「裁きの魔女」は、かわいい恋をしたい
――ピシィッ! と革の鞭が鋭い音を立てて、石床に叩きつけられる。
「おや、まだそのような口を利く余裕があったか」
尊大な態度で椅子に座る女は鞭を手に、唇の端を曲げて笑う。彼女が纏う濃紺の制服は体の線にぴったり沿うようなデザインで、タイツに包まれた脚を組んで座っているため妖艶さが増している。
制帽の下から覗くのは、冷たささえ感じられる美貌。艶やかな金髪をひとまとめにした彼女は凍てつくブルーの目で、目の前に座り込む男を睥睨した。
「よかろう。ならば、体に聞くまでだ」
「っ……!」
「おまえが罪を認めぬ限り、この部屋から出ることは叶わないぞ」
女は薄く笑い、鞭を振り上げた――
「はうぅ……! 仕事の後の甘味は、最高だわ……!」
「レミフィアなら好きだろうと思って、買ってきた」
「大正解よ! ありがとう、リアム!」
王国裁判所の、休憩室にて。
大きなスプーンを手にした金髪碧眼の女が、クリームたっぷりのふわふわケーキを至福の表情で味わっていた。
レミフィアは、ここ王国裁判所で審問官として働く女性である。
金髪を一筋の乱れもなく結い上げて規則どおりに制帽を被り、濃紺のスーツの腰のベルト部分には鞭を挿している。マントを翻してやってくる彼女の姿を見て、罪人たちは「『裁きの魔女』が来た」と恐怖に身を震わせた。
彼女の仕事は簡単に言えば、罪人への拷問だ。官僚たちが集めた資料をもとに犯罪者を縛り上げて罪状を並べ立てて詰問する、暴力が合法的に認められた役職である。
多くの人々から「裁きの魔女」と呼ばれ恐れられるレミフィアだが、裁判所の同僚たちは彼女の本性を知っている。
「それより聞いて、リアム! 明日、ビリーとデートなのよ!」
「そうか。明日は審問の予定もないし、ゆっくりできるな。どこかに行くのか?」
「ビリーのお屋敷に行って、お花を見ながらデートするの。この前買ったばかりのかわいいチェックのドレスの出番だわ!」
レミフィアが弾んだ声で言うのを、彼女の向かいに座る青年が静かな眼差しで見ていた。
黒髪にグレーの目を持つ彼の名は、リアム。レミフィアと同じく王国裁判所で働く、官僚である。
鞭を手に罪人をしばき上げるレミフィアと違い、リアムは事務担当だ。犯罪者が現れたらその素性を調べたりアリバイを探ったりして、資料を準備する。それをもとにレミフィアが審問を行うということなので、仕事におけるパートナーだった。
実家が代々審問官であるレミフィアと違い、リアムは伯爵家の三男坊らしい。家督を継ぐ長兄や騎士団に所属する次兄がいる彼は気楽な身分で、元々調べ物をするのが好きだったこともあり裁判所付官僚になったそうだ。
二人は同い年で、十八歳のときに王国裁判所に就職したときに知り合った。そうして、凄みのある美人だが中身はかわいいものと甘いものが大好きなレミフィアと、見た目はクールな一匹狼だが案外世話焼きなリアムは気が合い、二十二歳になった今もよく一緒に仕事で組んでいた。
リアムはレミフィアのことをよく分かっているので、彼女が仕事を終えたらケーキを買って待っていてくれる。そんな気の利く彼のことを、レミフィアはとても信頼していた。
レミフィアには婚約者のビリーがいるが、彼についての相談にもよく乗ってくれる。今も、ビリーとのデートの話をするレミフィアを、穏やかな眼差しで見守ってくれていた。
「いいんじゃないかな。明日もよく晴れるみたいだし、この時季は薔薇がきれいだ」
「そうでしょう! だから、今日の仕事は絶対に明日に回さないわ」
「いい心がけだよ」
リアムが笑顔で言うので、レミフィアはふふっと笑った。
きっと明日のデートも、うまくいくだろう。
「すまない、レミフィア。婚約を解消してくれないか」
「……はい?」
翌日、ビリーの屋敷にて。
庭園でお茶をしていたレミフィアはそんなことを言われて、頭から冷水をぶっかけられたかと思った。
昨日リアムにも自慢したかわいいチェック柄のドレスを着て造花を飾った日よけ帽子を被ったレミフィアは、正面に座る婚約者が硬い表情で告げた言葉が最初、うまく理解できなかった。
「婚約……解消……?」
「俺の方から交際を申し出たというのに、こんなことを言って申し訳ない。だが……俺では君を幸せにできそうにないと分かったんだ」
非常に申し訳なさそうに言うビリーを、レミフィアはぽかんと見つめる。
騎士の家系であるビリーは自身も騎士団に所属している、筋骨隆々とした青年だ。顔立ちはどちらかというと厳ついがその眼差しは柔らかく、物腰も丁寧だ。
去年、騎士団が罪人を裁判所に連れてきたときに、レミフィアが応対した。そのときに部隊長だったビリーと知り合い、彼の方から交際を申し出てきたのだ。
婚約に関してはどちらかというと本人たちよりビリーの親とレミフィアの親が進めたのだが、レミフィアとしてはビリーと結婚することに何の躊躇いもなかったし、彼とならきっといい家庭を築けると思っていた。
……だが、そう思っていたのはレミフィアの方だけだったようだ。
「……私は、ビリーに幸せにしてもらいたいわけじゃないわ。私もビリーを幸せにしようと思っていて――」
「それが、できそうにないんだ。……本当に申し訳ない」
ビリーの言い方に何か引っかかるものがあり、さては、とレミフィアはぴんときた。
「もしかして、他に好いた人が?」
「……そうだ」
ああ、そうだったのか、とレミフィアの胸が軋むが、そこまでのショックはなかった。
……最近、ビリーがデート中に物思いにふける様子が見られた。悩ましげな表情を見せることが多くなった。
いずれ結婚するのでいろいろ考えることがあるのだろうか、と思っていたのだが、そうではなかったようだ。
レミフィアは何回か深呼吸してから、そしてにっこりと笑った。
「そうなのね。……分かったわ。私としても、あなたを引き留めて無理強いはさせたくない。婚約を解消しましょう」
「ありがとう。だが、これは俺の問題だ。だからいっそ、俺が有責という形で婚約破棄してくれていい」
ビリーが必死に言うので、レミフィアは辛くなってきた。
ビリーは決して、無責任な男ではない。そんな彼がレミフィアを幸せにできないと思うのならば相応の理由があるのだろうし……「婚約解消」ではなくて「婚約破棄」の形でいいと言うのならば、それだけの責任を感じているということなのだ。
「あなたは本当に優しいのね、ビリー。でもあなた有責の婚約破棄となったら、あなたが好いた人と一緒にいることの足かせになるのでは?」
「だが、だからといってレミフィアが指を差されるようなことにはしたくない。悪いのは全て、俺なのだから」
本当に、見ていてやきもきしてくるくらい一直線な人だ。
そういう人だから、レミフィアも彼のことを好ましいと思っていたし……そんな彼の未来を応援したいと思うのだ。
「そういうことなら、分かったわ。私の方からあなたに婚約破棄をしましょう」
「……すまない、レミフィア」
「いいのよ。私こそ、無理を言って付き合わせてしまってごめんなさい。一緒に、お父様たちを説得しましょうね」
レミフィアが微笑むと、ビリーは硬い表情でうなずいたのだった。
レミフィアとビリーの婚約破棄は、あっさりと決まった。
互いの両親は報告を聞いて驚いたものの、子どもたちの気持ちをないがしろにして結婚の話を進めたことを後ろめたく思ったようで、「二人がそれでいいのなら」と了承してくれた。
ビリーの家はレミフィアたちに謝りっぱなしで、慰謝料も渡してきた。ここまでもらうわけには、と固辞したものの、それでも、と言うので受け取っておいた。
こうしてレミフィアはビリーという婚約者を失い、二十二歳フリーの「裁きの魔女」になったのだった。
「今日の鞭のキレはあまりよくなかったな」
「……そうかしら?」
ある日、街を歩いているときにレミフィアはリアムに言われたため、苦笑した。
今、二人は王国裁判所の所長に命じられて物資の注文に来ていた。いつもなら下級役人が行うがちょうどレミフィアとリアムの手が空いており……しかもリアムの方が「僕たちが行きます」と言いだしたので、メモを手に街に出ることになったのだった。
今日も午前中は審問があり、レミフィアの冷笑と鞭と毒舌が審問部屋にこだました。そんな彼女をリアムは部屋の隅で見守っていたのだが、何かに気づいていたようだ。
「今日の審問で、何か気になることがあった?」
「……あなたにはお見通しだったようね」
もしかするとリアムはレミフィアの調子がよくないと気づいて、気分転換も兼ねて街に出られるようにしたのかもしれない。
レミフィアは苦笑して、注文メモをひらひらと振った。
「あなたは見ていなかったかもしれないけれど、今日の罪人を連れてきたのが……ビリーだったの」
「ああ、なるほど。……二ヶ月前に婚約破棄したとのことだけど、やっぱり顔を合わせるのは辛いよな」
「ええ。ここしばらく会っていないからもう大丈夫だと思ったけれど……やっぱり堪えるわ」
ビリーは相変わらず騎士団にいるので、タイミングが悪ければレミフィアと顔を合わせてしまう。今日がその日で、だから午前中のレミフィアはどうにも調子が出なかったのだろう。
とはいえ自分では平常心を心がけたし他の同僚にも何も言われなかったので、気づいたのはリアムだけだったようだ。たくさんの人に心配されるのは申し訳ないので、彼一人でよかった。
「……私の、何がいけなかったのかしら」
ぽつん、とこぼすと、そんなレミフィアをリアムが見てきた。
レミフィアは顔が怖いし職業もなかなかえぐく、罪人を鞭でしばくことに何の躊躇いもない。むしろ、犯罪者でありながら嘘を並べ立てて責任逃れしようとする者を合法的にしばくときには、快感さえ湧いてくる。相手が婦女暴行犯などであれば、レミフィアの鞭で血しぶきが舞うことも珍しくない。
確かに自分は加虐趣味があるのかもしれないが、それはあくまでも仕事の間だけだ。レミフィアは普段から物騒なわけではないし、むしろかわいいアクセサリーや小動物、おいしいお菓子やフリフリのドレスが大好きだ。
困っている人がいたらつい手助けをしてしまうし、子どもたちが遊ぶ姿を見るとほっこりする。彼女の部屋はぬいぐるみや人形がいっぱいで、ベランダのプランターに咲いた花は毎日水をやって世話をしている。
「裁きの魔女」なんて呼ばれるが、中身は全くそんなことはない。ビリーもレミフィアの顔や仕事に惑わされず、中身を見てくれていると思ったのだが……違ったのだろうか。
「やっぱり、顔? それとも、仕事? 確かに罪人が血まみれで許しを請う姿には興奮するけれど、それは仕事の間だけなのに……」
「案外レミフィアって、恋愛小説に出てくるようなベタな展開が好きだよな」
「だって素敵だもの!」
恋愛におけるレミフィアの嗜好は、「裁きの魔女」とは真逆だ。
手を繋いで街を歩いて、おそろいのものを買って、ケーキの食べさせあいっこをして、お別れの際には頬にキスをしてもらう。
記念日には大輪の薔薇を贈ってもらい、「愛している」とキスをしてほしい。「かわいい」と、たくさん褒めてほしい。ぎゅっと抱きしめてほしい。
ビリーには性格を勘違いされたくなくて自分の素を出していたつもりでいたのだが、彼にとっては負担だったのかもしれない。
リアムはそんなレミフィアを見てやれやれと肩をすくめ、ポケットに入れていた右手を出してレミフィアの左手を握った。
「えっ」
「君、こういうの好きだろう。それとも、僕ではどきどきできない?」
「確かに好きだけど……なんだか迷子にならないように手を引かれている気持ちになるわ」
「ちっ……僕では身長が足りないか」
リアムはやや悔しそうに言う。
確かに騎士であるビリーと比べると官僚のリアムは小柄で細身だが、男性の平均身長はゆうにある。決してヒョロガリでもないし、涼やかな美貌は精悍さこそないが男性らしい魅力が十分ある。
「身長の問題じゃないから、大丈夫。それじゃあ今日の注文には、これで行きましょうか」
「それはそれで問題になりそうだから、やめておく……って、あれは」
「えっ?」
手を離したリアムが人混みの先を示したのでそちらを見て……レミフィアは、はっとした。
二人の目線の先に、街の大通りから裏通りに繋がる通路がある。そこから、見覚えのある青年と見覚えのない女性が出てきたのだ。
青年は間違いなく、ビリーだ。制服のままだが制帽を被っていないしマントも外していることから、午前で仕事を切り上げて午後から休暇を入れたのだろう。
彼の隣には、小柄な女性がいた。下手すると少女のような年齢に見える彼女は、ふわふわの栗毛を持つ愛らしい娘だった。ビリーは大きな紙袋を持っており、少女と手を繋いで歩いている。
「あ……」
「レミフィア……」
「……いいえ、何でもないわ。行きましょう、リアム」
レミフィアは視線を引き剥がし、リアムのジャケットの裾を引っ張って方向転換した。
そうして歩きながらも、胸の奥には小さな穴がぽっかりと空いているようだった。
やはりビリーは、レミフィアのことがタイプではなかったのだ。
彼が好きなのは、先ほどの女性のようなふわふわとした砂糖菓子のように愛らしい人。レミフィアとは真逆の見た目だ。
分かっていた、分かっていたのに。
現実を突きつけられるとどうしようもなく、辛かった。負けた気持ちになった。
「レミフィア」
「大丈夫よ。さあ、お店に行かないと……」
「僕では、だめかな」
リアムの方を見ずにずんずん歩いていたレミフィアは、足を止めて振り返った。
レミフィアに服を引っ張られていたリアムは彼女の手をそっと離させてから、今度はしっかりと手を握ってくる。そうして足早に大通りを進み、細い道を見つけてそこに連れ込んだ。
薄暗い小路の中で、彼のグレーの目がまっすぐレミフィアを見つめていた。
「僕では、君の最高の理解者にはなれないかな」
「リアム、何を言って……」
「僕なら君のために毎日ケーキを買ってくるし、君の仕事の愚痴を何でも聞ける。守秘義務の点でも、僕が最適だろうしね。それに君が好きなドレスやアクセサリーのことも知っているから、何でも買ってあげられる」
「あ、あの……?」
「僕は君のかわいいもの好き、甘いもの好きなところを、誰よりも知っている。……僕では、あの男の代わりにはなれない?」
思いがけず真剣に問われたレミフィアは、これが「最高の相棒でいようね」という意味ではないことが分かってしまった。ビリーにはフられたが、決して恋愛感情ににぶいわけではないのだ。
それでも、今の今まで気づかなかった。
リアムが……こんなに熱い眼差しで、自分を見るのだということに。
「リ、リアム? 代わりって、何の――」
「僕は君のことが、好きだ」
「きゃっ!?」
ぐいっと手を引っ張られたレミフィアが小さく悲鳴を上げるが、リアムは倒れ込んできた彼女を難なく抱き留めて自分の胸元に引き寄せてしまった。
ビリーより小柄で細身だが、それでもレミフィアが抱きつくと彼の腕の中にすっぽりと収まってしまう。ジャケットの胸元から漂うのは、彼がいつもたしなみのために身に付けているコロンの匂い。
甘すぎずツンともしすぎない、レミフィアも好きな香りだ。
「四年間、ずっと好きだった。君と組めるのが本当に嬉しくて、君のために頑張ろうって思えた。僕は罪人をしばき上げる君の横顔も好きだし、僕が買ったケーキをおいしそうにほおばる顔も好きだ。……それなのに『好き』と伝える勇気が出てこなくて……あの男に先を越されてしまった」
「え、あ、あの……?」
「君が幸せなら、それでいいと思った。でも、あいつでは君を幸せにできないし、君ではあいつを幸せにすることもできない。それなら、僕が君を幸せにする」
「ひゃっ!?」
「だから……どうか、僕を選んでくれ。レミフィア」
抱きしめたままリアムが言うので、レミフィアは硬直してしまった。
リアムに、告白された。
四年間最高の相棒だと思っていた人に、好きだと言われた。
脳の処理が追いつかないレミフィアを見かねたのか、リアムはそっと彼女の体を離した。
「急にこんなことを言って、ごめん。君との関係が壊れるのが怖くて、ずっと言わずにいたのに……迷惑だよな」
「あの、違うの。迷惑とかじゃなくて……でも」
申し訳なさそうな顔のリアムに、レミフィアは急いで言う。
「私、その、リアムのことは最高のパートナーだと思っているわ。私が返り血で顔が真っ赤になっても怖がらずにいてくれるのは、リアムくらいだし」
「そりゃあまあ、拷問をすれば血まみれにもなるからね」
「私のくだらない話にも付き合ってくれるし、趣味も分かってくれるし」
「好きな女性の話は何でも聞いていて楽しいし、君の趣味はかわいいなぁって思っていたからな」
「あ、あの、でも、私、婚約破棄したばかりの女で……もう二十二歳だから、結婚も考えないといけなくて……」
「婚約破棄はあっちが悪いんだから、気にしなくていい。それに僕だって、お遊びの関係を求めているわけじゃないよ。君との結婚を考えた申し出なんだから」
リアムが真面目に言うので、レミフィアはしげしげと彼を見て――そして、彼との未来に思いを馳せてみた。
交際しても結婚しても、レミフィアとリアムは今の仕事を続けるだろう。
仕事中はこれまでどおり、リアムが準備した資料をもとにレミフィアが罪人をしばく。愚者を叩きのめす喜びに哄笑を上げるレミフィアのそばで、リアムはカリカリとペンを手帳に走らせて審問の様子を記録する。
仕事が終わったらリアムのケーキで一服して、家に帰る。二人が暮らす家はレミフィアの趣味が反映されていて、庭にはたくさんの花が咲き、自室にはたくさんのぬいぐるみがある。
クローゼットを開けるとかわいい服がたくさん飾られていて、寝る前にはおやすみのキス、起きたらおはようのキスをする――
そんな未来を頭の中に描いたレミフィアがぽぽっと頬を染めると、彼女が考えていることがだいたい分かったらしいリアムが笑みを深くした。
「君のお願いだったら、何でも叶えるよ。これでも僕って甲斐性のある方だし、甘いケーキも小動物の世話も花の手入れも好きだからね。君がほしいものなら何でもあげるし、行きたいところにはどこにでも一緒に行くよ」
「……あの、リアム。その……すごく、嬉しいわ」
でも、とレミフィアは指先をもじもじとすり合わせる。
「あなたのことは、その、相棒という感覚が強くて……嫌じゃないのよ!? でも、いきなりいろいろなことをするって言われても困ってしまって……」
「ふふ、分かっているよ。これからレミフィアが僕のことを好きになってくれるように、頑張る。それからまた、返事をくれたら嬉しいよ」
リアムはレミフィアの性格も熟知しているようでそう言い、その指先にちょんとキスを落とした。
それだけでレミフィアの頬がぶわっと熱くなってしまったので、リアムはくすくす笑った。
「本当にかわいいな」
「っ……あ、あの、お手柔らかにお願いします」
「君の願いなら、もちろん。……君の大好きなかわいい恋を、一緒にしようね」
リアムはそう言って、レミフィアの真っ赤な頬に愛おしげに触れたのだった。
「……それにしても、ビリーと会ったことがこんなことに繋がるなんて思いもしなかったわ」
「そうだね。……それにしても、あいつが持っていた紙袋はもしかして、先輩が言っていた……」
「なぁに?」
「ううん、何でもない。……今日の仕事が終わったら、カフェにでも行く? 君が好きそうなとろふわクリームケーキがある店を、この前見つけたんだけど」
「行くわ!」
その日の夜、王都のとある家にて。
――ピシィッ! と革の鞭が鋭い音を立てて、床に叩きつけられる。
「本当に、だめな人だこと。こんな格好にされているのに興奮するなんて、どこまで変態なのかしら?」
「っ……」
「おまえ、元婚約者にこういうことをしてほしかったのよね? 『裁きの魔女』なら自分の尻を叩いて豚扱いして罵ってくれるはずだ、って。それなのに見た目とは全然違うかわいい趣味のお嬢様だったから、申し訳なくなったって?」
「その……」
――パシィッ!
「おやおや、豚が人間の言葉をしゃべるなんて、おかしなこと。……でも、よかったじゃない。おまえの変態趣味がバレる前に、お嬢様の手が汚れる前に自由にしてあげられて」
「ブヒ……」
「大丈夫よ、これからは私がそのかわいいお嬢様の代わりにおまえを虐めて泣かせて縛ってあげるから。さあ、次はどこを叩かれたいの?」
椅子に座った少女のような見た目の栗毛の女性が、ぽんぽんと手の中で鞭を遊ばせながら微笑んでいる。
彼女の前に跪くのは、体中を紐で縛られたほぼ全裸の大柄な男性。その様はまさに、これから煮付けにされる直前の豚である。
ブヒブヒ鳴き声を上げながら尻を差し出し、愛らしい恋人にしばかれる男の名は、ビリー。
……彼らの近くに転がった紙袋には、「特売品! 女王様と下僕セット(Bタイプ)」と書かれていたのだった。
このドMめ!