婚約破棄?はい却下です!!――その愚行、議題不適格につき却下いたします――
定番の?婚約破棄モノを書いてみたかったので……
年に一度の、生徒総会。
それは単なる行事ではない。
この学園において総会とは——生徒自らが議論し、意思決定を行う場。
生徒の自主性を育て、将来、政治や組織運営に関わるための資質を養うことを目的とした、いわば“小さな議会”である。
ゆえに、この場で扱われる議題は、すべて学園全体、ひいては社会を見据えたものでなければならない。
そしてその日、滅多に姿を見せない人物が、生徒会室に現れた。
「おお、副会長!久しいな!」
軽薄な笑みを浮かべながら現れたのは、第三王子にして名ばかりの生徒会長、マイスター・ド・ナッシュビルであった。
「ああっ…良かった……
会長……来てくださったのですね!本日は総会ですから、ぜひこちらの資料に目を――」
いくら名ばかりの会長でも、年に一度の学園総会まで欠席では体裁が悪すぎる。
副会長は安堵と焦燥の入り混じった表情で書類の束を差し出す。
だがマイスターはそれを興味なさげに一瞥すらせず、手で払いのけた。
「そんなものはどうでもいい!
今日はな、総会を盛り上げてやろうと思ってわざわざやってきたのだ!」
「は、はあ……?」
嫌な予感しかしない——
副会長の背筋を冷たいものが走った。
――その頃、講堂では。
生徒会長補佐という非公式な役職の下、実質すべてを取り仕切る侯爵令嬢フォンテーヌ・ド・リングが、総会準備の最終確認を行っていた。
「照明よし、議事進行表よし……」
整然と並ぶ資料。
遅延のない段取り。
想定済みのトラブル対処マニュアル。
すべては「滞りなく進めるため」に用意されたもの。
完璧に整えられた事前準備——
だが彼女は、ふと手を止める。
「……妙な胸騒ぎがしますわね」
——理由はわからない。
だが長年の経験が告げていた。
今日は、何かが起こる――と。
そして彼女は、そのような事態を引き起こす元凶に心当たりがあった。
(……来られるのかしら、アレが……)
——第三王子。
“日頃仕事をしない者ほど、余計な時に余計なことをして掻き回す”
それは経験則だった。
そしてその予感の根には、ある記憶があった。
――春。
生徒会役員の顔合わせの日。
「これくらい、適当にやっておけ」
役員一同が揃い、これからの方針について話し合う場において放たれた言葉。
命令でも、相談でもなく。
ただの“責任放棄”。
——あの時点で、理解していた。
(この方は、何も考えないし背負わない)
そう言い残し取り巻き女子を引き連れて、さっさと役員室を後にした第三王子——
だから自分がやるしかなかった——
ただ婚約者としてオブザーバー的に同席していた自分だが、途方にくれる役員達を放ってはおけず声を上げ、生徒会の運営を担ってきた。
その間、第三王子は自分がいない時を狙うかのように、気まぐれに生徒会室を訪れ、無理難題を言い残してはきれいさっぱり忘れてそのまま放置する…という迷惑行為を繰り返して今日に至った。
だから――
(この期に及んでしゃしゃり出てこられてもねぇ……)
ほんのわずかに、息を吐く。
それはため息というより、“諦めの再確認”に近かった。
そして彼女は、静かに結論づける。
(もしも…予想通りならば――この場で“処理”するだけですわ)
感情は、不要だ——
必要なのは、事実と結果だけ。
やがて総会は開会の時刻を迎える。
壇上に上がった副会長が、隣に立つマイスターに小声で囁いた。
「…か、会長、開会宣言を……」
「ああ、任せろ」
自信満々に頷くマイスター。
そして彼は――突如として叫んだ。
「フォンテーヌ・ド・リング!前へ出よ!」
ざわめく講堂。
冒頭から通常の進行には存在しない呼び出しに、生徒たちは顔を見合わせる。
会場に拡がるざわめき。
集中する視線——
(いいぞ……この感じだ。さっさと出て来るがいい)
「……お呼びでしょうか?」
だが、思いもよらぬ背後から声を掛けられビクリと心臓が跳ねた。
裏手から現れた彼女を見た瞬間、わずかに思考が揺れる。
「なっ!?な、なんでそんなところから出てくるんだお前は!!」
一瞬たじろぐマイスター。
予定と違う——
会場の中、生徒たちからの好奇の視線に晒されながらおずおずと壇上に上がってくるはずだったのだ——
だが、すぐに咳払いをして体裁を整えた。
「まあいい。よく聞け諸君!」
高らかに腕を掲げ、宣言する。
「本日をもって、私はフォンテーヌ・ド・リングとの婚約を破棄する!」
講堂が静まり返る。
「そして――スカーレット・ド・ロンジーヌよ!前に出よ」
最前列に控えていた令嬢が前に出て壇上へと上がってくる。
どこか勝ち誇った笑みを浮かべている。
「俺は新たに――スカーレット・ド・ロンジーヌを、婚約者として迎える!」
――決まった。そう思った。
マイスターの中では、これからの展開は完全に想定されていた。
……しかし、揺蕩う数秒の沈黙。
そして――
「……はいはい、そうですか、わかりましたわ……」
返ってきたのは――温度のない一言。
(……は?)
「では副会長、総会を続けましょうか……」
何事もなかったかのように議事進行を促す。
会場に静かなざわめきが再び広がる。
「ま、待たんかっ!!」
当然、マイスターは叫んだ。
「今の話をそのまま流すつもりか!?」
マイスターは困惑していた。
違う——違うはずだ。
この場面は、もっとこう――
頭の中では、何度も繰り返していた。
婚約破棄を告げれば、彼女は驚く。
あるいは取り乱す。
少なくとも、何かしらの“反応”を示す。
それを見て、周囲がざわめく。
自分が中心になる――そのはずだった。
(なんで、何も起きない?)
目の前の女は、いつも通りの顔をしている。
それが気に入らない。
いや――
(……怖い?)
その感覚に、自分で気づいていない。
ただ、苛立ちとして表に出る。
「……正気、いえ、本気でおっしゃっているのですか?」
「当然だ!国の未来に関わる話だぞ!」
その言葉に、フォンテーヌは一つため息を吐くと一歩前に出る。
そして、静かに告げた。
「ここは“学園”です。国政の話ならば陛下とお話しください」
会場が凍りついた——
しかし彼女は、さらに続けた。
「そもそも、生徒総会とは——」
一拍……。
「生徒の自主性を育て、将来、政治や組織運営に関わる能力を養うための場です」
静まり返る講堂。
その一言は、この場の“原則”そのものだった。
「ゆえに議題は、公的かつ全体に関わるものであるべきです」
そして、きっぱりと言い切る。
「個人的な婚約の話など——議題としての価値はありません。しかもそれが“第三王子”の婚約破棄などであっては——」
完全なる否定——
振り返ったフォンテーヌの目は、驚くほど静かだった。
「生徒総会の議題として、あまりにも不適切ですわ」
一刀両断——
(その目だ……!)
いつもそうだ――自分を見下すわけでもない。
だが――
(“評価の対象にすらしていない”目)
それが、何よりも気に入らない。
「ぐ……!」
顔を赤くするマイスター。
「ええい!お前はいつもそうだ!気配りというものがない!!」
そして彼は、得意げに指を立てた。
「いいか!婚約破棄の理由は三つある!」
会場のざわめきが止まる。
「第一に!お前は私に対する気配りに欠ける!いちいち指示しなければ何もしない!」
その言葉に、フォンテーヌは深くため息をついた。
「最後に言葉を交わしたのは春の顔合わせの時。それ以降は、学園内で女性と戯れている姿しか見ておりませんが……」
くすり、と会場に笑いが漏れる。
「挨拶をしても返されたことはありません。……それで、いつどうやって指示を仰げと?」
「う……」
(……あれ?)
一瞬、記憶が引っかかる。
そんなこと、あったか?
いや――
(覚えていない)
覚える必要がなかったから。
(どうやって彼女に指示を…?)
答えられない——
生徒会室に気まぐれで訪れ、言い捨てた内容などいちいち覚えてはいない。
その場に彼女がいたどうかすら——
「そもそも私は非公式の補佐であり、役員ですらありませんわ」
「……つ、次だ!」
逃げるように声を張るマイスター。
「第二に!私を敬い立てるべきなのに、お前はなんの斟酌もなくお構いなしに首席を取り続けている!」
「……入学以来、末席を独走している方に、どう忖度をすればいいのです?」
爆笑が起きた。
「き、貴様……!」
(……末席?)
初めて、自分の成績を“他人の言葉”で認識する。
今まで気にしたことがなかった。
周囲が何も言わなかったから。
いや――
(言わせなかった?)
その考えが浮かび、すぐに消す。
そんなはずはない。
自分は王子なのだから――
「そして第三に…!」
マイスターは苦し紛れに最後の切り札を掲げるように叫ぶ。
「スカーレットに対する尊大な態度だ!」
それに応じるように、スカーレットが前に出る。
「そうですわ!わたくしは数々の嫌がらせを受け……二階から突き落とされそうにも……!」
「……はあ……」
フォンテーヌは再びため息をついた。
「その件については、後ほど」
「逃げたっ! ついに認めたな!!」
勝ち誇るマイスター。
だが次の瞬間――
「マイスター様……」
冷え冷えとしたその一声で、場の空気が変わる。
フォンテーヌの声が、静かに講堂を支配した。
「本日の議題はご存知ですか?」
「な、なんだと……?」
狼狽する王子。
(やはり、未確認——いえ、おそらく……)
「資料に全く目を通していないのですね……」
一歩、前に出る。
「本日の議題は――学園風紀の乱れについて…です」
「は……?」
間の抜けた声が響く。
「学園内でいかがわしい行為にふける男女がいるとの通報が多数寄せられています——」
ざわざわ、と空気が変わる。
生徒たちの視線が一斉に第三王子に集まった。
「放置するわけにもいかず、調査をいたしましたが――」
フォンテーヌの視線が、まっすぐスカーレットを射抜いた。
「驚くべき事実が判明し、さらに詳綿密な調査を行わざるを得なくなりました」
「な、なにを……」
「スカーレット・ド・ロンジーヌ――」
その名を呼ぶ声は、冷たく鋭い。
「あなたは……隣国の工作員ですね」
一瞬、時間が止まった。
(……え?)
理解が追いつかない。
(工作員…?誰が……?)
視線が、スカーレットへ向く。
彼女の顔が青ざめている。
(なんでだ?)
違うはずだ――
彼女は、自分を持ち上げてくれる存在で……
自分を“王子らしく扱ってくれる”唯一の存在で……………
(……あれ?)
初めて……ほんのわずかに――
自分の選択に対する疑念が浮かぶ。
「なっ…なにを言っている……!?」
「王国上層部に報告、相談の末、影をつけ、行動をすべて記録しました。証拠もすでに揃っております」
周囲から現れる黒装束の者たち。
「先ほど保留した、私が行ったと主張する嫌がらせの件も――すべて冤罪であると影が証明できます」
スカーレットの顔から血の気が引く。
「そ、そんな……」
「……あら?」
フォンテーヌは小さく首を傾げた。
「結果的には…本当に国家の未来に関わる問題になりましたわね……」
次の瞬間――
「確保!」
影たちが一斉に動いた。
スカーレットは取り押さえられ、悲鳴を上げる。
「マイスター様!助けて――!」
「ま、待て!これは何かの間違いだ!!」
だがマイスターもまた、同時に拘束された。
「なぜ私まで!?」
「国家機密漏洩の疑いがあるためでは…?」
副会長が珍しくきっぱりと言い切った。
「う、嘘だ……こんな……」
無意識に助けを求めるように当てどくなく手を伸ばす――
「ま、待て!違う、私は――」
伸ばした手は、誰にも届かない。
その瞬間、彼は理解する。
(俺は……)
守られていたのだ――
家柄に……
立場に………
そして――
(あいつに――)
フォンテーヌに――――
彼女がいたから、自分の無能は表に出なかった。
彼女が処理していたから、自分は“会長”でいられた。
(なのに……)
それを、自分で壊した。
「……あ」
声にならない声――
崩れ落ちる第三王子。
フォンテーヌは、その様子をただ一瞥する。
誰一人、同情する者はいなかった。
――やがて、二人は講堂から連行されていく。
残されたのは、静寂と――現実だけ。
(……終わりましたわね)
それだけ――
そこに感慨はない。
ただ、ひとつだけ――ほんのわずかに、記憶が浮かぶ。
――春の日。
「適当にやっておけ」と言われた瞬間。
もしあの時ーー
ほんの少しでも違う言葉をかけられていたら。
ほんの少しでも、関わろうとしていたら――
(……いいえ)
その思考を切る――可能性に意味はない。
現実は、すでに確定している。
フォンテーヌは何事もなかったかのように書類を手に取った。
「では……」
その声は、変わらず冷静で。
「本日の議題、不純異性交遊の禁止および取り締まりについて、決議に入ります」
誰も逆らう者はいない。
世界は、何事もなかったかのように進む。
ただ一人――
取り残された者を除いて…………
そして後日ーー
第三王子マイスター・ド・ナッシュビルは、生徒会長の座を剥奪され、王族としての評価も大きく失墜。
無期限謹慎となり、離宮での軟禁、再教育が試みられることとなった。
もちろん、第三王子有責による婚約の破棄も決定となった。
第三王子はすべてを失った――
だが――
それは、誰かに奪われたものではない。
自ら手放し、自ら壊し………
そして――
ようやく気づいたのだ。
“自分には、何もなかった”ことに。
隣国の工作員に唆され、学園の秩序を乱した愚か者として記録に残ることとなる。
一方――
フォンテーヌ・ド・リングは、正式に生徒会長へと就任。
その名は「冷静沈着にして無謬の統治者」として語り継がれることになる。
――あの日、彼が「盛り上げる」と言った総会は。
確かに――歴史に残る一日となった。
ただしそれは、彼自身の破滅という形で、であったが………




