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峠越え 2

(3)


 峠から下る山脈の南側は急峻になっており、ふもとまで直線距離で6kmしかない。直線で下るには急過ぎるので、街道はつづら折になって10kmになる。

 北側が登るのにその倍以上の距離を持つのに比べ、非常に短い。そのため平均傾斜度が10度にもなるので馬車を御するのは大変だ。

 そんな中、馬車は峠から逃げるように出立し、わずか3時間でふもとに着いた。


 麓は樹海のまっただ中になる。登山口が30mほどの半円に切り開かれており、今日も魔法で一帯が焼かれているのがわかる。毎日人の手が入らないと樹海に戻ってしまうのだろう。人の力が及んでいることと、ここまで来ると既にオウガのテリトリーではないので、かなり気が楽になった。

 落ち着いて【魔力探査マナ・サーチ】をかけると、1km以内には大きなマナは感じない。


 ここから、カザンラックの砦まで樹海の中の街道が10km続く。カザンラックの砦がエディルネ王国の北の玄関口だ。その先20kmにスタラ・ザゴラの街がある。

 昼の3時を過ぎ、まさに峠を過ぎた今が集中の切れる頃合だ。気を抜いてはいけない。


 平坦な地形になり街道も整備はされているが、その石畳にも樹海の木の根っこが容赦なく襲いかかり、かなり道はでこぼこと馬車を走らせにくくなっている。

 思うほどのスピードが取れない中、あと砦まで3kmという地点で右手前方900mにオーク4匹のマナを察知した。詳しく言えば、前方500mの地点から700m右手である。今の馬車のスピードなら100m以内に近づかれる可能性もある。

 様子を伺いながら進んでいると、ゴブリン9匹の集団が前方からやってくる。何の脅威にもならないが、いい手を思いついた。

 ゴブリンを右手に追いやって、オークにかち合わせるのだ。その間に街道を抜ける。

 ゴブリンは相談するほどの相手ではないので、走り寄り、オークのいる方に追い払った。街道から50mの所まで入って追ったので、たぶん300mは事情を知らずにオークの方に逃げたであろう。


 【魔力探査マナ・サーチ】から、オークとゴブリンのその後の動きを見ていたが、双方気付いてないような動きをしている。オークの索敵範囲は樹海内では100m足らずなので、ゴブリンたちはどうやら助かったようだ。むしろ、オークが居場所を変えずに同じ場所に居続けていることに何かを感じる。


 魔物たちの動きを監視しているうちに砦が見えた。砦まで1kmを切った所にまで着いた。

 立ち止まり馬車本隊を待つ。ここからは砦の監視もあるので、むしろ後方が危険になる。通り過ぎる馬車が300m進んだ後、後方警戒しながら砦に向かう。

 砦に着いたのは4時を過ぎたころだった。


 指定の宿屋前で本日の警護は終了した。

 1泊をし、明日朝7時出発で、目的地スタラ・ザゴラの街を目指す。

 宿は指定で宿泊費食事代は払わなくていい代わり、部屋は護衛していた客と同室の4人部屋だった。入り口近くのベッドを割り当ててもらい、ベッドの上に少ない荷物を置く。

 金、魔力結晶は戦いの時でも腰周りにつけている。重さはポーチや袋を込めても3kgにならない。邪魔といえば邪魔だが、こちらの世界じゃ常識だ。

 つまり、ベッドに置くのは大きなナップザックに入っている、着替え3セット・ローブ1着・石鹸・タオル3枚・ブラシ・砥石・水筒・オリーブオイル・塩袋・オレンジ2個だけだ。

 着替え・タオル・石鹸を持って出ようとし、それを入れる小さな袋すら持っていないことに気付いた。服に包んで、目立たないように右手に持つ。


 あわてて近くの雑貨屋に入り、ちょうど良い大きさの袋と新しい石鹸、自分でも良く気づいたと思うが、石鹸用の小さな袋と別の小分け用の袋も買った。

 あわせて430リブラ 少し物価は高い。


 袋にすべてを突っ込み、走った。

 風呂屋でなく、今日来た街道に向かってだ。

 時間は5時前、日が暮れるまであと2時間無いからだ。

 懸念していることを、砦の門衛が叫ぶ。


「日没には門を閉めるんだぞ。わかっているのか~」


「大丈夫です。わかっています~~」

 

 街道を2kmほど戻る。ずっと走ってきたので息が切れる。

 7年間訳あって、だてに狼少年・・・やってきたわけではないので、ここまでには10分かかっていない。息を整えつつ【魔力探査マナ・サーチ】をかける。

 まだ、同じ場所に4匹のオークがいることを確認した。

 2時間以上も経っているのに何故?……


 街道から樹海に600m入る。奴らの索敵範囲は100mそこそこなので、気付かれていないはずだ。

 それどころか、聞こえる声から30m地点まで近づいても大丈夫と確信した。

「プギィィィィャー プギィィィィャー」と幾度となく聞いた覚えのあるその声は、間違いなく彼らが性交渉中であるということだ。そっと、風下にまわる。


 樹海がわずかばかり開けたその地点。

 近づくと、風下に野生のヒグマの死骸とそれを食べ散らかした跡がある。

 冬籠り前のヒグマと遭遇し、戦って倒したのをオークが食べたのだろう。

 2時間前のサーチでヒグマのマナは感じなかったので、そのときはもう事尽きてお食事中だったのかしら?で、おなかいっぱい。次は性欲と……

 解り易い行動様式だ。この知能の低さを俺は愛している。


 【鑑定ジャッジメント】を重ねてみると、


 オーク ♂ 6才

 状態:重症  総合:B

 HP:82  MP:36

 筋力:10

 敏捷:12     

 耐久:08


 オーク ♂ 4才

 状態:軽症  総合:B

 HP:211  MP:96

 筋力:41

 敏捷:09     

 耐久:36


 オスの1匹は重症で、黒い毛でわかりにくいが血をダラダラ流しながらやっている。死の恐怖が余計に生に対する執着を生んでいるのか?

 そのまま放っておいても死ぬかもしれない。

 4匹とも仕留めるのは無理であろうから、メス2匹は逃げてもらおう。来年春に元気な子どもを生んでもらわなければいけない。慈悲ではない。俺の獲物を増やしてもらう為だ。


 オークはやはり、猪の魔物化であると思う。

 交尾の姿は大きな猪そのもので、後背位でやっているその姿に2足歩行らしさを感じない。足の長さが極端に短いことも関係しているのであろう。


 元気で若いオスの背後に忍び込む。行為の終了を待ってもやりたいが、「キミがそれで俺を褒めてくれるわけないよね」と心でつぶやきながら、頚椎けいつい4番目と5番目の骨のすき間ちょうどに剣を刺す。

 あまりにも多くのオークを倒してきたので、骨格までわかる自分が怖い。

 即死 ただ、恐ろしいことにその瞬間、体を痙攣させ射精したであろうということがわかった。


 重症の方をみると、意識を朦朧とさせて行為を続けている。

 振り向き様に剣を首に叩き込む。


 おおわれているメスと目が合った。

 振り向きの一撃の間合いが7mほどあったにもかかわらず、一挙に詰め寄った動きへの驚嘆の目から、それが次に自分の死に繋がることへの恐怖の目に変わる。

   

「先ほど殺したヒグマや今までに襲った獲物が、

 どんな目をしていたか自分で考えてみろ!」


 声に出して吠えた。解るはずもないのに……


 メス2匹が逃げられるよう、10mほど引く。


 2匹のオークのメスはかなり長い時間かけて置かれた状況を判断し、認識できたであろう瞬間、飛び跳ねるようにして逃げて行った。




(4)


 多少の後味の悪さを感じなくもないが、悠長なことはいってられない。

 時間がないのだ。

 手際よく魔力結晶を取り出す。


 空は夕方で赤くなっているが、樹海には暗闇が襲いつつある。

魔力探査マナ・サーチ】をかけ警戒しながら、街道までの700mを走る。


 街道にまで出ると、砦まであと2kmだ。とりあえず、砦の門衛に認識してもらえるところまでは走らねばならない。1kmに近づいた所で、砦の方は明るく門は開いていることを確認した。

 情けない気もするが、叫ぶ。


「お~い 門は閉めないでくれよー!」


「大丈夫だ。お前が帰ってくる前に閉めてやるぞ~~

 はっはっはっは」


 冗談で返してもらった。歩いてもいいだろう……

 5分ほど歩いて息が整ってきたので、息が上がらぬようにジョギングペースで門にまで戻った。門衛に礼を言おうとしたら、逆に言われた。


「お前 怪我大丈夫か?」


「はい?」


 自分自身を見ると、返り血と解体時の血で服がぐちゃぐちゃだ。気付けば顔もつっぱる。血を浴びて乾いた状態になっているときに起こることだ。


「返り血です。怪我はありません。

 それより、待っていただいてありがとうございました」


「いいよ、それより早く井戸へ行きな」


「はい」


 井戸で頭から水をかぶると、滴り落ちる水が赤い。


 しまった! 着替えの入った袋を樹海に忘れてきた。

 もう、こうなりゃ開き直りだ。

 いつもなら、冒険者が血塗られたまま誇らしげに風呂屋に向かっているガラの悪さが嫌で、風呂に行くにも少しはマシな格好で行っていたが、このまま行くことにする。


 風呂屋に来ても最前線の砦である。別に咎められるようなことはない。

 入り口近くの子どもに銅貨1枚(10リブラ)渡す。これで、ブーツを洗っておいてくれるのだ。


 受付に行く。


「いらっしゃいませ、その格好なら個室にしてもらいたいが、

 いいかな? 400リブラになっちまうが」


「荷物もあるし、それでいいよ。

 着替えを用意してもらいたいんだが無理かな?」


「そういうサービスはしてないんだが、

 そこのガキを使ってお使いやらせりゃいいさ。

 ちょっと、ジーナ おいで」


 ジーナと呼ばれる12・3歳のしっかりしていそうな少女が呼ばれる。


「兄さん、その子ならお使い任せて大丈夫だよ」


「ジーナ 今の俺の服を見てくれ。

 地味目で同じようなのを見繕ってきてくれ。

 サイズも間違わないように頼むぜ。

 それと下着もだ」


 受付のおっさんに見えないように背中でガードしつつ、銀貨1枚(千リブラ)を渡した。少女のしたたかな目が光る。うなずいて駄賃に期待させる。

 振り向いて受付に向かい明るく聞く。


「石鹸はあるよな」


「個室だから持って行かせるよ、心配ない」


 小銀貨2枚(400リブラ)払った。


 案内される個室に向かう途中、様子が違うことに気付いた。

 湯女ゆながいるのはいい。しかし、ここのおねーさん達は腰の周りにうすい生地しか巻いていない。もちろん胸への視線をさえぎるものははなにもない……

 街の風呂屋は個室でも基本こんなことはない。しかしここは冒険者も多い最前線の砦であった。正式な娼館がないここでは風呂屋が代わりに……ということか。


 部屋に案内されると、湯女のおねーさんがお湯を入れてくれる。

 目線をそらして、濡れないように荷物台に剣・ナイフ・ポーチ・サイフを置く。


「石鹸どうなってるのかな~」


 とつぶやく。


「取ってきますね…うふ」


 彼女が流し目で意味を含ませつつ、しなを作りながら出て行く。

 速攻で服を脱ぎ、浴槽に入る。お湯は3分の1も入っていない。

 少ないお湯で体を洗う。体についた血が湯に混じる。

 シャワーはないが打たせ湯のような機能はあるので、栓を抜いて打たせ湯にする。


 石鹸を持っておねーさんが帰ってきた。


「お背中流しますね」


 突然、胸を押し付けて後ろから石鹸で体を洗ってくる。

 俺の下半身は素直に反応しちゃっています……


「おねーさん。すみませんが勘弁して下さい。

 おねーさんが魅力的なのは下半身が証明しています。

 でも……

 宿に彼女が待っているのです」


 嘘をついて逃れようとする。


「大丈夫、若いんだから」


「そういう問題じゃないのは、

 女であるおねーさんは分かっていますよね」


「あーら、残念!

 たった500であたしを好きにできるのに、

 いいわ、これ石鹸ね」


 諦めていただけたようだ。

 こちらの世界は人件費が安いのと、人権がうんたらこうたらという事が無いので、娼婦の値段は元の世界の感覚より半分以下だ。いまのおねーさんだってまぁまぁキレイだったし、体つきも悪かった訳でない。

 宿で出されている晩飯のことがなければお願いしたいくらいだ。


 石鹸できっちりと頭からつま先まできれいに洗う。

 体が洗えたので、栓をして浴槽にお湯をためながら湯につかることにする。


 冒険帰りの客が個室にするのは当然だ。貴重品を自分の目に届く所で濡れないように管理するのはこのような個室が一番だ。ようやく落ち着いてきた。


「お兄さん お・ま・た・せ……」


 突然、さっきより一段キレイで若く、そして妖しい やらしさを持ったおねーさんが、ポーズをとって個室に入ってきた。浴槽に足をかけている姿からは太ももの奥も見えてしまいます。


「私でもダメだなんて言わないでしょう。

 特別にお兄さんなら500でいいわよ」


 突然耳元に近づき、耳を舐められた。

 声がもれそうになった……

 見えてしまう胸がうつくし……


「おねーさん!さっきの人にも言ったのですが、

 宿に彼女が待っているのです」


 さっきついた嘘をもう一度言う。なにも「チェンジ」というつもりで言ったのでは無い。下半身が完全に反応しているのにエラそうに言えないが、それとこれは別だ。


「あーら本当にそうだったの!

 彼女とアタシ どっちがキレイ?」


「おねーさんの方が断然キレイです。

 でも、分かってください」


「ふ~ん いいわ ざんねん!」


 諦めて出て行こうとしてくれた。すれ違いにジーナが服を持って入ってくる。

 助かった……


「お客さん 服買って来たよ~~」


「おお!サンキュウーな。

 そっちに置いて、ついでにそこのサイフ取ってくれ」


 ジーナが荷物置きに服を置いて財布を取ってよこす。


「ええとね、ズボンが260、トゥニカ(シャツ)が270、

 下着が90なので全部で620リブラだよ」


 おつりをちゃんと全部俺に渡してくれる。


「たくさんお金預けられたから、もっといいもの買えたけど、

 地味目って言ってたから……」


「いや、それでいいんだよ!ありがとう」


 サイフにおつりを入れて、逆に中から銅貨5枚(50リブラ)を出して渡す。 


「こんなに~~!やったー!」


 素直に喜んでる。おねーさんのセクシー攻撃に参っていた俺に、さわやかさを与えてくれる。かかった内訳説明と、おつりチョロマカシも無いか少ないかだ。ごまかしも10リブラぐらいここじゃ当たり前なので、しっかりした仕事への報酬だ。


「ね、さっきエレーナさん断ってたでしょ」


(エレーナさん?さっきのべっぴんさんのことか?)


「さっきのおねーさんのことか?」


「そうだよ!美人だし、おっぱいもすごくキレイ。

 女のワタシがみても「すごい!」って思う」


「それがどうかしたのか?」


「どうして断っちゃたのかな~って思ったの」


「いや、別にそのつもりで風呂に来たわけじゃないんだ」


「うう~ん。あ、あのね……」


 ジーナが耳元に近づいて、小さな声で言う。


「あのさ、 お客さんの中には綺麗なおねえさんより、

 ワタシみたいな年の子の方がいいっていう人もいるんだよ。

 ワタシしたこと無いけど……お兄さんなら……」 


(なんちゅうこっちゃ!!ジーナお前もか!)


「ジーナ!ここで働いているから覚悟をしているのは知っているよ。

 でもね俺はそういう趣味無いから……」


「ごっゴッ ゴメンナサイ!」


「いいよジーナ。気にしないで。5年後のジーナだったら、

 お願いしちゃうけど今はね……

 ゆっくりお風呂入りたいんだけど、いいかな?」



 独りになれて、ようやくほっとする。

 彼女達も、生きていくことに必死なんだと思うことにした。


 風呂を上がり、備え付けのタオルで体を拭き、いそいで新しい服に着替える。サイズもちょうどだし、選ばれた服も悪くない。

 女に絡まれたくないので、敵から逃げるように風呂場を出る。

 ブーツを履きながら、受付に向かって「ジーナに礼を言っといてくれ」と言う。



 宿に帰り、晩飯を独りで黙々と食べていると、護衛リーダーのカルレラさんがワイン片手に寄ってきた。勝手にグラスにワインを注いで俺の前に置く。


「まぁ、一杯飲んでくれ。今日はいい働きだったぜ」


 とだけ言って、自分達のパーティーで飲んでいる席に戻る。席の方でわいわいと呑んでいるようだったが、そのうちの前衛職らしいガタイのいい奴が俺に絡んでくる。


「兄ちゃん、風呂長かったな。いい女いたか?」


「よせよ。茶化すんじゃないよ」


 ステファンさんが制する。

 まさかオーク狩りのことは知らないだろうし、風呂帰りの時間が遅かったのだ。今日の働き方が目に付いて話題にもなっていたのだろう。


「いやーついつい。若いんで女なら誰でも立ちますよ。

 おかげでスッキリしました」


 中身おっさんの俺が、転生前の自分より若い20台に冷かされても何も思わない。下半身反応したのも、風呂に入ってスッキリしたのも嘘じゃない。おっさんが、やってなくてもやったかのように言いたがるのは、世の常なのよ。

 しかし、髯をはやして18歳と偽っているが、今の俺は14歳なんでどのように思われてしまうかも一応は考えてモノ言うべきではあると反省した。




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