九十話 譚迩伊/タンジー
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「空気読んで律儀に待ってくれるとは思ったより冷静やないか、葵。ありがとな」
「礼を言う暇があるならそこを退け、沙莉。最後の忠告だ。お前に興味があるわけじゃないけど、お前は遥以外で唯一の友達だ。だから殺したいわけじゃない。頼むから退いてくれ」
「友達か……。そう言ってくれるなら尚更退くわけには行かんなぁ。友達だから!ダチとして!ウチがお前を止めなアカンからな!!」
「……分かった。そこまで言うならやってみろよ、沙莉!!本気は出さない、だけど舐めはしない」
「言ってくれるやないか……ええよ。ならウチの目標はお前に本気を出させる事や!!後先考えずに突っ込む奴がどれだけ恐ろしいか分からせたるわ。……さぁ、ド派手に負けに行こうやないか!!」
エプロンは指輪に想いを込めると右手を空高く突き出す。
すると、その意思に応えるように指輪が強く光り輝く。
エプロンと葵の場所を起点として魔法陣が描かれると瞬時に組み上がっていく。
2人は組み上がったその上に転移される。
それはエプロンにとっても葵にとっても慣れ親しんだ場所の上だった。
「これは……なるほどな、確かに説明は必要ない。それにここほどウチらにやりやすい場所はないからな!」
「あの子、思ったより凄い魔道具を作るな…。しかもチート能力とは関係ないんだから恐ろしい。天才だな」
「やろ?」
「ああ、まさかこの世界でリングの上に立つことになるなんて思いもしなかった」
「ウチもや。それに、」
エプロンはロープを潜りリングから降りようとするが謎の壁が邪魔をしてそれを阻む。
「見ての通り場外戦はなしや。これなら正々堂々リングの上で決着つけられるからな」
「結果は見えてるけど」
「かもな。やけどリングの上は何が起こるか分からんからな。ウチら元レスラーなら分かるやろ?偶然や奇跡が同時に起こるのがこの上やって!」
「やってみればいい。やってみれば分かる。そんなものは存在しない事、元レスラーならお前も分かってるだろ!」
「さぁ、どうやったけ!?」
2人は同時に飛び出し組み合い、そこから直ぐに両者の殴り合いに進展する。
真正面から殴る葵に対しエプロンは葵の側頭部や後頭部を中心に攻撃を当てていく。
この攻防を強引に押し切ったのはエプロンだった。後頭部を執拗に攻めた攻撃で葵に膝をつかせる。
更にエプロンは勢いに乗るべく葵の体を無理矢理起こすと自らをロープに振り、反動をつけ追い打ちを狙うが、逆に葵によって背後を取られてしまう。
そしてのそのままエプロンを投げっぱなし式ジャーマンスープレックスで後方へと叩きつける。
「沙莉、お前が勝てる可能性はゼロだ。諦めてくれ」
アルゼンチンバックブリーカーの体制で弓形に反らせエプロンを持ち上げるとダメ押しと言わんばかりのトーチャーラックボムを狙う。
「だから分かっとる!……でもな、いいこと教えたるわ。ゼロはいくらかけてもゼロやけどな、足せば数は幾らでも増えんねんで」
トーチャーラックボムで地面に叩きつけられる瞬間エプロンはその勢いを利用して旋回する事で逆に葵をリングのマットへと叩きつけるスイングDDTで返した。
「まだこれからや、まだまだ行くで!!」
エプロンが葵を持ち上げトップロープに引っ掛けて何かを狙おうとするが当然葵はそれも分かっている。持ち上げられた状態でエプロンを殴り抵抗。葵は難を逃れると今度はエプロンをロープに振る。葵もエプロンも染みついた癖は簡単には治らないらしい。それによってエプロンは律儀にロープへ振られるがそれならばと走り込んで打つかるタイミングで葵の首に自らの手を引っ掛け押し倒すランニング・ネックブリーカー・ドロップで流れを繋げる。
倒れた葵を直ぐにブレーンバスターの体制で持ち上げ再びトップロープに足を引っ掛けさせ、完全に体が宙に浮いた状態になると葵の首を固定したまま勢い良く体を捻って叩き落すネックスクリューで葵の首元に更にダメージを与えていく。
フォールの体制で上に乗っかるが、これはプロレスであっても試合じゃない。
「……勘違いすんなよ、これは喧嘩だ。フォールなんてとったってしょうがねぇんだよ!!」
体を反らせエプロンを弾き返す。
「そうやったなぁ……こうやってリングの上に立つとついうっかりな。元とはいえウチもプロレスラーちゅうこっちゃ」
「……だけど気持ちは分かるよ。俺もつい日本にいた頃を思い出した。でもな、これは喧嘩だ。勝敗つけんのはどっちかが動けなくなるか、死ぬまでだろ!」
葵はエプロンを突進でコーナー側まで追い込みエプロンの背中を思いきりぶつけると地面へ転がす。
直ぐに立ち上がろうとするエプロン。
だが葵も直ぐにセカンドロープに登るとそこから突き刺すようなミサイルキックで追撃する。
「……やっぱり終わりだ、沙莉。死にたくなかったら大人しくしてろ」
倒れた沙莉を背後から掴み持ち上げるとそのまま得意のジャーマンスープレックスホールドでエプロンを後方へ投げ落とし固める。
さっきも言ったがこれはプロレスじゃない。だからホールドなんてする必要はない。だからこそトドメを刺すつもりだから、あえて葵は固めたのだ。
だが、綺麗にブリッジをとった瞬間、葵は首の痛みに耐えられず姿勢が崩れてしまう。
この戦いが始まってから執拗までにエプロンは葵の後頭部や首辺りを中心的に技を打ってきた。普通に当てるだけじゃ勝てない。だからこその特化した首攻め。その意味が今功をそうしたのだ。
これにより葵の攻撃はトドメではなくなったもの大ダメージである事は変わらない。
ふらつきながら立ち上がるエプロン。
「はぁ…ハァ……葵ぃ……」
「沙莉……お前、強くなったなぁ」
「ハハッ……結構長い付き合いやけど初めてお前に褒められたな」
「そうだっけ?」
「そうだよ!」
エプロンは立ち上がった葵に1発、拳を叩き込む。
「お前は強い……、お前と遥は所謂天才でウチはどこにでもいるただの凡人。そんな奴が天才とまともに戦って褒められるなんて、自分で言うのもなんやけど、ウチはホンマに強くなったやろ!」
エプロンが更に1発殴ろうとするが、紙一重でそれをかわされる。
「言うよなぁ…本当に!!」
かわした勢いのまま葵は自らの体をロープに振り速度をつけるとエプロン目掛けて飛びかかる。
「ホンマやからな!!」
だがそれを冷静に見ていたエプロンは回転した反動をつけた裏拳を葵の顎にぶち当てる。
「っ!……」
間髪入れずにもう1発、今度は首筋にクリーンヒット。
葵はたまらず崩れ落ちる。
だがそれだけではエプロンは終わらない。
「ああぁぁぁッ!!」
葵を前屈みの状態で起こすとそのまま首元を掴み抱えると直ぐに水平状態に持ち上げ叩きつけるインプラントDDTを放ってみせる。
「……終いや、終いでええやろ。葵!!」
マットに転がる葵。
「ホンマだな……本当に沙莉は強くなったぁ!!」
葵は肩を上げゆっくりと立ち上がる。
「分かったよ、沙莉。俺の負けだ」
「ええんやな、それで……」
「ああ。構わない。俺はこれから本気を出す。約束は破るが勝負には勝たせてもらう」
葵の顔つきが変わる。
「やっとやな……やっと見れたわその顔が!ウチはずっとお前のその顔が見たかった。いつか必ず自分の手で葵を追い込み本気を出させる。それがウチの密かな夢やった。……叶うとは思ってなかった夢が叶った……これはウチ、死ぬな」
「夢が叶って良かったな、沙莉」
葵は自らの指の爪を噛み切る。
するとその瞬間、何かのスイッチが入ったかのように葵の体にはオーラのようなものが溢れ出す。
それはエプロンの目にも分かる程具現化された実体的なものだった。
黒髪だった葵の髪は青く染まり、まるで超人のようだった。
「ハハッ……これが今のお前の本気か。めちゃくちゃやなぁ!そんな感じに強くなるのをどっかの漫画かなんかで見た気もするわ!」
「敢えて何とは言わないさ。だけど、日本人なら一度は憧れてもおかしくないだろ!」
「そうやな!!」
この姿になった葵に好きにさせてはいけない。その直感がエプロンを突き動かす。
素早く回転して勢いをつけると再び首筋を狙った裏拳を2発連続で叩き込む。
姿が変わったからといって全くダメージが効いていないわけではないはず。なのに今の葵は顔色ひとつ変わらない。
「ッ……これならどうや!!」
ならばと鋭いハイキックで首筋を狙うがそれを捕まえられると払われるように持ち上げられて叩きつけられる。
やってる事自体は非常にシンプル。だが明らかに力も鋭さも比べ物にならないほど強くなっている。
まともに喰らったエプロンにはそれが一番伝わっている事だろう。
「くっ……」
「沙莉」
「があっっ!!」
それでもエプロンは立ち上がる。強さの差を察しても諦めない。彼女にはもう何も失う物はない。その意思が無理矢理にでもエプロンの体を動かさせる。
助走をつけて走り込むと飛び上がり葵の側頭部を延髄斬りで蹴りつける。
葵の体はふらつくが動じはしなかった。
直ぐに立ち上がるエプロンを葵は強烈なラリアットで貼り倒す。
倒れたエプロンを持ち上げると再びトーチャーラックボムでマットへと叩きつける。
同じ技だが威力は全く別物であった。叩きつけられたマットには何故かヒビのようなものが入り衝撃を伝えている。
「…………」
「沙莉、沙莉、沙莉!!」
動かない沙莉を鼓舞するように蹴り続ける。そこに愛なんてものがあるのかは分からないが……。
「(ここらが潮時やな……もう何も動かへん。勝てないとは分かってはいたけど、やっぱり悔しいなぁ……)」
「よく頑張ったよ沙莉は。及第点、いや、俺にここまでさせたんだ。合格だよ」
「(合格か……確かに。そうやな。ウチはアイツに本気を出させた。それだけで十分や。時間だってまあまあ稼いだやろ。後はヤヨイが上手くやってくれる筈。もう、頑張るのは、疲れたしな……)」
エプロンの顔に気迫が無くなる。
「さよならだ」
その時だった。
「キュワァーーーッ!!」
「なに?」
「(この声。まさか!)」
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