ガブロヴォ砦 2
(3)
1時間ほど経ったので、ポーチに魔力結晶を布に包んで全部いれ、ベルトに革袋のサイフ2つをつける。サイフには、片方に金貨が10枚きっちり並べて入っている小さいのと、普段使い用の紐で間口が締められる大きいのがある。大きい方には銀貨や銅貨を入れている。
ポーチ、サイフ、ナイフの3点セットを腰周りに着け、それを隠すために薄手の麻のローブを纏う。先ほどの洗濯した服を入れた桶を持って、裏の井戸にまた向かう。
井戸ですすぎを済ませ、なるべく水分を切って部屋に戻り、部屋の中に服を干す。
面倒だが、普段の生活をきっちりしないといけない。
ゲームの世界や「ラノベ」では、アイテムボックスという空間魔法で何でもかんでも運べる便利なものがあるが、同じファンタジー世界でもこちらでは一般的に流通はしていない。
個人的な感想だが、元の世界の科学で実現できていないほどのことは、こちらの世界の魔法でも難しいのではないかと思う。空間を弄れるところまでに魔法が進化していたならば、こんな中世的な雰囲気が残っているはずも無いので……
冒険者は荷物を最低限に! 鉄則中の鉄則です。
洗濯ごときを厭わずできなければ、冒険者になれない。
重くて困るなら、銀貨と銅貨ならいつでも捨てる覚悟はできている。
日のある内に宿を出て、まずは冒険者ギルドに向かう。
俺のこの国で所属するギルドは「青い馬」という中堅所である。
冒険者ギルドも、すべて情報が繋がっている国際的な巨大ギルドなんてまったく無い。
国の中に大きいところから小さいところまでさまざまあって、俺のように正体を隠そうとしている奴は、国ごとに異なるギルドで偽名登録していると思う。
そもそも冒険者というのは腕っ節自慢が多く、法や秩序と馴染まない。その上こちらの世界は、法と秩序の番人である支配者層が、腐った貴族様だったりするのである。
正義や信頼を求めるのは勝手だが、勢力争いもあり裏社会とも繋がる、ちょっとマフィア的な側面を持つことは無視できない。
その点「青い馬」は自由、縛りも少ない。言い換えれば、面倒見は悪い。サービスもなっていない。ただ、持込の素材や魔力結晶の買取は他よりいいと言われている。本来の同業者互助組合らしさが受けて、モエシア王国南部では人気だ。
「青い馬」の支部、看板も青い跳ね馬でわかりやすい。
すぐ隣にある王国最大手冒険者ギルド「自由騎士団」の支部の新しく立派な建物に比べ、みすぼらしさもコントラストになっており、わかりやすい!
夕方前なので、冒険者達も帰って来てない。
空いている買取ブースに行き、ポーチからクロー・ベアのMP370とオークのMP203の魔力結晶を取り出す。心の中で勝手に呼んでいるのだが、銃器のような呼び方で気に入っている。
クロー・ベアのMP370…… やっぱり響きがいい!
俺の自己陶酔を無視して、鑑定士のおっさんが一瞥しただけで言う。
「兄ちゃん、2つで11万4000でどうだ?」
「おっさん、もう一声!」
「バカ言うな、あと500上げて金に汚いと、
若いのに言われてーのか?」
「いや、あと600って言いたかったんだよ。
いいよ、手間賃として取っておいてくれや」
「フッ……
金貨11枚と銀貨4枚だ。早く帰って、
ママのおっぱいでもしゃぶってろ」
「あんがとよ」
ま、はした金でどうこう言う気は無い。結果は11万4千£。他のところなら、最初の言い値が1万£安いかも知れないのである。こんなやり取りでも良心的な方だ。
気を取り直して掲示板に行き、明日の「シプカ峠護衛」の張り紙をはがし、受付ブースに行く。
中から、冒険者のやる気を出させるかわいいおねーちゃん を求めるなら、隣のギルドに行かなければならない。出てきたのは「青い馬」らしい おばちゃんだ。
「すみませーん。これ空いてます?」
と、張り紙とカードを共に提出する。
カードとは、銅版に名前・番号・クラスが載っているシンプルなものだ。受付で月ごとに集計している帳簿から、冒険者の情報を名前と番号で確認するだけだ。俺の転生前の知識では、カードがステータスを自動で示したり、倒した魔物まで確認できる優れものの魔道具だったりするのだが……
ここのカードはアナログ中のアナログです。
「ディーノ・フェラーリ様 18歳 C級ですね。
間違いないですか?」
「はい、そうです」
本当はまだ14歳なんだけどねー 名前もウソだし。
「スタラ・ザゴラの街までの護衛で、
C級の方は報酬800£です」
「はい、登録お願いします」
「では、明日朝7時にギルド前に集合です。
遅刻すると、依頼不達成でペナルティーになりますので、
気を付けて下さいね」
「了解しました」
さっさとカードを受け取り、武器屋に向かう。
(4)
隣のご立派なギルドの横に武器屋はある。
しっかりとした店構えだ。交通の要所にある砦であるし、南にあるスターラ山脈は有名なマナ・スポットなので、冒険者もよくここを拠点としている。立地条件から、実質的な良品が取り揃えられているということだ。
一通り店を見て周り、目当てであるショート・ソードの並ぶコーナーに戻る。
長さ・重さ・材質・身幅・重心・装飾と1本1本かなり異なるものが、ざっと40本ほど並んでいる。
俺の正攻法とは言えぬ戦闘スタイルからすると、武具が長すぎたり、重すぎるものは却下だ。また、対人戦闘ではなく、魔物を倒し魔結晶を集めることが目的なので、性能が良いが高価なものも要らない。どんな優れた武器も、切ったり磨いだりすれば使い減りする。「使い捨て」という方法がまだ実力と目的には合致している。
店員が材質やお薦めの話を振ってくるが、手で制して黙らせる。
【鑑定】をかけ、材質・性能・耐久を調べる。
材質は、素人向け 鋳鉄、 初級~中級向け 鍛造鉄、 中級~上級向け 鍛造鋼、 超上級~金持ち道楽向け ダマスカス鋼と、基本分類してもいいだろう。
ダマスカス鋼は高すぎる。1本日本円で1千万以上だ。
鋳鉄も農民や素人の護身用で使い物にならない。折れてしまうのだ。その代わり、10万円そこそこである。
鍛造鋼の良いものはやはり良い。いいものは200万円を越えることもしばしばある。しかし、鍛造鋼の良くないものは切れ味が良くても折れやすかったり、表面には見えない傷があったりもする。素材が良くても鍛冶屋の力量がたりないのだ。
鍛造鉄はありふれているので、目利きが難しい。
俺は【鑑定】の訓練もあるので、じゃんじゃん使用して見ているが、普通の冒険者はそんな無駄なMPは使わないだろう。【鑑定】の使用1回につき2MPなので、普通の人なら無理して日に5回ほどしか使えないし、魔力結晶で考えると1回8000円はするのだから。
候補は2本に決めた。
(耐久: 285)
(性能: 50~70)
(価値: 28000)
値札は 3万4000£(68万円)
(耐久: 210)
(性能: 60~85)
(価値: 31000)
値札は 3万3000£(66万円)
2本を振り比べる。重心・重さ・長さは問題ない。
切れ味を捨ててまで、折れないことを重視して鍛造鉄にするのだから、あえてお買い得でない3万4000£の方を選んだ。
店員の方に向かって言う。
「これにする。鞘の方を見せてくれ」
「良ければ、鞘も1日でもっといいものに変えますが」
確かに、店員の差し出した鞘は剣に比べると品質の悪い革を使っているようだが、丈夫そうなので金をかける必要はなさそうだ。
「鞘で戦うわけでない。このままでいいぞ」
「畏まりました。では3万4000£でございます」
「忘れていた、この剣を4000で引き取ってくれ」
刃が飛んではいるが、鍛冶屋が打ち直しすれば中古で2万程にはなるだろう。引き取りは6000以上でもおかしくないが、交渉するのも面倒だ。
店員が渡された剣をしげしげと見つつ、
「お客様 よろしいのでしょうか?
もう少し色を付けさせていただけると思いますが」
「構わん。その代わりいい砥石を付けてくれ」
「了解いたしました。ではあちらでお会計を……」
ボロイ客だとほくそ笑む店員に金貨3枚を払い、新しい剣を腰に佩き、砥石をポーチに入れて店を出る。
20本近く【鑑定】かけて消費したMPを歩きながらポーチに手を突っ込み、【魔力吸収】で明日までの回復分を考え、30ポイント程回復しておく。
その後雑貨屋や薬屋などを数件見て回ったが、買うべきものも見つからないので宿に戻った。
宿に戻り、食事を食べながら女将に交渉する。
「明日の分まで先払いしたんだけど、明日の朝出て行きます。
そこで相談なんですが、この夕食と明日の朝食に替えてくれませんか?」
「そりゃいいけど、差額は返せないよ」
「もちろん、そんな事 言いませんが、
果物でもつけてくれるとうれしいな」
「オレンジがあるよ、食べるかい?」
「いやーオレンジ好きなんですよ、
お願いします」
宿代6000£で、飯はあわせて200£だ。損をしない話はさすが商売人目敏いし、オレンジで目先を変えられたと思っている。ガブロヴォの砦はいい拠点の一つになると思うし、この宿も使い勝手が良い。信頼関係を少し作っていくのも悪くない。