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錬金牢獄の告解 

 その日、王都北工業区には灰混じりの雨が降っていた。低い雲の下、煙突がそそり立ち、燃え残りの煤と薬品臭が空気に溶ける。

 路地の奥、腕木式街灯の鈍い光に濡れながら、少女――アフィ――は震える声で俺に縋った。


「お願い、レオルさん……妹を、リーネを助けて。ノクターナの“失敗作”として切り捨てられちゃう前に」


 アフィの瞳は涙で膨れ、けれど奥で燃える火は揺らがない。俺は重い喰鋼バスタメタを肩から降ろし、頷いた。

 「案内してくれ。牢獄の扉までは俺が殴り開ける」

 ――胸の魔喰刻印が淡く光り、紫炎めいた脈動が、近づく闇を嗅ぎつけていた。



 マーカスは依然学院試験、リナは工房。五人で薄闇の工業区を縫う。


 錆び付いた階段を下りるたび、灯りは少なくなり、空気の匂いが酸性へ変わった。壁に走る導管が脈を打ち、床を叩く水滴は緑色に光っている。


 アフィは腰の革袋から錫色の針金を取り出し、壁の魔導配線箱を解錠。

 「監視結晶は視野を記録するだけ。ここを短絡させれば1分間、映像はループ映し」

 青い火花が弾け、ランプが瞬く。その間に俺たちは走る。


 通路の中央、魂視〈ソウルサイト〉に淡い紅色の球が浮かんだ。血の儀式印だ。

 「人肌を感知して爆裂針を弾く式だ。紙一重で抜けよう」

 ロゼッタが囁き、逆風の筋を精密に差し入れる。空気の流れを変え、印の“目”が鈍色に曇った隙に、身を屈めて通過した。


 黒鉄の格子に「試料保管」と彫られた双扉。鉄錠は魔導封印式。

 喰鋼を構えた右腕に刻印がざわつき、鉄に染みた魔力を吸おうと火花を散らす。

 「砕くぞ」

 腕を振り抜く――鈍い衝突音と同時に、封印式が悲鳴を上げて崩壊した。紫の火花が格子を飲み込み、金属が脆い陶器のように粉砕される。


 細い廊下の両側に、一・五メートル四方の透明管が並ぶ。

 その中で、人とも獣ともつかぬ影がうずくまり、白い呼気を上げている。

 管のラベル――【AP-α02】【AP-β07】……“Adaptive Prototype”。

 耳奥をくすぐる呟き:「息ヲ、止メテ、焼ケ……」

 刻印が黒紫に脈打ち、アフィが身を震わせる。


 奥の檻。透きとおる球体の壁に、やせ細った少女が凭れかかっていた。

 薄紅の髪、灰緑の瞳。アフィと瓜二つの顔が、肩から下は機械の義肢で綴じてある。

 胸に釘のような導線が刺さり、管の底で青い薬液が脈動する。


 「リーネ!」

 アフィの叫びが残響し、液体がはじけガラスに波紋を映した。

 だが少女は焦点のない眼でアフィを映し返し、口を開く。


 「おね……え、さま……熱いの。はず……して……」


 天井の鉄桁でスピーカーが軋む。甲高い声が降ってきた。


 「感動の再会シーンだなあ! 実に美しい。だが私は、失敗作を外へ出すわけにはいかない」


 白衣の人影が高所通路に現れた。無数の魔術式を縫い込んだコート、左眼は金属製単眼鏡――クラウス博士。

 彼が杖で鉄床を打つと、檻の鍵が一斉に赤く灯った。


 「試作品 'Ω-13 小型群'、解放プロトコルC!」


 透明管の継ぎ目が開き、薬液が溢れる。獣の爪と金属バネが混ざった小型キメラが這い出し、歪んだ悲鳴とともに床を駆けた。



 ロゼッタが逆風術式を二重詠唱。風弾が地面を薙ぎ、クモ型キメラを吹き飛ばす。

 ユドーの煙幕瓶が割れ、黄緑の煙が視界を覆う――魔力感度を麻痺させるリンソ煙だ。

 アルデンは煙の隙間から治療矢で足を射抜き、一体ずつ転倒させる。


 だが吸魔晶ドローンがロゼッタへ向け蒼いビームを放つ。杖の魔力が吸われ、彼女がよろめいた。



 俺は煙幕を割って前に出る。刻印が紫光を吐き、ハンマーの打面へ黒燐鋼粉を再錬成。

 一歩踏み込む。嵐のような機械脚が迫る。

 反転させたハンマーを地へ叩きつけると、赤晶粉が熱とともに爆ぜ、〈爆裂鉱撃術Ⅱ〉が花を開く。

 衝撃波でΩ-13spider三体の可動軸が折れ、残骸が後方へ飛ぶ。

 続けざま、急制動スライドで巨体hulkの懐に滑り込み、喰鋼を横薙ぎ。黒燐粉が殻を侵食し、断面が赤光に割れて落ちる。



 ドローン二機が頭上を旋回し、魔力吸収ビームを胸の刻印へ撃ち込む。

 肉を抉る冷気の痛み。刻印が飢餓に反応し、第一解放が開きかける。

 脳裏にヒュオルの声――“魂の色に欺かれるな”。

 俺は恐れを噛みしめ、ビームを無理やり喰い、とどめの一撃を耐える。

 その隙にアルデンが矢でドローンの核を射抜いた。



 魔力を吸われ瀕死のロゼッタが、残った力で風刃符を檻に叩きつける。

 黒い風が球体を切り裂き、薬液が飛沫を上げる。



 拘束釘が外れると、リーネの義肢が蒼白に発光し、体表の魔力配線がむき出しになる。

 「おねえ……さま……!」

 彼女が伸ばす指先から黒閃が走る。壁が抉れて爆ぜた。


 クラウス博士が歓喜の声を上げた。

 「最高だ! 失敗作と思いきや、強力な発火反応。これを“黒金機関β”の炉心に――」


 その瞬間、リーネの全身が震え、目から血が滴った。

 俺は飛び込み、喰鋼を義肢と胴の間に差し入れる。金属を裂き、黒く発光する魔導核を引き剥がした。

 核は刻印に吸われるよう紫炎の餌食になり、腐った卵の臭いをさせて崩壊した。


 リーネが力なく倒れ、アフィが抱きとめる。

 「リーネ! 大丈夫? 大丈夫だよ……!」

 妹の小さな指が弱く姉の袖を掴み、涙がふたりの頬を濡らした。



 高所通路から鉄梯子へ走る白衣。

 ユドーが閃光瓶を投げつけるが、金属障壁が立ち上がり阻む。

 「貴様らの介入でデータが取れなくなった。だが次がある!」

 金属扉が閉まり、爆裂符で溶接される。追跡は不可能になった。



 蒸気が充満する牢獄を背に、俺たちはリーネを担いで地上階を目指した。

 崩れる配管の音に混じって、アフィの震える声が通路に響く。


「お父さんとお母さんが死んだあと、私、リーネを守れなかった……。だからずっと、罪滅ぼしで行商を――」

 俺は足を止め、振り返る。灰雨で濡れた通路で、アフィの背は小さく、肩が震えていた。


「守るために、闇を利用するしか考えられない時がある。でも、今日ここで踏みとどまった。罪は消えないが、贖う道はこれから続く」

 言葉は拙かったが、彼女の涙は少しだけ止まり、リーネの細い手が姉の袖を引いた。

 「……姉サマ、あったかい」

 そのか細い声が小さな赦しとなって、工場の冷たい鉄壁に響いた。


 扉を蹴破ると、雨がまだ灰を含んで落ちていた。

 遠くで城壁の見張り鐘が三つ鳴る――午前四時。

 ユドーが「夜が明ける」と呟き、アルデンは弓を背負い直した。

 ロゼッタは疲労で震える手で報告書の封蝋を閉じ、俺に視線を投げる。


「この件、上層は隠すわ。ノクターナの人体実験が明るみに出れば、王都が揺らぐ」

「闇に蓋をしても、下で膨らむだけだ。いつか叩き潰す」

「そのための私たちでしょう?」


 背後で喰鋼が雨を受け、淡い紫火を灯す。

 刻印が静かに波打ち、第二解放の門に、まだ細い爪先をかけていた。

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