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婚約破棄からの破棄〜三角関係は突然に〜

「レディ カルミア、貴様と今日この時をもって婚約は⋯⋯」


「皆まで言わなくても分かっております。婚約破棄ですね。分かっておりますわ⋯⋯」

 

 玉座の前にわたしは一人立たされていた。

 魔王オルストロ様の側近達からは重苦しい空気が放たれていた。

 


 魔王オルストロ様は人の容貌でありながら漆黒の髪に二本の角が生え、鼻筋の通った美貌の顔立ちだった。整い過ぎて直視できない美しさだ。

 真紅の瞳は誰もが平伏する威圧感があり、鋭い眼差しで凄まれれば、蛇に睨まれた蛙同然だった。


 とうとう、この時が来てしまったのだと自覚した。

 わたしの頭や手先から血の気が引いていくのが分かった。

 泣いてはダメだと分かっているのに、目から涙が勝手に出てくる。

 わたしは先日魔王オルストロ様から世話をしてくれたお礼にとプレゼントされたドレスを着ていた。

 ピンク色のフリルのドレスをギュッと握りこんだ。


 婚約破棄されることは分かっていた。

 覚悟の上だったはずなのに⋯⋯。

 胸が押し潰されそうに苦しい。

 半年間だったが魔王オルストロ様との生活の中で優しい一面が知れて、ちょっと分かりあえたと思っただけでも良かったのだ。


 有力魔族の八大貴族が招集されていた。

 公の場で、重大発表をする算段だと察しはついていた。

 他にも名だたる魔族の皆々様も出席し、ざわついている。


「これは一体⋯⋯」

「兄様は『男に二言はない』とおっしゃる方だ。きっとこの状況にケリをつけるのだろう」

「しかし、これでは⋯⋯」

 ひそひそと小声で噂話しをしているのがわかる。


「貴様は⋯⋯」


「分かっております。種族が違うだけではありません。敵国出身であり、特別な能力もなければ器量もない。そんなわたしにはこの国を背負う魔王様の妃になり得ないとおっしゃるのでしょう。そもそもこの婚約は軍の立て直しの時間稼ぎでしかないことも⋯⋯分かっております」


 わたしは不器用だし、要領は悪い。

 有能な人材とは程遠い存在だと重々分かっている。

 

 

 婚約破棄は停戦破棄と同義だ。


 そうよ、わたしとオルストロ様とは停戦協定としての婚約だった。

 互いの国の軍の立て直しを図るための時間稼ぎだと当初から言われていた。


 父王からも「すまない、婚約破棄は開戦の狼煙だ。もう二度と祖国には帰れないと思ってくれ」そう言い含められてきた。

 わたしも覚悟の上で魔王様の居城に来た時にも冷たく「貴様とは十六歳になるまで結婚はない」と言われていた。


 今日がその十六歳の誕生日だ。

『この時をもって婚約破棄し開戦の狼煙とする』

 そう言われるのは分かっていたはずだ。


 分かっていたはずなのに、いざ目の当たりにするとこうも悲しみが自分の身体を強張らせるなんて。


 その理由はこの半年間は魔王城での生活は案外楽しかったからだ。

 それに、オルストロ様の何気ない優しさに惹かれていた。

 だから余計に用済みだと言われているようで悲しかった。


 父王が治める国を守るため、最初は婚約破棄を回避するため積極的に魔王城の調理場に出入りをしていた。役に立てたなら、妃は無理でも殺されはしないだろうと思ってのことだった。

 魔族達は腫れ物に触れるような扱いを受けていたけれど、一生懸命働いていたら声をかけてくれる家令や侍女が出てきた。

 一緒にご飯を食べたりしたので、『気取らないお姫様ですね』なんて言ってくれた魔族もいた。



「⋯⋯おい⋯⋯」


「婚約破棄ですね。大丈夫です。すべて分かっております。オルストロ様、短い間でしたがお世話になりました」


 わたしは一瞥した。


 その時だ。

「今、婚約破棄と申されましたな」

 聞き覚えのある声に思わず後ろを振り向いた。


「では、カルミア様におかれましては婚約破棄の破棄を申し上げます」


 婚約破棄の破棄⋯⋯?

 ということは婚約したということになるの?

 停戦協定もそのままになる?

 


「カルミア様、これで晴れてわたくし、魔王様の筆頭家令ティラミスの婚約者となりました。この場の皆が立会人となったわけです。ご安心下さい。むざむざ殺させは致しません」


 燕尾服を着たうさぎのぬいぐるみ⋯⋯ではなく魔王オルストロ様の筆頭家令ティラミス様は宣言した。

 婚約破棄からの婚約成立ということ??

 まだ返事もしていないけれど。


 いや、筆頭家令ティラミス様はこの場を治めようとしてくれたのだ。



***


 魔王城に来た当初は心細さから毎日泣き腫らしていた。


「だって、ひどくないですか!!」

「オルストロ様も決して悪いようにはされませんし、わたくしがさせません」


 見た目はうさぎ、立場は筆頭家令、魔王オルストロ様のご意見番と目されているティラミス様は垂れ下がった耳をパタパタ動かし慰めてくれていた。

 彼は魔王領の案内をしてくれたり、身の回りの世話をしてくれた癒し系魔族だ。


 わたしはそんなティラミス様を抱きしめた。

 つやつやとした白い毛並み、マシュマロのような柔らかな弾力、抱き枕を体現した丸いフォルム、燕尾服をきたぬいぐる⋯⋯いや、筆頭家令の思わぬ可愛さについ抱き寄せずにはいられなかった。


「なぁっ何を!!この破廉恥娘!!」

「すみません、なでなでしていないと更に悲しみに押し潰されてしまいそうで。本当に抱き心地が私のタイプでつい⋯⋯」


 思わずティラミス様の首元に頭を埋めて頭をなでる。


「これ、婚約者がいながら、なんたる破廉恥!!ちょっ!!こんなになでなでして、ハゲたらどうしてくれるんです!お離し下され!!」

「ちょっとだけ⋯⋯、ちょっとだけでいいんです。触り心地と匂いが落ち着くんです」


 ジタバタ暴れるティラミス様は観念したのか、わたしが落ち着くまで付き合ってくれた。


 今思えば慣れない環境、慣れない種族に囲まれた境遇を不憫に思ったのだろう。

 わたしを何だかんだと面倒みてくれていたのだった。


***


 ティラミス様はわたしイチ推しの癒し系魔族だ。


「このティラミス、男を見せる時!!」

「ティラミス様!!」

 可愛いフォルムでありながら男前な発言に思わずキュンとしてしまう。

 主人である魔王オルストロ様にメンチを切った様はライオンに立ちはだかる兎そのものだった。


 もう二人で魔王オルストロ様に食べられるしかない。

 

「⋯⋯おい⋯⋯貴様ら。仲が良いと思っていたら、ティラミスに向けていた眼差しはそういうものだったのか」

 魔王オルストロ様は静かに苛立ちの声と威圧を放ってくる。

 わたしも家令ティラミス様も思わず身震いした。

 もはやこの場で斬り捨てられるのを覚悟した時だ。


 

「兄様、そんなに凄まなくても大丈夫じゃないかな?」


 横から発言したのは魔王オルストロ様の弟君、ヴィラマテ様だった。


「カルミア様もティラミスも大丈夫。とって食べたりしないから。兄様もちゃんと言いたいことがあるならハッキリ言わないと。このままだと本当に駆け落ちされちゃうよ?」


「⋯⋯おいっ!!」

「ほら、さっきから『おい』としか言ってない。ごめんね、兄様の言いたいことを直訳するとね、『カルミア姫、十六歳のお誕生日おめでとう。慣例に則り十六歳になるまでずっとプロポーズできる日を待っていたんだ。君の作った料理の美味しさ、失った右腕のかわりに献身的に世話をしてくれる優しさと気遣いに惚れました。この人質同然の婚約にケリをつけよう。我が伴侶として結婚して下さい』って」


 言ってるの?嘘でしょう!?

 そんな片鱗すらみせない雰囲気でしたが?


「おいっ!!こらっ!!!!」

 魔王オルストロ様は顔を真っ赤にして立ち上がった。

 この反応から察するに、図星らしい。


「大体、好きな人に『貴様』とか言う時点でプロポーズは破談になるよね。普通はね。もうおれ含め、外野はみんなびっくりしちゃったよ。本気でプロポーズする気あるのかって冷や冷やしたんだから。正統にして正式なプロポーズの立会人にするために、名だたる貴族に招集をかけたくせに、兄様が振られる世紀の瞬間を目の当たりにするのかと思って手に汗握ったね!いやしかし、男をみせたのはティラミスだったとは!さすが筆頭家令!!兄様がふられる醜態をカバーし、さらりとカルミア様を射止めるとは」


 わたしとティラミス様はあいた口が塞がらなかった。

 

「ティラミス⋯⋯貴様⋯⋯!!」

「あぁっ⋯⋯あの⋯⋯その⋯⋯」

 わなわなと震えるティラミスが不憫でならない。


 居た堪れない空気が広間を覆った。


「あっティラミスが兄様に粛清されたら、カルミア様はフリーになるのかな?勘違い婚約破棄の破棄の破棄ってことで。口下手な兄様、粛清されるであろうティラミス。こんな二人よりもオレの妃になった方が、心理衛生上、いいよね。カルミア姫にはノンストレスな生活を約束すると誓うよ。君の手料理は本当に美味しかった。ずっと一緒にいたい。どうか我が妻に」


「「「ちょっと待て!!!!」」」


 わたしと魔王オルストロ様と筆頭家令ティラミス様は思わず、はもってしまった。

 王弟ヴィラマテ様のおかげで、わたし達はすっかり毒気を抜かれてしまった。

 そして、いろんな勘違いと思わぬ方向性に修正がかけられたのだった。


***


「わたしの情緒安定剤にティラミス様をおそばにおかせて下さい」

「剥製にしたティラミスならいいぞ」

「そんな怖いことおっしゃって」


 わたしとオルストロ様は一緒に夕飯を食べていた。

 

 もしや、ティラミス様のお肉じゃないよね?なんて一瞬頭を過ぎりながら前菜の鶏の燻製肉のサラダ仕立てを恐る恐るほお張る。


「婚約を申し込んだ男だぞ。不貞を働くやも知れんだろう」


「ティラミス様の抱き心地は本当にわたしの求める癒し系ぬいぐ⋯⋯いえ、その⋯⋯そう、落ち着くフォルムなのですわ」

 

 結局、オルストロ様はわたしにプロポーズをしてくれた。

 そしてあらぬ誤解もとけた。

 わたしがティラミス様と懇意にしているのは、愛というより癒し系として好きな存在なのだと何度も説明した。


 ティラミス様もわたしが殺されては可哀想だという同情からきたもので、決して愛とかではない、ラブではなくライクなのだと土下座していた。


 王弟ヴィラマテ様は「いつでも待ってるからね」と茶化して、本気なのか冗談なのか分からないまま、オルストロ様のプロポーズの場を見届けてくれた。


「くそ、ティラミスめ。うらやま⋯⋯いや、大体⋯⋯ティラミスの抱き心地など⋯⋯わたしでは⋯⋯その⋯⋯ダメ⋯⋯なのか⋯⋯⋯」

 美しい顔というのは無表情だと怖くうつるのだが、顔を真っ赤にして恥じらいながらうつむかれると、なんとも愛らしい。

 だが小声な上にうつむかれては、よく聞き取れない。


「あっあの、すみません、小声すぎてよく聞こえなくて。今何と?」


「もういい!!」

 眼光鋭くわたしを見据えた。

 何度も言ってたまるか、という心の声が聞こえたような気がした。


「あぁっそんな言い方をされては、やはり癒し系のティラミス様に会いた⋯⋯」


「おいっ!!」

 給仕をする魔族達の空気が凍るのが分かった。

 ちょっとまずかったかと思い、わたしは颯爽とオルストロ様の椅子にお尻をねじ込んで座った。

気を取り直して見上げるとオルストロ様の横顔が見れた。


「わたしを大切にして下さいね。旦那様」


 先の戦いで右腕を失ったオルストロ様。

 わたしはオルストロ様の右側から身体半分を寄せて椅子に座り、ギュッと抱きしめる。

 右腕がないので、ちょうどわたしの半身がフィットする。


 

「抱き心地は合格点でしょうか」

 見上げると先程より更に頬が赤くなり熱を帯びていた。

 わたしと視線が重なると、直視しないようにふいっとあらぬ方向をみる。


「それは良かった」

 ぼそりと呟く声は何とも嬉しそうだった。

 オルストロ様が穏やかな優しい笑顔を見せるので、不覚にも胸がキュンと高鳴った。


「これ!カルミア様!!食事中ですぞ!行儀が悪い!嫁入り前なのに、なんたる破廉恥!!」

 ツッコミを入れたのは誰あろうティラミス様だった。

 広間での騒動で別れて以降、ティラミス様が健在か心配だったけれど、元気そうな姿をみて安心した。

 夕飯に出ていたらどうしようかと思って、ごめんなさい。

 

「ティラミス⋯⋯お前はいつも邪魔ばかり。いつもこんないい思いを⋯⋯、いっそ剥製に⋯⋯」


 やだ、なんだか怖いことを言ってる。

 ティラミス様に凄むオルストロ様をわたしはじっと見上げて更に凄んでみせた。


 それに気づいたオルストロ様は目を泳がせた。

 普段から威圧百パーセントのオルストロ様に対抗するため、そしてわたしの癒し系魔族を守るため負けじと気合いを入れて威嚇する。


「でなく⋯⋯ティラミス、嫉妬か?公衆の面前でふられて残念だったな」

  

 オルストロ様はふふんと鼻で笑う。

 ティラミス様は主人の婚約を取り持った殊勝な御仁なのに、あんまりだ。


「ティラミス様、今日ばかりはお見逃し下さい」

 わたしはニコリとティラミス様に笑顔を向ける。

 いかん、自分でも口角は上げられたけれど目が笑えていないのが分かった。

 ティラミス様も無言でこくこくと頷く。

 

 画してかかあ天下になる予感しかしない魔王一家。  


 魔族と人族との平和が訪れたのだった。

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