第五章:茶子の告白
森亜 茶子を無事に屋上から保健室へ連れて行った後、和兎は彼女の様子を見守りながら、黙って静かにベッドに横たわる茶子の回復を待っていた。きいはそばで落ち着かず、部屋を歩き回っている。
「茶子があんなことをするなんて……どうして?」
きいは手を握りしめ、抑えきれない不安が顔に浮かんでいた。
「焦るな、きい。まずは彼女が話すまで待つんだ」
和兎は落ち着いた声で言い、きいをなだめた。
しばらくの沈黙が流れ、保健室の時計が静かに時を刻んでいる。やがて、茶子がゆっくりと目を開け、まだ少し力のない声で口を開いた。
「……ごめんなさい……」
「茶子!」
きいは彼女に駆け寄り、心配そうに顔を覗き込んだ。茶子は視線を床に落とし、少しの間ためらっていたが、意を決したように話し始めた。
「誰にも言えなかったんだ……本当のことを……」
和兎ときいは無言で茶子の言葉を待つ。彼女の声は震えていたが、それでも自分の思いを伝えようとしていた。
「私、いじめられていたの……」
その一言が部屋に重く響いた。きいは驚いた表情を隠せず、言葉を失った。茶子はいつもクラスでは目立たない存在で、誰にも迷惑をかけないようにしていたはずだった。
「でも、どうして? 茶子、何かしたわけじゃないよね?」
きいが問いかけると、茶子は少し泣き出しそうな表情を浮かべた。
「理由なんてないの……ただ、私がいるだけで……。クラスの子たちが私を疎んで、無視したり、陰で嫌がらせをしたり……」
和兎は茶子の肩に手を置き、優しい目で見つめた。
「それで、耐えられなくなったんだな……」
茶子はゆっくりと頷いた。そして、屋上での行動についても説明し始めた。
「今日もまた、嫌がらせがあって……私、もうどうしようもなくなって……屋上に行ってしまったの……」
その言葉を聞いたきいは、拳を握りしめ、悔しさをにじませた。
「なんでそんなことするのよ!そんなの絶対に許せない……!」
「でも、私が何を言っても変わらなかった……もう、逃げるしかないって……」
和兎は茶子の話を最後まで聞くと、深く息を吐いて言った。
「茶子、君の気持ちはよくわかった。でも、君がこれからどうしたいかが大事なんだ。君が逃げたいと思うなら、それも選択肢かもしれない。しかし、戦いたいなら、僕たちが力になる」
きいも頷きながら、茶子の手を握った。
「茶子、私たちがいるよ。一人じゃないんだから」
茶子は涙を流しながら、二人の言葉を受け入れるように頷いた。しかし、和兎は茶子がいじめられていた背景には、何か他に隠された事情があるように感じていた。彼女がいじめを受けた理由が単なる集団心理や嫉妬ではなく、もっと大きな問題に繋がっているかもしれないと疑念を抱く。
「一つ、聞かせてほしい。茶子、最近何か不自然なことが起きてないか? 誰かが君に接触してきたり、脅されたり……」
和兎の質問に茶子は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに思い出したように言った。
「そういえば……最近、変な噂が流れてるって……」
「変な噂?」
きいが顔を曇らせた。
「うん……『茶子は学校の外で誰かに会って、金をもらっている』って。そんなこと、全然ないのに……」
その言葉に和兎は眉をひそめた。その噂が何かの意図を持って広められている可能性が高い。そして、それがいじめの引き金になったとすれば、背後にもっと大きな陰謀が潜んでいるかもしれない。
「これは偶然じゃないな……何かが裏で動いている」
和兎は心の中で、今回の事件が単なるいじめ問題ではなく、もっと複雑な謎に繋がっていることを確信し始めた。