痛みや辛さでもMPは減ることから、生きる意志(MP)の強さが野生界の強さに比例していると言えそうだ。
魔物は言うまでも無く断然、野生動物より高いMPを持つ。
今までは人がほとんどいないところで活動していたので、高MP物体=魔物 ということでやっていけたのである。しかし、探索範囲が1kmにも広がっていると、動きのわからない人間が数多くいて、数の多さからすべてがどうなっているのか認識不可能になっているのだ。
「情報過多」一言でいうとそういうことだ。
大き目のマナが人なのか魔物なのかわからない。
【魔力探査】をコントロールしなければいけない。この魔法が使えるようになって、使っていけばいくほどスキルが上がり、索敵範囲が広がった。
一般的に「無属性魔法」と言われ、俺が今使える魔法すべては、イメージを強く持ち、マナの力を使って出来ないだろうかと思うことで作ってきたものだ。作れたならば、コントロールもできるかも?……
意識しただけで出来てしまった。
索敵範囲を自分で設定出来てしまう。とりあえず、200mにした。
200mにしたのは対人戦闘を想定してのことだ。こちらの世界に来て「銃」を見たことも聞いたことも無い。無いからといって、決め付けてはいけない。俺のような「転生者」がいるかもしれないからだ。ライフリング切った狙撃銃は無理でも、マスケット銃くらいなら現代人の知識ですぐ作れる。
そう考えると、200mあればいいかと思うのだ。
そもそも、常に周りを警戒し身分や実力を隠したい最大の理由は、他の「転生者」からの攻撃と復讐の対象から逃れるためである。復讐の相手は、俺が「転生者」でないかと疑っただけで家族とも殺そうとしたやつらだ。復讐を成すまで見つからないようにしなくてはいけない。
歩き始めて6時間。
2つ目の宿場町が見えてきた。
これほどまでに、森林や樹海でない人の住む平野が疲れるとは思ってもいなかった。慣れねばならないが、早くも樹海に戻りたい気持ちになる。
町に入ると、宿らしき建物は数件すぐに見つかった。
適当に中程度の宿に入る。
「すみません。疲れているので個室空いていませんか?」
宿の受付のような少年が対応してくれる。
「300£の部屋と500£の部屋が空いていますよ」
「じゃ300£の部屋お願いします」
小銀貨(200£)1枚と銅貨(10£)10枚で払う。
部屋に案内され、ベッドに倒れこんだ。
30分ほど横になったまま一休みした。
おもむろに、ポーチから昨日殺したオークの魔力結晶を取り出す。風呂屋で洗う積もりだったのだが 洗えていない。昨日は昨日で色々あってMPすら測れていなかったので、【鑑定】でMPを測る。
MP244とMP197だった。重症だったオークの方は意外と大物だったようだ。
気持ちがスッキリしないので、【魔力吸収】でMPを全快にして、持っていた普段使い用の小さな方の魔力結晶にMPをまとめた。まとまったMPは626になった。
空の洗えていない結晶は道中捨てるためにポーチにしまい、まとめた方の結晶を眺めながら、「お財布ケータイ」ならぬ「お財布結晶」とばかげたネーミングをした。
宿の1階に行き、食事を頼む。
値段が安かったのでワインも頼み、140£払った。
(2)
一晩寝て朝の7時に宿を出発し、2時間少し歩いたとき大きめな町が見えた。
町よりも大事なことは河だ。町までは1kmほどあるが少し急いで進む。
そこには幅30mはあろうかと思われる大きな河が町中を流れている。
町を貫く街道がそのまま石造りの立派な橋になっているので、橋の真ん中あたりまで進んでみた。ものすごい水量だ。スターラ山脈でも川は見てきたが、あくまでも山近くの川に過ぎず、こんな大河を間近で見るのは初めてだ。
何かを感じ、【魔力探査】を川下の方にだけ距離を伸ばしてみる。
河の中にとてつもない奴がいる。川下500mだ。
橋を渡り、街中の道を500m下る。近づいてもにごった水の中は見えないが、マナのでかさは尋常でないMP200以上だ!
【可視化画面】を重ねてかける。こうすることで目の前にモニターが作られ、今なら【魔力探査】で感じるマナを色調の濃淡で示せるのだ。
体長が5mはある魚?ナマズ?が赤外線モニターのように映る目には見える。
水の中で見えないが、【鑑定】をかける。
【モビー・キャットフィッシュ】 ? ?才
状態:健康 総合:A
HP:883 MP:238
筋力:131
敏捷:03
耐久:79
通常の視野で捉えていないものが、【鑑定】出来ると思っていなかったが、見えていなくても、【可視化画面】と【魔力探査】のコンボで見えていると扱われるのだろう。
可視光線で無いと普通の人間には見えないが、モニター上は見えているのである。仕組みがさっぱり理解できない。
モビー・キャットフィッシュ??聞き覚えがあるような無いような。しかし、記憶や知識に無いものは【鑑定】に表れないはずである。神に与えられた超能力でなく、自分の能力をマナの力で練り上げた魔法なだけなので、わからない情報はわからないと出て来るのだ。きっと何処かで耳にしていたのであろう。
キャットフィッシュの名から見てもナマズの魔物と想像できる。
それにしてもデカイ。水中だからであろう。
陸上の魔物は重力の縛りがある。移動して餌を捕食しないといけないので、むやみに大きくなっても得になるわけでないからだ。しかし、水中生物は重力の縛りからかなり開放される。
山の小川にいる沢蟹の魔物も、初め沢蟹とは思えなかった。前世の海の蟹サイズあったからだ。ちなみにとても旨い獲物だったが……
河の魔物でこの大きさだ、海の魔物は一体どれほどの大きさになってしまうのだろうか?体長10mを超える人食いザメがうろうろしているのだろうか?
どおりで、船での移動が中世的な世界のわりに発展していないのも当然なのだろう。
胡椒はあるが、じゃがいもやトマトを見かけないのもそういう理由があるのかもしれない。
10分以上眺めていたが、ナマズの化け物は一向に動かない。
石でも投げつけてやろうと大きな石を探していると、見知らぬ爺さんに声をかけられた。
「お主、そこいらの川辺は危険じゃぞ。何をしているのだ」
「いや~、物凄くデカイ魚がいるのですが、
動かないので石でも投げようかと……」
「ばかも~ん!命が要らんのか。
モビー・キャットフィッシュがおるんじゃぞ」
「はい、だからそのモビー・キャットフィッシュが見たいのです」
「何を言っておるんじゃ。あいつは馬をも飲み込むんじゃぞ。
河に引きずり込まれたらどうするつもりなんじゃ」
「その、大きさが直で見て見たいのです」
「止めろ。町の迷惑じゃ。
10年ほど前にバカな貴族が遊びで銛をを打って殺された。
それだけならええのじゃが、モビー・キャットフィッシュが怒り狂い、
橋を一部壊したんじゃぞ」
「橋を壊した?」
「ほれ、あそこを見てみろ」
と、爺さんが石でできた橋を指差す。
橋脚4本の内2本が河の中に建っており、その内の1本の半分が白く新しい。橋は建てられて数百年経っていそうで、石が全体的に黒い中そこだけ目立っている。
「まさか、あの直している部分ですか?」
「そうじゃ、体長12キュビット(約5.3m)もある化け物じゃぞ。
体長5キュビット(約2.2m)のモビー・キャットフィッシュでも、
50モディウス(約315kg)はあるんじゃ。
きゃつは、その8倍いや、10倍はある。
破壊力のすさまじさもわかろうて」
「すみませんでした。もうしません!」
素直に爺さんに頭を下げて謝った。
3tもあるなんて、そりゃ破壊力もダンプ並だわ。
HPもオークの5倍近いし、とんでもない化け物だ。石投げて水面近くに上がってくるのを見たいと思ったのは、とんだ人騒がせな行為だったのか。
MPが大きい魔物に理性が吹っ飛んでいたようだ。
爺さんから逃れるように街道の方に戻り、旅路を続ける。
しかし、さっきから何だか気が落ち着かない。
すれ違ったり、追い越す人々のMPが気になる。
【魔力探査】をかけているので、大体の人のマナの大きさが分かっているのだが、衝動に耐え切れず、すれ違う人を片っ端から【鑑定】をかけてしまう。
そうそうすごい人間とすれ違うわけは無いのである。
たまに冒険者や、旅の騎士風な人にも出会うが、初級から中級程度の普通な人が歩いているだけだ。ぞろぞろ猛者が歩いているわけでない。平穏な場所なのだ。
問題はMPだ。【鑑定】は1回2MP使用する。
このような平野でマナの薄いところでは、1日に回復するMPは4から5に過ぎない。マナの濃い森林でならその倍から3倍のの13近く回復する。樹海だと10倍の40近く回復するが、人の住む平野はそんなものだ。
じゃんじゃん使っていると、すぐにMPが枯渇してしまう。
ポーチに手を突っ込んで、【魔力吸収】しているが、どうしよう?
今の俺のMP満タンは78だ。14歳にしてはすごいが、「ラノベ」主人公のようにチートにものすごい魔力を持っているわけでない。あこがれてMP保有の増大を考えたが、体の成長と同じで、MPつまり精神力・集中力・マナ力みたいなものが爆発的に増えるなんてことは無い。
だがしかし、特殊な人生経験で、魔物狩りが異常に得意な少年に育ったため、外部MPタンクのような魔力結晶は集める自信がある。
…… 結論は簡単じゃないか!……
鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す嵐のような闘争を望むか?
「よろしい ならば〇〇だ!」
自制はかけたが、私の尊敬するアノ白い服を着た大隊長が見える。
《俺は狩りがしたいんだー!》
きっと、タバコのニコチン中毒と同じで、狩りをして感じるアドレナリンの放出を求めている中毒患者みたいなものである。まさに魔物、いや魔人だ。