第七話。説得をします!
(スイーツ、スイーツ、今日はなんのスイーツかなぁ!)
今日は魔王様のスイーツが食べられると聞いて気分がいい。魔王様のスイーツは色々レパートリーがあるらしい。今日はその魔王印スイーツのどれが選ばれるのか、非常に興味があった。
──ふむ、どうするか。やはりマナを呼ぶべきか?
(あれ、魔王様?)
あたしが教会の扉を開こうとすると、魔王様の心の声が聞こえてきた。
扉を開けて中を覗いてみると、魔王様が教会の中でうろうろしている。エリスと話せたのだろうか?
「あの、魔王様……どうしました?」
「おお、マナか! いや、なに。聖女から部屋の前で門前払いを食らってな。どうしたらいいものかと立ち往生しておったのだ」──ククク、照れなくてもよいのにな。
「そうですか、あたしが声を掛けてみましょうか?」
「頼む、成功した暁にはお主にもスイーツをやろう」──まぁ、マナにはこれから頑張ってもらわねばならぬからな。特別に褒美をくれてやってもいい。
「お任せください‼」
魔王様との約束に俄然やる気が出た。
あたしは魔王様を連れてエリスの部屋の前に行き、部屋の扉を二回ノックした。
「……マナ?」──魔王じゃないわよね?
(うわ、警戒してる。そりゃ、いきなり魔王が自分の部屋をノックしてきたら警戒もするか)
「うん、あたしだけど、後ろに魔王様もいる」
──やっぱり……魔王、私に何の用なの? いきなり扉を叩くなり、聖女よ! 堕落という物を教えてやる! とか言い始めるし……一体何なの?
「魔王様……」
「む、どうした?」──何かいけなかったか?
(そんな誘い文句でつられる女の子がいるか! 魔王様は乙女心を知らなすぎ!)
少しだけ魔王様を睨む。この人、自分の魅力に自身がありすぎて、女ならば誰でも自分が好きになると思っているらしい。それはおかしい、それならあたしが好きになっているはずだ。
「魔王様は少しだけ黙っていてください。あたしがエリスを部屋から出しますので」
「ほほう、大きく出たな。よかろう、見せてもらおうじゃないか」──これは見ものだな。
後ろで腕を組んでふんぞり返っている魔王様を放置して、あたしはエリスに話しかける。
「あのね、エリス。聞いてほしいことがあるの……」
「……なに?」──一応聞いてあげるわ。でも、変なことを言ったらマナでも怒るわよ。
「今から魔王様がねスイーツを作るんだって」
「……スイーツ?」──スイーツって、あの? なんで魔王がスイーツを作るのよ?
「それはね、生地がサクサクで、中にたっぷりの生クリームが入ってるシュークリームなの。一緒に食べない?」
──別にシュークリームと決まったわけではないが……まぁ、よかろう! この前は生地をサクサクの食感のにしたが、今度はふわふわの物も用意してやってもよい!
「……さくさく、たっぷり」──美味しそう……はっ、でも魔王が作るなんてそんなもの食べられるわけないわ! きっと、毒でも入れられるのがオチよ!
「エリス、今ふわふわ食感の生地も追加されることが決まったわ……」
「ふわふわ……」──どんな食感なのかしら……
「エリス、あたしの料理の腕を知ってるよね? 魔王様のシュークリームをね、一回食べたことあるけどね、スイーツだけはあたしでも勝てないわ」
「マナでも⁉」──なんで魔王がスイーツ作り得意なのよ⁉
「あたしが食べたいの! ね、一緒に食べましょ?」
「……仕方ないわね、マナの顔を立ててあげるわ」──おお、神よ。申し訳ありません。エリスは魔王の作るスイーツを食します……
「ククク、交渉はうまくいったようだな、今より余のとりこにしてくれる!」──フハハ、シュークリームパーティーの開催といこうぞ!
「あの、魔王様、一言いいですか?」
「いいぞ」──む、どうした。
「その言葉遣いってわざとですか?」
「……言ってる意味がよくわからんが」──どういう意味だ?
(あ、だめだこれ。本当に理解してないやつだ)
「えっとですね、魔王様の発言は誤解されやすいです」
「ほう、誤解とな」──それがどうしたというのだ。
「聖女様は、その言葉遣いが嫌いです。直しましょう」
「なぬ⁉ もしや、部屋から出なかったのはそれが原因か!」──嘘だと言ってくれ!
(いや、それはアナタが魔王だからですけど。まぁ、勘違いさせておいた方が楽か)
「そうです! 魔王様の言葉遣いが原因です!」
「そ、そうだったのか……ククク……」──そうか、仕方あるまい。直すとしよう……どう直せばいいかまったくわからんがな! ククク、クハハハハ……
(あ、笑い声に元気がない。ショック受けてる魔王様って珍しいな)
それほど魔王様がエリスにお熱ということだ。魔王様の意外な一面を知れて、なんとなく嬉しくなった。
「マナ、アドバイスの礼をやろう。今から極上のスイーツを用意してやる。食堂で待っておけ」──すぐに作ってやる。
「あの、魔王様……食堂はどこに?」
──まだ知らぬのか……「この奥に見えるだろう」
魔王様はアゴをくいっと動かし、廊下の奥にある部屋を指した。
「あの部屋で聖女と待っておけ」──フフフ、久々のスイーツ作りだ。腕が鳴る!
「はい! 楽しみにしてますね!」
「……マナのそんな良い笑顔を見るのは久しぶりだな」──これからたまに作ってやるとするか。余は寛大だからな!
そう心の声を残しながら、魔王様はキッチンへと向かっていった。
「エリス、魔王様はキッチンに向ったよ。食堂に行きましょ」
あたしが、部屋の中にいるエリスに声を掛けると、恐る恐ると言った感じでエリスが部屋から出てきた。
「マナ……本当に大丈夫なの? あの魔王よ?」──魔王のせいで、どれだけ人間軍に被害が出たことか……
「大丈夫、ああ見えてね、魔王様って優しいのよ」(まぁ……自分の好きな人限定だけど)
魔王様が人間軍と戦っている理由はよくわからない。聞こうとしたこともなかった。
ただ、そういう物なんだと受け入れていた。別に戦争を止めたいとも思わない。人類には、嫌なやつが多いことを知っているから。
「エリスは、もう少し魔王様を知るべきね。せっかく魔王に近づけるチャンスなんだから、色々話してみるといいんじゃないかな?」
「……そうね、そうしてみるわ」──私を殺すなら、とっくの前にしているはず。命の危険はないはずよね。貞操の危険はあるかもしれないけど……
(そっちもないかなぁ……魔王様、ああ見えてロマンチストだしね……)
あたしも人間界に居た頃は、魔王が残虐非道な存在だと思っていた。だから、実際に会ってみて呆気にとられたものだ。
魔王様が残虐な魔族なら、あたしはここにいない。まぁ、あたしの能力に使い道があるから生かしてもらっているだけかもしれないけど、今のところそういう素振りを見せたことがない。だから、安心できる。
「まぁ、二人が好きなあたしとしては、早く仲良くなってもらいたいと思ってるよ」
(そうすれば、仕事も終わるしね……って、よく考えればどうなんだろ? もしかして、エリスが后になったら世話係も継続になるんじゃ? 後でしっかり魔王様に聞いておかないと……)
「わかりました……マナがそういうのなら……」──今の私はかごの中の鳥……生きられるためなら魔王とも仲良くしなければ……ハルト様、早く助けに来てくださいませ。
(またハルト様……一体誰なんだろ?)
エリスの心の中に一人の男性の姿が見える。それが一体誰なのかはわからない。
(まさか……エリスの好きな人?)
背筋が冷たくなる感覚がする。もしエリスの心に想い人がいるのなら魔王様の恋心に勝ち目はない。その場合、魔王様がどのような行動を取るかわからない。
(もしかすると……その男を殺しに行くかもね……)
あり得る未来ではある。ある……が、未来はまだわからない。そのハルトって人を殺してしまえば、多分エリスは落ち込む。せっかく仲良くなれたのだから、彼女には死んで欲しくない。
(あたしがなんとかするしかないか……)
心を読めるあたしが、二人の心をいい感じに操作していくしかない……そんなこと、やったことがないから出来るかわからないけども、やってみよう。
そこまで考えて、ふと思った。あたしが大切にしたい人の中にエリスが入っていることに。あれだけ人間が嫌いだったあたしが、エリスのことは大切にしたいと思っている。
(なんでだろう。温かい心を持つ人だからかな?)
「マナ、どうしたのですか?」──急に立ち止まって。
「いや、なんでもない。食堂の場所は廊下の突き当りだって、行ってみよ」
「はい!」──マナと一緒なら安心だわ。
そして、あたし達は食堂へと向かった。