1-5[NIGHT FIRE]
夜―――それは1日の終点であり、1日の、死の瞬間。1日が終わるこの瞬間は、どうしてこんなに暗く、恐ろしく、そしてまた、切ないのだろうか。
人間が誕生した時から、夜は人間に畏怖される現象となり、それは今でも同じだ。明かりで気を紛らわしているだけで、本心では皆恐れているのだ。そうして夜を過ごすのと同じように、人間は何かに縋らなければ存在を維持できない。
親に、友に、師に、そして神に縋り、人々は生き続けた。
だが、一部の者は全てに抗い続けてきた。夜に、権力に・・・神にも。
社会という巨大構造体の陰に溶け込み、今日もまた、彼らは全てに抗う・・・
午後8時40分 フォート社屋上
「・・・妙だな」
光の煌めきが盛り上がり始めた街を見下ろしながら、キースは呟いた。夜景の鑑賞・・・ではなく、双眼鏡を使って街やその周辺を見回していた。
ここに張り付いたのが7時50分。しかし、この50分間で敵の動きを確認出来ないのだ。廃工場、廃墟、港の倉庫・・・近辺の拠点となりそうな場所を見てみたが、人一人すら見当たらない。
おそらく、テロリストはまだ、ここには・・・
「来てないようだな・・・まさかあの手紙、只の悪戯だったりしてな・・・」
冗談交じりにそう呟き、コーラを少し飲む。
もしそうだとしたら、悪い冗談この上ない・・・いずれにせよ、依頼を受けた以上、今晩は張り付いていなければならない。何が来ても来なくても、大金がもらえる。こんなでかい会社を持っているくらいなら、その程度の『損』は、苦でもないだろう。
「フッ・・・あのいけ好かねぇキツネ面が崩れるのも、悪くない・・・」
「誰が、いけ好かないっていうのですか?」
「!?」
突然、後ろから聞き慣れない声がし、キースは反射的に振り向いた。常時、護身用に二丁銃を腰のベルトの左右につけている。右手を左腰にあるUSPに伸ばし、引き抜こうとしたが・・・
「霧原、華奈・・・?」
そこには、黒い制服とは打って変わって、蒼いパジャマの上に白いコートを被った少女・・・霧原華奈がいた。いきなり振り向いたせいか、華奈は後ろずさった。
「あ、驚かせてごめんなさい!えっと―――」
「キース」
「え?」
しどろもどろになっている華奈に、キースは自分の名前を言った。実際、名乗っていなかったので、適当に言って和ませようとした。
「キース・オルゴートだ・・・お前と同じ17歳の『便利屋』だ」
キースは言い終わると、コーラを一気に呷った。ぷはぁーっ、という声とともに缶を置き、ゆっくりと立ち上がった。
「あと、敬語は結構。堅苦しいのは好みじゃない」
「う、うん・・・キース、君・・・」
「・・・君付けも、どうかねぇ・・・?」
少々呆れ気味な口調でキースは呟き、頭を掻く。その仕草に、華奈は「え?ええ?」とまた混乱している。
「なぁ―――」
「はいっ!?」
混乱状態から未だに抜けられない華奈に、キースは声をかける。どうやらこの華奈という少女、かなりの『ドジっ子』らしい。
キースはフェンスに寄りかかり、華奈に目を向ける。
「ここからの夜景、綺麗だな」
「えっ・・・う、うん。そうだね・・・」
キースに倣うようにフェンスに寄り、フェンスの隙間から夜景を覗いた。
「・・・ここから見る夜景は、いつも綺麗でね、会社に来るといつもここに来て、夜景を見てるの」
「親父さんとは別居なのか?」
キースは華奈の横顔を目で見ながら聞き、華奈がこくり、と頷くのを確認すると、また視線を夜景に戻す。
「・・・話は聞いたよ・・・」
「そうか・・・」
静かに、声が響く。キースは傍に置いてあるレジ袋―――先程修羅が買ってきてくれたもの―――から、コーヒー缶を1つ取り出すと、華奈に「おい」と声をかけ、それを手渡す。
「ありがとう」
微笑みながらそう言うと、華奈はプルタブを引き上げる。プシュッ、という音とともに、ほんのりと甘いコーヒー豆の香りが、微かにキースの鼻孔をくすぐる。
「・・・今夜は安心して眠れ。明日の朝には、全て終わってる・・・そんでもって、いつもの日常に戻れるだろう」
「うん・・・お願いね。それと・・・」
華奈はそこで口を止めてしまった。
「どうした?」
具合でも悪くなったのかと思い、キースは声をかける。
「・・・死なないでね」
夜景を見下ろしながら、華奈は静かに告げた。真剣な表情で。
「これだけは、本当にお願い―――」
「・・・ッハハハハハ!」
キースは突然笑い出した。華奈はそれに「ふぇ!?」と素っ頓狂な声を出しながら、きょとんとした顔でキースを見ていた。
「あの・・・何で笑って・・・?」
「いや、俺たちのようなろくでなしに、死ぬな、なんて声かけてくれる奴がいることが、少しおかしく思えてな」
キースは笑い交じりの声でそういい、顔を伏せた。微笑みながら。
誰かが心配をかけてくれる?
こんな俺に?
『クズ虫』の俺に?
『人殺し』の俺に?
・・・滑稽だ・・・
そう思う他になかった。ましてや、人殺しに心配をかけるなど・・・馬鹿らしかった。
「・・・どんな仕事をしてきたかは知らないけど、あなたは生きてるんだよ?どんなことをしていたとしても、生きてるんだよ?」
「・・・」
口を閉ざす。構わず華奈は言葉を繋ぐ。
「私は、周りの人が理不尽に死ぬのは、絶対に嫌なの。それが、どんな罪人でも、憎い人でも・・・だから、死なないで」
「・・・」
キースはレジ袋を持ち、フェンスから離れ、屋上の出口に向かった。無視された、と思ったのか、華奈は顔を俯かせた。ドアの前に来て、キースは立ち止まった。
「・・・その『わがまま』、依頼の内に入れてやる」
「え?」
キースの返答を聞いて、華奈はキースに振り向く。キースは背を向けたままだ。
「1つ、良いこと教えてやる」
ドアを開け、華奈に横顔を見せる。
「この世には、死ぬべき人間が存在する。罪人と、それを裁く者・・・『俺たち』は前者であり、後者だ・・・お前の理想論は、俺にとっては『お気楽』過ぎる・・・」
微笑みながらそう告げ、屋上を後にした。
午後10時50分 居住区
依頼内容:霧原 華奈の護衛、及び、テロリスト殲滅
報酬金:1000万
備考:午後11時までフォート社からの連絡をテロリストは待ち、11時になると同時に活動開始予定。
「・・・寝たか?」
部屋から出てきたキースに、修羅はさり気なく問いかけた。キースはUSPと黒色の銃・・・デザートイーグルを両腰から取り出し、器用な手つきで遊底を引いて弾を送り込み、壁に寄りかかった。
「自分が殺されそうなんだ・・・寝てられるものか」
「・・・そうか」
修羅もSIG/ザウアーの遊底を引き、壁に寄りかかって一息つく。
「・・・あれから進展は?」
キースがため息交じりに聞く。
「・・・全くだ。奴らの尻尾すら見えねぇ・・・ガセネタ、かもしれないぞ?あの予告は」
「かもな。周囲にも動きが無かった・・・空襲でもするつもりか?」
「たかが1人殺すのに、そんな大掛かりなことはしないだろ?」
「・・・ああ、1人、ならな」
そう言い、キースは目を閉じて天井に顔を上げた。
(・・・予習していたか・・・)
キースたちが昼、テロリストのネットワークを調べていたのと同様に、テロリストがVIPHの活動を探ることも可能である。ただ、VIPHのセキュリティは、テロリストのそれよりも遥かに厳重である。相当の技術を持つハッカーでなければ、パスワード、ID照合だけならず、マトリクスの解読、設定等も必要とするセキュリティを突破することは不可だ。
「・・・奴ら、俺たちがここにいるのを知ってるのか?」
「そう考えるのが正しいかもな・・・時間だ」
キースは顔を下ろし、腕時計を見る。そろそろ11時をさすところだった。キースと修羅はドアの左右に立ち、キースが右、修羅が左を警戒する。
2人は自身の『得物』を構え、『獲物』を待った・・・
そして・・・
カチリ
・・・11の数字を、短針がさした
ガッシャーン!!
突如鳴り響くガラスの破壊音。反応した2人は即座に周りを見るが・・・
「・・・敵が来ない・・・?」
「・・・まさか!」
キースは今気づいたように声を上げ、ドアを思いっきり引き、部屋に駆け込む。修羅も慌てて続く。
部屋に入ると居間があり、そこから街を見渡せるように、大きな窓ガラスが張ってあったが、今その窓には、真ん中に大きな穴が空いていた。その傍では、音を聞いて寝室を出てきた、華奈が立ちすくんでいた。
「華奈!大丈夫か!?」
「キース!これ・・・!」
華奈は、傍に横たわっているブリーフケースを指さしながら、怖気づいた声を出す。おそらく、それがどこからか飛び込んできて、窓ガラスを破ったのだろう。
「下がってろ」
華奈にそう言い、キースはブリーフケースに近寄った。持ち手の方を見ると、鍵穴が付いており、特定の鍵で開ける物だった。見る限り、開けるのは無理なようだ。
「・・・何か聞こえないか?」
キースは耳を澄ませながら2人に聞いた。だが、2人は首を横に振った。
確かに聞こえる。何かの、信号音のような・・・
(信号音?・・・!!)
キースは思い出したかのようにケースを持ち上げた。
見た目とは裏腹にかなり重い!5㎏は有るだろう。
だが、キースはそれをものともせず持ち上げ―――外に放り投げた。
「キース!?」
「伏せろ!!吹っ飛ぶぞ!!」
華奈の声を掻き消すほどの声でキースは叫び、デザートイーグルを構えた―――放物線を描いて落ちる、ケースに向けて。瞬時にケースの下部をリアサイトに捉え、引き金を引く。
銃声とともに、修羅は華奈の両肩を両手で掴んで、一緒に床に倒れる。キースも瞬時にしゃがみ、レザーコートで自身を庇う。
弾丸がケースの中心を貫いた直後―――ケースは煌めき、間を置かずに赤い炎が漏れ出し、爆散した!
「くっ!!」
「うぉぉ!?」
「きゃぁぁ!!」
爆風が窓ガラスをさらに吹き飛ばし、ガラス片とケースの破片が飛んでくる。幸いにも、破片は3人に飛んでくることはなく、爆音は音と共に間もなく止んだ・・・
「・・・ったく、手荒い御挨拶だな!クソっ・・・!」
「・・・」
修羅は華奈に肩を貸しながら立ち上がり、声を荒げた。キースも、コートにかかったガラス片の破片を払いながら立ち上がり、割れた窓から身を乗り出し、辺りを見渡す。
・・・やはり屋上の時と同様に、敵が見えない。
(じゃあ、どこから爆弾が!?)
「誰か来るぞ、キース・・・!」
「っ・・・!?」
先程の爆発が合図だったかのように、辺りから不規則な足音が聞こえてきた。足音は段々大きくなっていた。キースは出口に向かって二丁銃を構え、向かってくる者たちを待つ。修羅もそれに従い、SIG/ザウアーを構える。2人はその状態で、華奈の盾になるように立った。
「何人いると思う?」
目配せもせず、キースは修羅に問いかける。
「6人ってとこか?」
「いや、もっといるだろ?10ぐらい」
「100円賭けるか?」
「金じゃなくてコーラ1つ奢れ・・・来るぞ」
キースは微笑みながらそう言い、再び集中を出口に向ける。数当ては賭けごとに変わり、景品までも決めてしまったが、最も、これはいつものことである。
「・・・!?」
やがて、足音の『元』が部屋に駆け込んできた。が、テロリストでは無かった。午後7時ぐらいから配備されていた、黒い特殊防弾着を着た、フォート社直属の部隊だった。
彼らの担当は下の階だったはずだが・・・
(どうして直属部隊が持ち場を離れてここに・・・)
「!?」
隊員は5人入ってくると、キースたちの前方を取り囲むように半円状に並び、手に持っているM4アサルトライフルを向けてきた。
「おい!どういうつもりだ!?」
「え・・・ええっ!?」
修羅は苛立たしげに声を上げ、華奈は動揺を隠せずにいた。
ここにいては、殺される
それだけは、キースには分かっていた。言われずとも、直感で感じ取ることができる。
流れる空気、威圧感、そして、彼らの『虚ろな目』・・・
それらが『今』を物語っていた。
「・・・修羅、どうやらこの賭け、引き分けのようだな」
キースは修羅に目をやり、それを見た修羅は頷き、ジャケットのポケットから小さな筒状の物を取り出す。キースは銃をホルスターにしまい、静かに華奈に耳打ちをする。
「飛び降りるぞ」
「え・・・きゃっ!?」
キースは華奈の腕を掴み、駆け出した―――
「降りるって・・・窓から!!?」
―――割れた窓に向かって!
直後に修羅は筒を直属部隊に向けて投げ、キースを追った。
バン!!
爆竹のような音を出した直後、眩い光と耳障りな音が鳴り響く。閃光音響弾だ。
「華奈!しっかり捕まってろ!!」
音響にも負けない大声でキースは叫び、2人は窓を飛び出した!
地面へと引きつける重力と吹きつける風が襲う!
「!!」
キースは華奈を抱きかかえ、地上に背を向けるようにくるりと回る。すかさずコートの裏側から、先端にミサイルのような大きな棘がついた銃を取り出し、それをビルの壁に向かって撃つと、先端からワイヤーが出てきた。修羅も同じくアンカーを撃ち、2つとも同じ高さに着弾した。
「窓からまた失礼するぜぇ!!」
ワイヤーの振り子運動に身を任せ、2人は窓に向かって飛び込んで行く!
「「うおおおお~~~!!!」」
2人は飛び蹴りの姿勢を取り、ガラスの壁を一気に突き破る!!
先に修羅がアンカーを捨て、床に転がりながら着地した。
キースはアンカーを手放し、華奈の膝の裏に手を入れる―――俗に言う、お姫様だっこの姿勢を取り、床に足を深く折り曲げて着地する。
「・・・到着だ」
どれ程の力を入れたのか、足は僅かに床にめり込んでいた。
フォート社 30階 会議室
「っ痛ぅ・・・おい、大丈夫か、キース?」
「ああ、全然変わりない・・・華奈?」
修羅は起き上がりながらキースの安否を確認し、キースは静かに応えた。抱き抱え
ている華奈を見る。と、突然キースの胸に顔を押し付けてきた。
「・・・っ・・・っ・・・!」
「・・・・・・」
顔こそ見えなかったが、泣いていた。体を小刻みに震わせ、まるで、体感した恐怖
を訴えているかのようだった。キースは何も言わず、華奈の肩をポン、ポンと叩き
ながら辺りを見る。キースたちは先程、40階から落ちた。落下している間に見た
窓の数は10枚・・・つまり、今いるのは業務区30階、会議室だった。会議室は
広く、中央には長方形状に折りたたみ長デスクが並んでいた。
「・・・!?」
と、状況をさらに確認する間もなく、騒がしい足音が聞こえてきた。
「これはどういうことなんだ!?何で奴らは俺たちを狙う!?」
修羅は立ち上がり、デスクを縦に倒してバリケード状にしながら怒鳴る。
「・・・誘導だ」
「なっ・・・誘導!?」
修羅はバリケードに身を隠しながら聞き返す。キースは無言で頷いた。
「おそらくこの依頼は、俺たちを誘き寄せ、殺すための罠だったんだ」
「そんな馬鹿な!何のために!?」
「それは分からん。ただ、あいつ等の目、正気じゃなかった・・・『BD』を投与さ
れている」
「『BD』!?」
『BD』・・・正式名称『brain director』。その名の通り、脳の自立神経を麻痺
させ、組み込まれた人口遺伝子の情報の通りに行動させる投与剤だ。主に、尋問用
に軍が使っている薬品であり、一度投与すると、組み込まれた情報を終わらせない
限り、自我を取り戻すことができない。いわゆる、『洗脳薬』である。
「どこからそんなものを・・・」
「フォート社の軍事ネットワークは世界トップクラスだ。金さえ出せば、軍も薬ぐ
らいは譲る・・・華奈」
キースは言い切ると、華奈に声をかける。少しは落ち着いてきたのか、華奈は顔を上げる。
両目には涙が残っており、顔が微かに赤くなっていた。
「・・・ごめん、なさい・・・つい・・・」
「いいんだ、気にするな・・・立てるか?」
うん、と答え、華奈はキースに肩を貸しながら立ち上がり、修羅の隣に座る。
「・・・修羅、足音が近づいてきた。もうじきこの階に着くだろう・・・」
キースは立ち上がり、バリケードをジャンプして乗り越える。腰からデザートイー
グルを取り出し、ベルトに差してある刀、「残毀閃」をゆっくりと抜いた。黒い刃
が禍々しく光っている。
「お前はここで華奈を守れ。俺は『狐ジジィ』に会ってくる・・・多分、あいつが主犯格だ」
キースは目で修羅が頷くのを確認すると、ドアに向かって歩き出した・・・が
「待ってよ!1人で、戦うつもり!?」
華奈がゆっくりと立ち上がり、キースに問いかけた。
「・・・ああ」
振り向きもせず、応える。
「無茶だよ・・・死んじゃうかもしれないんだよ・・・?」
「これまでもそうだった」
「・・・怖くないの?死ぬことが・・・」
「・・・」
キースは歩を進め、ドアの前に立つ。
「・・・もう、怖く『なくなった』」
「え・・・?」
「憎まれることも、殺し合うことも・・・死ぬことにも」
最後の一言を微かに強調し、キースはドアを開け、去って行った・・・
足音が近い。もう来ている!
キースはやや広めの廊下を駆け出した。前方は右に曲がっており、昼に見た地図を
思い出すと、そこの角を曲がればエレベーターがある。
「・・・くっ!」
角から、黒の集団・・・特殊部隊が5人出てくる。キースに気付いた5人は、無言
のままM4を構える。
「邪魔だ!木偶人形!!」
キースは咆哮すると同時に体を後ろに倒し、助走力を利用してスライディングの体
制をとる。体制を取る直前に引き金を引いたため、M4の銃弾は空を切った。
滑りながらデザートイーグルを構え、一番手前の敵の頭を狙い、引き金を引く。も
う一度引く。さらにもう一度!
銃弾は敵の脳天を貫き、さらに顔と首に銃弾がめり込む。頭と口から血が溢れ、倒
れる。
1人
さらに滑り続け、手前の敵の足を蹴り倒す。真上に浮いた敵をキースは見逃さず、刀を横に振るい、胴を切り裂く。
2人
残りの3人がキースに銃口を向ける。が、それよりも早く、キースは刀の切っ先を奥の敵に向けて―――投げつけた!
刀は肩を貫き、敵はM4を手放し、倒れた。左右にいた2人は、刀に気を取られて後ろの隊員に目がいってしまった。
「余所見してていいのか?」
2人はその声に反応し、即座に振り向く。が、遅かった。もうすでにキースは、空いた手でUSPを抜いている!
「言わんこっちゃねぇ」
直後、2人の後頭部から、赤い液体が飛び出した。
4人
「っく・・・はぁ・・・はぁ・・・」
隊員はゆっくりと立つキースを見ながら、落としたM4を拾おうと手を伸ばし、視線が銃にいった直後・・・
「・・・!!っおおおぅ!!!」
腕を踏みつけられ、さらに、肩に刺さっていた刀が押し出すように引き抜かれる。
骨が、切れた。
そしてそのまま、キースは刀の切っ先を敵に向け、上段に構える。
敵が叫ぶ。
だが、そんな声は無視し、躊躇わずに刀を頭に突き刺した。
5人
「・・・軍も腕が落ちたものだ・・・」
刀を抜きながら静かに呟き、刀を斜めに振るって血振るいをする。白い壁に、赤い点が生まれ、爛れた。
角を曲がると、すぐ近くにエレベーターがあった。周囲を確認し、呼び出しボタンを押したが・・・
「・・・電源がカットされている?」
上のランプどころか、押したボタンさえも点滅していなかった。
このビルの電力供給は、内部にある電力制御室によって制御されている。手動で動かせば、エレベーターだけの電力供給を止めることも可能だ。
「チッ・・・面倒なことをする・・・」
舌打ちをし、苛立たしげに愚痴りながら、電力制御室のある25階に向かって駆け出した・・・
どうして、こうなってしまったのだろう
私は、一体何をしたというのだろう
何の因果でこんな・・・・
突然訪れた、日常の崩壊。それは、日常を生き続けてきた華奈にとって、衝撃的な暴力だった。虚ろな目で、目の前に広がる夜景を見つめる。だが、明かりは以前よりも少なく、光が消え去ろうとしていた。まるで、華奈の中から、何かが消えていくように・・・
「・・・わかった、終わったら連絡してくれ」
隣で携帯で誰かと話している―――おそらくキースだろう―――修羅はそう言って携帯を切り、華奈に向く。
「華奈」
「・・・」
反応しない。頭が真っ白になり、修羅の声が耳に入らなかった。修羅はため息をつき、華奈の肩を軽く叩く。
「!」
いきなり肩を叩かれて驚いたのか、華奈は、びくっ、と身震いし、修羅に顔を向けた。
「・・・大丈夫か?」
「う、うん・・・ごめん・・・」
すでに自己紹介は済ませていたので、修羅とも普通に話せた。修羅はそんな華奈を見て、苦笑する。
「まぁ、いきなりあんなことがあれば、誰だってそうなるよな・・・俺も『そう』だったし」
「そう・・・だった・・・?」
最後に付け加えた一言が気にかかり、思わず華奈は疑問の声を上げた。
「いや、こっちの話だ・・・それよりも、キースからの報告だ」
と、さっきまでの真顔に戻り、ドアを警戒する。
「奴等、エレベーターの電源を切ったらしい。キースは今、制御室に向かっている。電源が戻り次第、キースと合流する。いいな?」
「うん・・・わかった」
華奈の声は未だに生気がなかったが、やっと出せる声で応える。
そしてまた、先程のように夜景を見つめる。
(・・・父さん・・・)
フォート社 25階 管理スペース
25階は、ビル全体の電力等を行っているスペースだ。普段なら、作業プログラムが調整をし、人出の少ない場所だったが、今、『鉄の音』のオーケストラが行われていた。銃の発砲音、空薬莢の落ちる音・・・そして、斬撃音。
「ブラボー15!援護射撃を―――」
「遅ぇ!」
と、銃撃をしていた敵のM4を、キースは刀で腕ごと切り上げ、そのままの体勢で斜め下に胴を斬り裂く。心臓の表皮が裂け、血が溢れる。叫び声を聞く間もなく、キースは死体となった敵の喉を握り『絞め』、右斜め上に向ける。すると、死体に何発かの銃弾が当たった。上の階からの攻撃だ。
25階から28階までは繋がっているため、キースの今いる所から見上げると、28階の天井が見える。27階の中央を走る通路に3人、敵がいる。さっきの攻撃は、その3人によるものだった。
死体で銃撃を防ぎながら後退し、3人の視界の死角にある柱の裏に隠れる。死体を捨て、柱から顔を出して辺りを警戒する。
騒がしい足音がする。
先程降りた階段を見てみると、下の階から10人、ホールに雪崩込んできた。
敵は素早く動き、柱に隠れてキースを警戒する。
このままでは、囲まれる
素早い対処を要求された。
キースは状況を確認すると、刀を振るい、ベルトについている小さな筒―――先程修羅が使った閃光音響弾と同じ型―――3つ全て取り出し、口で1つずつ、筒に差しこまれているピンを抜く。全部抜くと同時に、筒を敵に向けて投げる。
筒が床にぶつかると同時に破裂し、濃い白煙が辺りに広がった。
いきなり広がった煙幕に、敵は一層警戒を強める。
「・・・Are you ready to die?(逝く準備は整ったか?)」
呟きと同時に、キースは柱を飛び出し、煙幕に駆けていった!
煙幕に入ると、キースは刀を腰だめに構える。駆けながらその体制で・・・刀を振るう!
ザシュッ
肉が切れる音と共に、血潮が白煙を染める。構わずさらに突き進み、刀を突き出す・・・微かに見える影に向けて!
「がぁ・・・っ・・・!!」
突き刺したまま進み、刀をそのまま引っ張り、腸と骨を切り裂く!
すかさず次の影に向かい、左手を伸ばして首を掴み、敵を持ち上げる。そのまま近くの影に走り、掴んだ敵を放り投げる。ぶつかり合って影が重なる。その影に向けて、刀を突き出す。刃は心臓部を貫き、後方にいた敵のそれも貫く!手首を捻ると、刀もそれに従い、横に振り『斬る』。
キースは煙幕の中を駆け回った。そして、黒い閃光が辺りを走る!
ある者は心臓に穴を空けられ、ある者は両手を斬られた揚句、胴を真っ二つにされ、ある者は首を斬られ、頭を飛ばされた。
そして、最後の1人の首を突き刺し、息が切れるのを確認して刀を引き抜く。煙幕は未だに広がっており、上の階にいる敵はキースを視認することができないでいる。
「降りてこいよ。仲間が『あそこ』で待っているぜ」
キースは死体の傍に転がるM4を拾う。そのM4には、銃身の下に大きなバレルが付いていた。取り付け式のグレネードランチャーだ。
キースはスイッチを切り替え、銃口を上の通路に向けて撃った。直後、通路が爆発し、轟音を上げながら落ちて行った―――敵ごと。
瓦礫は煙幕を吹き飛ばし、辺りの視界が戻った。キースは死体のベルトからグレネード弾を取り出し、装填する。そして、瓦礫に向く。
瓦礫に足を潰されて、動けない敵が1人いた。他は瓦礫の下だろう。
「出してほしいか?今すぐ出してやるよ。そら」
最後の一言と共に、引き金を引く。グレネード弾が放物線を描いて飛び、瓦礫を敵ごと吹き飛ばした。
「・・・どうだ?『あの世』に出られたか?」
ため息交じりにそう言い、M4を投げ捨てる。黒に紛れて刃が赤く染まった刀を、力強く振るい、血を払った。
「・・・さて、制御室は何処だ?」
陽気に呟き、奥に見える扉を見てみると、上のボードに『電力制御室』と書かれている扉があった。キースはそこに歩き出し、制御室に入る―――はずだったが、隣の扉の方に向かい、扉の上を見上げる。
『監視室』
「・・・あいつの馬鹿面を見られそうだ」
キースは苦笑しながらそう言い、中に入った。
室内は、特に注目すべきものはない、何十ものモニターとその計器だけが置かれている平凡な監視室だった。キースはモニターを見渡し、ふと、1つのモニターに目が止まる。
「・・・半蔵・・・」
それは社長室の監視カメラであり、部隊員に何かを指示している、霧原半蔵が写っていた。
キースは計器を操作し、そのモニターの音量を上げる。
『もうすでに、隊員の3分の2が奴に殺されました!これ以上の戦闘は不可能です!』
『何を言っている!?たった1人に25人程も殺されたというのか!?あり得る物か、こんなこと・・・!』
『現に、生体信号も途絶えています!間違いなく、奴は怪物です!!至急、地下に避難して下さい!!』
『馬鹿を言うな!たった1人殺すぐらい、なぜ出来ん!?』
どうやら、薬剤投与をしていない部隊長と口論になっているらしい。
これではっきりした。
この依頼はやはり、キースの想像通り、『誘導』するためのものだった―――自分たちを、殺すための。
「・・・そこで待ってろ、ジジィ。今すぐ会いにいってやるよ・・・」
呟きながらキースは携帯を取り出し、修羅へと電話をかけた。
その声に、微かな怒りをのせて・・・
フォート社 50階 社長室
何てことだ
デスクから立ち、窓に拳を叩きつけている半蔵には、そう思うことしかできなかった。
この計画のために直属部隊を40人配備し、2人の男を殺そうとした。が、その結果、2人どころか、たった1人の少年に部隊の過半数が殺されてしまった。
(ありえん・・・ありえん・・・!!)
確かに、あり得ないことだった。だが、現実に目の前で起こっている。
「このまま、ここに来たら・・・」
「!?奴だ!全員、攻撃か・・・ぐわっ!!」
「!?」
予感が当たったが如く、『少年』は来た。部屋の前には、残りの隊員全てを配備させていた。
15対1なら、勝てる。
半蔵はそう信じていたが、実際、ドアの向こう側は悲惨だった。
「うわぁっ!ごあっ・・・!!」
「ああああっ!!あああああっ!!!あああああ―――――・・・・・」
「く、来るな、来ないでく―――うがぁっ・・・!!」
銃撃音と、時たま聞こえる斬撃音・・・それらが外の状況を教えていた。
そして、最後の1人の断末魔が聞こえた。
直後、ドアが音を発てて倒れる。
「よぉ。元気だったか、ジジィ」
そこにいたのは、全身黒尽くめ、右手に刀を持つ少年・・・
「ったく、面倒なことしやがって・・・」
顔を返り血で赤く染め、その赤に負けじと、『紅く』染まった右目・・・
「さぁ、Game Overだ・・・霧原半蔵」
微笑みながら、キース・オルゴートは半蔵に向けて切っ先を向けた。
「・・・何故俺たちを狙う?目的は何だ?」
「な、何のことだね?私はただ部隊に、『テロリスト』を殲滅しろといっただけで―――」
半蔵は笑顔を無理やり作り、どもり気味に言い訳をした。それを見たキースは、呆れ気味にため息をつく。そして、刀を下ろす代わりに、素早くUSPを抜き、半蔵の頭部を捉える。
「・・・!!」
引き金を引く。銃弾は半蔵に方に迷いなく進み―――半蔵の頬を掠った。半蔵の右頬に、赤い筋が生まれる。
「恍けても無駄だ。この依頼は、俺たちを誘導するための『餌』だった・・・『テロリスト』など、元からいなかった・・・違うか、『狐』」
「・・・フッ、フハハハハハハ!」
半蔵は、まるで勝ち誇っているかのように笑い出した。
(気でも触れたか)
「そうだ、その通りだ!この依頼は『嘘』だ!!お前たちを殺すための『餌』に過ぎない・・・!!」
「・・・言え、目的は何だ?」
キースはUSPのリアサイトに半蔵の頭を収めながら、静かに問う。
「良いだろう、どうせ結果は見えている・・・お前が疑った通り、我が社が開発している兵器は、従来の兵器の概念を覆す、『S・E兵器』だ!!」
「・・・やはり、な。アメリカの『S・E』を奪ったのも、お前たちか」
「そうだ。極秘裏に奪取した『S・E』を、我々は兵器に転用し、世界各国の軍に市販するつもりだった・・・だが、障害がそこで生じた」
半蔵はデスクに手を叩き、キースを睨みつけた。
「我々がそんなことをすれば、いずれか他の軍事企業がここを潰しに来るだろう・・・それを予測した私は、VIPHを叩くことにした。ただのVIPHではない・・・上位クラスの君たちを殺すことにしたのだ」
「・・・なるほど、そういうことかい」
キースは半蔵の計画を聞くと、嘲笑の笑みを浮かべる。
「聞いたか、修羅?」
『ああ、一言一句漏らさず、な』
キースはここにいない相棒の名前を呼ぶと、エコーがきいた声が部屋に響く。
半蔵は「なっ・・・!?」と声を漏らし、部屋を見渡した。
『なーにキョロキョロしてんだよ、ジジィ。俺はそこにいねぇぞ?』
フォート社 25階 監視室
「修羅・・・父さんと話をさせて」
華奈はモニターの計器をいじっている修羅に、静かにそう言った。
「・・・いいぜ」
修羅はマイクを華奈に譲り、華奈はモニターを見つめた。
「父さん・・・どうしてそんなことを・・・?」
さっきの話は華奈も聞いていた。
・・・正直、信じられなかった。
父親が、仕事のために人殺しをしようだなんて。
「それに、私もそれに巻き込んで・・・死にそうだったんだよ?私・・・」
涙こそ流していないが、泣き声交じりに訴える。
「あの時言ったよね・・・?私を大切しているって・・・」
華奈そう言いきると、半蔵の返事を待った。
モニターに写っている半蔵の顔が、こちらに向く。気付いたようだ。
『・・・フン、私は他人に情を持つような甘い男ではない・・・ましてや、他人の娘などな!!』
「!?」
華奈は半蔵から出た言葉を真に受け、大きな衝撃を受けた。まるで、鉄骨が上から降ってきたような感じに襲われる。
「どういう、こと・・・!?」
言葉が、うまく出なかった。
『お前は『あの女』が拾った、赤の他人なのだ!!私の娘ではない!!お前は拾い子だったのだ!!』
「『あの女』って・・・母さんのこと!?」
『そうだ・・・私があいつと結婚する前から、あいつは赤ん坊のお前をすでに拾っていた・・・その所為で、あいつが死んだ今でさえも、お前の世話をしなければならなかった・・・はっきり言って、『面倒』だったよ、お前の世話は!!』
怒りを全てぶつけるが如く、半蔵は華奈を睨みつけ、怒鳴る。
『だから思いついた・・・どうせなら、お前も巻き込んで殺せばいい、とな!!』
私を・・・殺す・・・?
誰が・・・?
親・・・?
いや、そんなものはいない。今さっき、この男は言ったのだ。自分は、あの男の娘ではないと。自分の、親でないと。
じゃあ私は誰を信じればいい?
誰に縋ればいい?
誰に?
誰に?誰に?
誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に
誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰に誰にだれにだれにだれにダレニダレニダレニ!!!
「・・・・・・」
「半蔵・・・てめぇ・・・!!」
ドン!!
銃声がモニターから響く。後から聞こえる、半蔵の苦悶の声。
華奈は顔を俯かせていたため、モニターを見ていなかった。
目の前の、現実を見るのが『嫌』で。
『・・・修羅、映像を切れ。彼女に毒だ』
キースがそう言い残し、修羅はモニターの電源を切った・・・
フォート社 50階 社長室
「ああっ!・・・っ・・・!!」
虚しく響く、男の苦悶の声。右肩から出る血を抑えながら、男は見ていた。迫りくる、「死神」を。
キースは刀を振りかざし、半蔵に振るった・・・右腕に向けて!
すかさず、刀を左腕に斬り上げ、静かに納刀する。刀が鞘に納まると、程無くして
半蔵の両腕が『落ちた』。
叫びながら半蔵は倒れる。自身の落ちた腕を見ながら。
キースはコートのポケットから、ワイヤーを幾重に巻いた筒を取り出し、ワイヤーを少し出した。半蔵の眼前にしゃがみ、それを首に巻く。半蔵が何かを訴えているが、今のキースには聞こえない。ただ、虚ろな目で作業していく。首に5回程巻き、今度は半蔵が座ってた大きな椅子の背もたれにワイヤーを巻く。
これで、半蔵の首と椅子が繋がる形になった。キースはワイヤーを切り、半蔵の眼前に立つ。
「・・・1つ聞く。華奈について、何か他に知っているか?」
「たす・・・けて・・・たすけ・・・て・・・!!」
怯えきった目で、キースの質問に答えず、ただただ半蔵は助けを求めた・・・
「・・・そうか、分かった」
キースは椅子を持ち上げ、窓の前に立つ。
「じゃあ、『落ちろ』。プライドと共に」
そう吐き捨て、キースは窓ガラスにむけて椅子を投げた!
椅子は下に落ちていき、ワイヤーもそれに倣って落ちていく。
やがてワイヤーのほとんどが落ち、半蔵の首を絞めた。
「がっ!ああああああああああっ!!ヴぁあああああああああ!!!」
首を絞められながら、半蔵は引きずり込まれていく。そんな様子を、キースは眺めていた。
「・・・哀れだな」
そう呟いても、半蔵の耳には入らなかった。
「あ゛あ゛~~~~~!!!ヴァ――――――!!!」
声にもならない叫び。だが、ワイヤーは止まらず、ついに半蔵を―――闇の底に引きずり込んだ。
キースは窓から身を乗り出し、落ちていく半蔵を見た。
「・・・Good bye goddamn guy. See you again in hell.(じゃあな、クソ野郎。地獄でまた会おう)」
そう言い残し、キースはその場を去った・・・