アメリアと画家さん。
えっぐは絵を持って、ぱたぱた飛んでいた。
絵が、欲しがっている人を教えてくれるような気がして、そんな気がする方向に向かっている。
何日か飛んだら、その先には立派なおうち。
ひとつだけ部屋の窓が開いている。
えっぐはこっそり覗き込むと、部屋の奥に大きなてんがい付きのベッド。
そこで本を読んでいる女の子。
この女の子は絵を描いていた子と違い、髪の毛はきちんと結われてツヤツヤである。
寝巻きを着ているのもあり、ゆるっとしたヘアスタイルながらも、しっかり整っていた。
「こんにちはーっ」
えっぐは窓のふちに立って、あいさつをする。
声に気づいた女の子が窓を見やると、まるまるとしたうさぎ……? 驚いて目を開くものの、挨拶をしてくれたので、女の子は本を閉じてえっぐの方をしっかり見た。
「こんにちは。うさぎさん、遊びに来てくれたの?」
顔色はあまり良くない様子であるが、笑顔で答えてくれた。
「えっぐ!」
「えっぐさんなのね、わたしはアメリアよ」
「アメリア! よろしく!」
「よろしくおねがいいたします」
えっぐは、絵を描いた女の子の名前を聞くのを忘れていた事を思い出したが、今それを思い出しても仕方ない事であった。
「はい、これあげる!」
えっぐは、アメリアのそばまで来て、丸まった布を渡す。
決して質がいいとは言えない、キャンバスのような布ではなく、古めかしくちょっとクタッとした布で、布を留めている花でつくられた輪も、数日飛んで探し回っていたのもあり、すこし枯れかけている。
「ありがとう」
「ごめんね、えっぐがぴゅーんって飛べないから、お花枯れちゃった」
それでもえっぐの差し出した物を、笑顔で受け取るアメリア。
花の輪っかを取り、布を広げると草花で描かれた風景画。
「わぁ! 素敵!!」
アメリアの顔が明るくなり、えっぐも笑顔になる。
「アメリアより小さい子が描いた絵!」
「えっ、そうなの? すごいわ!」
しばらくその絵を眺めていたアメリア。
「わたしは、この家の外の景色も、窓から見える物以外知らないわ……」
「お外に行かないのー?」
「わたし、太陽の光を浴びると、肌が弱くて火傷みたいな怪我をしちゃうのよ……だから、この部屋の窓も北側にあるのよ」
たしかに太陽の光は入ってこない。
景色も日陰の中だ。
「あー、だからアメリアは、景色の絵が欲しかったんだね」
描かれた絵にある心は、欲しい人のところに届いてほしい。物にだって心はあるのだ。
直接訴えかけずとも、妖精たちはふんわりと想いを受け取れる。
「ありがとう、妖精さん。何かお礼を……」
「えっぐじゃなくて、描いた人にお礼してー」
えっぐはたまご型ボディをぷるぷるふって、自分にお礼は要らない意思を示す。
妖精はありがとうの気持ちだけで、心が満たされて、嬉しい気持ちになるので、物品はいらないのだ。
「それじゃあ……」
アメリアはベッド脇にある引き出しを開けると、木箱を取り出した。
その上の引き出しからは、刺繍の入ったハンカチとリボンを取り出して、木箱を包む。そしてリボンで結んだ物をえっぐへ渡す。
「色えんぴつ、小さな画家さんに渡してもらえるかな? わたしは絵が苦手で上手に使えないから、画家さんに渡したいわ」
「わかったー!」
アメリアから預かった色えんぴつをしっかり持って、えっぐは入ってきた窓から出る。
手を振る代わりに、耳を左右に振ってバイバイと言って、飛んで行った。
行く時は絵の持つぼんやりした気持ちだったが、戻るのは場所がわかっているのと、色えんぴつが明確に渡す人を示してくれるので、女の子のところへ、一直線に飛んで行ける。
とはいえ、山を越え、川を越え……かなりの距離を移動しているので、時間はかかる。
行く時の半分くらいの日にちはかかったけれど、ようやくたどり着く。
女の子は家の外で、洗濯をしているようで、タライの中のシーツを踏み洗いしていた。
「おーーい」
えっぐは少し遠くから女の子に声をかけると、女の子も気づいて手を大きく振ってくれた。
「妖精さん、おかえりなさーい!」
「届けてきたー! 喜んでくれたよー」
「やったぁ!! ありがとうっ!」
声を出しながらも、女の子の足は止まらない。
タライからシーツを取り出して、井戸の横にある平らな石の上にたたんで乗せてまた踏んで、水を出す脱水作業をする。
そしてシーツを空のタライに入れ、物干しまで運んで広げて干して乾かす。
女の子の背でも出来る物干しの高さなので、普段からやっているのがよくわかる。
「よしっ、あとは乾くまで自由時間だー! 妖精さんごめんね、待たせちゃって」
女の子は両手を握り高く上げて、喜びを表す。
えっぐはふるふるとたまごボディを振って、大丈夫と言葉を返す。
「これ、アメリアからー」
そして、包まれている木箱を渡す。
「あめりあ??」
謎の言葉に女の子が首を傾げる。
「キミの絵をもらった子が、絵のお礼にってー」
「えぇぇーー?!」
今まで絵を描いて、上手だねと母親に褒められたことはあったものの、何かをもらったことがない女の子は、のけ反って驚きを示した。
そして、アメリアのことを、えっぐはわかる範囲で伝えると、女の子は眉を下げた。
「お日様に当たれないから、お外の景色喜んでくれたのね……」
えっぐから包みを受け取り、丁寧にリボンを外すと、刺繍のハンカチに驚いて、おもて裏と繰り返し凝視した。
「みてみて、妖精さん!」
「えっぐ!」
「えっぐ、見てよ! 前も後ろも綺麗に模様あるよ!」
「わー、ほんとだー」
ハンカチを挟んで向かい合わせになっているので、女の子はぴらりぴらりとハンカチを返す。
綺麗なお花がたくさん糸で作られていて、ふたりは目を輝かせ感動を共有した。