第二章:謎の道具
ある放課後、和兎は保健室で書類整理をしていた。廊下からは部活の掛け声や、校舎を行き交う生徒たちの声が遠くに聞こえる。その時、いつものようにノックもなく、**入家きい**が勢いよく保健室のドアを開けた。
「ワトソン先生!すっごいことになってるよ!」
「……ノックくらいしろ。保健室に来るときは静かにしろと言っただろう?」
和兎は書類から目を離さず、冷静な口調でたしなめた。しかし、きいはそんな注意をまったく気にする様子もなく、机の上にズカズカと歩み寄ってきた。
「それどころじゃないんだって!この学校で、また事件が起きたみたい!」
「事件、か……」
和兎は眉をひそめたが、続けて書類に目を戻した。彼にとって、事件というのは特別珍しいものではなかった。学校では日常的に小さなトラブルが起きるし、それを解決するのも彼の一部の仕事だ。
「だからって、なんでお前が興奮してる?」
「それがね、怪しい場所があるんだよ!きっと証拠が見つかると思うんだけど、ちょっと見に行かない?」
「まさか……」
きいの瞳は輝き、そのままリュックから何やら見慣れない装置を取り出した。手のひらサイズの四角い機械で、見るからに最新鋭の技術を駆使したものだとわかる。和兎はそれに気づき、顔を上げた。
「……それはなんだ?」
「これ?ちょっとね、お父さんから借りてきたんだ。最新型の探知機でね、これを使えば怪しい場所の温度や振動を感知できるんだよ!」
和兎は無表情を保ちながらも、内心では疑問が膨らんでいた。「お父さんから借りた」と言うが、普通の父親がそんな高度な機器を簡単に娘に貸すものだろうか?そして、きいが言う「お父さん」は一体何者なのか。
「お前、本当に普通の高校生か?」
和兎は冷静に問いかけた。これまでにも何度か、きいはこの手の道具を「借りてきた」と言っては事件解決に役立ててきた。しかし、和兎にはそのたびに、彼女が言っていることが真実とは思えなかった。
「もちろん、普通の高校生だよ!」きいは悪びれる様子もなく、にっこりと笑った。
「……どこが普通だか」
和兎はため息をつきながら椅子から立ち上がった。きいが持ち出してくる道具はいつも謎に包まれているが、それを疑っても答えは出てこない。仕方なく、彼は事件の調査に同行することにした。
「で、その怪しい場所というのはどこだ?」
「グラウンドの裏手にある倉庫だよ。何かを隠してるかもしれない!」
きいは探知機を手に、まるで宝探しにでも行くかのようにウキウキと足を踏み鳴らしながら保健室を飛び出していった。和兎もそれに続き、無言で廊下を歩く。
「……ワトソン先生、もっと楽しそうにしようよ。事件解決って、もっとワクワクするものでしょ?」
「お前みたいに無邪気に事件を楽しむ気にはなれないな」
和兎はぼそりと答えたが、きいの背中を見ていると、少しずつ彼女のペースに引き込まれていく自分を感じていた。彼女の明るさと好奇心は、和兎の冷静さとは対照的だったが、どこかその無邪気さに惹かれている自分がいることを、彼は自覚していた。
そして、二人は倉庫へと向かった。事件の謎を解くために――。