第九話。極楽鳥らしいです。
──一体、私はどうしたら……
「……エリス、いる? そろそろお昼ご飯の時間だけど……」
食堂の片付けを終えた後、エリスの部屋の扉を叩いた。
「マナですか……先程食事を終えたばかりなので今は大丈夫です」──今は誰とも会いたくない……
「……じゃあ、夜はどうする? 美味しい料理を用意するよ?」
「すみません、大丈夫です。食べなくてもいいように訓練をしているので」
拒絶の意思を示すエリスに、あたしはそれ以上声を掛けられなかった。
「なにかあったら、いつでも言いに来てね」
「ありがとう……マナ……」──あのような姿を見せても、あなたは心配してくれるのですね。
「大丈夫だよ、友達じゃない」
「友達……」──それなら、もし……いえ、これはマナに迷惑が掛かりますね……
エリスは何かを思い詰めているようだが、こちらから聞き出すわけにはいかない。あたしが心を読めるとわかったら、エリスは心を閉ざしてしまうだろう。今まで出会ってきた人たちは、皆そうだった。
だから、あたしはずっと人を遠ざけてきた。きっと、これからも遠ざけ続ける。
(あたしが変わらなければ……ずっと、孤独のまま)
さっき、あたしは会話に加われなくて、悔しい思いをした。エリスは友達だ。建前かもしれないけど、友達になったのだ。
「あのさっ、エリス!」
思ったより大きな言葉が出てしまった。少し恥ずかしい。
「ど、どうしたのマナ?」──び、びっくりした。
「こ、今夜二人で話さない? あたし、エリスのことを知りたい。ほら、友達だしさ……」
──マナ……
あたしの言葉にエリスは少し黙った。──そうね、マナになら打ち明けてもいいかも。
「わかったわ、それじゃあ今日の夜にお話しをしましょ? 場所は、あたしの部屋でもいい?」──多分、夜は部屋から出られないしね。
「……うん!」
エリスと約束をして、あたしの胸は晴れやかになった。
「じゃあね、エリス」
「うん、マナ。また夜に……」──いずれ知るなら早い方がいいわよね。
マナの声を後ろに聞きながら、あたしは扉の前を離れた。
(今から夜まで何をしたらいいだろう?)
今日の仕事は一通り終わらせてしまっている。エリスが晩ご飯を食べないなら、特に今はすることがない。
(あ、そういえば、あの鳥どうなったんだろ……)
魔王様が変な鳥を連れてきたことを思い出す。そのまま放置してたけど、逃げ出していないだろうか?
(一応、飼育係でもあるしね……)
あたしは教会の外に確認しに行くことにした。
「コケ!」──遅い!
「あ、すみません……ってなんであたしが鳥に謝らなきゃいけないんだ!」
教会を出ると、ふてぶてしく鳥が座っていた。
「コケッコ!」──鳥やない! アテはコケッコや!
「はいはい、コケッコさんね。覚えたわ」(名前があるんだ……)
「コケ!」──飯!
「はいはい、飼育係ですからね……じゃあ何食べる?」
「コケケ!」──美味い飯!
「それ、答えになってないんだよね……とりあえず、キッチンでトレントリーフ持ってくるけど、いいよね?」
「コケコ!」──なんでもいい!
「それ、一番困るやつなんですけどぉ!」
あたしは鳥に文句を言いながら、キッチンに餌を取りにいき、トレントリーフを刻んで鳥に与えた。
「コケッ! コココ!」──うまっ! お嬢ちゃん、料理うまいなぁ!
「……どういたしまして」(刻んだだけなんだけど)
「コーコケッコ」──ふーお腹いっぱいになったわ。で、お嬢ちゃん、なんや吹っ切れた顔になったな。なんかあったんか?
「いや、ちょっとエリスとね……あ、エリスって言われてもわからないか」
「コケー」──あれやろ、聖女様やろ? いやー、なんや魔王様が不貞腐れた顔で教会から出てきたからな、なんかあったんかと思ったんや。
「コケー、に対して心の声多すぎない?」
「コケッ!」──しゃーないやろ、魔物なんやから! まぁ、アテから言えるのはお嬢ちゃんはもっと人を信用した方がええな。うん、鳥の勘がそう告げてるわ。
「ふふっ、初めて聞いたんだけど、そんなの」
この鳥が変なことを話すもんで思わず笑ってしまった。周りから見れば、あたしは異常者に違いない。
「コケッコ!」──ええ顏になったな。そや、お嬢ちゃんにこれやろ!
「なにこれ?」
鳥が自身の羽を一枚千切り、あたしに渡してくる。それを受け取って羽を見てみた。
特に、なんの変わり映えもない鳥の羽だ。
「コケコ!」──極楽鳥の羽や! お守り替わりにもっとき! いいことあるさかいな!
「え、極楽鳥って、あの?」
「コケ!」──そやで!
実物を見たのは初めてだ。……ん? ということは、こいつを丸刈りにすれば、ふわふわ羽毛布団が……
「コケ……」──なんや、今身震いしたわ。まぁ、これからはいいことあるさかい、前を向くんやで! ほな!
そう言いながら、極楽鳥は森の中へと消えていった。
(……ありがとう)
あたしは、極楽鳥の羽をメイド服の胸ポケットにしまい、教会の中へと戻った。