十人十色
「おい、落としたぞ」
「え?」
後ろから急に話しかけられて私は振り返る。
「ほら、筆箱」
「あ……ありがと」
3時限目が移動教科だったのでその教科に必要な物を胸に抱えていた。その為、筆箱を落としても気付かなかったらしい。教科書だけでも3つあるのだ。
私に筆箱を手渡したその人は少し、苦笑していた。恥ずかしくなり、顔を伏せてしまう。
「気をつけろよな」
「う、うん……」
そう言ってその人は去ってしまった。私はその後ろ姿をぼーっとしたまま、見つめていた。
「どうしたの?」
「へ?」
一緒に歩いていた友達に声をかけられ、やっと我に返る。
これが、彼との出会いだった。
「最近、おかしいよ?」
「ん? 何の事?」
筆箱を拾って貰ってからの数日間、無意識の内に学校内でその人の姿を探していた。友達も私の様子がおかしい事に気付いたようで問いかけて来る。
「だって、キョロキョロしてるし……」
「そう、かな?」
「もしかして、この前の人を?」
「……多分」
お昼の菓子パンを食べる事を中断し、答える。
「何で?」
それは私にもわからない。その人は特別、カッコいい顔ではなかった。でも、頭から離れない。
「やっぱり、恋とか?」
「う~ん……何となくそうじゃないと思う」
「じゃあ、何で?」
私の答えを聞いた友達は首を傾げる。
「私に聞かないでよ」
「いや、あんたの事なんだけど……」
「あ……」
その放課後、やっとその人を見つけた。丁度、校門を出て行こうとしている所だった。
(お、追いかけなきゃ!)
焦って中靴をローファーに履き替え、走り出そうとする。だが、昼休みの事を思い出し踏み止まった。
どうして、そんなに彼に近づこうとするのか。何が私をそうさせるのか。
「……」
私は溜息を吐いて彼とは逆方向――自分の家へと歩みを進めた。
「……」
俺は肩を落として歩く彼女の後ろ姿を見て溜息を吐く。
「どうしたんだろうな、俺」
この前、筆箱を拾ってあげた。そう、それだけなんだ。
(何で、こんなに気になるんだ?)
昼休みにも親友に『お前、どうした? 最近、妙にキョロキョロしてるけど』と言われた。自分自身でもわからない事を答えられるはずがない。
「まぁ、いいか」
今も偶然、後ろを振り返ったら彼女が校門を出て来る所だった。ずっと、探していた人。だが、声をかけても何を話せばいいのかわからない。俺はバイトに遅れない為にも急いで帰路についた。
「「あ……」」
少し、お腹が空いたからと寝間着のまま近くのコンビニに入った私の前に彼がいた。向こうも私の事を覚えていたらしく、同時に声を漏らす。
(ど、どうしよ……こんな恰好)
夏だからと言って出歩くのにTシャツ、短パンとラフすぎる服装だ。
「い、いらっしゃいませ」
彼は何故か、焦りながら挨拶してくれる。
「ど、どうも……」
顔が熱くなるのを感じながら、私も答えた。急いで目的のお菓子を手に取り、レジに持って行く。
「105円になります」
彼がピッ、とバーコードを読み込んだ後、値段を言う。
「はい……あ、あれ?」
お金を出す為に財布に手を伸ばすがポケットは空っぽ。どうやら、ここに来るまでに落としてしまったようだ。
「す、すみません。お財布、落としたみたいでお金が……」
恥ずかしさから俯いたまま、呟く。
「……ぷっ」
数秒後、彼が笑い出した。
「あ! わ、笑わなくたって!!」
「ご、ゴメン……でも、無理だわ」
それから彼は上司に怒られるまで大声で笑い続けた。
「本当にゴメンね?」
「いや、いいよ。この辺まであったのか?」
「う、う~ん……どうだろう?」
「おい」
バイトが終わった後、俺は彼女と一緒に財布を探していた。笑ってしまったお詫びだ。彼女は最初、断ったが俺が無理矢理、頷かせた。家に帰ってもやる事がなかったし、バイトもそろそろ終わる時間だったのだ。
夜だから道は暗い。そこで彼女が携帯の液晶の光を使って地面を照らし、俺がその周辺を探すような感じになっていた。
「そう言えば、財布の特徴って?」
「えっと……長くて白い」
「アバウトだな……」
「し、仕方ないじゃん! そうなんだから!」
呆れたように言うと彼女が言い訳する。
「とにかく、探さないとな。財布だし」
「中身はそれほど入ってなかったよ? そこまで、熱心に探さなくても」
「カードとか入ってるだろ? 悪用されたらどうするんだ」
「あ、そうか」
納得した顔を見てまた、俺は笑ってしまった。
「え? 何で笑うの!?」
「いや、お前。面白いなって」
率直な感想を述べる。それを聞いて彼女は目を丸くした。
「わ、私が? 面白くないよ! いたって普通な女子高校生だよ!!」
「普通の女子高校生はそんな簡単に落としたりしない」
「うっ……痛い所を」
こんな感じで中身のない会話をしながら日にちが変わるまで彼女と一緒に財布を探し続けたが見つからなかった。
「……」
財布は玄関にあった。靴を履く時に邪魔でポケットから出したのだ。
(ど、どうしよう!?)
彼をこんな時間になるまで財布を探させたのにも関わらず、結局は自分の家にあると言うコント並みのオチ。申し訳なさと恥ずかしさが心を抉る。
「とにかく、謝らないと……」
明日は早起きをして、校門前で彼の事を待とう。そう決心して私は2階にある自分の部屋に向かった。
「う、そ……」
早起きする為に目覚ましをかけたはずが、寝惚けて止めてしまったらしく私は遅刻しそうだった。通学路を走っていると地面を見ながら歩く彼の姿を発見して驚愕する。
「あ、おはよう」
「お、おはよう……じゃなくて! 何してるの!? 遅刻しちゃうよ!」
「財布が気になって授業どころじゃないからな。しっかし……見つからないな」
彼は一体、いつから探していたのだろう。
「あ、ごめんなさい! 財布、家にあったの」
「ええ!? マジか……」
『今までの苦労は……』と彼は小声でぼやいた。
「本当にごめんなさい」
「いや、気にすんな。よかった、財布が見つかって」
そう、安心した顔で呟く彼。
「あ、あの!」
「ん? 何?」
「お、お詫びって言うかお礼って言うか……こ、今度何か奢ります!!」
気付けばそう言い放っていた。彼は少し、目を開いた後、ニヤリと笑う。何か意地悪するつもりだと本能的に察する。
「お金そんなに入ってないんじゃなかったっけ?」
「そ、それは……次のお小遣い日まで待ってくれれば……ああ、でも予約してたCDのお金が!」
どうすれば、彼にお礼を出来るか頭を抱えて悩んでいるとまた、彼が吹き出した。
「ま、また! また、笑った!?」
「す、すまん……お前、面白すぎ。くっ、ふふふ……」
お腹を押さえてひーひー言っている彼を見て私も思わず、笑顔になる。
「お前だって笑ってるじゃん」
「え? あ、これはあれだよ……あれってなんだろう?」
言い訳しようとしたが、無理だった。
「お、俺に……聞かれても……」
逆に余計、彼を笑わせる事になってしまった。笑いすぎて言葉が続かない。
「ほ、ほら! 急がないと遅刻しちゃうよ!」
「む、無理……笑いが止まらなっ」
「早く!」
笑い転げる彼の手を掴んで走り始める私。ここから学校までは距離があり、バスじゃないと間に合わない。そのバスの到着時間が迫っているのだ。
「……おう」
「?」
急に笑い声が聞こえなくなり、小さな声で頷いた彼。何故、そんな反応をするのか私にはわからなかった。
「ここだよ」
「……ここ?」
財布事件から1週間後、校門で彼女が待っていた。どうやら、昨日がお小遣い日だったようで俺に何か奢ると言って来たのだ。バイト前に腹を満たしておこうと踏んだ俺はお言葉に甘えて彼女の行きつけの店に向かった――のだが。
「入って入って!」
そう言いながら俺の背後に回り、背中を押す彼女。
「いや、何でメイド喫茶なんだよ!?」
普通、女の子なら入りたくないような店だ。俺もあまり、そっち系は知らないので入る事はないと思っていたが、まさかこんな形で訪れる事になるとは。
「私のお母さんがここの店長なの。私も偶に手伝うし」
つまり、彼女もメイドさんになると。
「ほ、他の店にしないか?」
「え? 男の子ってこういうのが好きなんじゃないの?」
「もし、この世の真理がそうだったら俺は例外だ!」
恥ずかしくて食べるに食べられないだろう。
「え……じゃあ、もしかして君は」
振り返ると深刻そうな表情を浮かべていた。
「お前が何を考えているか分かっちゃうから答えるけど絶対に違うからな」
「ふの――」
「女の子がそう言う事を言ってはいけません!!」
メイド喫茶のオムライスは美味かったと言っておこう。
「へっくち!?」
隣を歩く彼が可愛らしいくしゃみをする。
「うぅ~……さむっ」
「冬だからね~」
お正月、私たちは近くの神社に初詣に来ていた。本当は友達と来るはずだった。だが、向こうが急に風邪を引いてしまい、一人寂しく神社に来てみると彼がいたのだ。話を聞くと彼も同じような事があり、一人で来ていたらしい。折角なので二人で行動する事にした。
「しかし……俺たちが出会ってもう半年、経ったのか?」
「そうだね~。会ったのが夏に入る前だったから」
初詣の帰り道。彼がそう、呟いた。苦笑してそれに答える。
「時間が流れるのは早いな」
「そんな事言ってるとすぐにおじいちゃんになっちゃうよ?」
「うわっ……ハゲた俺の姿を想像してしまった!!」
頭を抱えて唸る彼。相当、ショックだったのだろう。
「男の人は大変だね……」
「くそ……自分には関係ないからって!」
「へへ~ん!」
彼とはこんな他愛もない話ばかりしている。でも、それはとても楽しい物だった。
「さて……今更だけど、明けましておめでとう」
「あ、おめでとうございます」
少し、間抜けな二人であった。
「あ……」
掲示板に貼られたクラス表を見て私は声を漏らす。
「あ~、離れちゃったか~」
友達も残念そうに呟いた。
新学期。私は無事に進級し、待ちに待ったクラス替えである。もちろん、友達と一緒になりたかったがその願いは叶わなかったらしい。周りは嬉しそうな声と悲しそうな声でざわついていた。
「うわ~! 離れた!」
「あ、ほんとだ」
すぐ近くで彼の声がした。そちらを見ると彼も友達と一緒に見に来たようで、肩を落としていた。どうやら、私たちと同じ結果だったらしい。
「どうしよ……」
肩が急に重くなる。見ると友達が私の肩に寄りかかっていた。
「大丈夫だって! 帰りとか一緒に帰れば!!」
「そう言って……また、新しい友達(女)を作るのね!?」
「ちょっと! やめてよ、恥ずかしいじゃん……」
普段ならともかく、こんな人がたくさんいる所で。
「はいはい、そろそろ行かなくちゃね……また、後でね~!」
「うん!」
友達はあっさり演技をやめて自分のクラスに移動した。もう一度、自分のクラスを確認して歩き始める。気付いた頃には彼の姿はなかった。
「え?」「お?」
自分が配属される事になったクラス。親友とも離れ、仲のいい生徒もいなかったので席に座って窓から外を見ていると隣の席に彼女がいた。
「き、君もこのクラスだったんだ」
「お、おう……席は黒板に貼ってあるよ?」
「そしたら、ここでした」
これはすごい確率だ。この学校は無駄に生徒数が多い。クラスの数も例外ではない。そのせいで親友とも離れてしまった。だが、そんな中で彼女と同じクラス。しかも、隣同士になるなんて。
「まぁ、これからよろしくな」
「うん。よろしくね! でも、よかったよ~! 友達と離れちゃってさ!」
「俺も。どうしようかと悩んでたところだったんだよ」
楽しい一年になりそうだ。
「へ? か、彼氏!?」
「うん、出来たの~!」
テストが終わってそろそろ夏休みが始まろうとしていた時、帰り道の途中で友達が報告して来た。
「嘘!? どんな人!」
「同じクラスの人! 初めて会った時から意識してて……そしたら、向こうもそうだったの!!」
俗に言う一目惚れだ。
「いいな~! 見たいな~!」
「紹介するよ! ううん、させて!! 明日、授業が終わったら私のクラスまで来て!」
自慢したいだけなのだろう。
「はぁ!? 彼女!?」
「お、おう……」
久しぶりに親友との帰り道。突然、報告して来た。
「で、出会いは?」
「同じクラスの女子……一目惚れだった」
恥ずかしそうに言う親友。
「マジか」
「しかも、向こうもだった」
「マジか!? うわ、見てみてー!!」
「そ、それだけは……ん?」
その時、親友の携帯が鳴る。メールのようで文章を読んでいた親友の顔が赤くなった。
「ど、どうした?」
「か、彼女が友達に俺の事を紹介したいって……」
「なら、俺もそれに付いて行けば彼女を見れるってわけだ」
ニヤリと笑って呟く。
「はぁ!? お前、ふざけんなっ!」
「え? 彼女の友達はいいのに俺は駄目なのか?」
「くっ……わかったよ! 明日、校門前で待ち合わせてるから俺のクラスまで来い!」
「おう」
反応的に逆ではないか。普通なら女の子の方が恥ずかしがるものだと思うのだが。そう、考えたが黙っておいた。
「え~? 掃除?」
「うん。ゴメンね? 校門前に行ってて!」
友達のクラスまで来たが、掃除当番だったらしい。
「掃除?」
「ああ、本当にゴメン。先に校門前に行っておいてくれ」
「仕方ねーな……」
私と友達がいる後ろ側のドアではなく、前側のドアの方から彼の声が聞こえた。彼も友達が掃除当番だったようで溜息を吐いていた。
「やっほー」
「ん? よう」
話しかけると彼も私に気付いたようで手を挙げて挨拶して来る。
「お互い、待ちぼうけですな」
おどけたように言う彼。
「そうみたいだね」
その言い方が面白くて自然と笑顔になってしまう。
「待ち合わせ場所は?」
「校門だよ」
「俺と一緒だな。待つか」
「そうだね」
これはラッキーだ。一人だと暇でどうしようか悩んでいたのだ。でも、彼とならずっと話していられる。憂鬱な時間だったはずが楽しい時間になるのだ。笑顔のまま、彼と一緒に校門に向かった。
「ごめ~ん! 待った?」
20分くらい経った頃になって友達がやって来る。その隣に見覚えのある男子がいた。
(あれ? 誰だっけ?)
きっと、友達の彼氏なのだろうがどこで見たか思い出せなかった。
「すまんすまん。掃除が長引いてな」
「本当だ。20分も待ったぞ?」
その男子が彼に謝る。彼も呆れ顔でそう言った。
「「……え?」」
私と彼が目を合わせる。
「あ、紹介するね。私の彼」「紹介するな? 俺の彼女」
私の友達は私に。彼の友達は彼に。つまり――。
「……スゲー巡り合わせだな」
「う、うん」
私の友達の彼氏は彼の友達で。彼の友達の彼女は私の友達で。同時に首を傾げるカップルを前に苦笑する私たちだった。
「あ……」
その夜、どうして彼の友達の顔を覚えていなかったのかわかった。私は彼ばかりを見ていたからその近くにいた男子をよく見ていなかったのだ。
「うわ……はずかしっ」
自分の部屋でそう呟く。明日、久しぶりにコンビニに行こうと決心して布団に潜った。
「やっほー」
「いらっしゃいませ」
季節は秋になった頃、私は毎日のように彼のバイト先であるコンビニに遊びに行っていた。
「それで今日は何をお求めで?」
前、私とタメ口で話していたら店長に怒られてしまった彼。それからここでは敬語で話すようになっていた。
「そうだね……今日はプリンかな?」
「それでしたらあちらの方にございますのでどうぞ、ごゆっくりお買い物を楽しんでくださいませ」
言っちゃえば、彼は敬語が下手だ。その話し方が面白くて通っていると言っても過言ではない。因みに彼もその事に気付いているようで私が来ると少し、苦笑いする。
「……つかぬ、事を聞きますがお客様」
「何でしょうか?」
プリンをレジに持って行くと彼が話しかけて来た。結構、珍しい。
「体重の方は大丈夫でしょうか? このような夜遅くに甘い物を食べると……」
その言葉で私はダイエットする事を決意する。
「何で、俺まで……」
日曜日のお昼、俺は彼女に呼び出されていた。
「だって……本当に増えてたんだもん」
ジャージに汗拭きタオルを首に巻いた彼女は肩を落として報告する。俺はただ、バカにしてくる彼女に何か仕返しをと思って女の子が気にする事、ナンバーワンの『体重』を選択したのだ。
「あー……なんて言うかゴメン」
「ううん。元はと言えば私のせいだもん。散々、君の敬語をバカにしていたからその罰が当たったんだね」
最近、彼女の性格がわかって来た。基本的に元気だが、ひどい人見知り。恥ずかしがり屋でドジッ娘。すぐに調子に乗る、などなど。
「まぁ、俺のせいでもあるわけだ。で? 俺は何をすればいい?」
「メニューを考えてください!」
コーチになれと言いたいのだろう。
「何で、俺なんだ?」
「いや、私ってほとんど運動しないからどうしたらいいかわからなくて……」
「男の俺の方がそう言うのには慣れていると言いたいんだな?」
「そゆことです」
確かに彼女の言う通り、運動部に入っていた。それもマネージャーとして。
「わかった。考えてやるよ。まずはお前がどれだけ運動が出来るか見たいな」
「ラジャー!」
結果から言うと酷い有様だった。
「……これは?」
「練習メニューでございます。お客様」
ダイエットの為にスポーツドリンクを買いに例のコンビニに来た。すると、例の如くレジにいた彼が1枚の紙を渡して来たのだ。
「え? でも、『走る』って」
紙にはその二文字しか書かれていなかった。
「いや、筋トレで体重を落とそうにも腹筋、腕立て伏せも一回も出来ないのではこれしか……」
「で、でも! 屈伸なら10回は出来たよ!」
「屈伸はやめましょう」
一蹴された。
「最初は体力もないでしょうから距離は短めです。しかし、どんどん長くして行きますのであしからず」
「うぅ……わかりました~」
1日目で心が折れそうになった。
「最近、やけに楽しそうだけど?」
「ん? 何の事?」
菓子パンを食べていた私に向かって友達が質問する。
「だって、妙に笑うようになったし」
「関係ないんじゃないの?」
原因は分かっている。彼だ。
「あ、彼でしょ?」
「うぅ……」
さすが、長年私の友達を務めているだけある。
「で? 何があったの?」
「え? 言わなきゃ駄目?」
「うん」
即答された。
「じ、実は私、太っちゃって……ダイエットしてるの」
「ふ、太った? どれぐらい」
「800グラム」
報告すると友達が溜息を吐く。
「それは太ったって言わないの。成長よ」
「成長? 背、伸びてないと思うけどな~?」
頭のてっぺんをポンポンと触っているとまた、溜息を吐く友達。
「そこじゃなくてここ」
「ひゃあっ!?」
「あら? 本当に増えてるみたいね」
突然、友達が私の胸を鷲掴みするので変な悲鳴を上げてしまった。
「や、やめてよ!?」
「いいじゃ~ん。減るもんじゃなし~」
「私の気が減ります!!」
叫ぶと友達が手を離してくれる。安堵の溜息が漏れた。
「それで? ダイエットと彼。何か関係が?」
「痩せる為に走ってるんだけど私の前を自転車で走ってくれて、応援してくれるの」
「つまり、コーチ?」
「そうなの」
私の調子を見て走る距離とか時間を決めてくれたり、休憩の時にスポーツドリンクを渡してくれたりと親切にして貰っている。
「……彼が自転車で?」
「そうだけど?」
「……まぁ、無理しないように言っておいて」
(彼に?)
首を傾げる私だったが、友達は昼食を食べる事に戻ってしまった。
「大丈夫か?」
放課後の教室。親友が突然、現れたと思ったらそんな事を聞いて来た。
「何が?」
意味がわからず、聞き返す。
「……聞いたんだよ。彼女から」
「ああ、自転車? 大丈夫だよ、あれぐらい」
親友の恋人の友達は彼女だ。ダイエットしている事を恋人経由で聞いたのだろう。
「本当か?」
「本当だって。さすがに無理はしないよ」
「……なら、いいんだけどよ。お前、やつれてるぞ。疲れてるだろ?」
さすが、長年俺の親友を務める奴だ。見抜きやがった。
「まぁ、な」
「無理してるじゃんか」
「自転車については無理してない。ただ……」
少し、考え事があるのだ。いや、考える事が増えたと言うのか。
「まさか、家の問題?」
「それもある……けど、一番はやっぱり」
「彼女か?」
こいつはエスパーの才能があるようだ。ぜひ、テレビに出て有名になって欲しい。
「……ああ」
「それなら簡単だろ? 言えばいいじゃん。お前の気持ち」
「そう簡単な事じゃないんだよ」
そう言って俺は自分の鞄を掴む。
「あ、おい! まだ話は終わってないぞ!」
親友の言葉を無視して俺は教室を後にした。
その夜、俺は彼女の携帯にダイエットに付き合えなくなった事を知らせるメールを送った。
「お! おぉ!!」
冬になり、世界が銀世界になった頃、私の体重は元に戻った。
「やっと……やっと!!」
2か月間もお菓子を我慢した甲斐があった。さすがに彼なしで走ろうとは思えなかったのだ。
(最近、行ってないな……コンビニ)
彼とも会話していない。席もだいぶ前に離れてしまったし、何より話しかけ辛かったのだ。
「明日、行こうかな?」
ダイエットの成功を報告しに行こう。今から楽しみだ。
「え? やめた?」
コンビニに行っても彼の姿がなかった。すっかり、仲の良くなった店長に聞くと2週間ほど前にやめてしまったらしい。
「ど、どうしてですか?」
「う~ん……理由を聞いても答えなかったんだよな。暗い顔をしていたよ」
一体、彼の身に何があったのだろう。その日は気になって眠れなかった。
「……」
午後7時。辺りもすっかり暗くなった中、私は校門の前にいた。
「……来ない」
授業が終わった後、声をかけようとしたら彼は担任の先生に職員室に来るように言われていた。さすがに邪魔出来ないので校門前で待っているのだが、一向に現れない。
(裏口から帰ったのかな?)
「あ、れ? お前、何で……」
「あ」
諦めて帰ろうとしたその時、彼が校門から出て来た。
「えっと……コンビニ、やめたって聞いて」
「あー、ごめんな? 言わなくて」
申し訳なさそうな顔になって彼が謝る。
「ううん! 私もダイエットの為に行かなかったから」
「お? と言う事は?」
「うん! ダイエット、成功したよ!!」
「おお! よかったな!」
彼は笑顔になって私の頭をポンポン、と撫でた。嬉しさと恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。
「どうした? 寒いのか?」
更に何を勘違いしたのか彼が私の手を握る。今、気付いたが手袋をし忘れていた。
「うわっ! 冷たいな。大丈夫か?」
「う、うん! だ、大丈夫だよ!」
胸がドキドキして上手く話せない。
「家まで送るよ。こんな時間に女の子一人じゃ危ないからな」
「え? でも……」
「その途中で話したい事もあるし……」
私の鼓動が更に速くなるのがわかった。
「それで? 話って?」
公園のベンチに座って俺と彼女は温かいコーヒーを飲んでいた。そろそろ、飲み切りそうな頃になって彼女から話を切り出して来る。
「……俺、お前の事が好きだ」
「っ……」
いつからかはわからない。でも、彼女と知り合ってから楽しかった。今までの人生で一番。断言できるほどだ。
「わ、私も……好き」
「……」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓が大きく跳ねた。痛いほどだった。
「付き合おう……って言いたかったんだけどな」
「何かあったんだね?」
俺の話し方から察していたのか彼女が俯く。
「少しな……家の問題で。今日、先生に呼ばれたのもそれについてだったし」
親の離婚だ。話し合いの結果、俺は母親の方に引き取られるようになった。その事を彼女に話すと首を傾げていた。
「え? それならどうしてコンビニをやめたの? 普通ならお金が足りなくて逆にバイトすると思うんだけど……」
「母親の実家ってここから車でも3時間、かかる所にあるんだよ」
「じゃ、じゃあ!! 転校しちゃうの!?」
彼女は立ち上がった。その拍子に缶コーヒーが地面に転がる。
「いや、母親はそう言ったけど断った。電車とか使って4時間、かけて通うつもり」
「な、なら……私たち、付き合えるんじゃ?」
もじもじしながら彼女。その姿が可愛過ぎて抱きしめたくなった。
「駄目なんだ」
その衝動を何とか抑えて俺は呟く。
「付き合うってさ。楽しいから、面白いからってだけじゃ駄目だと思うんだ。そんな半端な気持ちじゃ別れちゃう。多分、他の人は重いって言うかもだけど俺は嫌なんだ。折角、好きになれたのに……相手の事をどうでもよくなっちゃうなんて悲しいだろ?」
俺の言葉を彼女は黙って聞いていた。俺も自分の胸にあった蟠りを吐き出すように話し続ける。
「俺はお前を幸せにしたいんだ。この先、何があってもお前だけを愛して守りたいんだ。でも、今の俺は何もない……高校に入ったばかりの頃はバスケをやってたけど、それも出来ない。膝を壊したんだ」
彼女に屈伸運動をやめさせたのもそれが原因だ。
「今じゃやりたい事もない。勉強も出来ない。こんな男が人を幸せに出来るわけがないんだよ……」
大学にも行けないだろう。仕事も足のハンデで出来ない物もある。それに両親の離婚によって周りがめちゃくちゃになっているのだ。
「……だから、私とは付き合えないって?」
頷いた後、彼女の顔を見ると目を吊り上げていた。
「ふざけないで……」
「え?」
「私の幸せって何? 君の言っている事は全て、現実的な事ばっかりだよ!」
「現実的?」
「そう! お金がないから! 夢がないから! 勉強が出来ないから! 家が大変だから! 自分に自信がないから!! でも、その前に大事な事があるでしょ!!」
彼は大きく目を見開いていた。私が怒った事に驚いているらしい。だが、今はそんな事どうだってよかった。
「大事な……事」
「君の気持ちは!? 君の気持ちはちっぽけな現実に負けるほど小さい物なの!?」
無我夢中に彼の肩を掴む。
「なめんなっ! 俺はこの世で誰よりも一番、お前が好きだ!!」
「ふぇ? え、えっと……」
面と向かって言われると恥ずかしくて焦ってしまう。
「お前が言わせたんだろ!」
「い、いやだって……そんな事より!! まずは自分の気持ちが先なんじゃないの!?」
「……」
「私は君の事が好き。君と同じようにこの世で一番……これからも君とずっと一緒にいたい。その気持ちだけじゃダメなの? それを人は幸せって言うんじゃないの?」
勝手に目に涙が溜まって行く。視界が歪む。
「確かに幸せって人それぞれだと思う。でも、私はそれが一番の幸せだと信じてる」
私の言いたい事は全て言った。それなのに彼は何も言わない。
「すまん……今日は、帰る」
俯いたまま、彼が立ち上がった。
「わ、私! ここで待ってるから!!」
無意識の内にそう、叫んでいた。聞こえたかはわからない。公園を出て行く彼の背中を私は黙って見つめた。前と同じように。
「……」
俺はバカだ。敬語だけじゃない。存在そのものがバカなんだ。
(あんな事、あいつに言わせちゃ駄目だろ……)
俺が言うはずだった事。俺が言わなきゃいけなかった事。それを彼女に言わせてしまった。今、彼女の顔を見ると泣いてしまう。
「くそ……」
俺はただ、何か理由を付けて彼女の前から消えたかったのだ。苦しかったから。彼女の事が好きだったから。それでも、現実を見てしまった。
「くそっ」
彼女は強い。現実を見ても心が折れないのだ。
「くそっ!」
それに比べて俺はどうだ。
バスケはどうだ。膝を壊したからバスケをやめて流されるようにマネージャーになった。でも、もしかしたら手術をしてリハビリをすればまだ、出来たかもしれない。
勉強はどうだ。今から死ぬ気になって勉強すれば大学に入れるかもしれない。
親はどうだ。俺が必死に引き止めれば離婚しなかったかもしれない。
「くそっ!!」
そう、全ては考え方次第なのだ。そして、俺は逃げた。バスケからも。勉強からも。親からも。彼女からも。全てから逃げ出したのだ。
「くそっ!!!」
こんな男のどこがいいのだろうか。こんな男と一緒にいるだけで幸せなのだろうか。俺は上を見た。涙が零れないように。でも、すぐに後悔する。
「本当に……俺はバカだ」
俺の存在がちっぽけに思えるほどの星空が目の前に広がっていた。
「今日さ? 流星群が見えるんだって!」
「……」
「もしも~し?」
「ん? 何?」
呆けていた私を見て友達が溜息を吐く。
「どうしたの? 最近、元気ないけど」
「……えっとね」
彼からの告白から1週間。その間、彼はずっと学校を休んでいた。携帯に電話しても電源が切られているのか繋がらないし、メールの返事も来ない。
「そっか。でも、本当に彼の事、知らなかったんだね?」
その事を話すと友達が変な事を呟いた。
「え?」
「てっきり、知ってるもんだと思ってたけど……まぁ、彼が言わなかったんなら私から言わない方がいいか」
私は知らなくて友達が知っている事。何だが、それだけで胸の中がモヤモヤした。
「それにしても……どうしたんだろうね?」
「うん……」
担任の先生も用事があって休んでいるとしか言わなかった。友達の彼氏――彼の友達にも聞いたが駄目だった。
(……大丈夫かな)
去り際の彼の顔。何故か忘れられなかった。
「うまっ……」
缶コーヒーを飲んだ後に思わず、感想を漏らしてしまう。どうして、冬に飲む温かい缶コーヒーはこんなに美味しいのだろうか。
私は彼に言った通り、あの公園で待っていた。
(今日も来ないか……)
むしろ、来たら学校をサボっていた事になる。1時間待ってみたが、私は諦めて帰ろうと立ち上がった。
「あ」
公園の入り口に見覚えのあるシルエットを見つける。
「……よう」
彼も私に気付いたようで手を挙げて挨拶をして来た。
「「……」」
午後10時。私と彼は公園のベンチに座っていた。缶コーヒーを持って。
「この前の……話なんだけど」
長い沈黙を破って彼が声を出す。
「うん」
「やっぱり……今の俺とは付き合うな」
「……」
私の説得も無駄だったのだ。覚悟を決めていても自然と涙が出て来てしまう。
「ま、待て! まだ、話は終わってないから!」
「え? だ、だって……」
「今のって言ったろ?」
意味がわからず、首を傾げた。
「この1週間、考えたんだ……お前の言った通り、俺は逃げていただけなんだよ。さも、真面目そうな理由を付けて。でも、それもこれまでだ!」
彼が立ち上がる。その姿には前のような弱々しさがなかった。
「今朝、病院に行ってきたんだ。前みたいなプレーは出来ないけど軽くなら出来るって……手術しなきゃいけないけどな」
「だ、大丈夫なの?」
「ああ、これでお前のダイエットにも安心して付き合えるぞ」
「あ……」
今になって気付いた。友達がどうして彼を心配していたのか。知っていたのだ。彼が膝を壊している事を。
「ご、ゴメン……」
「大丈夫だって! 俺も無理はしてなかったし!」
「でも、途中でやめたのって……」
「あれは、俺が弱かったからだ。あの時、丁度親の離婚話が出てて……」
『疲れてたんだ』と彼が小さな声で呟いた。
「そうだったんだ……」
「さすがにそれについては今からじゃ遅かった。離婚届も出してるし何より……父親が自殺した」
「……え?」
彼の言っている意味がわからない。いや、意味はわかる。頭がそれを理解しようとしなかった。
「離婚した数日後に遺書が見つかったらしい。遺体も発見した。母は俺に気を使って言わなかったみたいで。お前に告白した日に教えて貰った」
「じゃ、じゃあ学校を休んでいたのは……」
「葬式……色々あってこんなに長くなったけど」
苦笑いする彼。
「ごめんなさい」
私が思っていた以上に彼は大変だった。
「え? どうして、お前が謝るんだよ?」
「何も知らないのに……あんな、偉そうな事。膝の事だって知らなかったし」
「知らなくて当然だよ。俺が1年の頃……しかも、4月の事だし」
彼の顔が曇る。
「バスケ、好きなんだ?」
その顔を見てふと思った事を聞く。
「まぁな? 中学ん時、全国まで行った事あるし」
「え!?」
「一応、スタメンだぞ?」
彼が無理矢理、笑顔を作った。それを見て本当に私はバカだったと後悔する。彼にとってバスケは大切な事だったのだ。全国に行けるほどの選手だったのだ。だが、膝を壊してしまい満足にバスケが出来ない体になってしまった。誰だって落ち込むし自信がなくなる。
「本当にゴメン……」
「バカ。俺はお前の言葉を聞いて行動出来たんだぞ? 逆にお礼が言いたいぐらいだ。それに……」
彼は空に手を伸ばした。まるで、星を掴もうとするように。
「勉強は今からでも間に合う。3年の冬……まだ、志望校すら決まってないけどきっと大学に入ってみせる。だからさ?」
言葉を区切って私の方を向く彼。
「来年の4月。俺はお前にもう一度、告白する」
「――ッ」
「もし、大学に入っていても入っていなくてもだ。大学に落ちたからって俺の気持ちは変わらない。お前が好きだ」
駄目。今、そんな事言われると――泣きそうになる。
「待ってなくていい。好きな人が出来たらそいつと付き合えばいいし。例え、好きな人が出来なくても俺の事が嫌いになったら断れ」
「……バーカ」
彼に近づくように私も腰を上げた。
「私は君の事が好きなんだよ? 君が思っているよりも」
「っ!?」
顔が赤くなるのがわかった。恥ずかしい。でも、それ以上に嬉しかった。
「そ、そうか……」
「あ、でも、来年の4月まで会わないとか言わないでね?」
「え?」
「私が君の勉強を見てあげる。これでも、私って頭いいんだよ?」
私の言葉を聞いて彼が頭を掻いた。
「知ってる……どれだけ、お前にテストの点数をバカにされた事か」
「だったね~」
笑顔で私が頷くと彼がまた、空を見た。
「うぉ……スゲー」
彼の目が見開いたのを見て同じように私も空を見上げる。
「うわぁ……」
流星群だ。何本もの星の線が夜空を通過して行く。今日、流星群が見えると友達が言っていたのを思い出す。
「なぁ?」
無中になって観察していると彼が声をかけて来る。
「なに――ッ!?」
星空が消えた。いや、目の前に何かが現れたのだ。何かが唇を塞いで声を出す事が出来なかった。
「「……」」
数秒後、真っ赤に顔を染める彼の顔が見える。私の顔は彼以上に真っ赤だろう。
「す、すまん……」
「……嬉しい」
率直な感想を漏らす。憧れの彼との――。
「そ、そう? なら、よかったんだけど」
お互いに目を合わせられない。嫌いだからではない。好きだから。相手の事をこれでもかって程、愛しているから。お互いが意識しているから。
「――これがママとパパの馴れ初め」
「うわ~! なんかロマンチック!!」
時刻は午後9時。そろそろ6歳になる長女が目をキラキラさせて感想を述べる。寝る前のお話だったはずなのに逆効果になってしまったようだ。
因みに3歳の長男は寝息を立てている。可愛らしくて自然と口元が緩んでしまう。
「ただいま~」
「あ、パパだ!!」
布団を蹴飛ばして長女が部屋を出て行く。
「あれ? まだ、起きてたのか?」
私も部屋を出ると彼が少し、驚いた様子で長女を抱き上げていた。
「うん! パパとママのであいをきいてたの!!」
「え!? で、出会い!?」
今度こそ驚いた彼が私に視線を移す。
「どうしても聞きたいって聞かなくて」
何を聞きたいかすぐにわかったので答えた。
「へ、変な事聞いてないよな?」
「パパはね~、ケイゴがへたなんだよね?」
「お、お前な……仕方ない。俺も少しだけ話してやろう」
こちらを見てニヤリと笑う。その顔は何かを企んでいる顔だった。
「ほんと!?」
「ちょ、ちょっと!」
私の制止も空しく、彼が長女に耳打ちする。
「ママはな? ドジなんだ。よく、物を落としていた」
「え? ほんとに? ママ、そんなこと言ってなかったよ?」
「あ~! 隠してたのに!!」
「お前だけ恥ずかしい過去を晒さないなんて卑怯だ。こう言うのは平等に子供に教えるべき」
涙目の私。その頭を微笑みながら撫でる彼。
「やっぱり、ママとパパはなかよしなんだね!」
それを見て長女が笑顔で言い放つ。
「わ、我が子に言われるとなんか、照れくさいな……」
「う、うん……」
私と彼がほんの少しだけ顔を紅く染めていると子供部屋から音がする。長男が起きてしまったようだ。
「ママ~? パパ~?」
「あ~、すまん。起きちゃったか?」
彼が長男に謝る。
「……トイレ。漏れそう」
だが、長男の返事は私たちの予想を遥かに超えるものだった。
「「ええ!?」」
私と彼が同時に悲鳴を上げて慌てて長男をトイレに連れて行く。その姿を見て長女は笑っていた。
人の幸せはそれぞれだ。自分が『違う』と思っていても人によれば『正しい』のだ。でも、これだけは言える。
――今の私……今までの私はずっと、『幸せ』でした。これからの私もきっと、『幸せ』です。彼と、彼と同じくらい大切な物が出来たから。これが私の『幸せ』です。