1-2 [遭遇]
2052年 4月25日 午前7時
(・・・眠い、な・・・・)
窓から自分に射しかかる朝日の光を浴びながら、キース・オルゴートは半端目を開けた。左手首に付いている腕時計を見ると、7時丁度だ。ロッキングチェアに背を再び身を任せ、天井を見上げる。天井は何故か穴だらけだった。
(・・・昨日の依頼で夜更かしし過ぎたからな・・・もうちょっと寝よう・・・)
そう決めて、また目を閉じた・・・が・・・・
「おい!!キース!!起き――」
ドガン!
ロッキングチェアの後ろのドアから、どでかい声を出しながら、茶髪のショートヘアの少年が出てきた。服装は、白い半袖Tシャツと黒いジーンズ。キースを起こそうと出てきたんだろうが、それは彼にとっては迷惑極まりないことであった。今彼が右手に持っている、天井に向けた白銃がそれを示している。白銃は、H&K―USPにキースが改造を加えたもので、連射性の向上と、衝撃の減少が成されている。少年は眉を潜めてキースを睨んでいた。
「騒ぐな、修羅・・・眠いんだよ・・・」
「自業自得だ!ドアホ!!・・・あーあ、また穴が・・・・」
少年――桐宮修羅は天井を見上げながら嘆いていた。
これで一体何発目だろうか。・・・
「・・・105発目か・・・」
「いい加減にしろ!!」
自嘲気味に言い放ったキースに、修羅は容赦なく食い掛かる。本当に煩い奴だ・・・
「ほら起きろ!仕事だ、仕事!」
「・・・後5時間寝かせろ。そしたら行く・・・」
「んなに待てっか!!」
外から聞こえる小鳥の声が遮られるほどの騒ぎが、静かな朝に響いた・・・最も、これこそ日常茶飯事なのだが・・・。
キースたちが今いる事務所は、キース率いるVIPH集団、「BLACK WALTS」のアジトである。VIPH(vip hunter)とは、依頼人から頼まれた要人の殺害、捕獲などを実行し、報酬をもらう裏職業だ。いわゆる、便利屋といったところだ。集団とはいえ、キースと修羅だけなのだが。
「・・・で、依頼人は誰だ?」
カップに注がれたコーヒーを口に運びながら、パソコンに向かってキーボードをいじっている修羅にキースは尋ねる。
「かの有名な兵器開発企業、『フォート社』の社長さんからだ。内容は護衛。」
「・・・社長を、か?」
「いや、その娘だ」
修羅は頭を横に振りながらいい、左手でカップを口につけ、コーヒーを一気に飲み込む。
「大方、テロリストに狙われているから、そいつ等から守れ・・・に飽き足らず、並びに全員殺せとでも言うんだろう?」
キースは分かりきったかのような口調でそういうと、修羅は鼻で笑った。同感、とでも言っているようだった。
「ま、詳細は会社で話すっていうから、飯食ったら行こう」
「ああ・・・そう言えば、昨日取ってきた札、どうだった?」
思い出したかのようにキースが聞くと、修羅は一枚の札をポケットから出し、それを傍にあったライターで燃やした。札から赤い炎・・・否、緑色の炎が出た。炎は偽造された札を喰らっていく。
「偽だな」
「そう言うこった。一枚残して他のは燃やしといたから、それも証拠に出すといい。」
燃えていく札を落とし、それを踏みにじりながら修羅はパソコンの電源を落とす。
「フッ・・・名案だな」
鼻で笑いながらキースがそう言うなり、修羅は朝食作りにキッチンへ、キースは支度をしに自室に向かった。
今日も、いつもの一日が始まった・・・
8.:10 東京都 新宿
「マズイ、マズイ!!遅刻しちゃうよー!!」
一人の少女が新宿の市街地を全力で走っている。今日の新宿も、いつもと変わらず通勤者の足音と熱気で賑わっている。少女もその一人である。ほっそりとした体格で、栗色の長髪が風でたなびいている。彼女が着ている青混じりの黒い学制服は、最近有名になっている東京都帝学園の制服である。帝学園は大手企業の社長の息子、娘―――いわゆる「金持ち」が通う学園である。そのような学園に少女が通っているということは、よほどの金持ちなのだろう。ルックスもかなり良く、顔立ちからも凛々しい印象を与える。だが、それらは彼女の第一印象ではない。彼女の瞳・・・蒼色の左目、翠色の右目のオッドアイ。両目が見せる鮮やかな色彩が、彼女―――桐原 華奈が与える第一印象であった。
(うう・・・寝坊して遅刻なんてヤダよぅ・・・)
見ての通り、彼女は今学園に急いでいる。授業が始まるのが8:45であるが、現在の時刻を見ようと華奈が腕時計に目をやると・・・
8:15
着くまで走って、あと30分程。1秒を争う状況だった。
「わぁぁぁぁぁーーーーーー!!遅刻するーーーーー!!」
ボフ!!
何かにぶつかった。その反動で華奈は後ろに倒れ込む。ぶつかった方向に振り向くと、一際体格がでかい男一人と、その後ろに体格が様々な男が四人いた。全員黒い学制服をだらしなく着ている。見たところ、でかいほうに当たったらしい。
「よー、御嬢ちゃん。なーにそんなに急いでいるんだい?」
でかい男―――このグループの親玉らしい者が、華奈に顔を近づけて低い声で聞いた。華奈は立ち上がりながらそれに応じる。
「あ、あの・・・学校に遅れちゃうので急いでたんです・・・す、すみません!失礼します!!」
戸惑った声でそういうなり、華奈は男たちを抜けて走り出したが・・・腕が掴まれる感触と共に、停止する。振り返ってみると、親玉の大きな右手が、細い華奈の腕を掴んでいる。
「まぁ、ここで会ったのも何かの縁だ。俺たちと遊びに行かないかい?」
「なっ・・・離してください!」
振りほどこうと華奈は腕を振るうが、親玉の握力はとても強く、逆にボスのほうへ体を引き寄せられた。
「学校なんかサボってさー、な?」
他の男がそう言う。華奈は抵抗し続ける。
「嫌です!離してください!!」
同刻 東京都 新宿
「ふぁぁぁーーー・・・ねみぃ・・・」
欠伸をしながらキースは呟いた。そんな呟きは、朝の新宿を行き交う人々の足音で消えていき、誰にも聞こえないだろう・・・と思ったが。
「おいキース。そこら辺に寝転ぶなよ?通行人の迷惑だぜ?」
「・・・しねぇよ・・・」
隣を歩く修羅の冗談に、キースは不機嫌そうに応えた。今二人は、依頼主のいるフォート社に向かっている。そのため、二人は今『商売道具』を持ち歩いているわけだが・・・流石に街中で銃などを裸で見せるわけにはいかないので、トランクなどで隠してある。修羅は銃類が入っているトランク一つ、キースは棒状の何かが入った細長い青い布袋を片手に持っている。
「ったく、こんな時に仕事なんか入れやがって・・・」
キースは修羅を睨むが、修羅は余裕の笑みを見せる。
「しょうがないだろ?ウチは生活を立てるだけで精一杯なんだからよ」
「それで十分だ―――」
「離してください!!急いでるんですから!!」
「・・・あ?」
突如割り込んできた女性の大声に、キースはおもわず言葉を途切らせてしまい、代わりに間抜けな声を出してしまった。声のした方向を見ると、
「騒ぐんじゃねぇ!!」
「早く連れていきましょうや」
「嫌ぁ!!誰か助けて!!」
でかい図体した男一人と様々な体格の男四人―――高校生の不良風情が一人の少女に絡んでいた。運悪く八つ当たりなどに遭ってしまったのだろう。集団がちょうど歩道の幅全体に陣取っており、キースを含めた周りの人々の邪魔になっていた。
「・・・あいつら・・・」
「ん?どうしたきー―――っておい!?」
突然のキースの反応に修羅は疑問を持ったが、それを口に出す前にキースの行動が早かった。布袋を腰に差し、不良たちの方に歩きだしたのだ。
「キース!何しやがる気だ!?」
呼び止めるが、キースは止まろうとせず、代わりに右手を振った。
「なーに、ちょっとした子遣い稼ぎだ。そこで見てろ」
そう言うなり、キースは集団に近づき―――
「・・・どけ、通行人の邪魔だ」
最前列にいた男の後頭部に手刀を喰らわせた。男は直後に倒れ、数秒間痙攣し―――意識が飛んだ。それを機に、騒ぎは止んだ。
「・・・ったく、あの馬鹿・・・」
修羅の毒づいた声が、その静寂に響いた。
「・・・なんだぁ、てめぇ・・・?」
親分の低い声とともに、華奈の腕を掴んだ手を離す。華奈は後ろに下がり、子分を殴り倒した少年を見る。黒いズボン、黒いシャツの上に、黒いロングレザーコートを身に纏い、それに加え黒の短髪。全身黒ずくめ。その一言こそが第一印象でありそうだったが、それよりも印象に残るものがある。
(・・・片目が赤い・・・)
そう。少年の右目は薔薇の赤色のように赤いのだ。色だけじゃない。その目つきそのものも、少年の―――おそらく自分と同い年だと思うが―――年齢に不相応な険しさをもっている。まるで、獲物を睨みつける獣のようだ。
「なんでもねぇよ。お前たちにとっても、その娘にとってもな。」
「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇ!!」
少年の茶化すような声に反応するように、少年に近かった子分が少年に殴りかかってきた。
「あっ・・・!」
咄嗟のことだったので、拳は少年の顔面に当たると思ったが・・・
「・・・おいおい、こんなんじゃ骨一本も傷つかないぞ?」
「く、あ・・・!!」
少年は拳を止めていた。自らの右手で。子分はいくら力を出しても押し進まないことに動揺しているのか、その場から動けずにいる。
「屯すんなら・・・他所でやれ」
そう言った直後、少年は掴んでいた子分の拳を前に押し出し―――直後、骨が折れる音が微かにした。子分の痛覚が声として出る前に、少年は拳を捻り、子分の腕の関節部分に肘を打ち込んだ。襲いかかる痛みに耐えきれず、少年はその場に倒れる。
「―――!!―――!!!」
声にもならない叫びで、子分は痛みを訴える。
「て、テメェ!!」
残りの子分二人が、少年に殴りかかる。が、少年は頭を後ろに倒したため、子分のフックは空を切る。直後にまた拳が向かってきたが、少年は難なくそれを右手で掴み、硬直した子分の腹に蹴りを喰らわせた。子分は後ろに吹き飛び、腹を抑えながら呻いた。
「あっ・・・ひっ!!」
もう一人の子分は両肩を少年に掴まれ、少年と向かい合い―――力一杯込められた頭突きを喰らった。直後、少年の意識は飛び、白目をむいたが、すぐに意識を取り戻し、頭を上げたが―――
「・・・大人しく寝ていな・・・」
飛んできたストレートを受け、今度こそ少年の意識は飛んだ。少年は肩を離し、子分のやられ様を見ていた親分に目を向ける。
「・・・・!」
先程の態度が嘘のように、親分は怯えていた。少年の強さ―――否、少年の瞳が放つ威圧感に。
「・・・夏目 力也。お前を強姦容疑で“捕獲”する・・・」
直後、少年は親分に駆け寄り、助走によって生み出された力を右拳に込め、腹にぶち込んだ。
「ぐっ、はっ・・・!!」
親分は腹を抑えながら後ずさるが、後ろにある衣服屋のショーケースのガラスによってそれは阻まれる。
「・・・さっさとくたばれ、餓鬼」
残身を解き、再び親分に駆け出し―――ジャンプして足を揃え、見事なツインドロップキックが顔面部に直撃した。親分の体は反動で後ろに吹き飛び、うしろのガラスを割りながらショーケースに倒れ込んだ。数秒の痙攣の後、親分の意識は飛んだ。
「・・・」
一部始終を見ていた華奈は、恐怖と混乱で立ち尽くしていた。
何故助けてくれたのか
何故ここまでやるのか
疑問が渦巻く中、華奈は少年を見つめていた。学校に遅れることさえも忘れるほどに・・・
「・・・あ~~皆さん。もうすぐ警察が来るんで、さっさとここを空けておいてください。」
少年はそういうなり、周りの人々は先程のように歩き出し、その場を後にした。それでも、華奈は動じず少年を見つめていた。
「・・・そこの君」
「は、はい!?」
突然声をかけられたので、華奈は少し動揺してしまった。構わず少年は続ける。
「大丈夫か?何かされなかったかい?」
「え、ええ・・・ありがとうございます、助けてくれて・・・」
「礼には及ばない。当たり前のことをしただけだ。」
あれが当たり前なのかと疑問に思うが、それを言うのはあまり良くないだろう・・・いろんな意味で。
「君、帝学園の生徒?」
「ええ―――ああっ!?」
華奈は学校のことを思い出すなり、思わず声を上げてしまった。
(ヤバい!遅刻するよ~~!!)
「その様子だと、遅刻のようだな?」
この少年、とても勘がいいのか、華奈が焦っている理由を簡単に突き止めてしまった。華奈は渋々、「はい・・・」と頷く。
「・・・ちょっと待ってろ」
そう言うなり、少年は傍に止まっていた黄色のタクシーに駆け寄り、車に寄りかかっている中年の男性―――運転手に声をかけた。何か話しているようだが・・・
「・・・君!このタクシーに乗れ!」
相槌を打ち、少年は華奈にそう呼びかけた。
「え!?でも・・・お金が・・・」
「金なら払った。さぁ、遅れるぞ」
少年は華奈に寄り、右腕を掴んで無理やりタクシーに連れて行く。いくらなんでも滅茶苦茶だ。
「ちょ・・・!!とても悪いですよ、助けてもらったついでにタクシーまで・・・」
「細かいことは気にしなくていい」
そう言うなり、少年は華奈の背中を押し、後部座席に座らせた。
「あっ、ちょっと待ってください!せめて、名前だけでも・・・」
華奈は少年を見上げ、そう言う。少年はドアを閉めようとしていたが、華奈も呼びかけに反応し、その手を止める。
「・・・さっきのことは忘れろ。俺の事もだ・・・」
微笑みながら少年はそう言い残すと、少年はドアを閉めた。
「あっ・・・」
華奈は再度、少年を呼びとめようとした。が、車が動き出し、周りの景色が流れ始めた。少年も含めて・・・。
いつもとは違う形で、今日は始まった
「・・・成程、強姦容疑の高校生か。これはいい“売り物”じゃないか。」
周りに倒れ込んだ男たちを避けながら、修羅はキースに駆け寄った。キースは未だに少女を乗せたタクシーを見つめ続けている。
「・・・惚れたか?」
修羅は悪戯っぽくニヤニヤしながら、キースの背中を叩く。
「・・・馬鹿言うな。行くぞ」
キースはぶっきらぼうにそう言うなり、再び歩き始めた。依頼主の下に向かって。
「待てよ、冗談だって」
笑いながら修羅も続く。
・・・今日は始まった・・・