第2話 チカーバの町
アン「さて薔薇様、我々は前回、一般的共通感性に従って物語を紡いだわけだ」
薔薇「はい」
アン「しかしこの原則は……一方で、我々人間を縛る“鎖”にもなり得る」
薔薇「縛る?」
アン「そうだ。この共通項は言えば社会の規範…それとして、『逸脱を許さない』という傾向がある」
アン「その精神は他人には勿論、それ以前に自分自身にかかる。理性が発達していくと、一般的な客観的規範を見れる様になり、より逸脱を許さない傾向が強くなる」
アン「それが……“恥”という感性だ」
薔薇「恥……」
アン「前回の物語も、この『恥』を以て言えば、『勇者や魔王なんて今頃…』『異性の幼馴染みと親密になんて…』と、規制がかかるようになる。そしてより一般的と思える方向に向かう。現代を舞台に、同性の友人と…なんて」
アン「或いは、只の総括的概念に帰させる。“主人公A”、“仲間A”といったようにね」
薔薇「……」
アン「だが同じく原則的に、誰にでも分かるがこれは縛られた考えで何も楽しくないし、面白くない。社会を為す上では必要だけどね」
アン「そして『逸脱を許す』事…この恥が肯定される事、自己中心的な主観が解き放たれる事、ここにより強い快がある」
アン「『感性』を『感性』として許す事。…これを私は“カタルシス”と呼びたい」
薔薇「カ、カタ……ナタデココ?」
アン「何でだよ。『タ』しか合ってないじゃねぇか」
アン「つまりだな、一般的な良さだと思って概念をまとめにかかったりしたら、逆に独断的な何の良さもない方向に行ってしまうという事だ」
薔薇「へー」
アン「そしてカタルシス!つまり、物語の上で泣いたり笑ったりの劇を見て、彼らに自身を投影する事で『泣いたり笑ったりを大いに許される』感覚を味わうわけだ!」
薔薇「ほー」
アン「分かるかい薔薇様?我々は社会の上では流石に剣を振りながら叫ぶなんて事はできない。しかし物語ではやってしまえるのだ」
薔薇「確かに?」
アン「我々がこうして自由に喋ってるのも、そういう効果がある。こんな風に喋るなんて事、あまり無いだろうからな」
薔薇「そうだったのか…」
アン「そう!だから今からはこのカタルシスをやって行こうと思うわけだ!こいつは物語としての面白み、或いはこの世界を形作る上で欠かせないものだ。何せ『《《一般的共通感性、かつ逸脱カタルシス的・正当感性》》』を描くわけだからな!」
薔薇「へぇ」
アン「何かあんまり刺さってないな」
薔薇「いや、途中から何言ってるか分かんなくなった」
アン「薔薇様も、大人になれば分かるさ…」フッ
薔薇「しかし、好きにやるってのにこんな風にしないとなんて…可哀想…」
アン「黙れ!!!!!」
────
新規データ
アルスル、男、16歳
デデルファ村に住む夫婦の息子。父は冒険家で、母は村の居酒屋の料理人をしている。その為、母の美味しいご飯を毎日食べられたのだ。そして父の持っていた神話の伝承記録や、人々の冒険記を読んで育ったのでとにかく世界を旅したい。今回、その夢が叶うに相成ったのだ。前回の騒動でルヴィス様の啓示を受けたが、よく分からないけど旅が出来るからいいやと放っている。技名を付けるのが好き。
(幼馴染み)ルーデ、女、16歳
村長の娘だが、幼い頃に拾われた養子である。祭祀場の近くの大樹に棄てられていたという。その頃から無口で無感情であり、何にも関心を示さなかった。しかし多彩な魔法が使えるので周囲の人々には重宝されていた。アルスルはルーデの出自に神話的な興味を覚え、よく絡んでいた。アルスルの多感な感性に刺激されてか、唯一アルスルにだけは心を開いているかの様な素振りを見せる。騒動を経て勇者としての使命を負ったので、世界と人々の救済はとりあえずやろうと思っている。アルスルにどうでもいい話題を振るのが好き。
薔薇「これは?」
アン「まあ見とけって」
──
アルスルとルーデは共に村を発ち、旅に出た。
アルスル「さて、我々はついに故郷デデルファという古巣を飛び出し、世界という広い大空へと風を掴んだわけでありますが!」
ルーデ「おー」
アルスル「物資は十分!地図も十分!明日には都市へ着くぞ!さあ、胸がドキドキしてきたな、ついに俺たちの冒険記の最初の一節が描かれるわけだ!」
ルーデ「そうだねー」
アルスル「ルーデ隊員よ、何か異常は?」
ルーデ「見て……この草」
アルスル「ん?」
ルーデ「村では見たこと無い」
アルスル「……確かに!俺たちは以前、村中の植物を見て周り、植物図鑑を完成させた。ではこれは新種の発見という事に相成る!やったぜ!!!」
ルーデ「めっちゃ草生えてるね」
アルスル「凄い……俺たちが如何に井の中の蛙だったかを思い知らされる。こんな事があっていいのだろうか?もはや既に討ち負かされ始めてるぞ!異種の草という強敵に!」
ルーデ「私たちは何にも知らなかったんだね。無知の知ってやつだ」
アルスル「怖い!!俺たちは既に未知の空間へと引きずり込まれているのだ。辺りは昼なのに暗闇も同然。ここに来てどん詰まりだ!!この一節に名を付けるなら……『怪奇!異郷の谷底、人喰い草』、といった所か!」
ルーデ「ちなみにずっとこうしてたら本当に暗闇になるよ」
アルスル「確かに!じゃあ進みましょう」ザッザッ
ルーデ「ちなみにおんぶしてくれないの?」
アルスル「なぜ?俺の体力が減る一方で、ルーデが楽をするという理不尽な話だな?」
ルーデ「うん、異種の草が怖くて足が動かないや」
アルスル「なら仕方がない!!!ほうーら、俺の背に乗りなさい」ヨイショ
ルーデ「…………」パァァ(持続回復魔法)
アルスル「おお~何だか全然疲れないなぁ。ルーデも軽いし、こりゃ楽々か?」
二人は順調に道を進んで行った。
……
薔薇「何だこれ」
アン「いやあ、良い旅だー」
薔薇「何のコントだよ。下手な芝居を!」
アン「馬鹿お前!じゃあ今回のテーマを言ってやる、『ユル~く楽しく旅をしよう!』だ!」
薔薇「どういう事?」
アン「実際の所、世界を旅したい、見て周りたいというのはかなりよくある願いだろう。難易度が高いのであって…」
アン「そこで!こうして物語で世界を旅しつつ…かといってキツイ旅をいきなりしたのでは《《先が思いやられる》》だろう。なので日常的な雰囲気で旅を楽しむというわけだ」
薔薇「はぇ~」
アン「ふん、どうせ『こんな喧しい男がいるか!』『こんな無口不思議ちゃんがいてたまるか!』等と思ってるんだろう?愚か者が!彼らの様な強烈な自我が、こうしてカタルシスを得られる様な旅をしてくれるわけだ」
薔薇「誰もそんな事言ってません」
アン「そして!この物語世界に描いて現れたのなら、それはいるんだよ!!!存在しているのだ!!!!!ここに!!!!!!!!」
薔薇「誰も言ってません」
アン「さあ薔薇様、アルスルとルーデの内面をより創っていこうか。結局の所、彼らがどういう関係を描くかがこの旅の主要な点なのだ」
薔薇「はい」
────
都市・チカーバ
アルスル「情報によると、チカーバは都会だ!物は何でも揃ってるし、人も多い!なんならここで冒険者の仲間を募ってもいいんだぞ」
ルーデ「いいね。雑用の従者を雇おう」
アルスル「今なんつった?まあいい、見たまえ!あれがチカーバのシンボル、風力発電をする巨大風車だ!」ビシッ
ルーデ「おおーでっかい」
アルスル「そうだろう。あれが都市全体にエネルギーを渡らせ、灯りや暖房になるのさ」
ルーデ「でも壊されてるね」
アルスル「うん…えっ?」
巨大風車「グシャグシャー」ボロッ
アルスル「な、な、ななな何でーー!?!?」
ルーデ「風車の残骸の上にこれまたでかい石像が立ってる」
アルスル「これは一体?ねえ町の者」
町人「あぁ?風車?やめろやめろ!そんな紛い物、もう口にもしたくないね!!」
アルスル「何を言ってる?」
町人「これからはセキゾウ様の時代だ!風車なんか動かさなくたって、セキゾウ様に祈りを捧げれば恩恵を授かれるのさ」
ルーデ「セキゾウ様…あの風車の上にある?」
町人「そう!こんな人工物に頼らず、神と自然に生きる、至極真っ当な形の生活がようやく戻ってきたのさ!」
……
宿屋
宿屋主「ゆうべはお楽しみになられますか?」ニヤニヤ
アルスル「ふん!!!」ドガァッ
宿屋主「へぼば!!」ガシャァン
ルーデ「どした?」
アルスル「いや、何か邪な気配を感じた。魔物との戦いで感覚が鋭敏になってるんだ。すまんな」
宿屋「……」ピクピク
ルーデ「とりあえずこれからどする?」
アルスル「ふむ…セキゾウ様の話は気になるが、とりあえず装備を整え、仲間を誘える酒場を見てみよう」
ルーデ「おー」
宿屋「…」ピクピク
アルスル「……部屋は勝手に取っておこう」
……
酒場
カランカラーン
マスター「いらっしゃい。何にするかね?」
アルスル「ああ、ここで仲間を募集できると聞いた。どんな奴がいるんだ?」
マスター「そりゃあ、力のある傭兵…博識な学者…色々持ってる商人…人各々さ」
ルーデ「一番最強の奴で頼む」
マスター「なんじゃそりゃ…相応に値段が張るぜ」
アルスル「ああ、魔王を倒せる位で頼む!何せ俺たちは勇者だからな!」
マスター「…………勇者?」
その時、店内が静まり返った……
「おいおい…」「何を言っちゃってんの…」「まさか…?」「今なんて…?」
マスター「君…どこから来た人だい?」
アルスル「ええ、デデルファ村です!」
マスター「え?…………」
プッ!
アハハハハハハハハハハハ!!!
「何だ、ど田舎じゃねーか!」「なーにが勇者だ!」「ちゃんちゃらおかしいわ!」「夢見がちボーイがよぉ」
アルスル「…?」
ルーデ「なぜ笑うんだい?」
マスター「…お兄さん、勇者なんて名乗れるのは大国の王に認められた、いわゆる一流の家筋さ」
マスター「例えば隣国のアーリヤハン…そのオルティガ様はアーリヤ軍の将軍さ。噂では、その腕だけで魔物の大群を滅せるという」
アルスル「へえ、凄い!」
マスター「…端的に言うとだな」
マスター「お前みたいな世間知らず恥知らずのガキが名乗っていい名じゃあねぇんだよーーーーッ!!!!!!てめえにやる酒も仲間もねぇーーーッ!!!!!」
アルスル「なっ、なんだぁーー!?」
ルーデ「…ウルサイ」ピッ
マスター「ぶっ!?、も、もがもが」(魔法で口を塞がれる)
「帰りな!あんちゃん!」「お子ちゃまには早い場所なんだよ!」「全く、お騒がせな話だ」
アルスル「くそ!何て気分の悪い店なんだ!問答無用で襲ってくる魔物の方がまだましだ!村でもこんなに馬鹿にされた事は無かった!」
ルーデ「そうだね。さっさと行こう」
アルスル「でも仲間は欲しい!」ヒシッ
ルーデ「いらないよ。実際の所、私がいれば」ガシッ
スタスタ…
「ふぅ…面白…ゲェッ!?」「何だ!?飯が全部不味くなってやがる!」「一体誰の仕業だ!何の魔法だ!?」オゲェェ
……
店の外
アルスル「やれやれだぜ」
ルーデ「じゃあもうこの村に用は無いから、セキゾウ様を壊したら先に進もう」
アルスル「何か今当たり前のように何か言わなかった?」
「もし…お二方…」
アルスル「ん?」
怪しい司祭「先程は…酷い仕打ちを受けましたね。気の毒な事です」
アルスル「全くだ!俺は過去16年間あんな奴らには会った事もない」
ルーデ「そりゃ会った事はない人達だったよ」
怪しい司祭「フフ…ですがそれも今だけの事。お二人はセキゾウ様の事をご存知ですね?」
アルスル「うん、さっき聞いた」
怪しい司祭「それなら!セキゾウ様に願えばよいのです」
アルスル「え?」
怪しい司祭「セキゾウ様は何でも願いを叶えてくれます!そう、例え『勇者の力を得たい』という願いでもね」
ルーデ「なんと」
アルスル「そりゃ凄い!じゃあセキゾウ様に仲間を集めてもらおう」
怪しい司祭「ゆ、勇者になるんではなく?」
アルスル「俺たちはもうルヴィス様から認められた勇者だ」
怪しい司祭「そうですか。では願いを叶えたければ……深夜にセキゾウ様の前までお越し下さい。灯りなどはつけずにね…」スタスタ
アルスル「何だか怪しい人だったが、良い人だな」
ルーデ「…そうだね」
……
────
薔薇「何か普通に話が始まってない?」
アン「そうだな、普通に始まっちゃってるな」
薔薇「私達、要る?」
アン「要るから!こっちが本筋だから!あいつらは物語の中の登場人物に過ぎないから!」
薔薇「さっきと言ってる事が違うじゃねぇか!」
アン「ああそうか……私達が現実の登場人物に過ぎなくて……彼らこそが物語の中で最も自由な存在だったのか……」
薔薇「変なこと言うなよ」
アン「まあこうなれば、私達もいつもの村に引っ込んでるわけにはいかないな」
薔薇「それはどういう?」
アン「恥を忍んで、我々も表舞台に上がるべきだろう!」
薔薇「それはどういう?」
アン「いやだから、登場人物になれば良いんだよ。そしたら色んな所行けるし、その都度何かと介入できるし」
薔薇「えぇ~そんなややこしくなりそうな…」
アン「なあに、出来ないならやめればいい。アダムとイブも、恥を忍んで全裸になれば良かったのさ!さあ行こう!」
続く