9 モメる
9 モメる
エルクはまだ警戒を解くことができなかった。まだ若いやつらが襲ってくる可能性もある。完全にマリアのスキルから解き放たれているとは思えなかったからだ。
「安心してくれ。俺達は危害を加えない」
エルクの挙動で察したのか、馬商人がエルクに声をかけてきた。
「ジョンを殺したのに?」
エルクは嫌味を言った。そう簡単には気をゆるめるわけにはいかなかった。馬商人はリラックスさせようと軽く笑う。
「それは見せしめだ。二度と騙されないためにな。それともそのスキルを使ってまた俺を騙すか?」
エルクは首を横に振った。そもそも騙したのはジョンであり、エルクは角を生やしただけである。そんなことを言われても困る。
「俺には馬がいない。この馬はジョンのもんだったし、あんたに買われてしまった」
主張はしておいた。
「そうだな。だがうちの若いもんを利用するクズをとっちめてくれた。礼をしたい」
意外な提案だった。エルクはただ自分を守っただけだったのに。それなのに感謝されている。だったら、エルクの望む事は一つだ。
「この馬を俺にくれ。絶対に売ったりしない」
言った後沈黙した。ダメか? さすがに馬はただでは手に入らないのか? 緊張して馬商人の言葉を待つ。
「いいだろう。取引成立だ」
握手しようと手を出しながら馬商人が近づいてきた。警戒は解いてもよさそうだ。エルクは右手を開いて、馬商人の手を握ろうとする。
その時。
「待ちな!」
二人の接近をうるさがたのおばさんが話に割り込んできて、邪魔してくる。すでに和解しているというのに。
「村の人間殺しといてただで済むと思ってんのかい?」
村の代表としては当然の意見だった。だがそれは解決しかけた案件を蒸し返していることになる。馬商人は露骨に不満を表情に出した。
「じゃぁ、この村は俺が騙された金を返せるのか?」
「それは取り返したんだろ」
「それはそれ、これはこれだ。詫び金も含めて払えってことだ。それをあの男達の命で済まして、なおかつ坊主に馬もやるんだ。損しないだろ?」
おばさんは腕組みをして、考える。そして言った。
「長老の家で話そう。私の一存では決められない」
おばさんは長老の横にいるただのおばさんだ。決定権は持っていない。妥当な判断だ。
「いいだろう。坊主、馬を大事にな」
馬商人は握手をやめて、エルクの肩に手を置き、おばさんと長老の家のほうに向かった。
若い連中もついていき、残されたのはマリアとエルクだけになった。
エルクは老馬とともにマリアのそばに近付いた。マリアは傷だらけで、血まみれだ。だがいつもからは想像もできないほど静かだった。
「エルク、私を抱いていいわよ」
「操られるのわかっててそんなことしない」
当然、拒否した。そんな火に飛び込む虫みたいことしないし、したくもない。
「意気地なし。だからモテないのよ」
「へーへー、俺はモテないよ」
このまま上から目線でイジられるのもイヤだ。エルクは馬を引いて、家に帰ろうとした。
「あんたのこと許さないわよ。あの女も」
「女?」
聞き返したが、マリアは答えなかった。
エルクはマリアをそのままにして帰った。これ以上彼女に関わりたくなかったのだ。それに一刻も早く老馬を両親に自慢したいのもある。
「馬の名前、何にしよう」
今はそのことしか考えなかった。




