表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/11

第八話。シュークリームパーティー、そして。


……魔王様がシュークリームを持って入ってきたのは、そこから少し経ってからだった。


「聖女よ、待たせたな! 今……余の手料理を振舞おうぞ!」──いつものクセで今、快楽の底に溺れさせてやると言いそうになったぞ! これか、我の悪い癖と言うのは!

 魔王様はにっこりと笑いながら、食堂にあるテーブルの上にシュークリームが一杯乗った皿を置き始めた。

(魔王様、えらいっ! ちゃんとあたしのアドバイスを守ってくれてる!)

 これが、母親の気持ちというものだろうか。魔王様の成長に感動をして泣きそうになった。

「魔王が……これを……?」──これが、シュークリーム……名前は聞いたことがありますが……見たのは初めてです……

「ククク、驚いたか。なぜ我が人間界の食べ物を作れるのかを……それは、長い話になる……あれは……そう、今から……」──あの頃は、そう……まだ我が……

「あっ、魔王様、その話はいいです。ほら、エリス食べよ?」

「は、はい……」──とは言ってもどう食べたらいいのかしら? わ、柔らかい!

 エリスは、ふわふわの生地のシュークリームを手に持ち、じーっと見つめている。

「かぶりついて食べたらいいよ。それか、生地をちぎってクリームに付けて食べるかだね」

「わ、わかりました!」──かぶりつくのははしたないかしら。

「魔王様いただきます! んー! 美味しい!」(やっぱり、このサクサクの生地は最高!)

「そうだろう! ククク、聖女も食べてみるがいい!」

 ──マナはかぶりついて食べてますね……あっちの方が美味しそう。

 エリスは、シュークリームにかぶりついた。中からクリームが飛び出て、エリスの頬っぺたにくっつく。それでも、エリスは目を輝かせた。

「うっ、まぶしっ!」

 それまで体から薄っすらでていた聖気が一気に食堂に広がった。眩しいくらいだ。

 ──なにこれぇ……あまぁい……

 そこから、夢中になって一口、二口と口の中に入れていく。クリームで口の周りが汚れるのも気にせず。あたしは食べかけのシュークリームを皿に置き、布を用意する。

「エリス、口の周りが汚れてるよ」

「あっ」──私ったら、なんとはしたない……私が自我を無くすなんて、これは悪魔の食べ物……

「ククク、聖女よ。良い食べっぷりだ! それでこそ、スイーツを作ったかいがあるというものよ! フフフ、フハハハハハ!」──よかった、どうやら口に合ったようだな。

 魔王様の優しい心の声が聞こえてくる。エリスは、魔王の姿を見て、呆けた顔をしていた。

 ──マナの言った通りだわ。魔王って思ったより優しいのかも? 邪悪な笑いだけど。

(それについてはエリスに同意!)

 もっと爽やかな笑い方をすれば、誤解されないと思うのだけど、魔王様の笑い方、通称魔王笑いはもうクセで直せないのだそうだ。

「どうした、もっと食べるがよい、今日は聖女……そなたの歓迎会なのだからな!」

(そうだったの⁉)

 あたしが驚いた。そんなことは心で言ってなかった……って、魔王……目をぱちぱちしてる。とっさに理由を付けたな、これ。

「そ、そうだったのですね……私の歓迎会……」──魔王に歓迎されるってなんかちょっと嫌だけど……

「そうだ!」──ククク、こう言っておけば喜ぶであろう。

(今決めたくせに、よくもそんな堂々と)

「それなら、これを食べきらなきゃダメですね……」──かなりの量があるけど、これならいけそうです……

(いえ、食べきる必要は……)

「そうだ!」──食いっぷりがいい女は好きだぞ!

(あんたも、そうだ! じゃないよ! 美味しそうに食べてるエリスが見たいだけでしょうが! まぁ、二人とも楽しそうでよかったけど……)

 シュークリームにかぶりつき、ほっぺたに白いクリームを付けて微笑むエリスを見ていると、心が温かくなる気がした。

 ──ああ、本当に美味しい。これを一緒にハルト様と食べたかったなぁ……さすがに、勇者を魔王に会わせるわけにはいかないし……

「勇者⁉」

(あ、まずい。言葉にしちゃった)

「マナ、どうしたのです?」──いきなり、ハルト様のことを叫んでどうしたのかしら?

「マナよ、その名前を出すな。あの者の名前を聞くと虫唾が走る!」──どうしたのだ、マナ。なにがあった。

「あ、いえ、その……すみません……」

「魔王、その言い方はないでしょう? ……それとも、勇者が怖いのですか?」──ハルト様が来てくれれば、きっと魔王を……ああ、ハルト様……

 エリスの心の声は、恋する乙女のように聞こえた。ああ、やっぱり……


(エリスは勇者のことが好きなんだ……)


 それは、魔王様が失恋をしたことを意味する。しかも、勇者を相手に。

「ククク、我があの男を怖がるだと? 聖女よ、おかしなことを言うものだな」──今のあやつでは万に一つも勝ち目はあるまい。

「勇者に勝つために私をさらったのではないですか?」──きっと、そうに違いない。そうでなくてはおかしい。魔王が、こんなに優しいなんておかしい!

「違う! 我はお前を助けるために!」──だから、無理をして我は……

「助ける? 貴方は一体何を言ってるのですか?」──まさか、私の状態を知っているの? もしそうなら、ここには……

「二人ともやめてください! エリス、とりあえずシュークリームを食べましょう! 美味しいですよこれ!」

「大丈夫です、沢山いただきましたから。ご馳走様です」──ありがとう、マナ……ごめんなさい。

(エリス……なんでごめんなさいなの? あなたは何を抱えているの?)

 ここでは、あたしだけが蚊帳の外だ。二人が知らない人のように感じられ、少しだけ寂しくなった。

「そう……ですか……」

「マナ、我は少し出かけて来る。後は頼む」──少し、いらぬことを言い過ぎた。頭を冷やさねばな。

「はい……」

 二人は食堂から出ていく。扉の閉まる音が食堂に響き渡った。

後にはあたし一人と、山盛りになったシュークリームが残されていた。あたしは、その一つを手に取り口にほおばる。

……あれだけ美味しかったはずのシュークリームの味がぼやけてしまったような感じがした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ