表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

初めての鍛錬

王都フィルマリアは広かった。石畳の大通りは二重三重に巡り、中央区に近づくほど塔と尖塔が空を突き刺す。

 だが俺――レオルが向かったのは城壁の外側、家畜市場と廃工場が並ぶ寂れた郊外。そこに――緋槌ひづち道場はあった。


 朝霧の中、赤煉瓦の門柱に鉄鎚の紋章。その門をくぐると、木造平屋が三棟、土間を挟んでコの字に並んでいる。轟々と黒煙を吐く高い煙突――鍛冶炉だ。

 「ほぉ、見学者か?」

 門番代わりの初老の鍛冶師が片眉を上げた。

 「見学じゃなく入門希望です。ハンマーを――いや、自分を鍛えたいんです」

 「ほう……物好きだな。あそこの柱を叩け」

 言われるがまま樫の木柱へ拳を撃ち込む。

 ゴン!――乾いた音とともに拳が痺れたが、木目が僅かに抉れた。

 老人は目を細め「鬼師範が気に入るかもな」と奥を指した。



 作業棟の戸を開けた途端、灼熱の息が襲った。室内中央には千度級の炉。

 鉄床の前に仁王立ちする巨躯――キダン師範。上半身裸の銀灰色の肌(焼けた鉄粉で染まっている)に、幾筋もの火傷痕。

 「新弟子か?」

 声が雷鳴のように低い。肩幅は牛車二台分、棍棒ほどのトンカチを片手で回している。

 「はい、レオルと言います。ハンマー武術と鍛冶の両方を――」

 「理由は?」

 「……稼ぎたい。強くなって、大金を得たい」

 「くだらん動機だが真っ直ぐだ。……まず“つち礼”をしろ」

 キダンは炉の奥から真っ赤に焼けた鉄塊を取り出し、水桶にジュウウッ!――水柱と蒸気。

 「鎚礼とは“鉄に礼を尽くし、鉄に叩かれる”儀式だ」

 キダンが鉄塊を半分に叩き割り、拳大の塊を俺に渡す。まだじんわり熱い。

 「三十回、頭に叩きつけろ」

 「は、はい!?」

 「鉄は弱い者を選ばぬ。叩き、叩かれろ」



 鉄塊の重量は五キロ。俺は覚悟を決め、頭上から自分の頭に打ちつけた。

 ガン! 視界が白んだ。二発目で鼻血。五発で両膝が折れた。

 だが十発を超える頃、頭蓋がじわじわ痺れ、痛みが薄らいでいく。

 (痛みの閾値を殴り抜けた? いや――)

 肉体が“壊れながら瞬時に硬化する”感覚。骨が軋み、筋繊維が微細に裂け、即座に再構築。

 鍛冶士の腕力強化――原初段階が身体に刻まれていく。

 「二十七、二十八、二十九――っ!」

 最後の一撃で鉄塊は真っ二つに砕け散った。

 キダンは無言で頷き、破片を拾い上げ、炉に放り込んだ。

 「合格だ。今日から“粗鍛あらきたえ”だ」




 鬼師範は容赦なかった。

 丸太ハンマーの素振りでは手の皮が剥がれ血が滴り、砂場走りではふくらはぎが裂けた。

 しかし筋肉痛がピークを越えるたび、身体能力が階段状に伸びた。

 **「鍛冶士の腕力強化」**は、単なる筋肉増大ではなく、

 > 「打撃に最適化した瞬間密度圧縮」

 という特殊スキルに進化。計測では平常時でも拳圧が以前の1.2倍、ハンマー打撃は1.5倍に上がった。


 十五日目の組手。俺の対戦相手は研修剣士マーカス。

 彫像のような端正な顔、腰には木剣。開始前に軽く会釈。

 「君が噂の新入り、レオルか。僕は剣士志望だけど、体幹鍛錬のためここに来ている。よろしく」

 礼儀正しい。だが実力は剣士候補で頭ひとつ抜けていた。

 木鎚を振る俺に対し、マーカスは剣の間合いを無視する踏み込みで胴を打つ。

 (速い!)

 それでも、鍛冶士の打撃は重い。一撃でマーカスの木剣を弾き飛ばし、試合は引き分け。

 試合後、俺たちは汗だくで笑い合った。

 「鍛えた腕力と僕のスピードを合わせたら最強だな」

 「ハンマーと剣か。奇妙な組み合わせだけど、いつか実戦で試したいな」

 この言葉が後の“連携コンボ”の布石になる。


 二十日目、キダンは座学を開いた。壁一面の黒板に「鉄組織図」と巨大な魔法陣。

 > 「鉄は魔力を帯びて初めて“真の刃”になる」

 キダンは火爪で魔法陣をなぞりながら語った。

 「近年、どこかの秘密工房が**“黒金機関”なる禁断合金を作っている。脆いが魔力伝導が異常に高い。お前たちがもし戦場で妙に黒光りする武具を見たら、構造を読め。さもないと爆ぜて吹き飛ぶ」

 俺は0章1話で拾った深層紫晶**を思い浮かべた。あの鉱石も普通じゃない波動を放っていた。

 講義後、キダンはこっそり俺にだけ囁いた。

 「街に蔓延る黒光り武具の噂……裏には“錬金結社ノクターナ”がいる。だが下手に嗅ぎ回るな。奴らは情報を隠すためなら子供でも平気で実験材料にする」

 その名は後に何度も聞くことになる。



 最終日。二度目の鎚礼は十キロ鉄塊。

 キダンの号令で、道場生が円陣を組む。

 「倒れたら即刻除名。立ち続け、砕け」

 俺は鉄塊を頭に振り下ろす。

 ガン! 脳髄が揺れる。

 五発目――視界が血の幕に覆われた。

 (やるしかない。俺はここで折れない!)

 拳を握り締め、骨が悲鳴を上げるたびに筋力が跳ね上がるのを実感した。

 十発目で鉄塊に亀裂。二十八発目にはほぼ折れた。

 三十発目――鉄塊粉砕! 砂鉄と火花が宙に舞う。

 俺の全身は膨張するように熱く、呼吸と同時に力が漲る。

 キダンは片膝をつき、巨体を俺に預ける。

 「……見事だ。**“鍛冶士の腕力強化・初段”**を授けよう」

 歓声が湧く。俺は崩れ落ちそうな膝を叱咤し、一礼した。

 (母さん、俺は――一歩前に進めたよ)



 翌朝、道場裏の試験場で筋力測定。

 木樽(60kg)を片手で持ち上げリフト回数を計測。道場平均は10回。

 俺は――18回。

 続く打撃試験。鉄杭を一撃でどこまで地面にめり込ませるか。

 平均:12cm。

 俺:21cm。

 キダンは結果を記録し「常時係数1.2~1.3、瞬間最大1.5超」――これが後に“+20%”と呼ばれる数値化となる。


 三十日が過ぎ、俺の道場費用を賄った深層紫晶の欠片は残り僅か。

 キダンは包みに小型ハンマーの柄を添えて手渡した。

 「これは“緋鎚式グリップ”。お前の手癖に合わせ削った。頭は自分で鋳込め」

 「ありがとうございます、師範!」

 マーカスは剣を肩に笑った。

 「僕は王立剣技学院へ戻る。いずれ遠征任務で会おう」

 握手。硬い手と手がぶつかり合った。

 その夜、道場の蛍灯が揺れた。キダンは火炉の前で煙管をくゆらし、呟く。

 「レオル、お前の拳はまだ粗い。だが火花は良い色だ。……黒い風が吹き始めている。折れるなよ」

 俺は新しい木箱に緋鎚グリップを入れ、王都ギルドへ向かって歩き出した。


 王都中央区。白亜の冒険者ギルド本部。

 掲示板には大小の依頼札。俺は“三級ライセンス試験・来月開催”の赤紙を見上げた。

 (鍛冶士の腕力強化――試験までにモノにする。ハンマーの頭も鋳造しなきゃ)

 胸の内で燃える炎が、ルモンタ鉱山の赤錆より鮮烈に揺らめいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ