二話
カミーユの腕を掴み、ブラック・ドラゴンから離そうとする上級魔術師。恍惚とした表情でドラゴンを撫で回すカミーユ。もっと、と言うようにカミーユの手に頭を擦り付け、気持ち良さそうに喉を鳴らすブラック・ドラゴン。駆け寄るか迷っているようで、顔を見合わせている魔術師達。
そのカオスな光景に、ロミは失笑してしまった。何か、面白いな。ロミ達に視線を向け、近くに寄るように言うカミーユ。彼に促され、ロミ達はブラック・ドラゴンの元へ歩みを進めた。
カミーユは、ロミ達に少し離れたところで観察するように言った。
魔術師は、諦めたのか、ロミ達に紙を配った後、カミーユから数歩離れた位置で、彼と共に説明し出した。
ロミがしげしげとドラゴンを眺めていると、右隣に誰かが立ったのが分かった。彼女がそちらを見ると、カミーユであることが分かった。彼女はすぐに姿勢を正し、頭を下げる。彼は彼女を一瞥すると、ドラゴンに視線を向ける。彼女も視線を戻した。
「美しいだろう?」
「はい!」
ロミが首を縦に振ると、隣からのふ、と言う笑い声が耳に入った。彼女が盗み見すると、カミーユは笑みを浮かべていた。彼は青い瞳を彼女に向ける。
「君の名前は……、確かロミ・アフネル君だったかな?」
ロミの胸に温かいものが溢れる。もう私達の名前を覚えているのね。彼女は笑みを浮かべ、首を縦に振った。
「はい、合っています。ドバリー先輩。」
そんなロミに、カミーユは青い目を瞬かせると、首を横に傾けた。
「もう、私の名前を覚えているんだな。」
「はい!」
ロミは、すぐさま首を縦に振った。それは、そうだよ。美形だし。カミーユは、そうか、と青い目を細め、口元に笑みを浮かべる。ロミは、そんな彼に頭を下げた。
「これから頑張ります。よろしくお願いします!」
「ああ。」
最後に、ロミ達はブラック・ドラゴンに少し触れることが出来た。手袋越しの鱗は固く、ゴツゴツとした触感であった。
ドバリー先輩、美形だし研究には真面目そうだけど、ちょっと、かなり変わった人だな。主にドラゴンに対して。
これが、ロミのカミーユに対する第一印象である。
◇◇◇
ロミが研究所で働き始めてから暫くして。
休日、街を歩いている時、ロミはアクセサリー店を視界に捉えた。行ってみようかな。興味をそそられ、彼女はそちらへと足を向ける。扉を開けると、いらっしゃいませ、と明るい女性店員の挨拶が耳に入る。ロミは軽く頭を下げると、店内を回る。
ロミは店の中程で、足を止めた。あ、これ、良いな。彼女は商品を持ち上げ、しげしげと眺める。彼女は破顔した。少し高いけれど、買おう!彼女はそのままカウンターへ持って行った。
二日後。ロミは職場に左手の手首に花型の銀色に輝くブレスレットを付けて行った。カミーユに挨拶をした時、彼の目線が下に向いていることに気付いた。
「それ、買ったのか?」
きっとブレスレットのことだよね。ロミは見えやすいように腕を上げ、カミーユに笑顔を向ける。
「はい。この間、店で買いました。」
カミーユは、微笑を浮かべる。
「良いな。精巧で……。アフネル君に似合っている。」
その笑顔に、ロミの胸が轟く。何、そんな優しげな笑顔!ドラゴンにしか向けてるのを見たことないわ!彼女は自分の頰が熱を持つのが分かった。彼女は目線を逸らし、小さな声でボソボソと言う。
「よろしければ、売っているお店をお伝えしましょうか?」
カミーユは、その言葉に目を見開いた。前のめりになり、勢い良くロミに尋ねる。
「良いのか!?」
爛々と輝く、青い瞳。ロミは、カミーユのその勢いとその目にやや仰け反った。彼女は曖昧に笑いながら答える。
「ええ……。」
「ありがとう。」
ロミが購入した店を教えると、カミーユは紙にメモをした。そして、一つ頷き、ロミに向かって輝かしい笑顔を向ける。
「今度寄ってみる。ありがとう。」
「はい。」
ロミはカミーユに微笑んだ。こんなにドバリー先輩が喜ぶなんて。彼を見ていたら私も嬉しくなって来たわ。
次の週。ドバリー先輩が私に声をかけて来た。
「アフネル君。」
「何でしょうか?」
首を傾げるロミに、カミーユは微笑を浮かべる。
「私も、買ったんだ。」
「本当ですか!?」
カミーユは、ああ、と笑い、腕を上げた。彼の手元に見えるのは……。
「ドラゴン、ですか。」
「ああ。」
満面の笑みを浮かべるカミーユ。彼の手首にあるブレスレットは、ドラゴン柄であった。彼はこれを作った職人は腕が良い、と言った。そんな彼に、思わず吹き出してしまうロミ。本当に、ドラゴンが好きなんだ。カミーユは、不思議そうに青の瞳を彼女に向けた。
「何だ?」
「本当に好きなんですね、ドラゴン。」
カミーユは、ロミの言葉に、ああ、と笑顔を向けた。そんな彼を見て、気持ちが和み、笑顔が溢れた。
◇◇◇
ロミは初回以降、時々ブラック・ドラゴンの元に顔を出した。その際にカミーユと鉢合わせることが多い。彼はロミもドラゴンに興味があると知り、破顔した。何度か会う内に、魔術師達と打ち解けて来た。
ドラゴンは数体いるが、ロミは最初に会ったブラック・ドラゴンと接する機会が多い。餌をあげたり、世話をしたりしている。ドラゴン達はロミを見て警戒するものの、魔術師達やカミーユが宥めることによって落ち着いた。
後で聞いたところ、ドラゴン達の気が立っている時、魔法を使って落ち着かせているとのことである。ロミは教えて貰ったが、日常的に接しておらず、魔術師でもない人間がドラゴンに使用しても効果がない、と言われた。
ロミは勧められて試しに使用した。ロミが右手で杖を振ると、杖先に白い光が灯り、穏やかな金色の粒子混じりの風がドラゴンの方にサラサラと吹く。ロミは、自分の瞳が輝いてるのを感じていた。さっき見せて貰った時も思ったけれど、綺麗……!しかし、ドラゴンは怪訝そうに彼女を見下ろすだけであった。そんなドラゴンの様子に、ロミは苦笑する。確かに、意味なさそう。
上級魔術師はカミーユには悪態を付いていたが、ロミ一人の時は眉を顰める程度である。彼女が以前聞いてみたところ、彼はため息を吐いた。
「あいつよりはマシだ。」
カミーユは連絡もせずに前触れもなく来て、迷惑をしていると言う魔術師。ロミは苦笑した。今度、ドバリー先輩に声だけかけてみようかしら。魔術師に言うと、彼は目を見開く。腕を伸ばし、少し痛いくらいにロミの手を握った。目を瞬せる彼女に、彼は真剣な声で言う。
「よろしく頼む。」
数拍置いてから、ロミは頷いた。
「はい。」
こんなに真剣になるなんて……。言ったは良いものの、効果があるのかしら。ロミは遠い目になった。
数日後、ロミはカミーユに声をかけた。控えめに魔術師の言葉を告げると、彼は眉間に皺を寄せていた。そんな彼に、彼女は回数を減らすか前もって連絡した方が良い、と勧めた。考え込むカミーユに、ロミの同僚や先輩から援護の声が飛んだ。室長は沈黙したまま、彼女達の様子を見ているのが分かる。
カミーユはそんな彼等に視線を向け、最後にロミに視線を向けてから、小さく善処する、と答えた。それって、つまりやらないってことじゃ……。彼女は自分の眉が下がるのが分かった。
暫くして、ロミは魔術師とブラック・ドラゴンの元へ顔を出した。すると、魔術師は目を輝かせ彼女の元に駆け寄る。そして、ロミの手を握り、上下に振りながら、満面の笑みを浮かべて大きな声で言った。
「君のお陰だ!ドバリーが連絡するようになった。ありがとう!」
回数はあまり変わらないが、と言う魔術師。そんな彼に、ロミは、自分の眉が下がるのを感じた。私は何もしてないのに。そして、首を振る。
「いいえ、私は何も……。勧めただけですし。それに、先輩達も声をかけてました。」
「それでも、君のお陰だ。ありがとう、アフネル。」
そうなのかな……。ロミは、眉を下げて微笑む。と、同時に、むくむくと歓喜が湧き上がって来た。ドバリー先輩!聞いてくれたんだ!ロミは笑顔を浮かべた。