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北辺遺跡と盗掘団

王都ギルドの地下書架に、夜明け直後の薄白い光が降りてくる。

 古文書の匂いが満ちる石の回廊を進み、俺――レオルは錠付きの小箱から一枚の任務票を引き抜いた。

 “依頼コード N-042。北辺遺跡ブラサムに巣くう盗掘団を三日以内に鎮圧、関係者は生け捕り優先。ノクターナ関与の疑い。報酬六千+捕虜一人につき二百、功績点十八。”

 赤蝋の最後に走り書きがある──《魔喰刻印保持者、出動を奨励》。俺の胸がわずかに熱を帯び、漆黒のハンマー〈喰鋼〉が肩で重みを主張した。昇級に必要な点はあと十五。迷う余地はない。



 北門裏の訓練場で、アルデンが包帯だらけの脚を揺らしていた。

「まだ足は痛むか」

「痛むが走れるさ。毒霧の礼はとうに返したくてね」

 薄い冗談めいた笑みで、彼は複合弓の弦をぴんと弾く。


 魔術塔三階の風窓を叩くと、ロゼッタが黒ケープ姿で現れた。

「また爆炎の現場ね? 逆風術式を二種類重ねられるよう波長を調整済みよ。……昨夜の工房火災、修繕費の請求書が来ていたけど?」

「今度の報酬で払うさ」

「ならいいわ」


 市場外れの倉庫に寄ると、元運送商人ユドーが閃光瓶を抱えて震えていた。

「盗掘団め、運送代を踏み倒した上に俺を共犯と脅しやがった。借りを返す」

 爆燐臭い瓶を詰め替える手つきはぎこちないが、目は決意で固まっていた。



 午前九時半、風を切る荷車で北街道をひた走る。王都から荒野まで四十五キロ、半日。

 黄土の大地に岩礁柱が乱立し、砂塵が帆を叩く。日差しは斜め、気温はわずか四度──北風が頬を刺した。

 やがて舗装が切れ、足を使う。アルデンは足を引き摺りもせず、斥候望鏡を覗き込む。


「風紋の曲線から見て、目的地は西三十度、二・五キロ先」

 彼が指差す先で、二百年前の神殿の黒い影が岩間に埋もれている。



 夕闇が迫る頃、俺たちは砂斜面の陰に身を伏せた。見張り塔は即席の鉄板と土嚢を積んだ高さ六メートル。火を囲むテントが三張り。荷車にはノクターナの刻印《MK-N》。三十から四十人。魔導蒸留装置の汽笛が不安定な倍音を吐き、油草の臭いが鼻を突いた。


 塔を片付けるのが合図だった。

 アルデンの毒餌矢が風裂のように飛び、見張りの喉元へ突き立つ。息を呑む一秒、二秒——男が崩れ落ちた。

 ロゼッタが低く呪文を唱え、逆巻く風を塔へ向ける。砂塵が壁のように前を塞ぎ、残る三人の視界を奪った。

 俺は駆け出す。靴裏が砂を蹴り、五歩で塔脚へ。〈急制動〉で慣性を殺しつつ跳び、喰鋼を逆手に柱へめり込ませた。杭が砕け、塔はゆっくりと、だが確実に傾く。鉄板と悲鳴が折り重なり、崩落が静寂に吸い込まれた。


 西風が焚き火の火の粉を散らす中、第二陣。

 ユドーの閃光瓶がテントの合間で破裂した。月鏡晶を混ぜた薬が白い太陽を作り、雑兵たちの網膜を焼く。

 俺は喰鋼を肩に突進し、錬金テントの帆布ごと横壁を叩き飛ばす。薬瓶が割れ、重い甘臭が炎に弾けた。布に火が走る。

 アルデンの治療矢が次々と脚を射抜き、ロゼッタの突風が油をばらまき、サーカスメティル樽が悲鳴のような音を立てて爆ぜる。白青い火球が夜空に花を咲かせ、逃げ遅れた数人が地面を転がった。


 指令幕から団長の男が現れた。左肩に王国軍の古ぼけた徽章、大鉈を肩に載せ、灰の中を踏みしめる。

 「誰だ貴様ら。金にもならん正義を売りに来たか」

 彼の瞳は既に凶気に染まり、腕を覆う盾付き腕輪には血の錆。自動人形二体が背後で関節を外し、魔導炉心を赤く灯した。


 闘気が胸を焦がす。俺は赤晶粉の袋を握り、オリファ草をズタ袋に放り込んだ。草の油が夜風にのって甘く生臭い。粉をハンマー面に均し、火打ち石をひと閃——粉が微かに燃え立つ。


 「撃つぞ!」

 ロゼッタが風を捩じ曲げ、酸素を渦へ誘導した。

 俺は一歩、二歩、加速。世界が狭まり、敵の姿だけが大きく膨らむ。

 打面が回転し、赤晶が火花を撒き散らし、オリファ油に火が点く。

 爆轟。空気の膜が破れ、轟音と衝撃が闇の大地を揺らした。赤い火線が半径四メートルを塗りつぶし、自動人形の胸が裂け、魔導炉心が剥き出しになる。


 アルデンの鋼杭を括った矢がその炉心の冷却孔を撃ち抜いた。蒸気が悲鳴を上げ、人形はひとつ、膝を折る。


 右側の人形が倒れかけたボディを支え、炉心を紅蓮に輝かせる。背面で赤い数字が点滅する——自爆カウントダウン。

 十、九、八……。


 「離れろ!」

 ロゼッタの叫びを背に、俺は踏み込む。刻印が胸を刺し、紫黒の稲妻が血脈を走る。第一解放。

 鼓動が耳朶を破り、筋肉が二倍に膨張。世界が濃い粘液になったように動きが遅い。

 吊天鉄梁が目に留まる。片端を掴み、鎖を引きちぎり、一トンの鉄を振り回す。梁の先端が人形の炉心に叩きつけられ、鎮鉄粉をぶちまける。

 粉が赤熱を吸い、炉心温度を急落させる。カウントが“3…2…”で消え、赤光がざらつく闇に溶けた。


 解放が収束し、膝に電撃の痛み。皮膚が裂け、血が滲む。ロゼッタが滑り込み、風の糸で傷口を縫合した。

 「靭帯が裂けるわよ!」

 「まだ持つさ……!」


 大鉈を振るグロスタが叫び、狂ったように突進する。盾の棘が火花を散らす。俺は急制動から跳び、喰鋼を横薙ぎに叩き込んだ。

 重い手応え。男の左肋が折れる音。が、戦狂の笑みを浮かべた彼は再び大鉈を振り上げた。

 ユドーの爆燐瓶が地面に落ち、白青い火球が彼の足元で咲く。盾ごと炎を被り、男は短い悲鳴を上げて崩れた。


 静寂。吹きすさぶ夜風に物音ひとつなかった。

 焚き火は跡形もなく、薬液の焦げる匂いが残っている。

 俺は喰鋼の柄尻を地面に突き、荒い息を吐いた。刻印は鈍い赤で脈動しながら、満腹の獣のように静かに眠りに落ちていく。


 「捕縛完了だ」

 ロゼッタが拘束符を締め直し、アルデンは半壊した自動人形の部品をはずみながら笑った。

 「いい花火だったな。衝撃圧は三倍は出た」

 「爆裂鉱撃術……ようやく“Ⅱ”と呼べるな」

 「肩は千切れたって顔してるけどね」とロゼッタ。


 ユドーは焚き火の跡に膝をつき、握り拳ほどの灰を掬い上げた。

 「これで、ようやく決着がついた」

 彼の声は震えていたが、瓶より堅い決意がこもっていた。



 夜半、遺跡の壁影で簡易宿営。星は鋭い針のようで、柔らかさを欠いた月が岩稜を照らす。

 俺は包帯を巻くロゼッタに肩を預けながら、石板箱に刻まれた古代文字を眺めた。

 《時空ノ金晶ニ捧グ触媒框》。

 「王都の賢者院直送りになるわね。闇の連中は血眼で追ってくる」

 「なら追い返すさ。喰鋼と刻印で」


 月光がハンマーの漆黒に反射し、一瞬だけ紫の火が跳ねた。

 闇は確かに近づいている。だが俺の恐れはまだ、この手の内にある。


 夜風がオリファ草を揺らす。あの炎の匂いとともに、次の戦いの足音が、廃墟の廊下を転がってきている気がした。

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