第三話。あたし、料理します!
──それにしても、お腹が空いたわ……最後に食べたのはいつだったかしら……
魔王様が教会から出て行った後、聖女様は気が抜けたのか、個々の中で本音を零した。魔王様が聖女様を連れて来たのは昨日の夕方だった。そこから何も食べていないならお腹が減るのは当然だろう。
「聖女様、お腹がお空きでしょう。今から食事を作りますね」
「え、ええ、ありがとう。マナ様」──ご飯ですか……魔界の料理、私の口に合うのでしょうか? パンでもあればいいのですが……
聖女様は初めて食べる魔界のご飯を不安に思っているようだ。ここは、腕によりをかけて美味しいご飯を作ってあげよう。それが、世話係としての最初の大仕事だ。
あたしは、教会にあるはずのキッチンを探す。それは、すぐに見つかった。
「えっと……聖女様は食べられない物がありますか?」
食材を見ながら、キッチンの入り口に立つ聖女様に話しかける。
「お肉はちょっと……お魚なら食べられるのですが……」──本当はお肉を食べたいのですけどね……ああ、もう一度あの肉汁がたっぷりのお肉を味わいたい……でも、ダメよエリス、私は聖女なんですから我慢しないと!
「そうですか、それならサラダとお魚とスープとパンをお作りしますね」
「は、はい」──そんなに食べれるの⁉
聖女様はびっくりしていた。もしかすると、大聖堂では質素な食生活を送ってきたのかもしれない。そう思ったら、尚更美味しい物を食べさせたくなってきた。
(てか、魔王様……いい食材を用意しすぎ……)
貯蔵庫には魔王城でも滅多に見ない食材が沢山だ、極楽鳥の燻製肉、アトラスサーモンのハラミ、虹草、トレントリーフ、フェニクスの卵、小麦粉はバゼルの物。他にも一杯入っている。とりあえず、早く食べなければいけない物から処理していかないと。
まずはパンをこねることにした。小麦粉とフェニスの卵とパロウのミルク、後は塩と砂糖を混ぜる。本当は天然酵母があれば柔らかくなるのだが、魔王様にそこまで求めるのは酷だろう。
あたしは混ぜ終えたパンの元をそのまま放置して、次の料理の準備にかかる。突然の料理なので、準備がまったくできておらず、急いで下ごしらえをしなければならなかった。
──マナ様、やけに手際がいいですね……
心の声が聞こえてくるのが、地味に気になる。
「あの、聖女様。向こうで待っていてもらっててもいいですよ? 今から結構時間がかかりますので……」
サラダだけならすぐに出来るが、それだけで食事というのも味気ないだろう。
「いえ、大丈夫です」──この子はこれでも魔王の手下、変な物を入れられないように目を光らせておかなければ……
(目じゃなくて、全身光ってるのが気になるんですが!)
聖女様は初めてみた時からずっと光を放っている。それがなんなのか、あたしにはわからない。サトリの力を使えばわかるだろうが、そういう風にあたしは力を使いたくなかった。あたしがもし心を覗かれる側だったら、そいつとは距離を取るだろう。だから、あたしはあたしが嫌いだ。
聖女様に監視されながら料理は続いた。肉汁が味わいたいと心の中で仰っていたので、トレントの根を絞ってサラダのドレッシングを作っておく。これを使ったドレッシングは、まるでお肉を巻いてサラダを食べたかのような満足感がある。だが太る。食べ過ぎたら太る。これは禁忌のドレッシングである。
そういや、お母さんが言っていたっけ……人を堕とすならまずは胃袋からって。あれ、これは男の落とし方だったかな?
まだあたしが幼かった頃のことを思い出す。人間界に居た頃はろくな思い出がないけど、役に立つ思い出もそれなりにあった。あたしの料理スキルはその名残だ。
(……魔王様には一回も作ってあげられなかったな)
魔王城の中ではあたしは自由に動けなかった。だから、魔王様に手料理をふるまったことはない。今度、魔王様が教会に来た時に手料理を食べさせてあげよう。と、そう思った。
そして、パンとスープとサラダと焼き魚が完成した。
(ふぅ、これで完成。と、そう言えば聖女様は?)
あたしが料理に集中している間、聖女様の心の声は聞こえなかった。昔から、何か一つに集中すると心の声が聞こえなくなる時がある。久々の料理が楽しくて集中しきっていたみたいだ。
──いい匂い……お腹が空いてきました……まだ出来ないのかしら……
聖女様の方を見ると、ずっとその場所に立ってこちらを見ていたのか、聖女様の青い瞳を見てしまった。あたしは、その目に向って笑みを投げる。
「お待たせしました。今から料理を運びますので、お部屋でお待ちください」
キッチンに来る時に、聖女様の自室は確認している。そちらの方が落ち着いて食べていただけるだろう。
「わかったわ、マナ様ありがとう」──マナ様、ありがとう。
「い、いえ。これが世話係の役目ですから」
初めて聖女様の言葉と気持ちが一致したのを聞き、あたしは嬉しくなった。ああ、この人は本当に聖女なんだと初めて実感した。だって、心の声音が本当に優しかったから……