【しあわせの中に 彼女を探す 番外編】 第一話
以前に投稿した【しあわせの中に彼女を探す】という作品の番外編です。
この作品単独でも読んでいただけます。
朝から気持ちが落ち着かない。何を着ていこう。ワンピースは、さすがに張り切りすぎか。髪を巻いている時点で、気合いが入っているよなと鏡を見る。
今日、大学の友達の舞岡綾子と蒔田早絵と、飲み会に行くことになっていた。社交的な綾子が、セッティングしてくれた。
相手は精華医大と稜北大学の学生だ。私が通う清修大学は、この二つの大学の近くにある。いずれもキャンパス前駅という私鉄が、最寄り駅になる。
精華医大の学生は、一年生の時に、清修大で講義を受ける機会がある。入学の時のオリエンテーションで、そのことを聞いた。確か、様々な学生との交流を図るとか……
私達は児童心理学を学ぶ学部に入学した。子どもの発達に関する講義を、精華医大の学生が受講していて、綾子はその時に、精華医大の学生の一人と仲良くなったようだった。その医学生の友達が稜北大にいて、「ソイツも誘っていいか?」と聞かれたようで、綾子はOKしたのだった。
「いろんな大学の子と知り合えたら楽しいでしょ」と、綾子は言った。講義に慣れるだけで精一杯の早絵と私とは違い、綾子はいろんなことに積極的だ。
入学してすぐに、イベントサークルにも入ったと言っていたはずだ。そして今、綾子が何より求めているのが、恋愛につながるような出会いだった。
午前八時前に家を出る。私は実家から通学している。大学までは一時間弱。今日は一限から授業がある。みっちり四限まで授業を受けてから、三人で飲み会に向かうことになっていた。
電車の扉の前に立ち、窓の外を流れる風景に目をやる。新しいパンプスを履いてきたので、つま先が痛くなってきた。菫色のニット地のチュニックにスキニーパンツ。ちょっとカジュアルすぎたかな? 早絵や綾子は、どんな恰好で来るのだろう。そう思いながら、窮屈なパンプスの中で、指を動かした。
ー☆ー☆ー☆
早絵も綾子もいつもより、女子を意識した格好をしていた。早絵は落ち着いたピンク色キャミワンピースに、グレーのシャツ。綾子は黒色のフレアスカートに、キャメルのカットソー。
何か私だけいつも通りの格好みたい……と思っていると
「瑞希が気合い入れすぎてなくて、よかった」と早絵が言う。それに合わせるように、綾子も「それ、私も思った! 瑞希がバッチリ決めてきたら、私達勝ち目ないもんね」と言う。
二人はメイクも服装も、いつもきちんとしていて女子力が高い。一方で私は、メイクも服装も自信がないから、当たり障りない物に落ち着いている。
「それが通用するのは、瑞希の素がいいからなんだよ」と綾子は言うけれど、そんなことないよなと自分では思う。
高校の頃、二回ほど告白されて付き合った人がいたけれど、どちらも長くは続かなかった。
一人目は高一の時。同級生だった。サッカー部に入っている子で、名前を聞いたことがあった。サッカー部のマネージャーをしていた友達が、間を取り持つような形で何回か遊びに出かけ、そして告白されたのだった。
その時は、ただただ驚いて「うん」と頷き、彼の告白を受け入れた。それからは、昼休みを一緒に過ごしたり、テスト期間、彼の部活が休みになる間は一緒に帰ったりした。
でも、会えない時に「今、何してる?」とか「どうしてた?」と聞かれることに、私が疲れてしまった。そして、別れを切り出した。彼は最初怒っていたけど、そのうち別の子と付き合い始めた。私じゃなくてもよかったんだ、と思った。
二人目は高二の終わり。一つ上の先輩だった。
先輩は大学で県外に出ることになっていて、三学期と春休みの間しか、一緒にいなかった。遠距離になった途端、連絡する回数が減り、自然消滅という形で終わった。
こんな恋愛経験しかないから、綾子や早絵には敵わないと思う。実際、二人は大学に入るまで、長く付き合っていた人がいたようだ。
今日の飲み会での出会いを意味あるものにできるのは、二人だろう。
ー☆ー☆ー☆
午後四時過ぎ。講義が全て終わった。飲み会は午後六時からだったから、三人で構内の空き教室で、喋って時間を潰した。綾子が予約してくれた居酒屋は、創作和食のお店で大学から歩いて十五分くらいだった。
三人で六時過ぎに着くように大学を出た。足に馴染んでいないパンプスで、十五分歩くのは少しきつかった。でも、何とか到着し、一安心する。相手の男の子達は、十分ほど遅れてやってきた。
とりあえず、飲み物を注文し乾杯する。私はお酒が強くないので、一杯だけにしようと思った。そして、お決まりの自己紹介。私はこういうとき、必要以上に緊張する。一時のことにせよ、自分に注目が集まるから。自意識過剰だよなと思うけれど、どうしても慣れない。今日もしどろもどろになった。
注文した料理も届き、会話に花が開いていく。初めは向かい合う形で座っていたけれど、そのうちみんな自由に席を変わり始めた。私はこれも苦手。一番隅の席に固まったまま、私は動けなかった。
すると隣に稜北大学の子が座った。確か名前は佐野桃弥君。ドライブが好きと言っていたはず。綾子と早絵を見やると、すっかり馴染んで男の子の楽しそうに話している。
居心地の悪さを感じ、ドリンクを手に取った。氷が溶けて、さっきより味が薄くなっている。
「こういう場、苦手?」
桃弥君が自分のグラスに手を伸ばしながら言う。
「うん。人見知りしちゃって」
「わかる。俺もあんまし得意じゃない」
「そうなの? そんな風に見えない」
いくつか言葉を交わした。そして、その流れでお互い自分のことを、少しずつ話した。私は家で飼っている愛猫、マンチカンのプリッツのこと。桃弥君は北海道を車で回った話。緊張せずに話している自分に驚いた。
そして、流れで連絡先を交換した。
ー☆ー☆ー☆
気がつくと十時を過ぎていて、とりあえず今日はお開きということになった。結局、最後まで、ほぼ桃弥君としか喋らなかった。
綾子も早絵もお酒が回っているらしく、テンションが高い。私のことなんて忘れてしまっているようだった。駅に向かうため、店の前でみんなと別れる。
「また飲もうー!」という社交辞令に「うん!」と、できるだけ同じテンションで返す。そして、喧騒から離れるように、夜の中に一歩踏み出した。
朝から無理して履いているパンプスの足が、限界になっている。夜になって浮腫みも出てきたのだろう。数本歩いては痛くて立ち止まる。
これじゃあ駅まで三十分かかるんじゃないか。そう思うと、声を上げて泣きたくなった。
「足、大丈夫?」
不意に後ろから声をかけられ、飛び上がる。
「ごめん。びっくりさせた」
振り返ると桃弥君がいた。「え? どうして」と言うのに被せるように、桃弥君は「ちょっと待ってて」と言うと、数メートル先へと走って行った。その店は深夜まで営業している大手の百均ショップだった。
一度立ち止まると、足の痛みは酷くなり、私はその場から動けずにいた。桃弥君が袋をぶら下げ、戻って来る。
「これに履き替えて」そう言って袋から取り出したのはサンダルだった。
「ごめん。ありがとう」情けないやら恥ずかしいやらで、私は俯いたままそれを受け取った。パンプスを脱ごうとして、よろけた私を桃弥君が支えてくれる。
恥ずかしかったけれど、その手を借りた。そして、そのまま駅まで送ってもらったのだった。