1-3[依頼]
大戦が終了した今でも、昔と同じく戦争は続いている。これは人類・・・いや、地球上に存在する全ての生物にとって、止めることができないことなのかもしれない。戦いを止めるために、兵士を集め、兵器を作り、人々はずっと抗い続けてきた。それが戦いそのものを拡大させるとは知らずに・・・。旧世代の大量殺戮兵器が北極の『永久凍土庫』に封印されている今でも、人々は兵器を作り続けている。自国の防衛のために作り続けている。世界最大兵器開発企業『フォート社』も、その愚行を利益のために行う企業であった・・・。
フォート社 日本支社 午前9時30分 社長室
「で、俺たちに何を頼みたいんだ?社長さんよ」
腰に手を当て、キースは目の前のデスクの前に座る男に尋ねる。3,40代といったところだが、まだ顔立ちは若い。茶色のスーツを着ており、ネクタイもちゃんと絞めている。
「・・・簡単なことだ。まず、これを見てくれ」
そう言うと男はデスクの引き出しから一通の手紙を取り出し、それをキースに渡した。
「これは?」
「テログループからの犯行予告だよ・・・」
「ご丁寧なことですね」
キースは手紙を開き、修羅も冗談をいいながらそれを見る。
桐原 半蔵へ
現在開発中の最新兵器の開発を中断せよ。
最新兵器の完成は、我々の敗北だけでなく、祖国の崩壊を招く。
今すぐに中断しなければ、貴公の娘を殺す。
4月25日に連絡する。
「・・・ッハハハ・・・在り来たりな声明だな、そろそろ見飽きたぜ」
キースは手紙を読むなり、苦笑する。修羅も、同感だ、と言いたげに鼻で笑う。
「で、娘さんの護衛及びテロリストの殲滅・・・ってところですか?」
修羅は手紙をキースの手から取りながら前の男―――桐原半蔵に聞いた。
「まぁ、そう言うことだな・・・もう1つ、頼みたいことがある」
「最新兵器の防衛か?」
と、そこにキースが割り込んできた。先程より、声を低くして。
「聞きたいことがある・・・最新兵器とは何だ?」
「・・・企業秘密だ」
声の調子、表情を変えずに半蔵はそう返す。だが、キースは1歩詰め寄り、片手をデスクに叩きつけた。
「・・・依頼遂行に必要な事項だ。場合によっては、銃の使用を控えなければならない。」
「企業秘密にそんなに触れたいのか?」
半蔵の言葉に、キース一層眼光を強くする。それに抗うが如く半蔵もキースを睨む。数秒間、沈黙が続く。
「・・・銃の使用は許可する。娘の護衛を最優先だ」
「・・・了解した・・・」
キースは渋々後ろに下がり、元の位置に立つ。一部始終を見ていた修羅は、別段そんなに動揺はしていなかった。
(まぁ、いつものことだからな・・・)
「任務をもう一度言う」
半蔵が切り出したのと同時に、思考を元に戻す。
「私の娘の護衛、及びテロリストの殲滅が依頼だ・・・テロリストは皆殺しにしてくれ。1人たりとも、我が社の情報を持ち帰られたくない。更なる詳細は夕方に伝える。以上だ」
「まぁ、こうなることは分かってたよ。お前のことだしな。」
「保護者みてぇなことをほざくな。・・・お前も知っていたのか?」
ベットに座り、拳銃の弾倉を見ながらキースは修羅に問いかける。一方修羅は、椅子に座って膝の上にノートパソコンを載せて何かを調べている。
半蔵との面会の後、二人は居住区の一室に案内された。娘が帰るまで待って欲しいとのことだった。このビルは、業務区、工場区、居住区の3つに分かれている。全50階、地下6階の内、地下全階と10階までが工場区、11階から30階までが業務区、それより上が居住区となっている。
「いや、勘さ・・・おっ、これこれ」
目当てのサイトに辿りつき、修羅はパソコンの画面をキースに向ける。キースも弾倉から目を離し、画面を見る。
「全部英語だが、イギリス出身なら読めるだろう?」
「当たり前だ・・・やっぱな、道理で怪しいと思ったんだ」
画面を目を細めて見ながら、キースは呟いた。画面に映っているのは、軍事関連の情報を公開しているサイトであり、英語で書かれている記事であった。タイトルには、「フォート社、S・E兵器開発に着手か」と記されている。
「・・・フォート社は先月、新兵器の開発を発表。コンセプトは発表せず、あまり多くを語らずに記者会見を閉じた。S・E兵器開発はあくまで噂であり、本当である可能性が極めて低い。それ以前に、S・E自体を入手することは、国際条約上不可能である・・・ところが、できるんだなこれが」
記事を一通り読み、最後の一行に訂正を加えたキースは、修羅に目を向けた。修羅もそれに反応し、パソコンの画面下にあるタスクバーの一部をクリックし、再びキースに見せる。
「アメリカのS・E貯蔵庫の記録を探ったんだが、二か月前に盗難に遭っている・・・もちろん、公式に発表してないが」
「ドラム缶10缶分か・・・兵器開発には十分な量だな。VIPHの仕業か?」
「いや、詳細は不明。事件当時は夜に乗じて決行したと推測されている。痕跡は指紋一つ残ってなくて、組織、団体の特定は困難を極めているようだ」
「・・・そうか・・・」
事件の状況を聞いたキースは、複雑な表情をしながら画面に映る文章を目で辿り続ける。
(・・・またか・・・)
それを見た修羅は、目を細めた。組み始めた時からそうだったが、いつもS・E絡みの話になると、難しい顔をして黙りこむ。そして、無闇やたらとそれを詮索しようとする。最初はS・Eに何か思い入れがあると片付けていたが、組んでから2年、それが続いている。
・・・何か不審だ・・・
「そろそろ話してくれないかな?」
修羅がゆっくりと、だが、いつもの口調で切り出す。
「・・・何のことだ?」
文章を読みながら、キースが応える。
「S・Eに何の因果があってそんなにこだわるんだ?今回の任務だって、最新兵器は直接関わっていない。それなのに、どうして―――」
「・・・修羅、お前には無関係だ。余計な詮索はするな」
キースは顔を上げて修羅を見据え、淡々とした口調で告げる。無関係、という言葉に反応したのか、修羅は少しいきり立って反論した。
「無関係って・・・俺たちはパートナーだろ?なら、お互いに秘密はなしだ。でなきゃ、不公平だ」
「・・・・・・」
黙り込んだ。沈黙した空気が一瞬、周りを包む。
意を決したか
そう思ったのも束の間。キースの目つきが―――『狂気』に変わった。そして、修羅を睨みつける。赤く輝く右目が恐怖・・・否、それだけじゃなく、それ自身の概念を超えそうな『何か』を修羅の内側に打ち付けていた。
「・・・お前をくだらん理由でくたばらせたくない・・・」
言葉が静かに響く。何も考えられない。ただ、恐怖に耐えるのみ。
「・・・それだけだ・・・」
その言葉が合図のように、『何か』が消える。全身の力が、無意識に抜けた。体から魂が抜けたような感覚に襲われる。
「・・・おい、大丈夫か?」
「!?」
肩を叩かれ、自制を取り戻した修羅は、キースに顔を向ける。
―――目つきが戻っている。
「・・・すまん、いきなりビビらせっちまって・・・」
さっきの調子から覇気がそのまま剥がれたかのように、いつもの聞きなれた口調で心配してきた。
「あ、ああ・・・こっちもすまない・・・」
怖気が少し残っていたため、動揺気味に修羅は返事をした。
「・・・とにかく、今は任務に集中しよう。修羅、偽造IDを使ってテロネットワークに入って、ターゲットの情報を収集してくれ。俺はここの構造を調べてくる。」
「・・・分かった」
修羅の返事を聞くと、キースは部屋を足早に出て行った。その姿を、修羅は見つめていた。それが疑惑か、それとも畏怖か。どちらの思惑が込められていたのか、それは修羅自身でも分からなかった。
(まだ、あいつに関しては分からないことが多い。もしかしたら、あいつの事を俺自身が知らないだけなのかもしれない。だが―――)
再びキーボードを叩き始める。「隊長」の指示をこなすために。
(俺はあいつを信じる。あいつのパートナーとして。・・・だから、話してくれるだろう。いつか、あいつの目的を・・・)
信頼を心に持ち、何を見るのか
その答えは、誰も知ることができない
神でさえも・・・