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しあわせの中に 彼を探す  作者: はやはや
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第四話

 姉とイタリアンレストランで食事をしてから、数週間が経つ頃だった。

 午前中のレッスンを終え、昼休みにスマホを見ると、母からの不在着信が数件と、留守電にメッセージが数件入っていた。胸騒ぎを覚える。

 不安を抱きながら、留守電に入れられたメッセージを聞く。

――お姉ちゃんが倒れたって。M総合病院に搬送されたらしいの

――今、病院に着いた。ひとまず連絡下さい

 どちらも母の声だった。

 姉が倒れた……信じられなかった。数週間前に会った時は元気だった。この数週間で倒れる程、体調不良になるなんてことあるのだろうか。

 震える指でスマホを操作し、母に連絡を取り、「今から病院に行く」と伝えた。事情を話すと、職場の人も心配してくれ、午後のレッスンは本社から、ピンチヒッターで人が来てくれることになった。そして、しばらく休みをもらったのだった。


 教室の目の前にある駅から、タクシーに乗り、病院へと向かった。お姉ちゃんの容態が気になりながら、とにかく無事を祈る。病院に着いたのは、午後二時過ぎだった。

 お姉ちゃんの病室は、八階の脳神経外科病棟だった。脳に病気が見つかったのか? それなら麻痺とか失語症とかあるんじゃないか? 心配と絶望が現実味を増していく。

 恐る恐る病室に近づき、扉をノックした。スタッフルームのすぐ隣の個室だった。中から「はい」と、母の声がした。ゆっくり扉をスライドさせる。

 病室にいた両親と目が合う。その前にあるベットで姉は眠っていた。


ー☆ー☆ー☆


 姉が自分の部屋で、倒れているのを見つけてくれたのは、同じ会社の沙川さがわさんという男性だった。そう、姉の婚約者だった人。

 沙川さんは、その日出張で、朝、姉に行ってくると、メッセージを送ったらしい。いつもならすぐに返事が来るのに、その時は三十分経っても返事がなく、妙に気になり、駅に行く前に姉の家に寄ったのだという。

 インターホンを押しても返事がない。そこで、姉から預かっていた合鍵で部屋に入ったところ、姉が玄関先で靴も脱がずに、倒れているところを発見してくれたのだった。

 両親によると、佐川さんは泣いて謝っていたという。

 前日の十二月二十五日、二人は会っていた。いつもなら部屋まで送るのに、昨日は駅で別れたのだという。

「明日、朝一で移動でしょ? 明日に備えて、少しでも早く帰らなきゃ」

 姉は笑ってそう言ったそうだ。

 沙川さんが、発見してくれていなかったら、姉はもっと長い間、誰にも気づかれないままだっただろう。そう思うと背筋が凍る。

 その思いは、両親も同じだった。


 検査の結果、姉には小さな脳腫瘍が見つかった。意識はあり、意思疎通も図れるものの、体に力が入らないようで、食事も母に食べさせてもらっていた。

 身体的な違和感等、何かしら症状が出ていたのではないか、と医師から言われたけれど、姉と数週間前に食事をした時は、何も変わりなかった。もっと姉のことをよく見ていたら、小さな異変に気づくことができたかもしれない……

 そう思うと悔やんでも悔やみきれない。


ー☆ー☆ー☆


 姉の手術は無事終わった。病理検査の結果、腫瘍は良性で、それがせめてもの救いだった。けれど、左半身に麻痺が残った。姉は泣いたり、八つ当たりしたりしなかった。やっぱり強いと思う。

 リハビリでは、マッサージを受けたり、歩行訓練や段差を上り下りする練習をしていた。今まで当たり前にできていたことが、できなくなるというのは、受け入れ難いし、辛いことだろう。

 退院まで半年程かかるだろうと言われていたけれど、実際には三ヶ月で姉は退院できた。リハビリでの血の滲むような努力の甲斐もあり、杖を使えば歩けるようになった。

 そんな姉だからこそ、自分が誰かの足かせになるのは、嫌だと思ったのだろう。退院して、しばらく経った頃、姉は沙川さんと別れた。

 沙川さんは「一緒にいよう」と、姉を引き留めたらしいけれど、姉は決して首を縦に振らなかった。

「ぜったい、こうかいするときが、くるから」

「みずきは、わたしのこと、きにせず、しあわせになるんだよ」

 姉は辿々しい言い方でそう言った。それを訊いた時、私は泣いてしまった。本当なら、姉が泣きたいはずだろうに。


 姉の悲劇は、私の中に、憤りと不安の気持ちを生んだ。

 どうして、姉がという気持ち。そして、私もいつか、姉と同じように、大切なものを無くすかもしれないという気持ち。私は姉みたいに強くないから、何かを突然奪われたら、生きていけないんじゃないか。そんな不安に怯えていた。

 それらに呑まれてしまわないように、私は毎日一生懸命、仕事に向き合った。仕事に没頭している時は、それらの気持ちから解放されたのだ。

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