第十一話。魔王様の作戦を聞きます!
──クハハ! 今日も気持ちのいい朝だ! 今日こそ聖女を堕としてやる! そうすれば、我はもう一段階高みへと昇り詰めるであろう! これは、神への挑戦よ!
「んん、うるさいぃ……」
あたしはゆっくりと目を開ける。ここは魔王城じゃないのに、なんで魔王様の心の声で目覚めなきゃならんのだ。
あまりの眠気にあたしは大きくあくびをする。
昨夜はエリスが眠るまでずっと話をしていた。月の上にいるような、幻想的な光景もあいまって、まるで夢の中にいるようだった。
エリスはあたしの横で寝息を立てている。エリスの願いで、同じベッドで寝ることになったのだ。少し恥ずかしかったが、親友の頼みとあっては断るわけにはいかなかった。
──マナと同じベッド、何も起こらないはずがなく。とかエリスは妄想をしていたが、エリスの方が先に寝てしまった。何も起きずにほっとしたのは内緒だ。
(起きるか……魔王様が突撃してこないとも限らないし……)
あたしだけなら別にいいが、ここにはエリスがいる。この部屋に突撃してくる前に魔王様を止めた方がいいだろう。
あたしは、彼女を起こさないようにそっとベッドから降りた。
「……ん、マナ?」──どうしたの?
「大丈夫。ゆっくり寝ててね、エリス」
「うん……」
(うっ!)
むにゃ、と安らかな笑顔で眠るエリスを見て、不覚にもときめいてしまった。
こうしてみると、めちゃくちゃかわいいなこの人。
(でも、聖気は出たままなんだよなぁ……あれ? そういえば)
朝と夜で光の量が違うな? なにか関係あるのか?
(……魔王様に聞いてみるか)
あたしはメイド服を着て、エリスの部屋を出た。
「聖女よ、いるかあああああああああああ!」
「エリスは寝てます。魔王様、おはようございます」
朝っぱらから元気な魔王様に、あたしは素っ気なく対応した。朝からこのテンションに付き合っていられない。
「む、そうか。それで、首尾はどうだ」──仲良くなれたか。
「まぁ、仲良くはなれました。けど、なんで魔王様はエリスの寿命の話を黙ってたんですか」
「む、聖女はそこまで話をしたのか。うむうむ。作戦は順調だな」──さすがはマナだ。
「あの、その作戦の中身、教えてもらうことは出来ないんですか?」
「……聞きたいのか?」──我が至高の作戦! 聖女堕落作戦を!
「クソダサい作戦名ってことだけはわかりました。なんかもっとなかったんですか?」
(なんか、作戦名だけで一気に聞く気が失せたんだけど……堕落、って)
──ダサいだと? ククク、マナも言うようになったもんだ。前までは心の中に秘めていただろうに。
(あ、確かに。エリスに打ち明けたからかな?)
あたしの力を認めてくれる人がいるだけで、少しは気持ちが楽になるのだと知った。
「で、そのクソダサ堕落作戦について教えてくださいよ」
「……マナ、言えるのはいいが、それ不敬だからな?」──これでは言えるようになったのがいいのか悪いのかわからんな。ククク、だがそれを許してやるのが我の度量というものよ!
「あ、もうその流れもいいんで、早く言ってください」
早く魔王様との話を切り上げて二度寝をしたい。
「そ、そうか。では言わせてもらおう。我が作戦の神髄をとくと聞け!」
魔王様はそう言うと、手を前に突き出し、かっこをつけたポーズを取った。
「聖女を普通の人間に戻すのだ! どうだ、すごかろう?」──やはり、我は天才だ!
「……はい?」
魔王様が何を言ってるのかちょっとよくわからなかった。
「わからぬか、聖女が聖気を使えるのは神と繋がっているせいだ。ならば、その繋がりを断てばよい! どうだ、簡単な話だろう?」──クハハ、こんなことを思いつくのは我くらいよ。
「……そんなことが出来るんですか?」
「出来なければやらぬ。我はそんなに暇ではない」──それに、あの女をそのまま殺すのは世界の損失だからな。なにせ、我の妻となる女だ! ククク、クハハハハハハ!
「あの……魔王様を尊敬しました! これで三回目です!」
「おい! もっと尊敬しろ! 毎秒尊敬してもいいくらいだ!」──こやつ、我のことをなめておらぬか?
「いえいえ、魔王様が安心できるからこそ、こういうことを言ってるわけでして、あたしからの信頼と受け取ってください」
「む、そうか……」──そう言われたら怒れないではないか! クク、いい成長をしたな、マナ! クハハ! いいぞ! それでこそ、我が見込んだ人間だ!
「……はいはい。とりあえず、その作戦のためにあたしは何をやればいいんですか?」
「聖女にメシを食わせるのだ! 聖女の聖気は生命力を使う。故に、生命力の補給は必須!」──美味い飯を食えば、生きたいと思える気力も出る! クハハ! 一石二鳥よ!
「なるほど……理にかなってますね……」
それが本当に効果があるかはわからないが、ちょうど美味しい料理を食べてもらおうと思っていたところだ。魔王様の言う通りならば、腕の見せどころである。
「うむ、頼んだぞ、マナ。未来の妻を死なせるなよ!」──さて、これで一つは片付いた。
「一つ? まだあるんですか?」
「ああ、それがな……最近、魔界がざわついておる。誰かが裏で何かを画策しておるみたいなのだ」──誰かが人間軍に寝返ったか?
「それで魔王様は忙しそうにしてるんですね……何かわかりましたか?」
「いや、まだだ。中々尻尾を出そうとせぬ」──当たりはついているんだがな。
「頑張ってくださいね、応援してますから」
「うむ、ああ、それと聖女にこれを渡しておいてくれ」──我が居ぬ間に少しでも意識させておきたいからな。
そう言いながら、魔王様は黒い宝石を渡してきた。
「これは?」
「なに、ただの連絡手段だ。なにかあればこれで祈るようにと聖女に伝えておいてくれ。この魔界に居る限り、何があっても我がそなたを助けるとな」──決まったな。
「わかりました、伝えておきます」
あたしは、しっかりと宝石を手に持った。
「これで、連絡は終わりだ。マナから我に言うことはないか? ないならもう行くが」──次は、魔界と人間界の境界線に行かねばならぬからな。あそこが最近きな臭い。
「そうですね。あ、あと……いえ、大丈夫です」
(まずっ、エリスには想い人がいますって言いそうになった)
「待て、マナ。お前……今、何を言おうとした?」──明らかに目を反らしただろ。
「いえいえ、お気になさらずお仕事に励んでくださいませ!」
「……クク、あまり深く追及するのは我の主義に合わぬ! 命拾いをしたな! だが、次はないと思え!」──気になるが、今はそれどころではないな。
「はい、わかりました!」
(あぶな! 魔王様にエリスは勇者が好きです。って言ったら一体どうなっていたことやら……下手したら勇者を殺しにいくんじゃないか?)
「では、行ってくる」──聖女に会えなかったことが心残りだが仕方あるまい。
「行ってらっしゃいませー、と。さて、朝食の準備でもしますか」
あたしはキッチンへと向かう。
(エリスは肉がダメって言ってたし、あれとあれを……それなら……)
親友のために料理を作る。それが楽しくて、思わず夢中になってしまった。