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デスゲームと回転寿司、間違えたら森に還った

「ご注文を入力してください」

みたいなやつ。そこに入力。

「サーモン、まぐろ、たまご……」

レーンに載ってゆっくり近づくそれは、わたしの手前で消えた。

「それはわたしの……!」

「早いもんがちだぜ」

わたしは立ち上がった。隣のやつはにやつきながら速攻3皿分を口に押し込んだ。

「ああ!」

支払い設定はわたしの端末に行っている。3日分の食費をつぎ込んだ命がけの注文が、溶けていく。ああ溶けていく。

「この世は弱肉強食の世界だ、生きるか死ぬかは生まれたときから決められたサダメによるのだぜ」

「ならば、殺す!」

激高したわたしはトイレに駆け込んだ。相手の注文待ちは茶碗蒸し、揚げ物……混み具合からしてまだ時間はある。

「どうした、逃げるのかよ」

逃げない。わたしにはこの世界は弱肉強食だ。今は。

かならず相手を殺し、その肉を食らって……まて、そこまでする意味はない。やっぱり必ず相手に謝らせ、その金でおごってもらう。

すると、寿司屋のアナウンスで異様な声を響かせるものがいた。

「ここの注文システムをハッキングした者だ。この寿司屋はジャックされている。いまからここで大食いチャレンジが始まる。食べたぶんだけ他の者に支払いを押し付けるルールだ。すでにこの店の客の支払い内容は全員100万円に設定してある。これを逃れるには、ゲームに参加せねばならない……」

大変だ……。

わたしはトイレから出ると、自分の席に座った。

ハッキングされた注文画面は、支払い金額がバグっている。

わたしは皿をとった。それがゲーム参加の合図となり、わたしの注文端末が反応した。

「さあフードファイトのはじまりだ!」

わたしにとっては、千載一遇のチャンスだ。

アナウンスが勝手に盛り上がる中、わたしは食べ始めた。


100万円の支払い金額は、食べるたびに減っていった。これが0円になれば優勝?いや、よくわからないが。

「最も支払い金額が少なくなったやつは、この店からタダで退店できる。あとのものは未来の客のぶんも支払い確定だ。お前らの連絡先はすべておさえてある。逃げられないぞ。」

構わない、わたしには関係ない。

もとの皿の値段は関係なく、グラムやカロリーで決まっている感じがする。ふわふわのホイップクリーム増し増しのプリンアラモードでも、カロリーのぶんのキツさはスコアに反映されるようだ。

わたしは食べ続けた。

カロリーもグラムも反映されるとなると、重い米も、別の意味で重い油も警戒せねばならない。どんなに余裕をかましても、いつかはきつくなる。得意な食べ物ばかりに偏ると、偏った栄養素がかぶるもの全てが無理になる。わたしはただの腹ペコの常人だ。すこし生活は厳しいが、取り立てた強みにはならない。

そこでわたしが選ぶ食べ物は……!

「エビ!アボカドと玉ねぎのスライスつき!」

だ。

玉ねぎスライスには、油を分解するケルセチンが含まれている。アボカドも、油が大量に含まれているが、たぶんまあ健康にいい。

カロリーをとりすぎて、あとできつくなるなら、すぐに分解しながら食べればいいのだ。りんごジュースもとる。オスモチンという成分が、炭水化物の分解になるらしい。

また、アボカドと玉ねぎのスライスつきには、サーモンもある。しかしサーモンは論外だ。サーモンこそ、カロリーの爆弾だ。マヨネーズと並んでカロリーの圧縮率が高すぎる。ならば、脂身よりタンパク質の多いエビ一択だろう。

しかし、ほかにもエビを狙う者たちはいた。

「いい忘れていたが、時間制限はあるぞ。いつとは言わんが、早めにタ食べ進めておくといい」

アナウンスが入った。少ないエビばかり狙うのも難しいか。

そこへ、向かいの者の視線。仕切りの隙間から覗く目は、笑っていた。

「カロリーなど……どうせいくらとっても死ぬわけじゃなし。おまえらは怯えているのだ。肥満などという幻想上の死を……」

……!

確かに……彼は見るところ、体型はお世辞にも細いとは言えなかった。しかし、あんなに食べても死んではいない。むしろ元気そうだ。

しかし、わたしは怯えていた。やはり太るのはこわい。

「なにを怯えているの?欲望のままに食べたらいいだけじゃない」

後ろから声。テーブル席を埋め尽くす皿を積み上げた、それはモデル級の美女だった。ああ、あの、いくら食べても太らない、魔法というかチートタイプの人だ。もう終わった。負けた。

「わたしなんか、あと50万円で上がりよ」

ふええ、もう駄目だよー。

わたしは20皿を目前に、少しだけ辛くなってきた胃袋を支えて手をあげた。

「き、棄権します……」

これで、99万6500円ほどの借金確定だ……。終わった……。

すると、そこへ目の間を、とある皿が横切った。


「あれ、ここは?」

「ここは?精神界よ。だいたいフードファイト中の人が18人くらい来てるわ」

背後にまたさっきのモデルがいて、言った。

あたりは真っ白ながら、仕切りもなにもなく、霧かなにかよくわからない空間が埋め尽くしている。遠くの人はしかしよく見えた。果てない白の世界?それでいて、なぜか恐ろしいとも思えなかった。

「あの、わたしの向かいの人は……」

「いないわ。」

「横の人は?」

「いない。」

あたりを見ると、徐々にまわりの人は消えていた。

「みなさん!」

「心配しないで。彼らは無事よ。どっかでまだお寿司を食べているはず。または、そろそろ棄権かしら?」

「なぜです」

「わたしは食べるの、ちっとも辛くないし。でも、つらそうな感じの人から、ここでは一瞬で消える。ここはそういうところよ。」

「え、でもわたし、棄権したはずじゃ……」

すると、モデルは言った。

「声が小さすぎよ。それにすぐ、また勢いよく食べ始めたじゃない」

「え?」


激しく駆けずり回る獣がいた。

太古の昔から先祖がそうしていたように、彼もまたそうだった。

緑と闇の間を滑るようにすり抜け、ただひたすら獲物を追う。彼はそうして生きてきた。ただ、それだけだった。目の間しか見えない。それでいい。未来も過去もない。今だけを……。


「だめだ、おいしすぎる。たまご、たまご、たまご、たまご、たまご、たまご、たまご……。」

わたしは気づくと、一心不乱にたまごを食べていた。

そうだ、これでよかったのだ。そもそもベスト3に入れるほど好きなたまご。これしかないし、ほかになかった。マグロとサーモンは単なる怯えだった。欲望にテンプレの枷をはめて、自分を抑えたかっただけだ。


見る見る間に皿が積み上がる。

これならいくらでもいける、って、このことか。


まてよ、いくら?


あ、いくらもおいしー。


「いくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくらいくら!」

「わあ、すごいすごい、どんどん皿が積まれていくわ!やるじゃない!」

「ゲーム終了!」


気がつくと、わたしは手をつかまれ、高く天に上げられていた。

「優勝は……田中さん!」


いつの間にか、テレビカメラが顔の真横にあった。

背後でモデルが歓声をあげた。

「わーい、優勝!」

え?わたし?どっち?あっちも田中さん?

すると体から力が抜け、わたしの気は遠のいていった。


「いや、わたしは普通に棄権したのよ。途中で飽きちゃったし、お金は普通にあるから」

「あー、そうだったんですね」

わたしは荷車を引きつつ、背後に積み上がった「おすしちゃん人形100万円分」を見ながら言った。

「あ、これ姪っ子がすきだから、ひとつもらってもいい?」

「あ、どうぞ……」

モデルとはタクシー乗り場で別れ、わたしは家までゆっくり歩いて帰った。荷車が重くて電車もバスも使えない。しかし、タダでたくさん食べられた、それだけで幸せだった。

「ぬいぐるみたちは即座にメルカリするとして、当分は食事なんていらないな……」

満足げにわたしはつぶやき、歩いていった。


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