2―2 [Hello, New Days.]
「・・・半蔵が死んだ?」
「はい。深夜、偽装ペースメーカーの信号途絶が確認されました。間違いなく、殺されました」
「ふむ・・・若、これをどう思いなさっているので?」
「どうもこうもない、荊部・・・奴め、毒を持つのもおろか、敗れたか・・・」
「S・Eは搬入済み・・・あの男の役目は、もう終わったのでは?」
「馬鹿かてめぇは?そしたら、兵器開発は誰がする?あのジジィ、偽装対策に集中し過ぎて、設計図すら書いてないんだぞ?」
「確かにそうだな。これでは、作りようがない・・・」
「・・・どうするつもりなのですか?これから・・・」
「・・・半蔵はいずれか殺す予定だった。手間が省けただけで、計画は変わらん・・・各自、引き続き「ブツ」の捜索と回収を続けろ・・・さて、リリア。定期報告を頼む」
「はい。『品』の奪取の計画は作成完了。『永久凍土庫』の位置特定は継続中。ですが、現状の機器では特定は難しいかと」
「特定はいい。『足跡』さえ見つければ、後はどうにでもなる・・・しばらくは『KNOWING』で我慢するよう、情報部に伝えてくれ。ベルとマリーは?」
「順調です。先刻、イギリス大使を拘束。現在逃走中です」
「そうか・・・もう1つある。半蔵を殺したVIPHは?」
「VIPHナンバー40・・・『BLACK WALTS』です」
「・・・各自、奴等の情報を集め、障害になりそうならば排除しろ・・・もしかしたら、我々に気付き始めているかもしれないからな・・・」
4月26日 AM.8:38 BLACK WALTS事務所
「ん・・・2日連続の夜更かしはきついな・・・」
昨日のリプレイのように、キースはロッキングチェアで揺れながら目を開けた。
(そうか・・・昨日帰った後、すぐに寝て―――)
「おいキース!!もう8時半だ―――」
ザクン!!
・・・やはり昨日と同じように、修羅が起こしにやってきた。
それに対してキースは、銃で天井を撃つ代わりに、傍に置いてあった残毀閃を引き抜き、修羅の横の壁に突き刺した。
―――顔面ギリギリのところに。
「うおおおおおい!!俺を殺す気かこのド呆保!!」
「黙れ。起こしに来るタイミングが悪いんだよ、お前は。空気読め、漁船『阿修羅丸』」
「誰が阿修羅丸だ、誰が!早く起きないお前が悪いんだよ!!この『キス魔』!!」
「てめぇ・・・今度は脳みそ引きずり出すぞ・・・?」
「やれるならやってみろや!!お前の大事なふぐ―――」
「あの~・・・2人とも・・・?」
と、喧嘩が盛り上がり始めたところで、ここでは聞き慣れない声を聞いた。即座に2人は振り向く。
霧原華奈だった。昨日は事後、そのまま事務所に帰ってきたので、パジャマ姿のままだ。先程の一部始終を見ていたせいか、ドアから半身出し、怯えた目でキースたちを見ていた。
「あの・・・何か、あったの?」
「いや、単なる言い争いだ。気にすんな」
キースは修羅の頭を小突くとそう言い、突き刺した刀を抜いて、鞘に戻した。
「それより、大丈夫なのか?・・・心の方は」
刀をデスクの上に置き、再びチェアに座りながら華奈に聞く。
「・・・」
目を俯かせ、黙り込んでしまう。
それもそうだろう。何せ、今まで父親だと思っていた者が、自分と血が繋がっていないことを、今になって知ったのだから。母親でさえも、自分を産んだ者ではなかったのだから。事実上、彼女を保護する人間はいない。実の両親の居場所を掴めない、今では・・・
「・・・はぁ~・・・」
キースはため息をつきながら、再びチェアに座り、デスクに置いてある二丁銃を引き寄せ、マガジンを抜く。そしてそれに、手元に置いてある弾丸を1つ1つ、詰め込み始めた。
「今日は昨日の事件で大騒ぎだろう。外に出ても、野次馬に絡まれるだけだ・・・今日は学校を休んでここにいろ。飯も出してやる」
華奈に目をやらず、キースは淡々とした口調で華奈に言った。華奈は顔を上げ、何かを言おうと、口を開け、だが、すぐに閉じてしまう。
「・・・いいな?」
マガジンを銃に差し込み、変わらぬ無機質な口調でキースは聞く。一瞬の沈黙の後、「はい・・・」という、華奈の弱々しい声が聞こえた・・・
『本日午前3時頃、フォート社新宿支社社長、霧原半蔵氏が何者かによって殺害されました。遺体はビル郊外で発見されています。最上階の社長室に斬られた腕部が発見されたことから、ビルからの落下による死亡と見られています。警視庁は、犯罪組織による犯行とみなし、犯人の迅速な確保に全力を尽くすと述べています。なお、フォート社では次期社長を早急に決定し、2、3日後に事業を再開するとのことです・・・次のニュースです・・・』
「・・・犯罪組織、ねぇ・・・まぁ、間違いはないが・・・」
「人を殺しているんだ。その扱いは適している・・・」
昨日の事件のニュースを聞き、修羅はため息をつきながら不満の声を洩らし、すかさずキースも、ハムサンドに喰らいつきながら合理的にまとめる。
昨日の事件のおかげで、どの局のテレビ番組でもそれで持ちきりだった。フォート社は、殺戮兵器の規制が厳重になった現状の世界において、数少ない貴重な兵器開発企業なのだ。
日本においては、あの新宿社が唯一の国内での兵器生産工場であり、防衛のライフラインとなっている。それを仕切る半蔵が死んだということは、今後の事業に多少の影響が出ることになってしまうのだ。
「結局、昨日はジジイが裏切ったおかげで大儲けできなかったな・・・まぁ、キースがぶちのめしたあの不良共の礼金で、食いぶちぐらいは稼げたがな」
「お前は本当、金にだけは目はいいな・・・せめてそれぐらい空気を読めるようになればいいのにな」
「うるせぇ、どいつが原因だ」
と、少しむくれて修羅はコーヒーをぐいっ、と飲み干すが、入れたばかりであったため、熱湯に浸した舌を出しながらむせてしまった。キースはそれを笑いながら、コップにボトルの水を注ぎ、「水!水!!」と叫ぶ修羅に手渡す。
「自分で入れたのに分からなかったのか?ハハハ」
「んぐっ、んぐっ・・・ハァー・・・ったく、面白くねぇ・・・っと、面白い、っていったら・・・」
と、修羅は思い出したかのようにジーンズのポケットから1枚の写真を取り出し、皿やカップがある丸テーブルの中央に置いた。
「・・・またか。今度のは大丈夫なんだろうな?」
「安心しろって。イギリスの大使館からの光栄な依頼だ」
不審げな目を向けるキースに対し、修羅は陽気にキースをなだめた。キースはやや消極的に、写真を取ってそれを見る。
男が写っていた。顔立ちはしっかりとしていて、年は3、40代といったところだ。金髪の整ったショートヘアに、白人特有の白い肌。
「アウネス・バリー。イギリス大使だ。今回の依頼は、誘拐されたそいつの救出だ」
「誘拐?誰に?」
「相手は分からん。誘拐されたのは今日の午前2時ごろ。大使館が襲撃されて、警備隊の大半を始末して逃走したらしい」
「誰かわからなければ、目的もわからないな・・・」
キースは写真を置き、腕を組んで呻った。
「ああ、言い忘れたが、報酬は500万だ・・・どうする?」
「・・・面倒だが、今の食いぶちじゃ苦しい」
キースは皿の上にある最後の卵サンドを取ってそれを平らげると、食器を重ねて立ちあがる。
「御馳走様・・・支度するぞ」
「華奈?入るぞ」
少しほこりっぽい部屋の中、ベッドに寝転がっていた華奈は、キースの声を聞くなり起き上った。この事務所で唯一使っていない部屋であったが、1人にはちょうど良い広さだ。中にあるのは、夜置いたばかりのベッド、クローゼット、ミニテーブルと椅子だけだ。会社を出るとき急いでいたため、財布や通学エナメルしか私物はない。
「腹減っただろ?朝食はここに置いとくぞ」
そう言いながらキースは、片手に持っているプレートをテーブルの上に置いた。プレートの上には、コップに入ったミルク、ベーグルのサラダとハムサンド、メロンパン、コーンスープがある。
「朝食までありがとう。おまけに泊まらせてくれて・・・」
「気にするな。これは俺たちの中じゃ『決まり』だからな」
「『決まり』・・・?」
「ああ・・・その『決まり』について話がある・・・が、その前に」
キースは椅子を華奈の方に向け、それに座った。一息をつき、口を開く。
「・・・あの時引っ叩いて悪かった。少し、やり過ぎた・・・」
「・・・ううん、気にはしていないよ。むしろ・・・ああしてくれなきゃ、今頃もっとひどくなってたと思う」
華奈は微笑みながら首を横に振り、それを見たキースも、僅かな微笑をこぼし、だが、真顔に戻る。
「・・・本題に入ろう。まず、俺たちVIPHについて、教えなければならないな・・・」
VIPH。正式名称、「VIP HUNTER」。主な仕事は知っての通り、要人の殺害、護衛、捕獲としており、基本、表の社会とは無縁な『裏稼業』だ。そのVIPH全体を統括する、スポンサーが存在する。それが、『CRADLE』だ。
『CRADLE』はVIPHの依頼の仲介役だけでなく、収入サポート、VIPHの情報管理、事後の処理など、VIPHにとって重要な存在となる役割を担っている。そして、『CRADLE』はVIPHに『規則』を付加している・・・
「・・・その規則の下、VIPHは任務中に発生した被害者を保護することを義務としている。本人の同意があれば、な・・・」
「・・・ちょっと意外。てっきり見放すかと思ったよ。」
「人でなしではない、ということだ・・・で、どうすんだ?」
「えっ?なにを?」
ベーグルを齧りながら、華奈は首を傾げる。
「身寄りが無くなった今、お前はどうするんだ?」
「それは・・・」
少し俯き、華奈は戸惑った。確かに、今は実の親すら分からない状況だ。頼れる親戚も無く、このままだと1人になってしまう・・・ここに住み込むのも、少し気が引ける。
「・・・まぁいい。今夜まで考えておけ」
「えっ?今夜?」
質問を切り上げ、キースは立ち上がった。華奈は思わず声を上げたが、意に介さず、キースはドアに向かった。
「これから仕事なんだ。戻るのは夜になる。それまではここにいてもいい・・・答えを、よく考えておくことだ」
ドアを開け、出ていく前に華奈に横顔を向ける。
「それが、これからの『お前』を決めることを忘れるな」
単純で、意味深な言葉。それが残され、彼は去った。
「・・・」
華奈は閉ざされたドアを見つめ続けた。まるで、今の自分の心の中を見るかのように。
ミルクが入ったコップを取り、口に注ぐ。半分ほど飲んだところで、「ぱぁっ」とコップを口から離す。
「・・・これから、か・・・」
そう呟き、再びドアを見つめた。
そのドアを、開けるか、開けないか
それを考えながら―――




