表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/6

一話

 朝目が覚めると、家の部屋の間の壁に穴が空き、一つの大部屋となっていた。


 嘘でしょ……!?


「ロミ君、何処だ!?」


 更に、職場の先輩であり想い人である、カミーユ先輩が私を探している声が聞こえる。


 私は、それに応えようと、口を動かした。


──キュルルル


 口から出たのは、声にもならない、澄んだ高い音だった。


 ……いや、色々と無理があるでしょ。



◇◇◇



 最期に私が覚えているのは、周囲の人の大きな叫び声と、強張った顔。そして横から迫る眩しいくらいに強い車のライトだった。



◇◇◇



 次に目が覚めた時、私は見覚えのない五歳の女の子になっていた。白いベッドの上で叫び声を上げる少女に、周りの人々は慌てて駆け寄って来た。どうしたのかと声をかける父親らしき男性。大丈夫か、熱でもあるのかと額に手を当てる母親らしき女性。ベッドを覗き込む少年、少女達。後で彼女の兄妹と分かった。


 何日か経った後。少女が窓から外を見ると、外には見たことのない生き物達。家の中に目を向けると、杖を振り、不思議な力──魔法を扱う両親達。


 彼女は、ロミと言う少女として、異世界に生まれ、前世の記憶を思い出したのだと理解した。


 ロミは最初は現状をすぐに受け入れることが出来なかった。元の世界や家族を思い出し、塞ぎ込み涙を流す日々。しかし、頭を撫でたり声をかけてくれる家族の支えもあり、徐々に受け入れることが出来たのである。笑顔が戻った彼女を見て、家族は顔を見合わせる。そして安堵したように笑あ合った。


 ロミは、自分を励ます家族の姿を見て、この世界で生きていこう、と決意した。



◇◇◇



 十八歳の平均より背が低い女性、ロミ・アフネルは、何人かの同年代の者達と共に並んで立っていた。体型に合った白衣を着ていて、赤のミディアムボブの髪からは、黒い瞳が覗いている。今日は同期と共に王都にある王宮管轄研究所の研究室に配属される日である。彼女は今後への期待に胸に膨らませていた。モンスターについての研究室に配属されることになり、挨拶をした。室長の挨拶が終わった後、他の研究者の挨拶にて。銀髪の背が高いカミーユ・ドバリーと名乗った男性に、女性陣の視線が集中していた。


 カミーユはロミより幾つか年上のようである。周りと同じように白衣を纏っていて、男性でありながらも目を引く顔立ちをしている。


 カミーユはロミ達に視線を向け、銀色の眼鏡から覗く青い目を細める。そして、ある質問をした。低い聴き心地の良い声がロミの耳に入って来る。


「君達は、ドラゴンを見たことがあるかな?」


 ロミは同期と目を合わせる。皆が彼女と同じように、首を傾けていた。彼等と前を向く。同期の男性一人が代表で声を上げた。


「自分は、見たことがありません!」


 カミーユは顔を伏せ、ため息を吐き、そうか、と小声で言う。ロミには彼が落胆しているように見えた。


「私は、研究所に配属される前に、見たことがある。」


 その言葉に、目を見開き、息を呑むロミ。今世でも図鑑でしか見たことのないドラゴンを!?ロミ達は、身を乗り出した。


 そんなロミ達に、カミーユは目を細め、ふ、と笑いを漏らした。


「君達も、一度は見た方が良い。」


 え!?


 顔を見合わせる同期達を他所に、カミーユは室長に何事か囁いた。


 そして説明会が終わった後、カミーユはロミ達に声をかける。顔を見合わせるロミ達に背を向け、彼は研究室の扉へ向かった。そして、ギィ、と音を立て木製の扉を開けると、こちらに目を向ける。そして、自分に着いて来るようにと言った。ロミは同期達と目を合わせる。彼女は周りと同じように自分の目が輝いているのが分かった。そして、彼女達は早足でカミーユの後に続いて外へ向かった。


 カミーユは、近くの魔術師団の元へ向かった。建物に入ると、彼を見かけて顔を強張らせるローブを着た魔術師達。一人の上級と思われる平均的な身長の魔術師の男性が前に出て来る。黒髪の彼は緑色の瞳で左右に視線を巡らせると、眉を寄せる。そして、カミーユに鋭い視線を向けた。


「ドバリー、お前だけか?……聞いていないぞ。」


 低い声で尋ねる上級魔術師。その様は、毛を逆立てる動物のようだった。険悪な仲だと分かる。その様を意に関せずに答えるカミーユ。


「エタン。室長から、言われたんだ。急遽私だけになった。」


「何だと!?」


 エタンと呼ばれた上級魔術師は眉を吊り上げ、大きな声を上げる。そして、顔を伏せ、小声で最悪だ、と呟いた。


「……今日は、新人にドラゴンを見せに来たんだ。」


「知っている。」


 顔を上げたエタンは、くぐもった声で言った。そして彼は眉間に皺を寄せたまま、ロミ達を一瞥する。その視線に、彼女達は背筋を伸ばした。そして、彼はカミーユに視線を戻し、他の魔術師達に視線を向け、道を空けるように促した。エタンさん、良いんですか?と尋ねる彼等に、エタンは首を縦に振った。


「仕方がない。」


 エタンは、眉を吊り上げると、カミーユに睨みをきかせた。


「俺が案内してやる。……余計なことをするな。良いな?」


 その言葉に、カミーユは青い瞳をふっと緩め、口元に笑みを浮かべた。


「助かる。」


 エタンは、不本意だと言わんばかりに顔を背けた。


「たとえ槍が降ろうとも、お前のためじゃない。」


 エタンは、ロミ達に視線を向ける。彼女達への目線に鋭さは籠っていない。彼は目を細める。


「君達も、ドバリーの後に付いて来るんだ。」


 ロミ達が返事をすると、彼は彼女達に背を向けて先導した。彼は、エタン・ドルアレクと名乗った。ロミは、先程までの説明会を振り返った。だから、説明会の最後にドラゴンについて勉強したんだ。



 建物を進んだ先。奥にある、他の魔術師達もいる庭の緑の上にて。


「うおー!」


「凄い……!」


「大きいわね……!」


 凄い……!ロミは、目の前の光景に目を奪われる。同期達と同じように声を上げた。


 ロミ達を案内したエタンの隣。


 巨大な翼、黒い鱗に覆われた胴体、太い手足、鋭い爪。


 大型モンスターであるブラック・ドラゴンが、鋭い目付きでロミ達を見下ろしていた。


 ブラック・ドラゴンから肩が重くなるような威圧感と、巨大な魔力を感じる。畏怖だけでなく、目を奪われるような魅力を持っていた。


 言葉をなくし、口を開けてブラック・ドラゴンに魅入るロミ達。そんな彼女達の目線の先にて。カミーユはドラゴンの元へ歩みを進める。すぐさまドラゴンの横から鋭い制止の声が飛ぶ。


「ドバリー、それ以上近付くな!」


 ロミは、身を硬くした。カミーユは、ブラック・ドラゴンの手前で歩みを止める。


「分かった。……残念だ。」


 カミーユは、そう言って肩を竦めた。そんな彼に、ブラック・ドラゴンの喉からグルルル……、と唸る音が聞こえる。ロミは自分の眉が下がるのが分かった。ドバリー先輩、大丈夫かな……。カミーユはドラゴンに目を細め柔らかな眼差しを向けると、ロミ達の方に身体を向けた。


「良く見てみなさい。勇ましく、美しいだろう?」


「はい!」


 ロミは無言で周りの同期と同じように、勢い良く首を縦に振った。本当に、凛々しいし、綺麗……!それを見て、カミーユは破顔した。


「私は、ドラゴン以上に心を奪われるものに出会ったことがない。」


 初めて遭遇した時から、ドラゴンの虜だと言うカミーユ。


 彼の嬉しそうな、綺麗な、子供のような顔に、私達、特に女性達は目を奪われた。


 カミーユが言うには、ブラック・ドラゴンの気が立っていたのは、見知らぬ人間が多かったから、と言うことである。エタンや他の魔術師達は沈黙していたが、肯定したも同然である。


「触れても良いかい?」

 

 カミーユがブラック・ドラゴンに優しく声をかける。


 ブラック・ドラゴンは、暫くカミーユを穴が空く程見つめていた。しかし、やがて視線を和らげ、ギャウ、と鳴いた。そして、首を下げ、彼の手を受け入れた。


 エタンはカミーユの元へ駆け寄り、離そうとする。


「おい、ドバリー。離れろ!」


 カミーユはエタンを一瞥すると、再びブラック・ドラゴンに視線を向けた。今度は両手で撫で始める。その目は慈愛に満ちていた。


「そうは言っても、彼は私の手に頭を擦り付けているが?」


 ロミはブラック・ドラゴンに視線を向けた。この子はオスなのね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ