第三話
土曜日になるまでにも、電話やメッセージでやりとりをしていた。そして、土曜日。隣の市にある、空港近くのアウトレットモールに行った。桃弥君は車を出してくれた。
空港が近づき、真上を飛行機が飛んでいくのを見ると、すごく遠くまで来てしまったような気がした。
車から降りて、二人で並んで歩く。前に映画を観に行った時より、距離が近いような気がする。ポップコーンの中で、指先が触れ合った時のように、桃弥君も同じことを思っていたりするのだろうか。
モールの中を端から端まで見て回り、ランチをし、お茶もした。海に面する形で造られている、このモールは水平線に沈んでいく夕陽を見ることもできる。
「海の側まで行ってみない?」そう言われて、私は頷いた。するとその時、私の右手に何かが触れた。
桃弥君が手を繋いだのだった。驚きのあまり、握り返すのに時間がかかった。そして、その動作はぎこちなくなった。
こうやって会う度、電話やメッセージでやりとりをする度、距離が近づいているように感じる。そして、実際そうなのだった。
前に映画を観に行った時。別れる直前に冗談っぽく軽く抱きしめられた。電話やメッセージでは
――瑞希のこと好きだから
――側にいたいんだ
桃弥君は気持ちを包み隠さず話してくれた。それに対して私は、
――ありがとう
――そんな風に言ってもらえて嬉しい
とはぐらかすような返事をしていた。桃弥君のことは好きだ。でも、それは恋愛対象として好きというより、友達よりの好きだった。そんな、どっちつかずの態度を取る私に、桃弥君はやきもきしたのだろう。
今日の別れ際、キスをされそうになった。唇が触れることがなかったのは、私に原因がある。
家の近くまで車で送ってもらい、降りようとした時だった。「瑞希」と呼び止められた。振り返ると桃弥君が、肩を引き寄せた。
お互いの顔が目の前にあった。キスされる、とわかると恥ずかしなって、目を閉じた。そうしていても、桃弥君の気配をすぐそこに感じた。
と、次の瞬間冷たい声が響いた。
「そんな震えられたら、キスなんてできねーし」
目を開けると、桃弥君は私から体を離した。この時、桃弥君を傷つけていることに気づいた。私のどっちつかずの態度が。
「もう一回言うけど、俺は瑞希が好きだから。ちゃんと考えて」
そう言われて私は「うん」としか返せなかった。
ー☆ー☆ー☆
自分の部屋で気持ちを整理する。私は桃弥君のことをどう思っているのか。桃弥君が思ってくれているように、私も思いを返せるのか。それは、できない。桃弥君の気持ちには答えられないと思った。
二人で出かけた二日後、私は思い切って桃弥君に電話をした。私の気持ちを伝えるために。正直な私の気持ちをありのまま、桃弥君には伝わると信じながら話をした。最初は納得してくれなかった桃弥君も最後には「わかった」と言ってくれた。
もし、桃弥君の気持ちに応えることができたらなら、幸せになれただろう。それほど、彼の気持ちは愛情深かかった。そして、その気持ちに応えられる誰かが羨ましかった。
大学に入って初めてのクリスマスが近づいたある日、綾子がある物を見せてくれた。
それは、精華医大のクリスマスイルミネーションチケットだった。それは精華医大に知り合いがいないと、手に入らない物だった。そして、有名なジンクスがあった。
〝イルミネーションを一緒に見た人と、永遠に結ばれる〟
ジンクスとしては、ありきたりかもしれないけれど、私達の間では、そのクリスマスイルミネーションに行くのが、憧れになっていた。
綾子は飲み会で仲を深めた、医大生と付き合うようになっていた。
「綾子、順調すぎ! ジンクスが叶ったら結婚もできるじゃん!」と、早絵は言った。綾子は彼のことが心から好きなのだろう、綺麗になった上に幸せオーラに包まれていた。羨ましかった。
どうして、互いに想い合えるのだろう。どちらかの気持ちが重くなったり、薄れたりすることはないのだろうか。
私はやはり、恋愛が下手なのかもしれない。
それから綾子は、そのイルミネーションを見に行った彼との関係を大切に育て続け、ジンクス通りに永遠に結ばれたのだった。
ー☆ー☆ー☆
大学を卒業して、私はある企業が運営する、幼児教室に就職した。その企業は幼児教育に力を入れていた。私が働く幼児教室以外にも、ピアノ教室やインターナショナルスクールを展開している。
就職と同時に私は実家を出た。とはいえ、実家まで二時間弱で帰れる場所で、一人暮らしを始めたのだった。私より二つ上の姉も、二年前に実家を出ていて、私も家を出ることが決まった時は、両親の表情が寂しそうに見えた。
でも、引き止めるようなことを言わないでくれたのがありがたかった。しばらくは仕事を頑張り、ゆくゆくは親孝行ができたらいいな、なんて考えていた。
それは結婚や出産ということになるのだろうか。
そんなことを考えていた時、おめでたい出来事が起きた。姉から「来年結婚するんだ」と連絡が来た。姉に付き合っている人がいることは聞いていた。
携帯の写真を見せてもらったこともある。同じ会社の人で同期だと言っていた。私とちがい気が強い姉を、ここまで幸せに包む人だから、きっといい人にちがいない。
互いの両親には、このお正月に話をし、年明けにそれぞれの実家に挨拶に行くとのことだった。
十二月初め。二人でささやかな前祝いをした。イタリアンレストランで、食事をしながら彼の話を聞いた。「瑞希は? 付き合ってる人いないの?」姉に訊かれ、私は首を横に振った。
桃弥君と出会った後も、二人程付き合うような関係になった人はいたけれど、私が強く押しすぎたり、逆に向こうの押しが強かったりして、いずれも上手くいかなかった。
姉のように、こんな風に幸せな表情を、浮かべられる日が私には来るのだろうか。そう思うと少し不安になった。
ところが、姉の幸せな時間は、突然奪われた。