おねぇちゃん、どこ?
目を覚ますと、翔真は”ひとり”だった。
「…おねぇちゃん?」
まだ眠気が抜けきっていない。重い身体をやっとの思いで持ち上げて、辺りを見回す。
リビングには、誰もいない。
暖房の音だけが、ごうんごうんと、大きな部屋の中に響いている。
「…おねぇちゃん」
ぺた、ぺた、と足を引きずるように歩き出す。
翔真は、裸足だった。ラグの上は暖かいけれど、フローリングへ足を伸ばした途端、木の冷たさが伝わってきてびっくりする。
子供部屋の扉を開ける。
…いない。
両親の寝室を開ける。
…いない。
トイレ、パントリー、廊下、ベランダ…どこを見回しても、翔真は”ひとり”だった。
「…おねぇちゃん…どこにいるの?」
寂しさが心を覆う。気がつくと頬が涙で濡れていた。
「おねぇちゃん…ぼくを、おいていかないで」
嗚咽が漏れる。
「翔真」
どこからか、声がした。
「…おねぇちゃん?」
声のした方向はどっちだ。きょろきょろと辺りを探してみても、声の主は見つからない。
「翔真」
また、声がした。
「おねぇちゃん!どこにいるの!?」
翔真は泣き叫ぶ。
「翔真!」
気が付くと、目の前に青ざめた顔をした女性の顔があった。
「翔真、大丈夫?うなされてたよ」
「…母さん?」
「千尋の手術、終わった」
その言葉に、翔真は目を見開く。全身の血管がぶわっと拡がるような感覚がした。
「千尋は!?」
「…大丈夫、上手くいったって。まだ麻酔が効いてると思うから、話せるかわからないけど」
混乱した頭で何とか、母の言っている内容を理解しようとした。
「本当に大丈夫?母さん、あんたのことも心配だわ」
翔真の母が、気遣うように彼の身体をさする。
「母さん…千尋に、会っていいか」
♢
病室は個室だった。幾つもの管に繋がれた千尋が、ベッドにその身体を横たえている。
翔真は、自分と同じ顔をした姉の前に立つ。
「…千尋」
声は掠れていて、独り言のようだった。
少し間を置いて、その声に応えるように千尋が瞼を重たそうに持ち上げる。
「…しょうま…?」
「…俺のこと、わかるか」
その言葉に、千尋が微笑む。傷が引きつって痛いのか、一瞬顔が歪んだのが、痛々しかった。
「しょうま…私、のこと、呼んでくれたよね」
「呼んだ?」
「こえ…が、したの…”おねぇちゃん”って言う、しょうまの、声」
その言葉に、翔真はハッとする。
「…おねぇ、ちゃんなんて…呼ばれたの、いつ、ぶりかな」
翔真は、震える手で千尋の掌を、そっと包んだ。
「…おかえり。姉ちゃん」