第四話、初めて友達が出来ました!
「聖女様、入ります」
「どうぞ」
聖女様の声を聞き、あたしは聖女様の部屋の中に入る。部屋の中には何もなく、質素な部屋だった。ただ一つ、豪華なベッドを除いては……
(あれが、極楽鳥の羽毛で出来たベッド……)
人間界に居た頃に聞いたことがある。横になるだけでたちまち天へと昇る程の気持ち良さを味わえるベッドがあると。
「マナ?」──どうしたのかしら?
「あ、すみません。ベッドが気になって……」
「ベッドが⁉」──やはり、マナ様は……
「ああ、いえそういう意味ではなくてですね!」
きゅるるるる。
部屋の中に、聖女様のお腹の音が聞こえた。聖女様の顔が段々と赤みを帯びてくる。その姿は、年相応の女の子に見えた。
「……とりあえず、ご飯にしましょうか」
「……はい」
あたしはテーブルの上に料理を並べていく。
「はい、どうぞ召し上がってください。マナ特製、魔界朝食です!」
名前は今適当に付けた。正直言って、あたしに名前のセンスはない。
「魔界……朝食……」──そのままの名前だわ。それが魔界の名前の付け方なのかしら?
あの、聖女様、名前をいじらないでください……恥ずかしいので。
「では、いただきます。おお、神よ。今日も命のお恵みを与えていただきありがとうございます……」
聖女様は、食事の前に目を閉じ、神への祈りを捧げた。
──とりあえず、祈りは済ませてと。うーん、何から手をつけるべきかしら? 見慣れない食材ばかりだし……とりあえず、パンから食べようかしら……
「あ、パンでしたら、ちぎってスープに浸していただいてください」
聖女様がおずおずとした手付きでパンを持ったので、あたしは説明をする。酵母が入っていないパンは、そのままで食べるには少し硬い。スープに浸して柔らかくした方がいい。
「わかりました」──本当に硬いわね、大丈夫かしら?
聖女様は小さくパンをちぎり、アトラスサーモンの骨の出汁を使ったスープに浸して口の中に入れる。
──ほわぁあああああああああ!
聖女様の心の中から、情けない声が漏れだした。それと共に、聖女様の体から放たれた光が部屋の中に解き放たれる。
(まぶっしぃ!)
光の中、聖女様がスープに浸したパンを、一口、二口と口の中に放り込んでいく。
──なにこれぇ、美味しぃぃぃ……
心の声が心なしかとろんとした感じになった。
「どうですか、聖女様? お気に召しましたか?」
あたしは聖女様の反応を伺ってみた。心の声で聖女様の評価はわかっているが、どういう言葉を掛けてくれるかが気になったのだ。
「美味しいです! マナ様、料理が得意なのですね!」──こんなに美味しい食事、いつ以来かしら……
「そ、そうですか……それはよかったです……」
聞いておいてなんだが、ここまで褒められるとは思っていなかったので、凄く恥ずかしくなった。
──次はサラダを食べてみようかしら……ん~! なにこれ⁉ 噛むたびに、脂が口の中にじゅわっと溢れてくる。まるで、お肉みたい! このピンク色のお魚も美味しい! え、魔界でこんな物を味わえるだなんて夢みたい……
どうやら、随分とあたしの食事を気に入ってくれたようだ。魔王城に居る時、魔王様から色々と魔界の贖罪を食べさせてもらってレシピを作っておいた甲斐があった。
いざ、一人で暮らさないといけないとなった時に、料理が作れるのと作れないのでは生活のクオリティが変わってくる。
あたしは人間界で定住する場所がなかったからか、食事を大切にするようになった。
聖女様は、テーブルの上に出した料理を気持ちいいほどきれいに平らげてから、無言で天に祈りを捧げた。
──神よ、私にこのような食事をお与えくださいましてありがとうございます……は、神がお与えくださったということは、まさか、マナ様は神の使いでは⁉
(違います)
聖女様の心の声を、あたしは心の中でずばっと斬捨てた。あたしが神だったら、あたしに料理を教えてくれた母親は創生神になってしまう。そんなわけがない。
「マナ様、ご馳走様でした」──美味しかったぁ……
「喜んでいただいたようで何よりです」
あたしは、テーブルの上に置かれた食器を片付ける。その間、じっと聖女様の視線がこちらに向いてきていた。
──マナ様に話しかけてみようかしら? 色々聞きたいことがあるわ。
はい、どうぞ。と言いそうになって慌てて口を噤む。人間界で犯してきた失敗をもう一度犯してしまうところだった。
他人にはなるべくあたしが心を読めるってことを隠さなければならない。それで、何度も何度も痛い目にあってきた。
「あの、マナ様少し聞きたいことがあるのですが……」──何から聞こうかしら。
「どうぞ。あ、その前に一ついいですか?」
「はい」──なにかしら?
「あたしをマナ様と呼ぶのはやめていただけませんか? 様を付けられるのってすごくくすぐったくて……」
あたしがそう言うと、聖女様はくすくすと笑った。
──マナ様……照れた顔も可愛いわね……
聖女様の可愛いという言葉に背筋がぞくりとした。嫌な記憶の蓋が開きそうになっていた。それを必死で抑え込む。顔には……出なかったはずだ。
「ええ、わかったわ、マナ」──その代わり、こう言ってみようかしら「その代わり、私のことをエリスって呼んでくださいな」──ふふ、どんな顔をするかしら。
「そ、それはちょっと……」
聖女様のことを名前で呼ぶのは気が引ける。なにせ、あたしなんかとは立場が違うのだ。
「あら、私はここで囚われの身なのです。今の私はアリステラの聖女ではなく、マナと同じ立場なのよ?」
それは、詭弁だろう。なにせ、あたしの立場はお世話係なのだ。
──ダメかしら……マナとは共立ちになりたいのだけど。だって、ようやく聖女という立場から離れることができたんですもの。
聖女様の声が聞こえてくる。
──それで色々料理を教えてもらいたいわ。食事で感動したのは初めてのことですもの。
母さん、あなたに教えてもらった料理で聖女様の胃を掴んでしまったみたいです。
「マナ……ダメかしら?」──ダメなら諦めましょう。
「わかり……ました。エリ、ス」
初めて聖女様の名前を呼ぶのはすごく照れ臭かった。
「ありがとう、マナ!」──嬉しい!
聖女様はにっこりとあたしに笑いかけてくれる。
こうして、あたしに生まれて初めての友達ができたのだった。