1-4[preparations]
午後5時30分 電車内
現在の東京も、大戦前とはあまり変わらない。以前のように、昼は都心が出勤・通学者でごった返し、夜になると皆都外へと帰っていくといったドーナツ化現象が絶えず起こっているなど、以前とは全く変わらない、『平和』な街であった。
霧原華奈も、それと同じく、変化のない生活を送り続けてきた。いつものように、この電車に乗って学校に行き、友人と他愛のない話をしたり、一緒に勉強したりして、夕日が照らすオレンジ色の都会を歩き、家に帰る・・・そんな日常のサイクルに1つ、『特異点』が今日、混ざった。
(・・・あの人・・・どうして私を・・・)
今朝、華奈を不良たちから助けてくれた、あの少年である。あれから華奈は、その少年について考え込んでいた。
どうして自分を助けてくれたのか。
あそこまでやる必要はあったのか。
治安維持部隊の者でもなさそうだったし、何よりもあの若さ・・・自分とほぼ同年齢だろう。しかし、どこかの学校の制服を着ていなかった。何か事情があって学校にいけないのかと思ったが、それにしては懐に余裕があった。
(・・・一体、何者なんだろう・・・)
「カナっち、どうかしたの?」
「!!」
突如声をかけられ、思考を中断する。そして、声がした隣の席・・・同じ制服を着た少女に顔を向ける。
「おおっ!?どしたの?」
華奈の反応に驚き、少女は思わずみじろぐ。
「え!?あっ、いや・・・ちょっと考え事してたんだ!それで、ボーっとしちゃって・・・」
「そう?なら良かった。てっきり、具合が悪いかと思ったよ~」
「あはは、心配ありがと、李那」
華奈はそう言って、少女―――千秋楽 李那に微笑み、李那もそれに笑顔で返す。
千秋楽 李那は、幼少時代から華奈と親しくしてきた者である。幼稚園のころに会い、ふとしたきっかけで友達になった。口調から分かるように、とてもアグレッシブな性格であり、学校では男勝りなその性格が理由で有名である・・・なおかつ、少し天然なところもあり、彼女はそれに気付いていないようであるが。男寄りな性格は、やはり、家が剣道で有名であり、その後継ぎであるせいだろう。実力は・・・聞かなくても分かるように、全国大会に名を馳せる程である。
「華南はおとぼけさんなんだから、気をつけないと転ぶぞ~」
「私よりも、自分の事を心配しなよ~。私よりも天然だよ?」
返答とともに、華奈は苦笑する。「そんなことないよー」と、李那はそっぽを向く。
(・・・まぁ)
華奈は後ろを向き、窓の外から見える街並みを見つめた。夕日がビル群を照らし、オレンジ色の光が煌めいている。いつもと変わらない風景。それが今も見られるということは、今、自分が日常にいることの証拠。・・・あれは偶然の出来事なのだ。
(・・・今日の事は忘れよう・・・)
そう思い、あの出来事に関しての思考は止めた。
・・・そうすることで、すこしは気持ちが楽になると思ったから・・・
午後6時半 フォート社
いつもなら、新宿のマンションに帰るのが、霧原華奈の日常なのだが―――今日は厄日なのだろうか―――今日は父親に、事情があるということで、会社に呼ばれたのだ。会社には居住区があり、生活には困らない。今日はすでに遅く、一晩ここに過ごすことになるのだが・・・
「・・・父さんに、会いたくない・・・」
施設の目の前に来て、小さく呟く。昔からそうだが、物心ついた時から父のことが嫌いであった。いつも仕事優先で、華奈の面倒を見る気が全く無い。それだけでなく、家庭の方も放棄する、いわば、無責任な最低の男だ。
「・・・行くしか、ないか・・・」
そう自分に言い聞かせ、華奈は施設の自動ドアへと入って行った。
前にもここに来たことがあるが、大半は父に『雑用』を頼まれたためである。だが、今回は用があるといった。書類を取るなどの事ではなく、単に用があると言っただけだった。
エレベーターに乗り、父のいる社長室がある、最上階へと向かう。最上階まではまだかかる。その間、華奈は壁に寄りかかり、目の前に広がる渋谷の夜景を眺める。エレベーターは、外方向がガラス張りの円錐型であり、街を見渡せるようになっている。
所々で煌めくライト、車のライトが作り出す光の川・・・
綺麗
華奈が感じる感情は、その一言に限った。この世で美しいもの。それは自然が作り出すもの。人工物が作り出す偶然。意志的には作り出せないそれらは、この夜景のように汚れのない純粋なものだ。どんなものでも敵わない・・・人間の心ですらも。汚れきった人間の心など、溝水にすら及ばないほどだろう。父だけでなく、この世界に生きる人間は。皆、心の全てが美しいわけではない。きっとどこかに、負の感情を抱いている。憎しみ、怒り、欲望・・・醜いそれらを持つものを、綺麗、といえるだろうか。そういうと、華奈もその対象に入るから、そう考える自分自身も嫌になる。
「・・・歪んでるな、私も」
そう呟いた直後、エレベーターの扉が開いた。もう着いたようだ。
気を取り直し、華奈は煌めく光を背に、エレベーターを出た。
社長室はエレベーターを出てすぐ目の前にある。ドアの前に立ち・・・すこし躊躇って・・・優しくドアをノックした。「入れ」と事務的な口調の父―――霧原半蔵の返事を聞き、ドアを開く。
「ただいま、父さ・・・えっ!?」
部屋には半蔵だけがいると思っていたが、客が来ていた。少年が2人。どちらも華奈とは同い年くらいだろう。片方は黒いジーンズと白いTシャツ、その上に、首元に白いファーが付いている茶色のジャケットを着ている。茶髪のショートヘアで、強いて言えば、休日の若者の姿だ。そしてもう片方は・・・黒いズボン、黒いシャツ、黒いロングレザーコート、黒の短髪。そして・・・赤い右目。
「おっ、君は今朝の・・・」
そう、今朝華奈を助けた、あの少年だ。しかし、何故ここに?考える前に口が動いた。
「ど、どうしてここに?」
「・・・成程、君が霧原華奈か。今日、御父さんから仕事を頂いてな」
「仕事・・・?」
状況を掴めないでいる華奈は、奥にいる半蔵に目を向ける。
「・・・実はな、華奈・・・」
半蔵が少年2人に目を向ける。2人はそれを察したかのように、ドアへと歩を進めた。
「後でまた話そう」
黒ずくめの少年がそう言い残し、部屋を静かに去った・・・
「まさかあの子が娘さんだとはな~、偶然にしてもびっくりだぜ」
ベットに寝転びながら、修羅は感嘆の声を上げた。
確かに、あの子が半蔵の娘―――霧原華奈であることには、内心キースは驚いていた。あんな同い年の子が、テロリストに狙われるとは・・・
「・・・まぁ、な。それより修羅、情報は入ったか?」
「あー・・・駄目だ、昼間と同じ」
キースが言うなり、修羅は気のない返事をする。
「他のテロネットワークにも入ってみたが、それらしきグループが見当たらない。国際防衛機関、自衛隊、国連、さらにはLURERのリストにも載っていない・・・どこにもいないんだ。隠密工作をしているにしても、ここまで隠し通すのは不可能だ」
修羅が言ったように、ここに襲撃するテロリストの情報は、現時点で掴めていなかった。何しろ、噂すら出てこないのだ。情報が出ないのも、無理はなかった。
「・・・何か変だ。嫌な予感がする」
窓から見える、渋谷の夜景を眺めながら、キースは呟いた。
「止せよ。お前の勘、妙に当たりやすいんだからよ。」
「・・・この依頼、少々手こずりそうだな・・・」
目を細めながら、キースはため息をつく。
テロリスト戦、ましてや室内戦となれば、相手の出方を読む必要がある。どのような配置で、どのように侵入、制圧するのか。様々な情報を収集しなければ、いくら実力の差があろうと、数で殺られるのがオチだ。
(・・・さて、どうしたものか・・・)
コーラの缶を一気に呷り、ベットに置いてある弓袋を取り、それの紐を解く。袋に対して短いそれを出す―――日本刀だ。黒い鞘に、赤い桜が描かれており、ゆっくりと刀を引き抜くと、禍々しく輝く黒い刃。
残毀閃
刀の名だ。この刀は、キースがこの仕事を始めるよりも前から持っているものだ。このご時世で、剣を戦闘で振るう者はいないとは思われるが、ちゃんとした理由がある。
「刀を使うのか?この状況で・・・」
「だからだよ。狭い室内なら、一気に接近戦に持ち込める・・・俺の魅せどころってことだ」
室内での戦闘。接近戦を主としているため、一秒一秒が重要になる。リロードさえも惜しまれる程だ。銃では隙ができるため、負傷しやすい。だがナイフのような近接武器なら、銃よりも早く攻撃できる・・・つまり、銃よりも優位に立てるということだ。
「お前も銃の手入れしておけ。ジャム起こして直している内に、脳みそが吹っ飛ぶぞ?」
「ハッ、死ぬなら棺桶の中だけと決めてるがな」
キースが刀を布で拭きながら修羅を茶化すが、修羅は笑いながら返す。
不安はあるものの、悩んでいても仕方ない。やるべきは一つ。
目の前の敵は、全て殺す
たったそれだけの、単純なことだった。それを改めて再認識したキースは、思わず笑みをこぼす。
「・・・歪んでいるな、俺も・・・」
「あ?何だって?」
キースの呟きに、拳銃―――SIG/ザウアーの点検をしている修羅が疑問の声を上げる。キースはただ、刀を鞘に収めながら、「何でもない」と言った・・・
「・・・」
「・・・華奈、大丈夫か?」
大丈夫なわけがない
そう言いたい華奈だったが、あまりの驚きに口が動かせなかった。
殺される
私が
その単純かつ、明快なワードを、容易に受け入れられなかった。只の女子高生―――只の女の子が、見ず知らずの者に殺される。ふざけたことだ。嘘だと思いたい。だが、父親は本当だと言っている。
「・・・嘘よ・・・私が・・・」
「だが心配することはない。あの2人を、お前のガードマンとして雇った・・・なんでも、凄腕の者らしい」
「・・・父さん、一つ聞いていい・・・?」
「ん・・・何だ?」
目を背け、華奈は戸惑いの表情を見せる、が、すぐに口を開く。
「機密兵器と私・・・どっちが大切?」
「何?」
突然の質問に、半蔵は疑問の声を上げる。構わず続ける。
「分からないの・・・父さんは兵器と私、両方を守る方法を考え付いた。それは私にとっても、父さんにとってもありがたい・・・だけど、それだと、どっちを大切に思っているのか、分からなくて・・・」
「・・・」
華奈の疑問に、半蔵は戸惑った。自分が殺されるよりも、このことが華奈にとって気になるところだった。仕事主義の父が、仕事と娘の安全をとることなど、思いも寄らなかったのだ。・・・やはり、状況が状況か。
「・・・華奈」
半蔵が歩み寄り、呼びかけるのを聞いた華奈は、俯いていた顔を上げた。すると、半蔵は華奈の頭の上に手を置き・・・撫でた。
「私が、お前を捨てると思うか・・・?」
「え?」
思わぬ展開に、戸惑う。
「確かに、お前から見れば最低な父にしか見えないのかもしれない。仕事に打ち込んでばかりで、家族の事は考えない父など、最低だろう・・・その所為で、お前につらい思いをさせてしまった・・・私は、お前を愛している。娘として・・・だが、私はここの社長・・・仕事を壊すわけにはいかないのだ。だからこの状況になってしまった・・・」
驚き。今の華奈は、その感情に揺らされていた。
あんな態度を取りながらでも・・・私を愛していた・・・
「本当に・・・許してほしい・・・」
悲しげに、そして許しを請うその言葉が、静かに華奈に染み込んだ。
私は馬鹿だ
そう思う他に無かった。相手の状況を知らずに、自分は父を最低扱いにしてしまった。罪悪感が胸を刺す。
「とう…さん…」
「・・・泣かないでくれ、私まで悲しくなる・・・」
泣いているのか。半蔵の言葉でそれを認識する。
「さぁ、部屋に行きなさい。いつでも逃げられるように、準備しておくといい」
「・・・うん」
両肩に両手を置かれ、華奈は頷いた。
「私も・・・ごめんなさい・・・父さん・・・」
やっとの思いでそう言うと、華奈はドアに向かって歩き出した・・・父の愛を噛み締めながら・・・
「・・・行ったか・・・」
半蔵はそう言うと、デスクの上にあるウェットティッシュを一枚取り、右手・・・華奈を撫でた手・・・を念入りに拭いた。左手も、同じように。
「ふん、あいつも御人好しだな・・・馬鹿め・・・」
チェアに座り、静かに毒づいた・・・
とりあえず今日はここまで・・・
遅れました、sinです。以後お見知り置きを。
さて、この作品が初投稿なので、いろいろと不備があるかもしれませんが、よろしくお願いします!
次のは早めに来る・・・かな?ww