五十六話 勇狩/ユーカリ
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「……スミマセン。私のせいでなんか……」
「アナタ何も分かってない!」
「それは分かってます……」
「いいえ、分かってないわよ!自分の事も自分が好きだった人の事さえ何一つ分かってない。……アナタ、私のファンだって言ってくれたけどいつからのファン?」
「え?……」
「いいから答えて」
「ここ一年程です……」
「そう」
「スミマセン……最近好きになったファンのクセにでしゃばり過ぎでした…申し訳ありません」
「なんでそんな事でアナタが謝るのよ?ファンに歴の長さなんて関係ない。どれだけ詳しかろうが、どれだけ長く好きでいてくれようが私のファンには変わらない。その日初めて私を見てファンになってくれた人もね。皆私にとっては同じ大事なファンよ。それともアナタには私がそんな事で差別する人間に見えるわけ?」
「いえ!……そんな事はありません」
「でしょうね。そう見えてたならアナタは私のファンじゃないって事だもの…まぁ、色々言っても、説明もろくにせず突然姿を消した今の私にファンどうこうって語る資格なんかこれっぽっちもないんだけどね」
「…………」
「そうか…。ここ一年で私のファンになってくれたなら知らなくても当然ね。なら教えてあげる。アナタさっき私の事強いって言ってくれたけどそれは違うわ。私は強くなんかない」
「強いからそんな事が言えるんです」
「ま、そう返してくるわよね。だったら言い直すわ。私は強くなんかなかった。それならいい?」
「どういう事ですか?」
「アナタが私のファンになってくれるずっと前。私ね、中学一年で本格的にプロレスデビューしたの」
「え、そんな前から……」
「やっぱり知らなかったんだ?」
「スミマセン……」
「だから謝らないで。知らないなら聞けばいい。それだけよ。…年齢もあってさ色々と周りから言われたわ。良い分には天才とか神童とか、まぁ色々。だけど明らかに悪い分の方が多くてさ、勝てっこないとか、やるだけ無駄だとか、他の選手の足を引っ張るなとかね」
「……」
「当然よね。だって実際そうなったわけだし、間違いじゃなかった。性別うんぬんかんぬんはともかく、パワーもテクニックも圧倒的に敵わない。勝てっこない。いくら、トレーニングして基本を学んで練習生を卒業してプロとしてリングに立っても世間の評価は何も変わらない。人の目はそれだけ厳しいわ……だからそんな奴らを見返そうともっと努力したわ。周りからもそう言われるし、自分でもそれしかないと思ったから」
「でもそれで勝てたんじゃないんですか。だから今があるんでしょ?」
「それは結果論。あの時の私から言わせれば努力なんかしようと思ってしても無駄。その気持ちは今も変わらないわ。だってあの時も全然勝てなかったんんだもの。アナタがファンになってくれる一年前まで、ずっと、一度も勝てなかったのよ」
「え、嘘ですよね?そんなの聞いたことないですよ」
「それはアナタが知らなかっただけ。自分で言うのもなんだけど結構有名な話よ。嘘だと思うなら私の名前で調べてみなさい。ウィキペディアでもなんでも載ってると思うから」
「いや、いいです。…信じます」
「なら続けるわよ。そんなのか続いて自分は変わらず周りの視線だけが悪い方に変わっていく。最初の頃はそれでも、<年齢や体格が違うからしょうがないよ>とか<もっと努力すれば絶対勝てるようになる>とか色々応援もあったけど最後の方にはそんなコメントすら届かなくなったわ。ってかそんな事しか言えないならいちいち言うなって話よ。努力なんかとっくにしてる。これ以上どうすればいいのよ?年齢や体格が違うからしょうがない?そんなのはこっちも分かった上で覚悟して戦ってんのよ!!そんなの慰めにもなりゃしない!!少しはこっちの気持ちも考えろって話よ!」
彼女の心からの叫びを私はただただ聞くしかなかった。
でも、こんな感情的になる姿を見れてちょっとだけ私は嬉しかった。
「だからね、ある時から私努力とかすんの全部やめたのよ」
「え!?」
「え!?って、だってそうでしょ?いくらやってもしょうがないんならやめるしかないじゃない」
「じゃあ、どうして勝てるようになったんですか?」
「さあね?私には分からないわ」
「分からないって…いい加減な…」
「そんなこと言われたってねー、私は努力をやめて、いつも通りの事をただただしてただけだから」
「いつも通りの事?」
「そ。努力なんかそんな曖昧なものはやめて、今自分が出来る事をやれるだけやったのよ。だから必死になって練習してたとかそんなんじゃない。練習量なんて毎日バラバラだったし、その日必要だと思ったやれそうな事を私はただやり続けただけ」
「それを努力って言うんじゃ?」
「そんなの知らないわよ。少なくても私はそんなつもりでやってるわけじゃない。だからこれは努力なんかじゃない。いつもの日常よ」
「じゃあ、私はどうすればいいんですか!?」
「だから、難しい事なんかほっといて今やれる事をやればいいのよ。アナタなりに出来る事を精一杯。そしたらなんとかなるわよ。私がそうだったようにね」
「そんな無責任な事言うなら、私をアナタの弟子にしてくださいよ!!それが今私の出来る事なんですから!!いいですよね?」
「ゲッ……まぁ、そうなるわよね。私が言った事だし、しょうがないか……。分かった。だけど何度も言うけど私はアナタを弟子にする気はないわよ」
「ほらやっぱり。結局は何も変わらないじゃないですか…」
「落ち込む前に人の話は最後まで聞きなさい。私はアナタの師匠には慣れないけどアナタさえ良ければ仲間になってあげる。ヤンキー風に言えばダチってやつよ」
「え?」
「学校にいる時大体私は部室にいる。暇ならいつでも遊びに来なさい。トレーニングぐらいなら一緒にしてあげる」
「本当ですか?!」
「うん。でも私はアナタの師匠ってわけじゃない。だから私はアナタを強くはしない。やれることやって勝手にアナタで強くなりなさい。ダチとしてならアドバイスくらいはしてあげられるから……。アナタ名前は?」
「美津谷、朱美です……」
「なら朱美。それでよければ、これからお互いに上手くやっていきましょう」
遥さんは私に手を差し出す。
なんだかんだあっても、最終的には望んだ通りの展開になった。
だけどこんな形で私がアナタの手を握ることになるなんて、思いもしなかった。
だけど、それでよかった。
これが、よかったんだ。
「はい。これから末永くお願いします……」
私は泣きながら遥さんの手を優しく握る。
「うん。こちらこそ」
遥さんは私に微笑みながら優しく握り返してくれた。
「色々と、スミマセンでしたーーー……」
私は涙を流しながら遥さんの胸に飛び込む。
「おっ……思ったより大胆な子ね。いいわよ、気にしないで。謝る事じゃない。こっちも色々とストレートに言い過ぎたしね…」
「でも嬉しいです……なんかそれでこそダチって感じがして……それに私、人生初めての友達が遥さんだなんてめちゃくちゃ嬉しいです!!……」
「そうなの?…それは嬉しいけど。泣いてもいいけど、泣くのか笑うのかどっちかにしなさいよ。ほらほら、これ使っていいから」
遥さんは私にハンカチを差し伸べる。
「ありがとうございますぅ……う、う、」
「う?なによ?」
「う、嬉しいぃ〜〜……」
「はいはい分かったから、これ以上泣かないの!ほら、拭いて、はい、」
こうして推しの前で自分でもよく分からない程の涙を流し、私は推しとダチになった。
そこから私の日常が大きく変わった。
ってわけじゃない。
殆ど何も変わってはいない。親との関係も学校内でのキャラクターも。
何も変わってはいないけど、やれる事は増えた。それをして何がどうなるのか、何変わるのかは私にも分からない。
だけど、今の私にはそれがきっと必要で、そうすることしかできないのだから。
私にとってそう思えた事が何よりの変化なのかもしれない。
私は学校に行くたび遥さんのいる部室に通い、ダチとして一緒にトレーニングしたり、話したり、トレーニングをしたりし続けた。
ただそれだけを毎日のように繰り返し続けた。
そしてある日。
部室内でいつものように遥さんと一緒にトレーニングをしていると、
「それにしても朱美、」
「はい?」
「アナタ、初めて私と会った時よりだいぶ筋肉ついてきたんじゃない?」
「そうですか?」
「うん。明らかに色々と大きくなってるもん」
「色々ですか?」
私の胸の方に視線が行った気もするけど気のせいだろう。
「うん色々。…そんな事より順調に続けられてるみたいね。自分のできる事を。アナタ、ここ以外でもトレーニングしてるでしょ?そうじゃなきゃこんな短期間にこうはならないもの」
「ええ、まあ。だけど無理なんかしてませんよ!」
「分かってるわよ」
「遥さんのお陰で色々と吹っ切れた気がして、体を動かし始めたらなんだかそれが当たり前のような気になっちゃって……」
「それでいいんじゃないの?日常なんて当たり前の繰り返しなんだからさ」
「そうですね」
「だけど、そんなに体を鍛えて何を目指してるわけ?」
「それが……私にも分かりません。私っていったいどうなっちゃうんでしょうか?」
「さあね?だけど、その内見つかるわよ。それまではやれる事だけをやってれば?」
「それしか私には出来ませんからね」
「そういうことよ」
話がひと段落すると私はまたトレーニングを再開する。
すると、遥さんが私をじーっと見てくる。
今度のは気のせいなんかじゃない。
明らかに遥さんが私の体を見ている。
「な、なんです?……」
「いや、体がさ、」
「か、体が?」
「体がしっかりしてるな〜と思って」
「それはさっきも聞きましたよ。多少は鍛えてますから…」
「それもそうなんだけどさ、そうじゃなくて、体幹?って言うの?なんかこうやっている間もずっと姿勢がいいから」
「ああ、なるほど」
「だからってなんかがあるってわけじゃないんだけど。もしかして、なんかやってた?」
「ええ、昔フィギュアスケートに熱中してた時期があってその癖が抜けてないのかもしれません…結局やってもしょうがなかったですけど……」
「そんなのはどうでもいいわ。へぇー、スケートをね。てことは飛んでグルグル回れたりするわけ?」
「グルグルはアレですけど、グルッとぐらいならまぁ、なんとか…」
「昔から気になってたんだけど、やってる間は目って回らないの?」
「そうですね、言われてみればその時は回ったことないかもしれません。今はどうか分かりませんが」
「ふーん…」
何かを考えるような素振りをする遥さん。
「あの、それがどうかしたんです?」
「よし、だったら朱美に良いこと教えてあげる!」
「?」
「何を目指してるかも分からない今じゃこれがなんの役に立つかは分からないけど、とにかく教えてあげる」
「はぁ……」
「ヤンキーとして考えれば、喧嘩の一部に取り込めるかもしれないし、その先何かの表舞台に立ったとして考えたなら、それは強力な武器になる。何よりそれは盛り上がる!!」
「なんなんです、それ?」
「いい?」
部室内には他に人がいるわけでもないのに何故か、遥さんは小声で私に耳元で囁く。
「!!いや、私には無理ですよ!」
「なんでよ?」
「なんでって…。無理に決まってるじゃないですかー。少なくても今の私じゃ出来ませんよ……」
「そんな事ないわよ。だってやること自体は別に難しいことじゃない。アナタなら出来るわよ」
「それはそうかもしれませんけど…だからって誰でも出来るやつじゃ、ないじゃないですか!」
「だけど朱美なら出来る」
「……」
「私は得意じゃなかったけど、やったことがないわけじゃない。アドバイスはちゃんとするからさ!ほら、私が相手になるから早速試してみなさい!」
そう言うと遥さんは部室の床に寝転ぶ。
「いや、流石にこんな場所じゃ…」
「大丈夫よ、練習なんだから。ほら、早く!」
「…………いや、やっぱり私には無理ですよ。やめましょう…」
「そういうところよ、朱美。もっと自分に自信持ってもあげてもいいんじゃない?アナタが思うよりアナタはよっぽど強いんだから」
「そんなことは……」
「御託はいいからまずはやってみなさいよ。よく病は気からって言うけど、チャンスも気からよ。掴むためにはまず手を伸ばさなきゃ。そんなのは全部思ったもん勝ちなんだから、都合よく考えてまずはやってみなさい!」
「はい……」
次の日。
いつも通り部室に来たエプロンさんに2人してこっぴどく叱られたのは今も忘れない。
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