あたし達の想い
「蓮、久しぶり。大きくなったねえ」
「えっと……?」
「んん? 忘れちゃったのかなあ」
そう言って女の子は蓮の目をのぞき込んだ。
「……ゆーぐ!?」
「そうよ」
「蓮、この子は?」
おいてけぼりのあたしは蓮をつつく。
「この子が聖樹様、ユグドラシルだよ」
「はい?」
ポカンと口を開けているあたしに、ユグドラシルはふふんと鼻息を荒くしながら胸をはる。
女神様……なの? この子が?
「騎竜訓練の時以来だよねえ、もっと遊びに来てくれてよかったのに」
「いや、さすがに子どもの時は手繋いで走り回ったとかあったけど、あれはよくわかってなかったからで」
「ええ? わたしをお嫁さんにしてくれる約束だったでしょう?」
「……よく覚えてんな」
蓮が真っ赤な顔を手で覆った。
……そっか、そうだよね。当たり前だけど、蓮とあたしは全然違う世界に住んでるんだ。
田舎の山を駆け巡って、恋の話にドキドキして、部活の成果に一喜一憂して、受験勉強に四苦八苦して。そんなあたしとは全然違う。
勇者、なんてことをやってるんだもん。やっぱりあたしみたいな普通の子よりは特別な人が隣にいるべきなのかもしれない。
「あら? つかさちゃん?」
どろんとした妄想の沼にはまり込んでいたあたしは、その声が聞こえていたにも関わらず、それに応えられなかった。
「どうしたのかなあ?」
ああ、でも嫌だな。蓮を誰かに取られるなんて嫌だ。
たとえ、いつかお姫様が蓮の前に現れても笑って祝福なんてしてやらない。お姫様に白手袋を投げつけてやろう。
「ふふっ、わたしと蓮のこと、そんなに気になる?」
耳に入り込む聖樹様の声はちょっと意地悪だ。
なんでそんなこと言うの? あたしが嫌いなのかな。やっぱり、あたしは蓮と一緒にいちゃいけないのかな。
「つかさ! おい、聞いてるか? つかさ?」
「蓮? どうしたの?」
どうしたの、じゃないと真顔で詰め寄られた。
「お前がなに妄想してんのかわかんないけど、なんとなく想像はつく」
へ?
「ちゃんと俺を見ろ。いいか、俺が好きなのはお前だからな。初めて会った時から俺はお前が好きだ」
「う? え? は、はいっ!」
顔色の変化見てたら嫌でもわかるって、そんなこと真顔で言われたら心が裸にされたみたいで恥ずかしい。でも、ありがと、蓮。まっすぐな言葉はホントに嬉しい。
蓮のことになると、不安になって心配になって心がざわつく。ちょっとの言葉でも動揺するのは、自分の心に自信がないみたいに見えちゃうかな。なら、あたしも言おう。ちゃんと言葉にして蓮に届けよう。
「あたしも好きだよ。たとえ、蓮の前にお姫様が現れたとしても、張り倒してでもあたしが隣にいるから」
怖えよ、って言いながら柔らかく笑う蓮。
ぎゅって抱きしめてくれた時の体温、匂い、心臓の音。全部、全部愛おしい。同じ気持ちでいてくれるのが嬉しい。だって幸せな気持ちがもっと膨れ上がっていくんだもん。
心地いい腕の中であたしは蓮を見上げる。
温かい光があたし達を覆う。
柔らかく唇が触れた。
「絆の波動は心地良い」
舌っ足らずだけど威厳のこもった声が直接頭に響いてきた。
目を開けて前を見る。
聖樹様は光を浴びるように手を広げ、心地よさそうに目を閉じていた。
「わたしはこの想いに応えよう。願いを言え」
あたし達は手を組み合わせて聖樹様に祈る。
どうか、蓮のお願いを聞いてください。
「俺はつかさが好きだ。生まれ育ったここが好きだ。つかさにもここを好きになってほしいし、この先も一緒にいたいと思ってる。だから、それを害する魔王がいて脅威になるなら魔王を倒す。そのために布都御魂剣をいただきたい」
「聞き届けたり。其方に遣わそう」
一瞬、目を閉じていても眩しく輝いた光が少しずつ薄れていった。
「ねえ、二人ともいつまでそうしてるの?」
フレンドリーな聖樹様の声。
「要るんでしょ、これ」
目の前にやたら長い箱がひとつ。
「これ、か」
「雷の加護を持つ奉献されし剣、たけちゃんちの剣よ」
「たけちゃん……?」
あたしは、蓮と話す聖樹様を全力で振り向いた。
「会ったでしょ、鹿島神宮で」
たけちゃん⁉ あの偉丈夫をたけちゃん呼び? なにそれ可愛い! ってか知り合い⁉
「あばばばばば」
危うく口から出そうになった言葉を飲み込む。
「ごめんね、つかさちゃん。嫌な言い方して悪かったわ」
お仕事はきちんとしなきゃだからね、そう言って聖樹様はあたしを抱きしめた。
「この木は想いが集まってできている。人が人を思う気持ちがこの木を大きくしたのよ。わたしはそれを守っているの」
ちょっとやりすぎたわね、と聖樹様が言った。
「わたしはあなた達の互いを思う気持ちを、覚悟を、受け取らなくてはならなかった」
羨ましかったから意地悪しちゃった、と聖樹様が呟いた。
どうして? 羨ましく思うのはあたしなのに。
あたしを離して、吹っ切るような笑いを顔に浮かべて聖樹様は言った。
「ほらほら、開けてみなさいよ」
聖樹様が蓮をつつく。
言われて開けてみた箱の中身。
「これは……」
「刀? あたし剣っていうから真っ直ぐなやつかと思ってた」
わずかに湾曲する片刃の剣。どう見ても刀よね。
そして長い。こんな長いの初めて見たかも。まあ、刀自体あんまり見たことないんだけどさ。
「鞘は作ってもらわなきゃダメだな」
「あらあ、鞘くらいわたしが作ってあげるわよう」
呟いた蓮の周りをくるくると周る聖樹様。
立ち止まると刀の前に手を掲げ、光るその手が刀身をなぞっていった。
しゅるしゅると音を立てて若木が刀身にまとわりつく。きしきしと若木が育って一本の木が刀身を覆い尽くす。
うわあ、魔法だ! ほら、もう白木の鞘みたいになってる。
もう一度それをなぞると、テレビで見たような漆塗りの鞘に入った日本刀が出てきた。
魔法ってすごいなあ、あたしも使えたらいいのに。食べ物とか出してみたいよねえ。
「どう? こんな感じでしょ」
なぜか苦笑まじりの聖樹様はそう言って蓮に刀を渡してくれた。
「ありがとう」
確かに持ち歩きはできそうだけど、別の意味で心配になってくる。
「ねえ、蓮。持って行けるの?」
「それなんだよな、連絡取ろうにもラウールはいないし」
難しい顔で腕を組む蓮の周りをくるくると聖樹様が回る。
「ほらほら、蓮? わたしにお願いしていいのよ?」
「もしかして送ってくれる、とか?」
えっへんと胸をはる聖樹様。
「条件はあるわよ」
条件?
それは、と言葉を切って聖樹様はあたしを見る。何? あたしが何?
「つかさちゃんとお友達になることでーす」
「……はい?」
送ってくれる条件がなんでそれなの? なんであたしなんかと友達? 仮にも聖樹様なのに、お気軽にお友達ーなんて畏れ多いんですが。
「たまにいるのよ、神様に好かれるタイプの子。わたしたちが無条件で応援したくなる子がいるの。ほらほら、つかさちゃん。わたしを名前で呼んでいいのよ?」
緊張と困惑でガチガチなんだけど。ええい! こうなりゃ神様でも仏様でもどーんと来いよ!
「えっと……ゆーぐ、これからよろしくね」
「つかさちゃんは思い切りがいいわねえ。お友達記念にいいものプレゼントするわ」
取り出したのは香水瓶かな、小さくて綺麗な瓶に液体が入っている。それを首にかけてくれた。
「聖樹の朝露を集めたものよ。魔力がこもってるからわたしと通信できるの。だから女子会には呼んでね」
最後で台無しなんだけど。
可愛い子と友達になるのは嬉しいよ。でもさあ、女神様でしょ? ホントにいいのかな。
「寂しがり屋なんだろ。つき合ってやってくれよ」
そう言った蓮を聖樹様はゲシゲシと蹴った。
ああ、あたしの中の聖樹様像がどんどん崩れていく。
「ふふっ、じゃ、送ったげるわね」
目の前にまっすぐ伸ばしたゆーぐの手の先にラウールさんがいた。
あ、こっち向いた。
びっくりした顔とこっちに向かって伸ばされる手。
その手に引っ張り込まれるように、あのトンネルみたいな通路を抜けた。




