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第八話

◇◇◇



 こうして、ロミ・アフネル失踪()事件が幕を閉じた。そして、新しくロミ・アフネルドラゴン化事件が幕を開けた。



◇◇◇


 ドラゴンの時にカミーユが言ったことを思い出し、ロミの脈が僅かに早くなった。頰に手を当て、はにかみながら言う。


「カミーユ先輩、私のこと、褒めてくれましたね。可愛い、とか、愛嬌がある、とか。鳴き声が綺麗、とか。ドラゴン姿ですが、私、嬉しかったです。」


 カミーユに熱い視線を送るロミ。すると瞬く間にカミーユは赤面した。え!驚きに目を見開くロミ。彼は、青色の目を逸らしながら、ああ、と呟く。


「そうか、それも聞かれていたのか……。」


 あれは、ライト・ドラゴンに言っただけなんだが……。いや、どっちでも同じだな。と、彼は独り言に近い形で言った。


「忘れてくれ。」


 カミーユの様子に、ロミは胸が痛い程高鳴る。カミーユ先輩、照れてる!?そうよね、ドラゴンに言ってると思っていただろうし。まさか私だとは思ってなかっただろうし。本心だってことよね!ロミは、嬉しさとカミーユへのときめきで、どうしようもない程の歓喜が胸に溢れた。


 カミーユから目を逸らさないロミ。顔を逸らしたままのカミーユ。そんな言葉では言い表わすのことの出来ない空気の中、足音が響く。


 足音の主、エタンは、ロミ達を放置して、部屋の様子を窺った。彼は時々ロミに視線を向けながら、信じられないな、と呟く。更に家具を見ながらこれは酷いな。これは、魔法で直さないとダメかもしれないな、などと言った。


 そんな彼の様子を見て、ロミは徐々に冷静さを取り戻して来た。


 まだカミーユ先輩を見ていたいけど……。依然として顔に赤味が残る中、時々視線を注ぐカミーユ。そんな彼を横目に、彼女はエタンの方を見た。


 エタンは、僅かに眉間に皺を寄せたまま、首を横に振った。


「まだ信じられないが、部屋の惨状を見るに、受け入れるしかない。ライト・ドラゴンが消え、ロミが現れた。……ロミが、ライト・ドラゴンだった、と考えるしかないな。ドバリー、お前も見ていたんだろう?」


 自分に緑色の瞳を向けるエタンに、カミーユは神妙な顔付きで首を縦に振った。


「私は、ライト・ドラゴンと一緒にいた。……ロミ君で間違いないだろう。」


「そうです……。」


 

 ふと、ある疑問がもたげた。ロミは、部屋全体に視線を向ける。家の部屋の間の壁に穴が空き、大部屋となっている家。ロミは眉間に皺が寄るのを感じた。ドラゴンになったけど、普通ここまで穴が開く?もしかして……。ロミは鳥肌が立った。背中を冷たいものが流れる。私が寝ぼけて、身体を動かしたせいで壊れた、とか?ロミの頭の中で、白い尻尾が壁に当たり、バギ!と言う音が鳴った。


 ……あながち間違いではない気がする。


「ロミ君、どうした?」


「どうした、ロミ?」


 頭上から耳に入って来る声。それにはっと我に返るロミ。彼女が顔を上げると、カミーユとエタンが不思議そうに彼女を見ている。彼女は自身の眉が下がるのを感じた。彼女は一度口を閉ざした。言わなきゃダメなのかしら……。交互に二人に視線を送るが、彼等はじっと彼女を見ている。彼女は目を左右に彷徨かせた。数回口を開閉した後、拳を軽く握る。そして、二人の様子を窺いながら口を開いた。


「実は……。」


 ロミが話し終えてから、数拍置いてから、爆笑が響いた。ロミは声も出ず、口を開いたまま金縛りにあったように身体が固まった。暫くして、身体が小刻みに震えて来る。彼女は両手の拳を握り締めた。だから嫌だったのに!やっぱりこうなったー!


 カミーユはあははは、と半分笑いながら、ロミ君、ドラゴンだったんだから、仕方がないと思うぞ。と優しく声をかけた。緑の目の中では星が光っている。フォローされても複雑……。エタンは腹に手を当てながら、そうだ、ロミ、仕方がないって……。とところどころつっかえながら言

う。ロミは二人からふいっと視線を逸らした。


 ロミの機嫌が浮上するまで暫く時間を要した。すまない、悪い、と言われても、知りません!エタンさん、頭を撫でて来たって、ダメですよ!


 ……。


 カミーユ先輩、そんな目をしても……。飼い主に怒られたわんこみたい……。どうせならカミーユ先輩にも……。


 一瞬考えがぐらついた。しかし、ロミは頭を振って振り払う。今私は怒っているんです!ロミは一瞬エタンとカミーユの顔を見たが、すぐに逸らした。


 

 ロミの機嫌が直った後。

 

 三人は、再び考え込んだ。朝起きたら、何故かドラゴンになっていたロミ。ロミは前日に考えを巡らせたが、全く心当たりがない。


 昨日は、カミーユに告白され、振られてしまったことを思い出す。更に、男性達に揶揄われたことも。外の天気とは裏腹に心が曇り、すぐに頭を切り替える。


 後は、と思考を巡らせる。ぼんやりと今日の夢を思い出す。後は、せいぜい夢の中で、ドラゴンに勢い良く馬のように吹き飛ばされたくらいである。


 ロミはその場面を思い出して、顔を顰めた。「他人の恋路を邪魔する者は、馬に蹴られて死ね。」って言葉があるけど。私は邪魔した側じゃなく、デートを邪魔された側なのに……。しかもあのグリーン・ドラゴン、恋と言うより、カミーユ先輩と遊びたかっただけなんじゃないの?ロミの気分が陰る。何か、あんまり良い目に遭ってない……。ロミは俯き、小さく溜息を付いた。今日はまさかのドラゴンになっちゃうし。カミーユ先輩には振られるし。夢ではドラゴンにデートを邪魔されるし。まあ、ドラゴンになることはもうないだろうけど……。


 人間がモンスター、それもドラゴンになるなんて、前世でも今世でも、フィクションでしか聞いたことのない話である。魔法はあるが、モンスターはおろか、動物に変身した、と言う魔法さえ聞いたことがない。彼女は、エタンに視線を向けた。一応、聞いてみようかな。


「エタンさんは、聞いたことがありますか?」


 控えめに声をかけるロミに、エタンは重い動作で首を横に振った。


「いや、俺も、全く心当たりがない。人間が、モンスター、それも、ドラゴンになるなんて……。」


「そうですよね……。」


 エタンの言葉に、ロミの心に影が指す。彼女は肩を落とした。何でだろう……。



 ふと、エタンが柔らかい笑みを浮かべた。彼はロミに目を合わせ、穏やかな口調で言う。


「ライト・ドラゴン、俺も良く見てみたかったな。」


 優しい笑顔に、ロミはくすぐったいような軽やかな気持ちになった。


「エタンさんも、見てましたよね?」


「いや、光に包まれてたから、色と大きさしか分からなかったんだ。愛嬌があったなら、俺も見てかったな。」


「そうですか……。」


 ロミは自分の頰が熱くなるのを感じる。彼女は笑みを作って誤魔化した。



「それは残念だな。」


 カミーユは真剣な声で言った。それに、エタンが唸るように言う。


「ドバリー、良いよな、お前は見れて。」


 そんなエタンに、カミーユは胸を張って言った。


「そうだな。」



 それにしてもと、エタンはカミーユに視線を向けた。緑色の目はカミーユを訝しげに見ている。


「カミーユ、やけに大人しいな。ロミがドラゴンになった、と言ったら、もっと騒ぎそうなのに。どうしたんだ?気持ち悪い。」


 エタンは腕を摩りながら、気持ち悪い、と顔を歪めて言った。ロミはエタンの顔を見て、苦笑した。そして、カミーユの様子を窺った。


「確かに……。どうしたんですか?」


 カミーユ先輩ならもっと騒ぎそうだけど。二対の瞳に見つめられたカミーユは、視線を彷徨かせた。困ったような仕草である。どうしたのかな?ロミは首を傾ける。カミーユは視線を逸らしながら、くぐもった声で言った。


「いや。……でも、凄いな。ドラゴンになれるなんて。」


 穏やかな笑みを浮かべるカミーユ。その綺麗な笑顔に、ロミの鼓動が高鳴る。気分が舞い上がった。カミーユ先輩に褒められるなんて!彼女は笑顔を浮かべた。


「ありがとうございます!」



 ふとカミーユはロミが目を合わせた。真剣なその表情にロミは息を呑む。一瞬だけ脈が早く打った。


「ロミ君、ドラゴンに再びなることは出来るか?」


「え?」


 ロミは面喰らう。口からは素っ頓狂な声が出た。そんな彼女に、エタンからも視線が向けられる。


「確かに、それは気になるな。」


 青と緑に交互に視線を向けるロミ。彼女は自分の眉が下がっているのを感じた。背中を冷たい汗が伝う。そう言われても……。ロミは作り笑いを浮かべながら、震える声で尋ねた。


「ドラゴンになるって……、どうやってですか?」


「杖を振ってみたらどうだ?」


 提案したカミーユを一瞥し、エタンはやや考え込むような仕草をした。


「……念じるとか。」


 ええ……?外れない二人の視線。爛々と輝き、期待に満ちているカミーユの目。全然嬉しくない。カミーユの視線が向けられても、ロミは複雑な気分である。そうは言われても。彼女はベッドだったものから離れる。そして、パキ、と足音を立てながら机の傍に寄り、杖を手に取った。その傍のブレスレットが目に入るが、今は必要でないため、意識の端に追いやった。


 ロミは机の側に立つと、杖を片手に持ち、顔を伏せる。


 ドラゴンに戻りたい……!


 ドラゴンに変身する魔法など知らないので、ロミは顔を上げると、無心に杖を振った。


 えい!


 数拍置いて。杖先に一瞬白く淡い光が灯ったが、粒子どころか、何も出て来ない。数秒の沈黙。


 ロミの頰が燃えるように熱くなる。近くの二人を睨んだ。


「何も起きないじゃないですか!」


「やっぱりか。」


「残念だ……。是非見てみたかったんだが。」


 エタンは予想していた、と言わんばかりに頷く。カミーユは溜息混じりに、心底残念そうに呟いた。青の目はロミとロミの杖を交互に見ている。変化が起きないか、観察しているようである。

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