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第3話 渋々の妥協

 ヴィルフレッドと猟師を置いて、リーヴァは館へ戻る道を不機嫌に歩いていた。狩りは成果なし、その上会いたくもない相手に嫌味を言われて腹が立たない謂れがない。


「リーヴァ!」


 突如背後から声を掛けられリーヴァは脚を止めた。彼女を呼び捨てにするのは両親以外にはただ一人しかない。


「ヴィルフレッド……」

 リーヴァは険しい顔で振り返る。名前を呼ばれることすら不快だった。


「リーヴァ、話しがあ……」

「私は貴方に用は無いわ」


 追って来たヴィルフレッドを再び置き去りにするように冷たく言い放って、リーヴァは踵を返そうとする。


「待って下さい。貴女に返したい物があるんです」

「返したい物? 私は貴方に何もあげたことはないけど」

 

 怪訝な顔で聞き返すリーヴァに、ヴィルフレッドは懐から大事そうに布で包まれた何かを取り出す。


「何?」

「貴女があの日、落としていった物です」


 布を開いてヴィルフレッドがリーヴァに見せたものは、舞踏会のあの日、リーヴァが怒りで投げ捨てた宝飾品類だった。見覚えのあるそれらにリーヴァの目がカッと開く。


「そんな物捨てて!」


 屈辱的な出来事と感情がまざまざ蘇り、リーヴァは思わず怒りに任せて叫んで、衝動的に宝飾品を叩き落とす。


「リーヴァ……」

「何なの⁉ 私がどんなに愚かで間抜けな人間かわざわざ思い出させに来たの?」


 何故今更過去を掘り返すような真似をするのか、リーヴァには理解出来ない。


「違います。私は貴女にあの日のことを謝ろうと……」


 怒るリーヴァと違い、あくまで冷静な姿勢を崩さないヴィルフレッドの態度が更に彼女の憤りを煽る。


 まるで、昔のことで感情的になっている私が大人げないみたいじゃない。引き摺ってる私が悪いって言うの? 酷いことをしたのはそっちなのに!


「謝罪なんか必要ない! 大体何をしにここへ来たの? 療養に来たというなら大人しくしてたらどうなの」

「済まない、リーヴァ……」


 ヴィルフレッドの端正な顔に憂いと悲哀が浮かぶのを見て、リーヴァは少し動揺する。


 どうしてあんたが傷ついたような表情をするの? 私が聞き分けの無い子供みたいじゃない。


 昔のことに拘っている自分が急に幼稚に思えてきて、リーヴァは尚一層惨めな気分になる。


「済まない、ね……」


 これであのことは無かったことにしろってこと? ヴィルフレッドにしてみれば別に大したことではなかったってことかしら……そうかもね。


「良いわ。貴方の謝罪を受け入れてあげる……これで気が済んだでしょう? だから、とっととここから出て行って!」


 私の大事な世界から……私の唯一の居場所から。


 破れかぶれに叫んで全身から拒絶の雰囲気を出し、今度こそリーヴァはヴィルフレッドを振り切って屋敷へと帰った。


 大体なんで湯治なんて言い訳してここへ来たのよ。私に謝りたいってなんで今更? それに療養なんて自分の領地でやれば良いのに。


 リーヴァは屋敷に戻って部屋に戻ってもまだ悶々としていた。落ち着かない様子で部屋の中をうろうろする。ヴィルフレッドの目的が見えない。


「そうだわ。弟に頼めば良いのよ」


 リーヴァの三歳下の弟アーベントは今、王都に遊学中だ。遊学と言うか、アーベントは無類の釣り好きで領内に居る間は釣りばかりするので、呆れた父のリーフェンシュタール伯にちょっとは勉強して来い、と送り出されたのだった。


「王都ならここよりも色々分かることがあるはずよ」


 独りごちて、リーヴァは手紙を書くべく紙と羽根ペンを手に取った。







 リーヴァはヴィルフレッドに会わないように、極力外出を控えるようになった。普段しないような刺繍をして気を紛らわすが、元来外に出るのが好きなリーヴァは目に見えてイライラしていた。


 そんな様子の娘に父ケルンが声を掛ける。ケルンは齢50近くになり黒髪に白いものが混じってきたが、若い頃と変わらず鍛錬を続けているので身体の衰えは感じさせない。威厳溢れる伯爵であるが、リーヴァにとって敬愛する父であった。


「リーヴァ、ちょっと良いか?」

 父の声に慣れない刺繍を難しい顔でしていたリーヴァが顔を上げた。


「なに、お父様?」

「あの騎士の事だ」


 途端にリーヴァの険しい顔が更に厳しくなるのを見てケルンが苦笑する。


「お前が外の人間が嫌いなのは分かるが、少しは彼の事情も汲んでやって欲しい」

「私は別に……」

「我が国が隣国と戦争になったのは知っているだろう?」

「ええ。それは勿論」


 リーフェンシュタールの領地からは遠く離れた出来事なので、リーヴァにとってはあまり実感は無かったが、戦争をしていた事実は知っている。


「その戦争だが、我が国が隣国の王位継承にちょっかいを掛けたのがそもそもの原因だ。その結果、逆に国境線を脅かされる羽目になったワケだが。何とか和平に持ち込んだが、この国に得るものは無かった。だが、王族はその事実から国民の目を逸らさねばならない。分かるな?」

「まぁ、それは理屈は出来るけど……」


 気分の良い話ではない。結局、膨大な金と命を掛けて無駄な争いを仕掛けた結果やり返されただけなのだから。


「それで、戦争の終結に功績があったと派手に国家が触れ回ったのが、実際に戦った者達だ。とりわけ貴族出身の騎士は持て囃すのにぴったりだったというわけだ……まぁ、実際に勇敢に戦ったのは事実だがな」

「……じゃあ、あの人も実際に戦ったの?」

「ああ。だから国家が彼らを労うのは当然のことだ。だが、自らの失態を覆うための隠れ蓑にするのは首肯出来ない、と私は思う」


 ケルンも若い時分、騎士団の一員として国境の警備に当たっていたことがある。今回の件で忸怩たる思いがあるようだった。


「彼らを英雄扱いし、あちこち夜会や舞踏会に引っ張り出していたそうだ。特にヴィルフレッドはあの通り見目の良い男だからな。連れ回すのに最適だったのだろう」

「……」

「それを見かねて、騎士団に残っていた私の友人を通じて少しの間預かって欲しいと頼んで来たのだ」

「そう……」


 戦場の過酷さはリーヴァには想像も付かない。そんな中にヴィルフレッドが居たと思うと、リーヴァは胸中複雑だった。嫌いな相手ではあるが、何も死ぬような酷い目に遭って欲しいという訳ではないし、話しに聞くような扱いを受けているとしたら、可哀そうではある。自分にしたことを許せるかどうかは別にして。


「別に仲良くしろとは言わんが、彼の事情も少しは分かってやって欲しいのだ」

「私は別に……」

「そうか。まぁ、しばらくは我慢してくれ」


 リーヴァの動揺を見て取ったのか、父ケルンはそれ以上追及はせず部屋を出て行った。


「そんなこと言われたって……どうしたら良いのよ」

 思わぬヴィルフレッドの境遇を聞いてしまい、リーヴァは途方に暮れる。彼の姿を見るのは嫌だが、事情を知った今出ていけ、とも言えない。


「……そう言えば私、ヴィルフレッドに出ていけって言ってしまったわね」


 刺繍針を置いて、リーヴァはため息を吐く。そしてしばらく考えた後重い腰を上げ、刺繍針の代わりに弓を手に取った。

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