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ガブロヴォ砦 1

(1)


 男は慣れた手つきで、倒したオークの胸をナイフで裂き、魔力結晶を取り出す。

 いつものように【鑑定ジャッジメント】でMPを測る。

「 214.3 MPか……」

 【魔力吸収(マナ・アブソーブ)】を使い、自らの体内に20MPほど吸わせ、残りはポーチから取り出した直径4cmはある青白い魔力結晶に吸収させる。結晶から結晶にマナを移すのは簡単だ。並べさえすれば、大きい方にすべて吸収される。

 マナを吸い尽くされた魔力結晶は、無色の半透明な石ころだ。


 価値の無い石ころを屍骸にほり投げて、近くの小川に向かい、返り血を浴びた顔や手を洗う。

 剣とナイフも水で清め、砥石をあてる。剣の方はかなり刃がこぼれ、限界は近い。



 太陽の位置からまだ正午を越えていないことを確認し、【魔力探査マナ・サーチ】をかける。小川を水のみ場としているであろう、オークらしきマナを2体南800m程の所に感じた。

 川沿いに600m南下し、更なる【魔力探査マナ・サーチ】をかけた上に、この男にしか出来ないであろう魔法スキル【可視化画面ビジュアライズモニター】をかけながら木に登る。



 2つの魔法を重ねてかけると、木や葉に隠れて視覚的に察知しにくい対象物が、パッシブな赤外線センサーのように見ることができる。獲物はやはりオーク2匹であった。


 相手の動きを予想して選んだ木である。2匹ともこちらに気付かぬまま50mの距離にまで近づいてきている。オークの鼻から考えて、30mも近づかれると臭いからばれるので、反対方向に向かってポーチから取り出した石を投げる。

 石が小川近くの岩にあたり、その後水に飛び込む音が響く。

 オークは習性として、異常を確認するために30mまで近づいてから、状況を判断しようとする。普段なら、その距離から弱い敵なら襲い、敵わないようなら逃げるのだ。

 しかし、今回のオークの敵は判断地点にまで向かう途中の、木の上にいるのである。



 不意打ちだ。

 男はオークが状況を判断する前に、その無防備な後姿の首に飛び降りざまに一撃を入れ、そしてすかさず、もう一匹の右足に切りかかる。2匹には何が起こったのかすらわからない。


 右足を切られたオークが、体重を支えきれず倒れようとしている所を今度は左足を切る。これでこのオークは戦闘不能かつ逃亡もできない。


 首に一撃を入れられたオークは、左手でその傷を抑えようとする。手応えからして、2分間そのまま出血させれば戦闘不能になるであろう。

 右手には棍棒を持っているが、左のガードはがら空きだ。左に回りこみ、攻撃されないように注意しながら剣を突き出して牽制する。

 勝負はついた。逃げることも出来ないオークが最後の一撃を繰り出すが、切れのある動きではない。男にとってよけるのが容易なだけでなく、モーションの大きさの裏をついて、踏み出された右足に剣を横切りに振り抜く。

 2m、そして200キロ近いその巨体は倒れこんだまま体を痙攣けいれんさせている。

 頚動脈を切り、絶命させる。



 左右の足を切られたオークは、腕力だけで這いずりながら逃げようとしていた。躊躇ためらうことなく延髄に剣を刺し、とどめを打つ。



 男は息を切らすことも無く、いとも簡単にオーク2匹を倒した。


 オークの弱点は猪に似た風貌からもわかるように、自重に対して脚部が貧弱であることと、知能の低さであろうか。猪突猛進という言葉通りである。だからといってたった一人の人間が普通倒せる相手ではない。


 淡々と、作業的に魔力結晶を2体の屍骸から取り出し、小川に向かう。体、剣、ナイフについた血を洗い流し、【鑑定ジャッジメント】をかけて魔力結晶のMPを測る。



 男の名前は リベリオ・カルレッティ。 

 現代日本からやってきた 「転生者」である。




(2)

 

 リベリオは一息ついて考える。

 時間と食料にはまだゆとりがあるが、昨日から今日にかけて既にオーク4匹とクロー・ベア1匹を倒した。計算外だったのはクロー・ベアの爪を剣で受けてしまったことだ。


 ソロで戦う彼にとって、クロー・ベアは割りに合わない敵である。ギルドランクB級のパーティー6人で、やっと倒せるほどの熊の魔物で、特徴はそのクロー、つまり爪が異常に発達しているのだ。

 筋肉、骨、毛皮、皮下脂肪。どれも固く、前衛と後衛で攻守を分担できないと、時間がかかり過ぎたり、相手が逆に逃げたりするのだ。

 面倒なのでやり過ごそうとしたのだが、付きまとわれて放って置けなくなり、久々に対峙した。


 迂闊だったと思う。敵の攻撃をかわしつつ徐々にダメージを与えていた時だ、何と敵のクロー・ベアが足を滑らしたのである。野生の動物や魔物が足場を取られるようなことはめったに無い。

 仰向けに倒れた姿勢から、あわてて牽制で突き出された左手の攻撃を、思わず剣で受け止めた。そのとき、固い爪と鉄製の剣の間から火花が飛び散るほどの競り合いとなり、剣の刃が飛んだ。

 敵の予想せぬ動き。それをいかに受けるか流すのかが技術というものだ。敵のミスで瞬間こちらに隙が出来たということだろう。


 充分反省したので、先ほどの反撃の機会も与えず危なげも無い、いやむしろ虐殺といっていい戦いに繋がっている。「るか、殺られるか」の世界で、卑怯という二文字を口に出したものが敗者になるのだ。



 剣をもう一度じっくり眺める。

 刃の片側は磨り減ってしまい、刃物から鉄の鈍器に成り下がっている。

 生き残っているもう片方の刃も、所々亀裂が走っている。

 1度や2度の最悪な状態は切り抜けれるが、危険を冒すことをなるべくしないのが、本当の冒険・・者であるという言葉を思い出す。


 明日いっぱいまでの狩の予定を切り上げて、ガブロヴォの砦に戻ることにした。

 


 ガブロヴォの砦はモエシア王国の南の玄関口である。ここから南にはシプカ峠があり、それを超えると南にはエディルネ王国がある。峠は両国を分けるスターラ山脈が低くなったところだが、雪に閉ざされる冬を除き、春から秋には交通の量も多い。

 砦は谷間にあり、周りは木製の壁で魔物からの襲撃をふさげるようになっている。前日にここに泊まって、翌日の朝に峠を越えるために出発するのが旅人や隊商の基本なので、宿泊、料理屋、雑貨屋、武具屋等小さな街の機能はある。


 宿に戻ると、女将が声をかけてくる。

「返り血が落ちきってないようだね。どうするよ?」


「20リブラで桶一杯の湯をもらえるんだっけ?

 それなら2杯もらえないかな」


「じゃ、裏の井戸を使っておくれよ、すぐに持っていくからさ。

 お代は30リブラでいいよ」


「ありがとう」

 

 裏の井戸に行き、頭から水を被り汚れをざっと落とす。剣やナイフももう一度きれいに洗い直す。お湯が来たので布巾で体を拭く。宿に汚れを持ち込まない程度にはきれいになってから、使っていないもう一つの湯の桶をもって2階の自分の部屋に入る。

 預けてあった袋を確認し、部屋ですべての服を脱ぎ、丁寧に体をお湯と布巾で拭いていく。お風呂などは庶民にとってはかなりの贅沢だ。こちらの常識では考えられないほど入浴している俺でも、1週間に1度ぐらいで、それも設備が整っている場所にいてこそだが……

 着替えも済まし、すっきりした。


 面倒に感じられるだろうが、ここで着ていた服を洗濯だ。本当は人を使えるほどに稼いでいる。しかし、あえて目立たぬために石鹸で桶の残り湯を使い洗う。

 次に道具の番だ。床にポーチの中身をすべてだし、ナイフを磨ぎオリーブオイルで拭く。剣は売払うのでいいだろう。ポーチ、ブーツ、ベルトの革製品もきっちりと手入れする。最後に魔結晶だ。手入れは必要ないがきれいに拭き、ポーチが乾燥する間外に出しておく。


 ベッドに横たわって、魔力結晶を確認する。

 今手元には、4つの結晶がある。最も大きいものは青白く発光し、よく見ると小さな光の粒子のようなものがゆっくりと中で渦巻いている。マナの流れが見えるほどの状態なのだ。その保有MPは4万2615にもなる。

 MPとは、俺が始めて使った魔法に必要なマナの量を、1MPという単位にして勝手にそう呼んでいる。一般的でないが同様に経験上考えている魔法使いもいるそうだ。


 魔力結晶はその保有マナ量で値段が決まるので、だいたいMP1で200リブラの値は付く。つまり、MP4万2615の結晶は850万リブラの値打ちがある。

 俺が元居た世界で言えば、1リブラは食べ物を基準で20円、労賃を基準なら50円、という所だ。労働力があまりに安いので、20円として考えて生活している。

 

 はっきり言って、1億7000万円の石ころだ。小さな領地を治める程度の貴族なら、持てないようなお宝と言っていいだろう。

 しかし、俺にとっては金でなく、違う使い道がある道具だ。


 残りの3個は昨日倒したクロー・ベアのMP370と、今日倒したオーク2匹のMP203とMP231の結晶である。


 どれも部屋に無造作に置いていける代物しろものではないので、革製品に軽く塗りこんだ油が染み込むまでの1時間。ベッドでくつろぎながら待つ。



 

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