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第四話

◇◇◇



 カミーユに告白して、玉砕したその日の夜。ロミはゆったりとした素材の寝間着に身を包み、自宅のベッドに仰向けで横になっていた。シーツの上には赤い髪が広がっている。今日もダメだったな……。彼女は目を閉じ、俯いた。


 また今度、ドラゴン達の所へ行こうかな。

 

 彼女の脳裏に、慣れてくれたブラック・ドラゴン達、エタンを始めとする魔術師達の顔が思い浮かんだ。

 

 不意に、以前のエタンとの会話が脳裏に浮かんだ。



◆◆◆



「アフネル、君がドバリーに惚れているって言うのはって本当なのか?」


 カミーユに振られ、ブラック・ドラゴンを撫でつつ心を慰めていたロミ。そんな彼女にエタンは眉間に皺を寄せて聞いて来た。彼女は目を瞬くと、笑顔で頷く。


「はい。私、カミーユ先輩が好きなんです。」


 花でも飛ばしそうな雰囲気のロミ。そんな彼女に、エタンははあー、と大きなため息を付いた。そして、呆れか、哀れみのような何とも言えない目で彼女を見て来た。何?ロミの眉が下がる。


「アフネル。慈悲だ。あいつ……、ドバリーだけは止めておけ。……あの変人、ドバリーはドラゴンを嫁にしかねないやつだ。」


 見込みは薄い、とエタンは首を横に振りながら言う。そんな彼に、ロミは眉を吊り上げ、鋭い視線を向けた。


「そんなこと、分かりません!すぐではないかもしれませんが、いつかは……。私は諦めません!」


 ロミの胸の奥でキャンプファイアのような炎が燃え上がった。そんな彼女に、エタンは再びため息を付く。


「あいつでなければ、まだ俺も応援してやれるんだが……。」


 ロミはエタンの言葉を意識の外へ追い遣った。エタンさんが心配してくれるのは嬉しいけれど、私はくじけない!


 

 二人の会話が終わった後。カミーユの名前が出たからか、ブラック・ドラゴンが頭を下げ、エタンの顔を覗き込んだ。それに彼は眉間に皺を寄せる。


「あいつはいない。」


 エタンが低い声で言うと、ドラゴンは不満そうに尻尾で彼を振り払った。軽く吹っ飛ばされるエタン。近寄り、声をかけるロミ。


「エタンさん、大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。……おい!」


 エタンはロミに答えると、眉を吊り上げ、ドラゴンに怒った。しかし、ドラゴンは素知らぬ顔である。彼はため息を付いた。


 ロミは苦笑する。ドラゴンは普段世話をしているエタンや魔術師達に勿論懐いてるが、仕事関係等で見知った顔が来ると、そちらに興味が向くようである。特にカミーユ。ある意味甘えてるのでは、とロミは思っている。


 程々にしてあげてね。ロミがドラゴンを撫でると、彼は目を細めギャウ、と顔を擦り付ける。俺は吹き飛ばしたのに……、とじっとりとした目をこちらに向けるエタン。そんな彼に、背後から別のドラゴンが自分も構えと言わんばかりに顔を近づける。彼は顔を崩して笑い、ドラゴンを構い始めた。それにロミは笑ってしまった。


 

◆◆◆



 引っ張られるように意識が現実に戻る。ロミは上に視線を向けた。そうだよ。私は諦めない!彼女の心の中で熱い炎が燃え盛る。


 ロミは、左腕を上げ、手を広げた。花柄のブレスレットが目に入る。魔導電灯に照らされ、銀色に輝いている。彼女は横向きになり、胸の前でブレスレットを抱き締めた。横向きになったことで、少し離れた位置にある本棚が目に入る。研究関連のモンスター、特にドラゴンについての本が多い。彼女の脳裏に銀と青が思い浮かぶ。


 ロミは目を瞑り、カミーユと初めて会った時のことを思い出した。


 当時のことを思い出し、ロミは微笑む。彼女の胸が幸福感に包まれる。このままだと眠れなくなりそう。


 ロミは、頭を軽く振って頭の中からカミーユの顔を掻き消した。ブレスレットを近くのテーブルに置くと、魔導電球を消し、シーツを被った。


 おやすみなさい。


 

 その日の夜、ロミはカミーユとデートしている夢を見た。


 楽しんでいると、横から重い何が突っ込んで来る。ロミだけが吹き飛ばされた。身体が地面に叩きつけられる。彼女は意識が飛びそうになった。


「いたっ!」


 何?


 倒れていた身体を起き上がらせ、前を見ると、緑色の鱗を持ったグリーン・ドラゴンがいた。彼あるいは彼女は、痛がるロミに目をくれることもなく、カミーユを見ている。ドラゴンは機嫌良さそうに喉を鳴らす。


 カミーユは一度ロミに視線を向けたが、すぐにドラゴンに視線が戻った。ドラゴンを見る青い瞳は輝いている。見つめ合う彼とドラゴン。まさに二人──一人一匹の世界、と言った様子。直前まではカミーユの隣にいたが、今は一人蚊帳の外のロミ。


 ロミは雷に打たれたような衝撃を受け、絶句した。


 馬じゃなくて、ドラゴンに蹴られ、吹き飛ばされた……!?


 痛みとショックでロミは気が遠くなって行く。


 ドラゴンの当て馬は嫌だ……。


 カミーユ先輩……。ドラゴンだけじゃなく、私も見て……。



◇◇◇



 瞼の裏で何か──強い光を感じた気がした。



 ロミは目を覚ます。窓からは黄色い太陽の光が差し込んでいる。チチチ、と聞こえて来る鳥の高い鳴き声。ぼんやりとした意識の中、辺りを見回す。


 そして、ロミは目を見開いた。


 え?


 ロミが顔を上げると、白い天井がすぐ目に入って来る。目線が近い。


 ロミが周りに視線を向ける。その状況に、眩暈がしそうになった。


 嘘でしょ……!?


 部屋の家具が小さく感じた。部屋の様子に、ロミは開いた口が塞がらなかった。何故か家の部屋と部屋の間の壁に穴が空き、大きな一部屋となっている。家具も半壊している。棚からは物が飛び出し、床に散乱していた。


 たった一晩でこれ……!?


 下に視線を向けると、身体の下に僅かに見える隙間から乱れた白いシーツが見えた。彼女が寝転がっていたベッドは壊れている。


 ロミの口元から、声が漏れた。


──キュルルル


 澄んだ高い音が鳴る。


 ロミは現実逃避を止めることにした。彼女は自分の身体に視線を向ける。自分の身体の状況に、意識が遠くなりそうなのを彼女は何とか堪えた。


 青みがかった白──月白色の身体。表面に凹凸がある鱗。太い手足から伸びる鋭い爪。背から伸びる、巨大な翼。後ろにある長い尾。部屋を覆う位の大きさなので、性別関係なく、身体が小さい。


 横を見ると、黒い瞳に心なしか愛嬌のある顔が見える。部屋全体を満たす大きさの月白色のライト・ドラゴンが、鏡越しにこちらを見返していた。


 ……これ、私?嘘でしょ!?


 思わず口を開けると、鏡越しのドラゴンが口を開ける。鋭利な牙が覗いていた。


 何で、私が、ドラゴンに!?


──キュアアア


 不満に満ちた、人間のものでない鳴き声が辺りに響いた。


 いや、本当に。何で、朝目が覚めたら、ライト・ドラゴンになってるの!?


 感情と連動するように、尾がドス、と音を立てて床を軽く叩く。ミシ、と言う鈍い音が鳴った。



 暫くして、何とかロミは気分が落ち着いた。彼女は自分の──今はライト・ドラゴンとなってしまった身体を見る。身体は家全体を覆う程の大きさであるが、ドラゴンにしてはサイズが小型である。子供のドラゴンよりも数回りは小さい。カミーユが此処にいたら興奮していたであろう。


 手を動かすと、ロミの思うように動かすことが出来た。彼女は拳を握る。目線をやや上げると、机が目に入る。銀色のブレスレットや杖が机の上に置かれていた。そこで、彼女の頭の上に電球が光る。口が開いた。


 そうだ!ドラゴンと言えば!カミーユ先輩にエタンさん達!ロミの脳裏に、カミーユやエタンの顔が浮かぶ。


 ロミは杖を掴もうと白い前足──手を伸ばしたが、触れる直前であることが頭に浮かび、手を止めた。そして、静かに手を下ろす。


──キュルルル


 ロミは喉を鳴らしながら手を開閉させた。首を横に傾けて考える。心を覆う影。杖、握って大丈夫かな?壊しそう。彼女の頭の中で、太い前足に掴まれた杖はピシ、とヒビが入り、破片状に砕けてしまった。


 次に、ロミは首を伸ばした。手で出来ないなら、口で咥えようと思ったのである。どっちも難しいかもしれないけれど。杖に顔を近付ける。フー、と鼻息が出て、杖が転がり、落ちそうになる。ロミは急いで杖を口に咥える。加減したからか、杖は割れることなく、口に収まった。さて、と顔を上げたところで、彼女は口を小さく開けた状態で、氷のように硬直した。


 手じゃないし、どう杖を振ろう……!



 硬直が溶けた後、ロミは口で杖を振り、簡単に出来る危険信号を送った。相手は勿論、カミーユである。赤い光が壁を擦り抜け、空へ向かって飛んで行った。彼女は本当はエタンにも送りたかったのだが、カミーユから伝わるだろうと諦めたのである。


 今日は本当は仕事があるのだが、研究所にはとても行けない。危険信号を送ったのもあり、誰かが駆け付けてくれるだろう、とロミは考えた。


 口で何回も振るのは不安が大きく、ロミは首を机に向けて伸ばした。コト、と軽い音を立てて杖が置かれる。彼女はこれ以上家が荒れないように身体を伏せる。そして目を閉じ、耳を澄ませて人が来るのをじっと待った。

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