第六話、お仕事をします!
そこからあたしはバリバリと仕事をこなした。
まずは、食事の仕込みから。りんごを使った天然酵母を作る。これは仕込んだ後、使えるまでに日にちがかかるので、先に終わらせておきたい。とりあえず、今日はぬるま湯とリンゴを瓶に入れ、砂糖を加えて密閉させるところから始めた。
「これでよしっ!」
完成した物をキッチンに置き、次は草刈りにかかることにした。
(あれ、そういや斧がない……あー、そう言えば……城に置いてきたままだ)
今日の朝、魔王様に投げたまま放置したままだった。また魔王様に頼んで持ってきてもらおう。
(仕方ない、今日は魔法を使ってみるか。うまくいくか不安だけど……)
「風よ、巻き起これ!」
指先から少し魔力を出して風を起こす。魔王城で生活している間、魔王様が暇な時間を見て、あたしに色々と魔法を教えてくれた。
だが、コントロールがうまくいかない。風は勢いが強く、余波であたしのスカートをめくりあげてきた。
「って、それはダメ! 止まって、止まってってば!」
魔力に栓をするイメージでようやく風は収まった。辺りには刈り取られた草が散乱している。それを見て、苦笑いが浮かぶ。慣れないことはするものじゃない。
(魔王様なら、こんなのすぐに終わらせるんだけどな……)
──聖女よ! 今、余が帰ってきたぞ! ククク、これではまさに新婚生活のようではないか! クハハハハ! 少しばかり気が早いか! なぁに、すぐに堕としてみせるさ。余の魅力さえあれば、聖女の心などいちころよ! フフフ、フハハハハ!
想像していたら、魔王様の心の声が聞こえてきた。どうやら、帰ってきたみたいだ。
「魔王様、お帰りなさいませ」
「うむ、マナよ大儀ご苦労であった!」──ふむ、庭の手入れをしているのか。結構結構。ふはは、余の建てた教会が更に美しくなるな!
「コケー!」──はよ降ろさんかい!
(なんか手に持ってる……)
魔王様は、手によくわからない鳥を持っていた。その鳥の尻尾には蛇が生えている。コカトリスかバジリスクか知らないが、この人は一体何をするつもりなのか……
「あの、魔王様……それは?」
「む、これか? やはり卵は新鮮な方がよいであろう? マナよ、今日からこいつを飼育するといい!」──聖女にはよい物を食べさせてやりたいからな! 精力をつけてもらわねば!
「魔王様、ありがとうございます。大切に育てますね!」
(飼育するといい! じゃないんだよなぁ……仕事を勝手に増やすな!)
あたしは心の中で愚痴を吐いた。
魔王様は、そんなあたしの心を知ってか知らずか、こちらに鳥を渡してくる。
「コケー!」──なんや、お嬢ちゃん。こっちを見て。もしかして、ワタシに惚れたんか?
「魔王様、本当にコイツを飼うんですか……?」
「もちろんだ! 後で大きな小屋を作ってやる!」──卵のためにもう一匹増やさねばならんからな!
(もう一匹増えるんだ……)
「コココ……」──なんでもええから降ろして欲しいわぁ……
あたしは、鳥の思うがままに地面に降ろしてあげる。
「コケッ、コココ!」──お嬢さんおおきにな!
(この鳥、饒舌だなぁ……)
「それで、マナ。聖女は懐柔できたか?」──マナなら大丈夫であろうがな!
「まぁ、はい。一応友達になりました」
「ほほう、流石はマナだ。それで……聖女は我のことをかっこいいとか言ってなかったか?」──ククク、余がかっこいいのは当然のことだが、やはり将来の嫁から言ってもらいたいものだ。
「それは言ってないですね」
「なぬ⁉」──まさか、余の魅力が伝わってないと言うのか⁉
「言ってないですね」
あたしは大事なところを念押ししておいた。……というか、魅力どころか不信感しか抱いてませんでしたけど。
「まぁ、仕方あるまい! じっくりと余の魅力を伝えるのも一興よ!」──ククク、面白くなってきたではないか。これほど血肉湧き踊る戦いはいつぶりだろうか!
(……魔王様が楽しそうでなによりです)
魔王様が相変わらず絶好調すぎて、あたしはツッコミをするのをやめた。
「あ、それよりちょうどよかった。魔王様、魔法でこの草を集めてくださいません?」
「……ダメだ、自分でせよ! 魔力のコントロールの練習になるであろう?」──こればかりは使わないとうまくならんからな。
「手で集める予定だったんですけど……」
魔王様の心の声に反論をする。魔法だとどれだけ時間がかかるかわからない。
「ダメだ、これは魔王の命令だと心得よ!」──いずれ来る──早く聖女に会わねば!
「今、何を考えようとしたんですか?」
一瞬、魔王様の本音が聞こえたような気がした。
「む、聖女と早く会いたくてたまらないだけだが? フハハ、おかしなことを言うものだ!」
魔王様の心の声が聞こえなくなった。……かなりあやしい。
──聖女よ、その可憐な顔を赤らめおって。こうやってそなたが余を求める日を……
「何考えてんだ! はぁ……もういいです、早く教会に入ってください。聖女様はお部屋にいますから」
「クハハ! マナよ、そなたの対策は既に知っておる。余の心を無理やり覗こうとは思わぬことだな!」──相変わらず、マナはこの手の物に弱いな!
「うるさいですよ! 早く行ってください!」
「うむ、そうさせてもらおう。聖女よ! 今、余が会いに行くぞ!」──クハハ、余の特性スイーツでも振舞わせてもらおうか。
(魔王様のスイーツ⁉ 早く仕事を終わらせなきゃ!)
こう見えて、魔王様は料理作りがうまい。一度だけスイーツを食べさせてもらったことがあるが、天に飛ぶかと思う程の絶品なスイーツだった。
どうしてこんなにスイーツを作るのが得意か聞いたことがある。その時の魔王様の言葉はこれだ。
「后には幸せになってもらいたい。そのために我が手を尽くすのは当たり前であろう?」──何を当たり前のことを……
その時、初めて魔王様を尊敬したかもしれない。
……それ以外がダメだから評価はマイナスだけども。
絶品スイーツをあたしにも分けてもらうため、早く仕事を終わらせることにした。
息を吸い込んで、指先に魔力を集中させる。いい感じだ、これなら……!
「風よ! 巻き起これ! って、そうじゃないってばぁ‼」
強すぎる風に草は舞い上がり、どこかに飛び散っていった。
(……綺麗になったからヨシ!)
あたしは、それを見ぬふりをして、教会へと戻ることにした。